ナンヤラカンヤラ
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タマキのナンヤラカンヤラ NEW!!
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1月24日(金)
ベッドのなかの読書は講談社から送られてきた現代新書『はじめての大乗仏教』(竹村牧男)読み始める。AIの本の次に宗教それも仏教の本とは乱読の極みとは言え乙なモノですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあとはチョイと急いで準備をしてヨメハンと一緒に久し振りに根岸のヘアサロン『ローレンス』へ行って髪の毛を切ってもらう。年末にも行かずにかなりのロングヘアになったけどサッパリする。帰りに大船の駅ナカの本屋で田中優子『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)を買う。NHK大河ドラマと連動してる流行り物の本は駅ナカにも置いてありますね。中味を読み始めるとオオーット印刷メディアの歴史から始まって奈良時代の百万塔陀羅尼。西欧ではプロテスタントの聖書印刷と連動してグーテンベルクの活版印刷が発達したわけですから洋の東西共に印刷メディアは宗教から始まったのですね。オモシロイ。面白くないのはフジテレビと中居某による「事案」ですね。エンタメとカルチャーの狭間を考える。エンタメ大衆主義(ポピュリズム)なんて言葉も頭に浮かぶ。いや。カルチャー大衆主義をエンタメというのかな?そー言えば今夏の河口湖でのベルリン・フィルのワルトビューネ・コンサートの入場料が10万円なんてのも面白くないですね。庶民のための野外コンサートとちゃうんかいな?オモシロイのは大相撲の優勝争いくらいかな。

1月23日(木)
田口善弘『知能とは何か ヒトとAIのあいだ』(講談社現代新書)読了。メッチャ面白かったです。現在の生成AIの進化形では《自己意思を持った自律的なシステムは無理という話は業界の常識になっており逆にどうやったらそのようなシステムが構成できるかというのは人工知能とは別の人工生命という分野だと認識されている。シンギュラリティを起こした生成AIが人類の脅威となるにはまず自律した存在でなくてはならないだろう。ならばまず知能を持つ前に生命に相当する何かを持っていなくては始まらないはずだ。生命とは何かというのは知能とは何かと同じくらい昔から人類が追求してきてちゃんとした答えが得られないという知能に勝るとも劣らない問題である》ナルホド。だからシンギュラリティのことを心配するよりも《人間が高性能AIを悪用するほうがよっぽど起こりやすく危惧すべきことだと思う》タシカニ。敵はAIではなくDTやEMだっちゅうことですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。ベッドを出て黒兵衛と散歩しながらヨメハンにコノ本の面白さについて話す。がナカナカ上手く話せず最後に出てきた「ジャイアントロボ」で「怪獣をやっつけろ!」と言うとロボが怪獣をやっつけることが如何に難しいことかという話をする。生成AIが最も身に付けることが難しいのが「常識」ですからね。どれ(誰)が怪獣かを理解させるビッグデータを入力するのは困難なんですね。「ロボ怪獣をやっつけろ!」と命令したら国会議事堂や首相官邸を破壊したりして(笑)ワン。コノ本の著者は『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』(講談社現代新書)の著者でもあり小生にとっては2冊目の出逢い。メッチャ曲解してるでしょうが多くの示唆に富んでるコノ本を読みながらフジテレビと中居正広の「事件」についてまで考えて(シミュレートして)しまいました。芸能界(エンタメ)とテレビ局の関係とスポーツとテレビ局の関係は似てますよね。そのときスポーツはエンタメとして捉えられているわけで文化(カルチャー)としては捉えられてない訳ですよね。あ。フジテレビの失敗は「文化」を「軽チャー」などと言い始めたことに端を発しているのかもしれないですね。スポーツはきちんとCULTURE(文化)として自立(自律)しないとエンタメ優先マスメディアに潰されますよね。イロイロ仕事のあと晩メシは日本文化の相撲を見ながら。優勝争いはメッチャ面白くなってきましたね。

1月22日(水)
『知能とは何か ヒトとAIのあいだ』読み続ける。小生のような文系人間にも面白い。人間の「脳」もAIも現実の実世界をシミュレーションしているシミュレーターだと言う表現に出逢って以来古典物理学の世界がまさにそうだと小生のような貧相な理系頭脳でも閃いていたら出てきました!「古典力学はまがい物?」と題した第7章が!現実世界の量子力学の存在から見るとF=maなんて成り立たないのですからね。量子力学は《微粒子をミクロで扱う科学で我々の日常には関係ないと思ってる人が多いのだがそれは全くの誤解で量子力学は我々の日常生活も支配している。じゃあなんでそれに気付かないのかというと古典力学が非常によくできた嘘だからだ》いいですねえ。嘘の世界に生きていると思うと楽しくなる文系人間にとってはこーゆー表現は大好きです。最近AIはディープラーニングをベースとして《古典力学をシミュレートできる能力を示しつつある。もちろん中味はF=maみたいなモノでは必ずしもない。にもかかわらず「ある時点での位置と速度を与えたら未来永劫その軌跡は決まってる」を実現しているようにしか見えないモノをつくることができているのだ》AIってけっこう(まだまだ?)阿呆なんですね(笑)。ワン。黒兵衛の散歩は後回し。ベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは昨日の本欄に書いたトランプ新大統領とロス五輪の「矛盾」について。ロス五輪のときにバッハに変わるIOCの新会長はトランプのオリンピックから見た「間違い(地球温暖化無視やマイノリティ差別等の考え)」を指摘(非難)することができるかな?ラジオのあと黒兵衛と散歩してロームシアター京都の担当者にウランダンの記事の最終原稿をメール送稿や単行本書き下ろしなどイロイロ仕事したあと大相撲録画を見ながら晩メシ。金峰山は大の里まで破ったですね。大相撲はどれだけAIやディープラーニングが進化しても関係のない(独立性を保つ)スポーツと言えるでしょうね。NHKクローズアップ現代の佐々木朗希投手のドキュメンタリーが面白かった。剛速球投手は怪我に悩んでいるのですね。イチローのメジャー殿堂入りは凄いですね。オリックス時代は「まだまだ玉木さんのインタヴューを受けられるような選手ではないです」と断られたけどそろそろインタヴューを受けてくれるかな?(笑)

1月21日(火)
田口善弘『知能とは何か ヒトとAIのあいだ』メッチャ面白い。ナルホド「脳」というのは現実世界をそのまま認識していると言うより現実の実世界そっくりの状態を映し出す(シミュレーションする)シミュレーターなんですね。だったら「実世界」と思ってる世界で動くのもAIが創り出した「仮想世界」に入るのも変わらない?いやいや読み進まねば。しかし《脳波を入力に使ったブレインピックがすでに開催されている》との指摘には驚きました。ヘッドホン型の脳波検出装置を頭に付けて考える(脳波を送る)だけでeスポーツを行うわけですね。そのうちスターウォーズに出てきたフォースを使うサイコキネシスによるスポーツ(ゲーム)も始まるかも…未来のスポーツライターはたいへんですなぁ。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。チャットGPTと会話をするとチャットGPTの言葉の向こうに「心」があると錯覚するのは「脳」が勝手に誤ったシミュレーションをしてしまうからなんですね。映画『HER世界でひとつの彼女』の世界ですね。しかし黒兵衛がワンと吠えても「心」が…見えない…イヤ見えるときもある…かな。ワン。いろいろ書き下ろしの仕事の他にロームシアター京都のウランダンの公演に関する最終校正などして大相撲の録画見ながら晩メシ。ニュースを次から次へと見てトランプ新大統領就任後の世界をイロイロ考える。どのテレビ局のキャスターもコメンテイターも取りあげなかったけどロス五輪はどうするのかな?SDGsやカーボンニュートラルやトランスジェンダー問題と取り組んでいるオリンピックを考えるとトランプ大統領はロス五輪で開会宣言をできないのでは…?それとも2ヶ月後に決まるIOCの新会長がトランプ大統領の地球温暖化無視やマイノリティ差別の考えをスポーツ(オリンピック)の力で覆させるかな…?難しいとは思うけど…その方向性はIOCに打ち出してほしいですね。まさかガザ停戦やイスラエル問題が解決せずイスラム諸国のボイコットなどには進まないと思いますが…。

1月20日(月)
ベッドでの読書は一昨日講談社から届いた現代新書の新刊のなかから『知能とは何か ヒトとAIのあいだ』を読み出す。コレが面白い!!2024年のノーベル物理学賞と化学賞を受賞した科学者3人が揃ってシンギュラリティ(技術的特異点)を超えて人間を上回る知能を有するようになるAIの恐怖を訴えているが本書の著者田口善弘中央大理工学部教授は《人類に匹敵する知能と自我を持つ人工知能が誕生することはない》と断言して「知能とは何か」を検証し始める。そりゃそうですよね。そもそも「頭がイイ」ってことがどーゆーことかはっきりしませんからね。ドナルド・トランプは頭がイイですか?イーロン・マスクは?渡邊恒雄は?森喜朗は?その他モロモロなんとも言えないのに…では人工頭脳AIは?と考えたときの恐ろしさは感じますがその恐ろしさは現在の恐ろしさと変わらないのかな?人間の脳をMRIで調べても優れた知能かどうかなんてわからないのと同じで《コンピュータにMRIをかけたら動作原理がわかるか?》と言った物理学の権威の学者がいたらしいけど鋭いですね。おーっとマダ40ページしか読んでないのに先走ることは止めましょう。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。明け方に降ったらしい雨はやんで富士山が綺麗。ラッキー。「知能」のことを考えるとTVで語られた筑紫哲也さんの言葉が思い出されます。「金儲けをするのに知性は必要ないがカネの使い方には知性が表れる」人工知能(AI)はきっと「金儲け」だけが求められ評価されるのでしょうね。ワン。デスクワークはロームシアター京都のウランダンのパフォーマンスを観た感想。「デストピアにも思える超未来の静謐な世界での人間の極限の身体の動きによる舞踏は人間の美しい心を可視化したものだったーラシッド・ウランダン/シャイヨー国立舞踏カンパニーによる『CORPS EXTRÊMESー身体の極限で』を見て」というメッチャ長いタイトルを「超未来社会の「人間の美しい心」を可視化したパフォーマンス」とメッチャ短くしてメール送稿。晩メシは録画した大相撲を見ながら。金峰山強いですね。豊昇龍は平戸海に苦敗。これで横綱昇進は消えましたね。平幕力士の優勝争いも乙なモノです。神奈川テレビの「吉本新喜劇」は「せやねんスペシャル」と書いても関西人以外には通じないかな?(笑)以前は私も何度が出演した番組です。

1月19日(日)
ベッドのなかでの読書は少しでも仕事に関係があると思って集中して読む本の他に気軽に楽しむ本も用意している。最近は幸田文の随筆を集中して読む本とは別に毎晩1本読んできた。やっぱり面白いけど女性向きかな。それも活動的な女性が読む本ですね。隣家のフランス人夫人が面白いからと貸してくれたけど納得。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあと町内の自治会館へ。来週日曜の「オペラを楽しむ会」の第2回目でプロジェクターがにパソコンをつなげるかどうかを試験。パソコンに弱い小生のためにお向かいのアーティストのSさんに同行していただく。が結局上手くいかず自宅からDVDプレイヤーを持ち出すことにする。コレでバッチリ。ブルーレイも見られるので来週日曜が楽しみ。午後から少し仕事は京都のロームシアターで見たウランダンの「ポストモダンダンス」に対する感想を校正。長女がやって来てヨメハンにメルカリの使い方を教えている。せいぜい不要品で儲けて下さい(^_^)その横でビール飲みながら大相撲。正代に大拍手!!豊昇龍は熱海富士や正代のようにあんこ型で身体の柔らかい力士に弱いのかな。晩メシは長女が持ってきてくれた彼女の済むアパートの近くの大評判の肉屋さんのモツ煮込み。うん。確かにメッチャ美味かった。大河ドラマは…蔦重…だけどTVドラマはカッタルイですね。小生の性格と趣味の問題でしょうが…。田中優子さんの『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)を買って読めば十分でしょうね。

1月18日(土)
ベッドのなかの読書は酒井順子『老いを読む 老いを書く』(講談社現代新書)。昨年末の渡邊恒雄氏の死去に伴い読み直していた本にようやくキリがつき読みたいと思いながら読めなかった本をようやく読めた。深沢七郎や谷崎潤一郎や曾野綾子や石原慎太郎の老人文学や老人論は面白かったけど老いの「How TO モノ」は小生はパスしたいですね。『楢山節考』の姥捨ては70歳だったんですね。若いときに読みもして木下恵介監督の映画も見たけど忘れていました。小生はもうとっくに山に捨てられる年齢を超えていたのですね。ワン。黒兵衛と散歩のあとヨメハンの買い物に付き合ってチョイと遠いスーパーマーケットまで歩く。老いは足かららしいので歩かねば。しかし女性は何故買い物にあそこまで熱心になれるのでしょうね?おかげで昼飯のあとグッスリ昼寝できましたけど。大相撲録画してTBS『報道特集』を見る。トランプ政権の閣僚はASEAN加盟国に日本や韓国や豪州を挙げる人もいるんですね。嗚呼。豊昇龍のヤル気は憎々しいまでの迫力を帯びてきましたね。

1月17日(金)つづき
魚住昭『渡邊恒雄メディアと権力』(講談社)第1章「反逆児」に戻って第2章「敗戦と東大細胞」第3章「運命の山」まで読み切る。共産党時代に経験したボルシェビキ的人と組織の動かし方(コアな少数が多数を動かす)がのちの彼の人生における読売新聞社内での権力闘争の方法論となったわけですね。ある意味で凄い人物だとは思うけど悲しい人生ですしこーゆー人物が権力を握った社会というのも不幸な社会と言えますね。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあろ終日原稿書きは『SLUGGER』の連載「ベースボール今昔物語」第4回。「ベーブ・ルースは野球の神様」などいう言葉はアメリカでは絶対に使わないけど日本では何故使ってしあうのか?と言うことを書く。要するに八百万神の多神教信仰の日本とキリスト教一神教社会のアメリカの違いでしょうね。晩メシは『チコちゃん』見ながら。パンのクロワッサンがオスマン帝国の三日月との関係から生まれた話は面白かったけど何故オスマン・トルコがイスラム教でだから三日月という話題は出なかったのかな?今もイスラム圏では救急車にキリスト教の十字架に似た赤十字は使わずに赤新月(三日月)ですからね。

1月17日(金)
30年前の朝は午前5時に起床。軽い朝食を摂りネクタイを締めてブレザーを着てフジテレビが用意してくれたハイヤーに乗って出かけようとしたところでTVの臨時ニュース。関西で大地震らしい。ヨメサンに京都の実家や俺の家に電話をして様子を尋ねるように言ったあとハイヤーに乗ってニュースを見ながらフジテレビへ。相当ヒドイ地震らしいとわかってフジテレビのモーニングショウ(司会は生島ヒロシさん)のスタジオに入ると怒号が飛び交っていた。「今日のゲストは?」「タマキ」「出身は?」「カンサイー」「ヨシ。そのまま行こう」という会話が聞こえてスタジオ入り。モニターを見て大きなビルが倒れたり火災が発生したり高速道路が横倒しになっていることにショックを感じながら「これは阪神高速で甲子園球場の近くだと思います」「この火事は芦屋の高級住宅街の六麓荘で類焼の危険はありません」などと話す一方ディレクターの用意してくれた電話で神戸製鋼ラグビー部主将で7年連続優勝を果たしたばかりの平尾誠二や自分の実家や関西の知人などに電話をしまくったがどれもつながらない……という大騒動で始まった一日でした。もしもあの阪神淡路大震災がなかったら平尾誠二とJリーグ・チェアマン(当時)の川部三郎の両氏の対談(文藝春秋誌上に掲載予定)が実現していたはずで当時堅固なアマチュアリズムを主張していた日本のラグビー界に大きな一石を投じることができたはずだった。それだけにあの自然災害は本当に残念だった。震災後数日経って神戸在住の友人に友達から集めたカネを持って行ったり長田区で火災は免れたが商店街が全て斜めに傾いたところ住む嫁さんの親戚を訪ねて見舞ったりセンバツに出場する高校野球部を取材したり…。京都の俺の実家の電器屋は大きなウィンドウの一部が割れただけ……とにかく慌ただしい日々がしばらく続いたのを思い出します。もう30年も経ったのですね。

1月16日(木)
『渡邊恒雄メディアと権力』第11章「異端排除」12章「王国の継承」13章「野望」まで読み切る。そして著者の魚住昭氏は「あとがき」にこう書く。《このままいけば戦後の憲法が掲げた自由・平等・平和の理念はやがて跡形もなく消えてしまうに違いない。そうした潮流をつくりだすうえで渡邊恒雄氏が果たした役割は限りなく大きい。私は氏の取材を通して戦後民主主義が崩壊してゆく様を目の当たりにしたような気がする》そんな人物が逝去したあとも崩壊し続ける日本の民主主義は立て直せないのか?せめて…あらゆるスポーツが民主主義(反暴力=反戦)の社会のなかからしか生まれなかったという事実に多くの人々が気付いて(学んで)ほしいですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。今日も富士山が綺麗。何故か最近富士山大噴火の被害状況の分析のニュースをテレビでよく見る。死火山でない火山が噴火しないわけもなく美しい山の怒りの表情も見てみたいとも思うがソレは日本にとってのハルマゲドンかな?木田元氏は『技術の正体』(デコ出版)の「まえがき」に東日本大震災に遭遇したとき「長く生きすぎたかな」と思ったと書かれていたと記憶してるが富士山大噴火のときは小生もそう思うのかな?ワン。しかし『技術の正体』は人間の進歩の愚かさを見事に指摘した名著だと思うけど渡邊恒雄氏はカントやニーチェやマキャベッリは読んでも木田元氏の本は読んでいないでしょうね。ワン。終日原稿書きは財界展望新社の雑誌『ZAIEN』の連載「今月のスポーツ批評」第90回を書く。渡邊恒雄氏の逝去を取りあげて彼は日本のスポーツ(プロ野球)界に何も貢献できず彼の存在はマイナスに働いたことを書く。照ノ富士引退ですね。仕方ないですね。ご苦労様でした。玉鷲&王鵬強いですね。熱海富士も素晴らしかったですね。角界は未だカオスの状態でコスモスにはなってないのかな?掛布・イチロー・岩淵・三氏の野球殿堂入りは祝福したいけどプロ野球の改革(企業野球からの脱皮とプロ野球組織の拡大)はマダマダ先のようですね。

1月15日(水)
『渡邊恒雄メディアと権力』第6〜10章一気に読み進む。「暗闘」「狂気と忠誠心」「国有地争奪戦」「社会部帝国を打破せよ」「お家騒動」タイトルを見るだけでも面白いですが中味はもっと面白い。いやドロドロした権力争いを面白いなどと言ってはいませんね。元読売新聞社会部記者でノンフィクション作家の本田靖春氏は読売にいた頃の感想をこう言った。《僕らの不幸は(略)正力(松太郎)さんは天才的事業家だけど新聞をチラシ広告と同じくらにしか考えていなかった。務台(光雄)さんも「販売の神様」であってジャーナリストじゃない。その後を受けた渡邊(恒雄)さんもジャーナリストというより政界の人間ですよね。だから読売でジャーナリストであろうとすると必ず上とぶつかることになる》だから大阪社会部の「黒田ジャーナル」もナベツネに潰されたのですね。ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは秩父宮ラグビー場で行われた大学ラグビー決勝と国立競技場で行われた高校サッカー決勝のテレビ中継が如何に見難かったかという話。競技場の影がフィールドのなかに模様を映し出したり大きく張り出して光と影のコントラストができたことですね。スタジアムを造るのに建築家や音楽プロデューサーの意見は聞いてもアスリートの意見を聞かない結果ですよね。ビートルズの初のアメリカ公演がニューヨーク・メッツの野球場(シェイ・スタジアム)でスタジアムでのマドンナやマイケル・ジャクソン以来の野外コンサートを成功させたのがロンドンのサッカーの聖地ウェンブレーだったことを考えるとスポーツの専用スタジアムを造るべき。長崎にできたサッカー場は…とまで言うとMCの田端竜介さんが「こけら落としが福山雅治さんでしたからね」と小生の言いたかったことを言って下さった。そーなんですよね。多目的スタジアムなんていらないんですよね。ワン。ラジオのあと黒兵衛と散歩して『SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞』の審査(点数付け)と講評を再度チェックして手を入れたりして事務局にメール送稿。晩メシは大相撲を録画で見ながら。玉鷲いいですねえ。強いですねえ。琴櫻はどないしたん?晩メシのあと酒呑みなながらジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントン主演の映画『クリムゾン・タイド』見る。2度目だが面白かった。クーデターが起こったロシアと核戦争寸前になった米潜水艦内の好戦的艦長と平和主義者の副館長の争い。結局は上出来のハリウッド娯楽映画だが広島長崎への原爆投下の是非論を闘わすなどナカナカ興味深かった。トニー・スコット監督は確かリドリー・スコット監督の弟ですよね。

1月14日(火)
『渡邊恒雄メディアと権力』第5章「KCIAの密使」読み続ける。日韓条約締結に向けてナベツネが新聞記者の職域を遙かに超えた「活動(暗躍)」を見せる。日韓の政治家たちが入り乱れ児玉誉士夫などの右翼や瀬島修三などの商社マンが暗躍するなかナベツネは児玉誉士夫とのつながりを濃くしてゆく。そして著者の魚住昭氏は書く。《ソウルでは条約反対を叫ぶ学生デモ隊と警察が市街戦さながらにぶつかり合いおびただしい血が流れた。学生たちがそれほどまでに抵抗したのは植民地支配への謝罪や反省のないまま結ばれた条約が日本への隷属の第一歩となるのではないかという危機感があったからだ》そして《日本の植民地支配の購いとして韓国民に還元されるはずだった巨額の「賠償金」は日本企業にとっての韓国進出の絶好の機会となり日韓政財界の癒着を生んだ。戦争や植民地支配に苦しんだ人々を置き去りにしたまま…》ナベツネは次のような文章も残している。《我々新聞記者は黒幕であろうと怪物であろうとニュースソースとして価値ある存在には誰でも接近でねばならぬ。共同会見では特ダネは取れない。大切なのは取材対象に対する主体的批判力を失わないことである》しかし《カネがらみの裏工作に荷担するのを取材とは言わない。むしろ(略)癒着といったほうが適切だ》と魚住氏は書く。マスメディアにジャーナリズムを求めるのは八百屋に魚を求めるようなものなのか?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。美しすぎる富士山を毎日見てるけど富士山は全く怖さを感じないほど美しいですね。ワン。『SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞』の審査(点数付け)と講評執筆を完結。明日のラジオの準備などして晩メシは録画した大相撲を見ながら。今日も王鵬と豊昇龍の成長した強さを確認。琴櫻はどないしたん?ちょっとしたアクシデント?

1月13日(月)
ベッドのなかの読書は魚住昭『渡邊恒雄メディアと権力』(講談社文庫)の第4章「番記者」から再読。鳩山一郎・大野伴睦に食い込んだナベツネは当時の読売新聞社社主の正力松太郎の紹介で出逢った中曽根康弘を総理にするべく読売の同僚氏家齊一郎や産経の福本邦雄らと共に中曽根を総理のするべく活動を始める。彼らが相当の「切れ者」だったことがよくわかるが当時の政治記者の政治家とのズブズブの関係は凄いですね。今も続いてるのでしょうね?防衛庁(当時)の次期戦闘機選びに関するグラマン汚職とロッキードへの大転換や自民党の総裁選に絡む小佐野賢治の登場。そうした政界のなかに入り込んでいた人物がスポーツ(プロ野球)に対する真っ当な見方をできなかったのは当選のことと言うべきかもしれませんね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。雪をかぶった富士山が冬の青空のなかで美しすぎて恐ろしさは感じませんね。ワン。チョイと仕事のあと松飾りを始末するために片道30分以上歩いて諏訪神社へ。この名前の神社は全国に2万5千社もあるそうですね。「諏訪大明神」の建御名方神とその妃の八坂刀売神が祀られているそうです。今年の初詣のあと帰宅して大学ラグビー&高校サッカーを楽しむ。ラグビーはチョイと実力差がありましたね。サッカーは延長からPK戦までなったのは高校生の試合にそこまでやる必要があるのか(両校優勝で良いのではないか)と思ったのでCMで途切れたのは怒る気もしませんでした。大相撲は琴櫻が阿炎に一方的に負けてしまいましたね。王鵬&豊昇龍は強くなりましたね。日テレ「仮装大賞」見ながら飯食って酒呑んでたら九州で地震。最近の美しすぎる富士山が頭に浮かんでチョイと恐怖心が増しました。

1月12日(日)
宮崎学『近代ヤクザ肯定論 山口組の90年』第5章「港の顔役」を読了。読んでるときに常に頭に浮かんだエリア・カザン監督マーロン・ブランド主演の映画『波止場』が最後に文章にも出てきた。しかしギャングが波止場の下層労働者を抑圧して収奪する悪党ギャングと闘う共産党的組合と山口組のヤクザ的「組(ブント)」は根本的に性格が異なるのですね。ヤクザの組もゲマインシャフト(共同社会型組織)からゲゼルシャフト(利益社会型組織)へと発展的に進化はしても後者に成り切れず前者の要素を色濃く残すのですね。それはヤクザ社会だけのことではなく日本社会全般に言えることでヤクザの組織も企業社会など日本社会の生き写しだったわけですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。映画『波止場』の音楽はレナード・バーンスタインの作曲でアカデミー映画音楽賞を受賞したのですよね。小生がニューヨークのバーンスタイン事務所を訪れたときにはそのオスカー像を手にして記念撮影させてもらいました。ところがその写真を紛失(>o<)。ワン。終日今日も『SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞』の審査(点数付け)と講評執筆。ふうう。晩メシは録画しておいた大相撲初場所を見ながら。横綱照ノ富士が負けたことよりも大関大の里に土がついたことのほうが驚きました。そのあとNHK大河ドラマ『べらぼう』を見…ましたが平賀源内が男色だと言われも別に面白くないですね。続けて酒を呑みながらBS日テレで放送していた映画『柳生一族の陰謀』を見る。深作欣二監督の映像もオールスター・キャストの名優たちの台詞回しも面白かった。三船敏郎・萬屋錦之介・松方弘樹・芦田伸介・丹波哲郎・原田芳雄・成田三樹夫・千葉真一・山田五十鈴・中原早苗・大原麗子…などのなかで若い真田広之や西郷輝彦も頑張ってました。テレビドラマと映画の違いは大きいとは言え昨今は昔に較べて監督も役者も小粒になってレベルが下がったと思うのは小生の歳のせい?

1月11日(土)
ベッドでの読書は『近代ヤクザ肯定論』第4章「港の顔役レーバー・ボス・イン・ハーバー山口組の港湾支配」読み進む。戦後のGHQが港湾労働(奥の下請け会社と日雇い労働者たちの存在)の「民主化」に乗り出しても山口組を率いた田岡一雄はそれが絶対に不可能だと読み切っていたのですね。そのうち朝鮮戦争が始まり軍事兵站基地としての港湾の活用が拡大した結果人材派遣会社としての「組」が大きく発展。ヤクザ者に(博打や麻薬販売ではない)正業を持たせるという山口組三代目に就任した田岡一雄の方針が実現されて事業家としての彼に一流の才覚がよくわかります。同様にマンハッタンやブロンクスで港湾事業を成功させたマフィアのラッキー・ルチアーノとの共通点が見えますね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。雪を被った富士山を見ると心がスッキリするのは確かですね。たぶん富士山が大噴火してその美しい形を崩すときが日本の亡びるときかもしれませんね。ワン?昨日に続いて『SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞』の審査(点数付け)と講評執筆。多くの企画書を読むのはシンドイですけど面白い企画と遭遇したときは疲れが吹っ飛びますね。最近はやらなくなったけど学生のレポートを読むのに似てますね。途中高校サッカーの試合を見たりして気分を変えて…あと2日くらいで完成かな?晩メシはTBS『報道特集』を見ながら。能登の復興は全然進んでないようですね。馳浩知事がもっと陣頭指揮を執って将来のヴィジョンを示さないと…。

1月10日(金)
『近代ヤクザ肯定論』第3章「闇市の混沌のなかからー窮民アウトローとしての出発』読了。戦後の焼け跡闇市での在日朝鮮人や台湾人とヤクザとの複雑な関係が詳細に記されている。そんななかでヤクザは警察権力と手を組み(利用され)のしあがってくるのですね。かつて支配され扱き使われていた朝鮮人・台湾人・中国人が暴れまくるのを抑える力のない地方官僚や警察はヤクザと手を組みヤクザの力を利用したのですね。田岡一雄も神戸水上暑の一日警察署長を務めましたからね。最近ずっと"ヤクザの歴史"を読み直しているのはスポーツとの関係を考える作業でもあったのでしたがハタと気付くことがあった。日本のスポーツ界がアマチュアリズムと企業スポーツを強固に推し進めたのはプロになると興行となりヤクザとの関係が生じるのを避けようとする要素が働いたからでしょうね。相撲・プロレス・職業野球など興行を取り仕切ったのはヤクザでしたからね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。雪を綺麗に被った富士山を見ながら宮崎学さんの言葉を思い出す。「プロ野球がヤクザと関係があるかって?ヌルいこと言うたらアカン。プロ野球を最初に興行として動かしたのはヤクザやったんやから」ヤクザの組とともに発展した日本のプロスポーツ興行と体育界系の軍隊組織にも似た先輩後輩関係で発展した日本のアマチュア・スポーツ。最近はJリーグBリーグの誕生やアーバン・スポーツの出現等で大きく様相は変化したけどまだまだカルチャーとしてのスポーツのあり方をキチンと認識している人々は少数派かも。ワン。これまでコツコツと読んできた『SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞』の審査(点数付け)と講評執筆を始める。面白い企画もいくつかあったけど一次審査員ですからここに中味を書くことは止めます。晩メシ前に郵便物の整理をしたら九重親方から九重部屋の機関誌『オリーブOLIVE』が届いていた。この機関誌はメッチャ面白く良くできてます。晩メシは『チコちゃん』を見ながら。最近ちょっとヴォルテージが下がっていたけど深海魚の話はオモシロかったですね。金曜日は『ニューズ・オプエド』が休止してちょっと拍子抜け。少々休んでマタ映像メディアでのスポーツジャーナリズムを始めたいと思ってますのでソノときは皆さんよろしく。『九重部屋のオリーブ』はこのインスタグラムで紹介されてます。https://www.instagram.com/kaho.f.s/reel/DEmPPpfPXA9/

1月9日(木)
ベッドでの読書はヤッパリ宮崎学『近代ヤクザ肯定論』に戻る。第1章&2章読了。近代ヤクザは大正時代の米騒動で大活躍。歴史の教科書には書かれていないことですが米騒動が全国展開したのはヤクザの働きがなければできないことだったのですね。それに田岡一雄が最初の刃傷事件を起こしたのは二所関ノ部屋(大関・玉錦)と友綱部屋(幕内・宝川)の確執がキッカケ。また山口組二代目の山口登が斬られた事件には吉本興業も関わっていたのですね。スポーツ(相撲)興行と芸能興行の世界の始まりはそういうもんだったのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。雪を被った富士山が綺麗。大雪の災害で苦しんでおられる地方の皆さんにはお見舞いを申しあげるほかないですが綺麗なものは怖ろしいですね。三島由紀夫も書いています。「美しいと思ふものにはみんな危険な性質がある」そういうものでしょうね。ワン。昨日の本欄にも書いたけど『ニューズ・オプエド』の「休止」が決まりこれまでゲスト出演していただいた方々に約50人にメール送信。ふううう。すぐに過去のスポーツ・ジャーナリズムとしての行為に対する評価や感謝や何らかのメディアの再開を期待する返事をいくつかいただいて嬉しかった。晩メシは昼間NHK-BSで放送していた『逃亡者』を見ながらヨメハンと二人で鍋をつつく。リチャード・キンブルという名前は昔テレビで毎週耳にしていたので懐かしいですね。映画では女房殺しの冤罪から逃亡した医者をハリスン・フォードが熱演(テレビではデビッド・ジャンセンでしたね)。最後に巨大製薬会社の陰謀を暴いて無実を証明。殺人犯としての彼を追っていた刑事(トミー・リー・ジョーンズ)と和解。大ハッピーエンドのハリウッド映画には罪がないですね。缶コーヒーのCFにでている刑事もオイシイ役で良かったですね。しかしロサンジェルスの大山火事を見るとハリウッドもこんなノーテンキな映画を作ってられなくなるのでは?と心配になります。

1月8日(水)
フランスへ帰られたお隣さんが「面白いですよ」と置いていって下さった文春文庫の川上弘美・選『精選女性随筆集 幸田文』をベッドで読み始める。確かに面白い。父・幸田露伴との「セックス問答」など笑いながら納得してしまった。ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出て今年初めてのRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。新年の挨拶をしたあと今日のテーマは箱根駅伝。過去11年間で8度の優勝を果たした青学の原晋監督は確かに素晴らしい指導者だが彼の「箱根駅伝批判」「箱根駅伝全国大会化論」にも耳を傾けるべきですね。関東学生陸上連盟の主催で地方利権を独占して全国から優秀な高校生ランナーを関東の大学に集中させているのは文科省マターとして大問題ですね。いやラジオでは深く話せなかった(時間がなかった)けど「東京(首都圏)一極集中」を阻止するために「箱根駅伝を全国化せよ」という主張をジャーナリスト(メディア)は打ち出すべきですね。日本社会の健全化のためにはテレビ局と箱根駅伝を共催している系列新聞社が高視聴率を得て喜んでる事態ではないはずですよね。ワン。黒兵衛と散歩のあとイロイロ打ち合わせ。足掛け7年以上続いた『ニューズ・オプエド』の一端休止が決まりオーナーでありプロデューサーである上杉隆氏のゲスト出演者に対する挨拶文に加えて小生もメール文を作成。明日以降に配布する予定。イロイロ事情があっての「休止」で上杉氏は「復活」を画策しているらしいけどメディアの維持というのは本当に難しいものですね。NHK-BSで放送された映画『エルヴィス』を録画。白人でありながら黒人の歌を広めるという理由でアメリカ国家権力から弾圧されたプレスリーの生き様を描いたイイ映画でした。B.B.キングも出てきましたしね。監督は『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマン。彼は巨大な貝殻で有名なシドニー歌劇場でプッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の最高傑作と言える演出もしてますね。Eテレでの再放送を期待。エルヴィスのデビューからのマネジャーをやり最後に喧嘩別れとなる「大佐役」はトム・ハンクスだったのですね。サスガに映画全体を引き締める名演でしたが見事なメイクで最後にテロップが流れるまでわかりませんでした。俳優が誰かわからず映画を見るのはイイものですね。

1月7日(火)
宮崎学『近代ヤクザ肯定論 山口組の90年』第5章以下「あとがき」まで読了。《高度経済成長から70年代の列島改造を経て日本社会がきわめて平坦な社会スーパーフラットな社会になったしまった》結果《ヤクザというものはそのようなフラットな社会では生きていけず(略)異なった階級や階層の接続面や接続点においてあらわれる差異・断絶・疎隔を利用してそこにあるラグ(時間的隙間)やギャップ(空間的隙間)に棲息してきたのが近代ヤクザである》ナルホド。そして暴対法で何をやっても逮捕される存在となった組員(ヤクザ)は新たな格差社会のなかから新たに生まれた「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」や「素人指示強盗」などを繰り返す「トクリュウ(匿名流動型犯罪者集団)」に自分たちの知ってる非合法的ノウハウを教える犯罪者集団になるしかなかったのですね。宮崎氏は最後に変貌する東アジア世界のなかで強大化する中国や朝鮮との《『水滸伝』にも似た一種の盟約的ネットワークを作り(略)欧米色一色に塗り込められた世界の価値体系に風穴を開けてゆく》というかつての大陸浪人大亜細亜主義的「超近代ヤクザ」「超近代無頼たち」の擡頭を夢想する…が…表世界の強固な日米同盟・米韓同盟のなかでそのような裏世界は実現しないだろう…とはいえそーゆー選択肢も存在することは忘れないでいたい。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。町内の掲示板には小生が26日(日)に町内の自治会館で行う「みんなでオペラお楽しみましょう」の綺麗なチラシが貼られていた。それをデザインしてくださった御近所さんがおられたので御礼の言葉を伝えると「今回は2回目ですので第2弾かな?と思っていたら第2幕と書かれていたのでサスガと思いました。オペラですからね」と言われたので「オペラは"にまく"と言ってもいいでしょうが歌舞伎は"にまく"と言わないですよ」と教えてあげる。「えっ?」「歌舞伎は"ひとまく""ふたまく""みまく"…です。次回はオペラに混じって日本のオペラ=歌舞伎もお見せしますから」ということで御近所さん御期待ください。ワン。終日コツコツ書き下ろし。夕方お隣さんがフランスへ帰られたのを見送って晩メシ。年末からNHK-Eテレがアンテナの故障で見られなくなって見たい番組はナシ。パヴァロッティがサンフランシスコ歌劇場で初めて歌ったヴェルディの「アイーダ」を見ながら食事。この歌劇場は俺の生まれた年に発効した第二次大戦後に日本が独立して西側諸国と講和条約を結んだところですね。オペラには関係ないけどこの時同時に結ばれた日米安保条約は「問題アリ」と当時の吉田首相が自ら認識して別の場所で調印されたのですよね。

1月6日(月)
ベッドでの読書は『近代ヤクザ肯定論』第9章「近代ヤクザの変質と終焉」に突入。警察庁はじめ諸省庁を動員した国を挙げた広域暴力団壊滅頂上作戦が展開され多くのヤクザや組幹部が逮捕され田岡一雄の死去で山口組も分裂したにもかかわらず山口組は再統一されて大きな「組」は壊滅せず中小の「組」が巨大な「組」に吸収されて《任侠社会主義》だったヤクザ集団は《極道帝国主義》とも呼べる組織に再編されるのですね。警察庁は第二次・第三次頂上作戦を展開したものの極道帝国主義化した巨大組織は経済ヤクザとしてバブル期を地上げや土地転がしや闇金融で乗り切り《企業社会の「負のサーヴィス業」を担当する全体社会のノマド(放浪民)として(略)「経済の隠れた潤滑油」「社会という生態系の清掃人」というプラスの役割を果たす》ようになったわけですね。もう「地域社会の顔役」でもなければ「非熟練労働者の集団」でもなく社会の周縁で組織された「芸能人や在日コリヤンや部落民の味方」でもなく「哀愁の共同体」でも「近代ヤクザ」でもなくなった非合法集団に対して1991年「暴力団員による不当な行為の防止に関する法律(暴力団対策法・暴対法)」が施行され《その活動が(指定広域暴力団の)ヤクザがやっているものなら事実上禁止できる》ようになった結果かつてヤクザと呼ばれた人々はただの暴力団員となり「反社集団」や「半グレ」や「トクリュウ(匿名流動型犯罪グループ)」と呼ばれる集団に流れていったというわけですね。宮崎学氏の著書のタイトル『近代ヤクザ肯定論』の「肯定論」という意味がよくわかりました。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあとの仕事始めは本HPの原稿を仕上げて(株)bitさんのスタッフに送る。あと数日で月に一度の本ホームページの更新が行われますので皆さん見たり読んだりしてください。晩メシはテレビ神奈川で吉本新喜劇を見ながら。年が変わっても相変わらず面白いと思うのは関西出身だから?

1月5日(日)
『近代ヤクザ肯定論』は第8章「対抗権力としての近代ヤクザー山口組壊滅せず」に突入。ヤクザと右翼&自民党の政治家との深い関係についての記述。大野伴睦など自民党党人派の代議士は特にヤクザ団体との関係が深かったのですね。そこにフィクサーとして児玉誉士夫・笹川良一などが蠢く。田岡一雄は児玉を見届人として東声会の町井久之(鄭建永)と義兄弟の盃を交わすが児玉ら一連の右翼と政治からは一歩身を引き田中清玄と親交を深める。田中清玄は60年安保で全学連の唐牛健太郎を援助した人物。それは岸内閣を倒したかったからという。《児玉は河野一郎政権を作るため全国の博打打ちと右翼を糾合した「東亜同友会」という組織を作ろうとしその背後には岸信介がいた》そこで田中は田岡と相談して「麻薬追放・国土浄化連盟」という組織を作る。この組織には松下正寿(立教大総長)菅原通済(麻薬審議会会長)福田恆存(評論家)山岡荘八・平林たい子(作家)市川房枝(参院議員)など《学者・文化人が表の顔。裏で組織を支えたのは山口組》だった。田岡はこの運動を《山口組の東京進出にも利用した》が麻薬追放も本気だったという。映画『ゴッドファーザー』そのものですね。ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩。昨年末になくなった渡邊恒雄氏は最初読売の政治記者として大野伴睦に深く食い込んだ。その話は報道もされ生前の本人も語っていましたが大野伴睦とヤクザとの深い関係は一切出てきませんね。岸信介も統一教会との関係は最近出始めましたがヤクザとの関係は出ませんね。小泉純一郎元首相の祖父や父親の話も。知りたい人は宮崎学さんの著作を読みましょう(笑)ワン。♪今日は日曜サンデーと言うのに…というのは笠置シズ子の「買い物ブギ」ですが…昨年末の大掃除で出たゴミの処理などを頑張って夕方からビール。晩メシはNHK『ダーウィンが来た』で蛇の話を楽しんだあと久し振りに大河ドラマの『べらぼう』を見る。チョットタルイですね。その後のNHKスペシャル『新ジャポニズム』の漫画の話はオモシロかった。しかし江戸の浮世絵からの歴史は『べらぼう』の番宣臭が漂ってましたね。鳥獣戯画は無視されましたね。

1月4日(土)
『近代ヤクザ肯定論』第7章「被差別民の前盾・後盾ー被差別部落・在日コリアン社会とヤクザ」読了。《ヤクザ=正業を持ち親分・子分の上下関係で組織化された定住的農耕民的「一家」を成すアグリ・アウトロー集団》それに対して《愚連隊=兄弟関係を基本とした仲間で水平的で根茎(リゾーム)的「グループ」を成す狩猟採集民的ノマド・アウトロー集団》という分類は見事にわかりやすかった。またクロパトキンの『麺麭(パン)の略取』の解説からフーコーの『監獄の誕生』を例に取り「違法行為(イレガリスム)」と「犯罪行為(クリミナリテ)」の違いを解説し在日コリアンが愚連隊から山口組などのヤクザに吸収される過程もよくわかった。学者先生の教壇的社会学講義よりもヤクザ一家に育った人の体感的社会学講義のほうがヤクザと日本社会の実態も社会学の講義もよくわかりました。在日コリアンの集団が愚連隊的にしか成長できず「一家」を成せなかったのも二重の差別と言えるのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。三が日よりも静かな正月の空気が漂う住宅街を擦れ違う人も犬もなくヨメハンと二人でゆっくり歩く。孫や子供で五月蠅かった正月よりも正月的かな。ワン。AI(人工頭脳)を取りあげた映画『her』を昨日見たことからスピルバーグ監督の映画『A.I.』を見直したくなり午後からDVDを見直す。原案はキューブリックで彼がプロデュースしてスピルバーグに監督を依頼した作品らしいが『ピノキオ』を未来社会に置き換えた作品。大病で助からない子供に変わって最先端のAIロボットの子供を手に入れた母親が最初は戸惑っていたがそのうちAIの子供が好きなる。が大病していた本当の子供が病気から回復。本当の子供から虐められたり嫉妬したりで一緒に住めなくなったと思った母親はAIロボットを森に捨てる。未来社会なのにコノ処置は理解できないが「人間になりたい」と思い続けた「ピノキオ・ロボット」はいろいろな冒険をして2千年後の世界で超進化した宇宙人に拾われて母親と…という童話。かなり無理のある2001年の作品はマンハッタンが地球温暖化で水没している未来に紙の新聞を読むシーンがあるだけでも今となっては驚く(笑える)が昨日見た映画も含めて現代社会(の住人)は「明るい未来社会」を想像する力を失ったようですね。「SFは死んだ」ということですね。ナルホド大阪関西万博は健康と長寿をテーマにするほかないのですね。

1月3日(金)つづき
午前中にチョイと初仕事はスポーツに関する最後の書き下ろしの整理。昼飯と昼寝のあとに長男の置いていったDVDでスパイク・ジョーンズ監督の映画『her 世界でひとつの彼女』を見る。女房と離婚協議中の主人公が生身の人間よりも魅力的な会話を自在に行うAI(人工知能)を恋人にするという話。2013年度のアカデミー脚本賞を受賞した物語は現代的で未来的で面白かったけどテーマは「愛とは何か?」で古臭い内容。主人公役は最近見たリドリー・スコット監督の『ナポレオン』でナポレオンを演じた名優ホアン・フェニックス。この人の演技は見事ですね。AIの声の役だけでセックスまでもごとにやってのけた女優はこれまた名優のスカーレット・ヨハンソン。現代的で近未来的なテーマで映画としては面白かったけど「やっぱり(人間同士の)愛は大切」というハリウッド的映画でした。晩メシは長女も帰っていったのでヨメハンと二人だけで映画をもう一本見ながら。ジャン=マルク・ヴァレ監督の『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を見ながら。突然交通事故で女房を亡くした男は女房の親の会社の超エリート。それが女房の死をキッカケに自分の生き方を「破壊」して「自分探し」「本当の愛探し」を始める。最後のシーンだけはチョイと理解できなかったけどオモシロイ映画でした。2015年の作品。しかし…ハリウッド(アメリカ)映画というのは真面目ですね。ソレはけっして悪いことではないけれど強烈な芸術的驚愕というものはないですね。それはアメリカの問題出なく世界的現代社会の現代的特徴なのかな?

1月3日(金)
『近代ヤクザ肯定論』は第6章「高度成長と全国制覇ー頂点に立った山口組」い進んで読了。メッチャ面白く勉強になる。《地域社会において失われた共同性が企業社会という本来機能的なものである場に再生された。企業における利益社会としての結びつきのなかに共同社会の有機的な結びつきが埋め込まれた》つまり「ムラ(村社会)の転移」「第二のムラ(村社会)」の形成」ですね。そして芸能は「神々の祝祭」という性格を失いヤクザは《存在形態を大きく変えて「広域暴力団」への系列化が進み山口組をはじめとする主要七団体による寡占化が進み(略)「新しいしのぎ」としてのちに「民事介入暴力」(民暴)と呼ばれるようになる活動を始める》ことになるわけですね。つまり「総会屋」「会社ゴロ」「金融屋」「整理屋」「取立屋」「示談屋」…などと呼ばれる「経済ヤクザ」に変質したわけですね。ひょっとしてそのとき共同体としての祝祭の部分を受け持ったのが「企業スポーツ」と言えるかもしれないですね。日本のスポーツはあくまでも「ムラの祝祭としてのスポーツ」だったので高度経済成長のあとも世界的には低レベル(五輪のメダル数の低下や欧米のスポーツとの断絶)に終わったわけですね。そー言えばアトランタ五輪の頃にローザンヌのオリンピックの博物館で当時のサマランチIOC会長に「日本は見事な経済発展をしたのに金メダル数が数ないのは何故?」と訊かれて「国の経済とスポーツの発展は別」としか答えられなかったけど正解は「企業(スポーツ)のムラ社会化」だったのかもしれないですね。ワン。次女家族と長男が昨晩変えたのでベッドを出ての黒兵衛との散歩は長女とヨメハンと3人で。チョイと寂しいですね。ワン。

1月2日(木)
今年のベッドでの初読書は宮崎学『近代ヤクザ肯定論』の第5章「大衆芸能の裏側」読了。戦後のテレビの擡頭は「街頭テレビ時代」→「近隣テレビ時代」→「お茶の間テレビ時代」へと移り《テレビ時代を到来させたプロレスは(略)テレビの放映時間に合わせて創作される筋書きのあるドラマに変わって》行き《小屋での見世物にまとわりついていた猥雑で暗い情念の臭いを消して行く方向に働いていった。次第に綺麗に脱臭され明るく照明された臭いと翳のない平板な作りのものがテレビを通じて流布されるようになったのである。(略)歌の世界もテレビに合致するように変えられていった。そしてこのような芸能全体の変質は芸能興行の主導権をテレビ局と大手プロダクションが握っていくことに通じていた》そして山口組は《テレビ局の「十大歌手による民放祭」を粉砕して最後の意気込みを示したが政治権力とリンクした文化資本に強い危機感を抱かせるようになりそれはやがて山口組潰しにつながっていくのである》《かつてーといてもついこの間まで芸能とは神々に捧げるものであった。戦前日本の近代化は天皇による統合を基軸としていたからまだ神々を必要としていた。が戦後それもまさに山口組が民放連に完勝した1955年あたりを境に始まった高度経済成長がこの関係を変えてゆく。テレビの映像の彼方にそれまで芸能が向かい合っていた神々は消えていき神々に捧げるものとしての歌や藝が消えた》そして《テレビの明るい照明の下の芸能》だけが席巻するようになったのだが《それは芸能の世界だけでなく社会全般の変化でもあった》ナルホド。そして「神々も消え」「テレビという神も消え」てSNSが「神々」となった現代はどういう社会に進むのでしょうか…?兵庫県知事の今後の動向やトランプ大統領やオリンピックの今後の変質に注目…かな?ベッドを出て家族全員7人で黒兵衛と散歩したあと中2の孫と長女は『スターウォーズ』の5を見たり…幼稚園の孫は絵を描いたり…俺は箱根駅伝を横目で見るとも見ないともしながら昼から酒呑んだり…昼飯はみんなで白味噌のお雑煮にお節で正月を祝ってワイワイガヤガヤしたり…そのうち夕方になって晩飯に雪崩れ込んだり…幸福な正月とは退屈なものですね。

1月1日元旦
大晦日の久し振りの年越し夜更かしで朝は爆睡。次女は元日から仕事。黒兵衛との散歩は長女と孫2人とヨメハンとで静かな正月を歩き御近所さんに挨拶。午後から長男が久し振りに来訪。お隣さんに年賀の挨拶。鮨処もり山の大将夫妻がシャンパンとお節を届けてくれて年賀の挨拶。孫は長女と一緒に映画『スターウォーズ』の6&4を見直す。俺は長男と狭間美帆さんのニューポート・ジャズの録画を再見。酒呑みながら長男のジャズ論の講義を聞く。ナカナカ面白かった。ジャズの新しさがなくなり(ジャズがクラシックになり)カントリーのグループの新しさを学ぶ。ヴィクター・ウッテンのベースの凄さは知っていたけどコリー・ウォンは知らなかった。彼のギターのリズムは凄い!まだまだ新しい商業音楽は面白いものが生まれていることがわかった。K-POPとJ-POPは商業音楽のダイジェストなんですね。言わば陳列音楽。だから新しさがないのですね。アンテナの故障で何故かNHK-Eテレが見れないので今年はウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを見ずにジャズ談義カントリー音楽談義。それもまた新鮮でした。

2025(令和7)年1月1日元旦
皆さん新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

12月31日(火)大晦日
一日中部屋の掃除をしていると長女と次女と孫2人がやって来て夕方から酒盛りに突入。隣家のフランス人夫妻がシャンパン持って挨拶にきてくれて晩メシの鴨鍋から年越し蕎麦に突入して初音ミクと中村獅童の「義経千本桜」を見たり「紅白」の最後を見たり「ゆく年くる年」を見て子供達孫達と新年の挨拶を交わして久々の午前0時超えでおやすみなさい。

12月30日(月)
山平重樹『実録神戸芸能社 山口組田岡一雄三代目と戦後芸能界』(双葉社)完読。さすがに『週刊大衆』の連載を纏めた一冊だけあって面白く読んだ。力道山以外スポーツ系の記述が少なかったのは残念。続けて宮崎学『近代ヤクザ肯定論 山口組の90年』の第五章『大衆芸能の裏側ー美空ひばりと山口組』(筑摩書房)を読み始める。さすがに宮崎氏の記述はこう始まる。《ヤクザは近世社会の「身分的周縁」近代社会の「周縁的社会集団」として同じ周縁に所属する芸能民・芸能集団と芸能商品の享受者である地域共同体との間をつなぎ仲介するコーディネーター・ネットワーカーとなっていたのである》さらに戦後まず盛り上がった浪曲ブームについても知識人の多くが《非民主的封建的な浪曲》を非難する一方《民主主義を推進しようとする人たちのなかでも浪曲精神・浪花節の美学は生きて》いて《左翼浪曲》として《浪曲「民衆の旗小林多喜二とその母》などが《演じられ観客は目を潤ませて聞き入った》うえ《共産党書記長の徳田球一も熱涙にむせび》それを演じた浪曲師《東屋若太郎に「日本共産党徳田球一」と大書した演題に掛けるテーブル掛けを贈った》という。《その後「はりつけ茂左衛門」や「民衆の詩人石川啄木」などの左翼浪曲が風靡した。GHQや進歩的知識人は否定したが浪曲は大衆のなかに生き続けていたのである》こんな記述は宮崎学さん以外には出来ないでしょうね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあとヨメハンは買い物。俺はリビングルームに積んでた本やDVDの整理や掃除。BGMはバーンスタイン指揮ウィーン・フィルのベートーヴェンの交響曲。カラヤンはモダンですがレニーは新古典主義…かな。カラヤンは音楽作りが見事でレニーは音楽そのもの…と言ってたウィーン・フィルの人の言葉を思い出す。掃除をしながらかつてワシントン・ポストのコラムニストだったアート・バックウォルドが家事は評価する人がいないから辛いといったことを書いていたことも思い出す。だからこそ有意義なのかもしれませんけど掃除は腰が痛くなりますね。トホホ。晩メシはレコード大賞を見ながら。五木ひろしと浜崎あゆみを除いて知らない歌手と知らない歌ばかり。風呂のあとはNHKの『未解決事件 下山事件』を見る。ディレクターズカットでも前に見たのと違いがわからなかった。しかしこのドキュメンタリーは良くできた作品ですね。国鉄総裁を殺害したのはアメリカ?そしてアメリカ諜報機関に協力した日本人?だったらアメリカ大リーグに選手を供給して協力しているのも日本のプロ野球の○○○○なのか……?嗚呼。

12月29日(日)
『実録神戸芸能社』完読寸前。赤坂「ニューラテンクウォーター」で力道山刺傷事件→傷口悪化して国民的ヒーローが死亡→美空ひばり&小林旭の世紀の結婚→1年7ヶ月後の「理解離婚」→警察が暴力団一斉検挙開始・頂上決戦→美空ひばりの公営施設興行拒否&NHKひばりの紅白歌合戦出場拒否→田岡一雄の死…。本書には書かれていないけど全ては60年安保騒動の収束と東京オリンピックの開催という流れに沿った日本社会の大改造と言えそうだ。そしてヤクザは「経済ヤクザ→反社勢力→半グレ→闇バイト…」へと変化したのかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあと大掃除は子供部屋の整理。正月には子供や孫達が3帰ってきますからね。俺の仕事部屋からはみ出た資料や本も整理。ちょっとは正月を迎える態勢が整いつつあるかな。晩メシは昨日NHKを録画したニューポート・ジャズ・フェスティバルのドキュメンタリーを見ながら。渡辺貞夫さんや山下洋輔さんの活躍を見ようと思って録画したらナント案内役が狭間美帆さんだったではないか。新しいジャズマンは全然知らない人ばかりだったけど穐吉敏子さんへのインタヴューなど2時間近い番組を面白く満喫。しかし…ジャズは既にクラシックになったのですね。昨日見たNHKの今年のスポーツの特番が素晴らしいスポーツよりもお涙頂戴ドラマが上位にランクされていたうえお笑い仕立ての番組作りが不愉快だっただけに狭間美帆さんの案内は秀逸だった。続けて大谷選手の今年のドキュメンタリーを見るが新しい発見はなかったですね。さらに好きな番組「笑わない数学」の微積分はもっと真面目に面白くできるはずなのに少々少々残念。小生が番組審査委員をしていたときからNHKは「お笑いに走るべきではない」との意見が多かったのに…残念。

12月28日(土)
『実録神戸芸能社』2度目の読書なのに面白すぎて困る。芸能界・ヤクザ・賭博・在日・プロスポーツ…すべてが社会の底辺の興行の世界の存在として結びついていたことがよくわかりますね。すべては昭和の産物。最近読んだ古市憲寿氏の『昭和100年』(講談社)には決定的のこの部分が欠けていたんですね。もちろん宮崎学氏の指摘する近代ヤクザが徹底的に壊滅されたあとに育った著者の視点としては仕方のないことなんでしょうが子供の頃に時折日本刀を持って走る男を家(店)の前で見るような経験を持つ者としては昭和は遠くなりにけりと言うほかないのでしょうね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。世の中は完全に正月休みに入ったようですね。この前に長女が来たときに黒兵衛に着せた川崎フロンターレのユニフォームを見て「サッカーですね」と挨拶してくれた人に初めて出会う。ヨメハンが「高井選手のですよ」と嬉しそうに答える。このあたりではベルマーレのほうが良かったかな?ワン。原稿も年内は一段落で庭の掃除をいろいろ。正月気分は町内で共同購入した松飾りを見ることくらいか…。子供頃京都の祇園町に住んでいたときは店の前を忘年会帰りの酔っ払いが歩いたり…突然親父の戦友ですと名乗る男が直立不動で敬礼して現れたり…先に書いたようにヤクザが走り回ったり…ナルホド田舎の学問より京の昼寝でしたね。その意味…わかりますよね。

12月27日(金)
『実録神戸芸能社』読み続ける。面白い。山口組の全国制覇が神戸芸能社(山口組興行部)プロデュースの芸能人の全国興行の広がりと共に達成される経緯がよくわかります。それに力道山のプロレス興行が加わわったわけですね。まさに戦後の社会はヤクザが動かしていたわけで宮崎学さんの『近代ヤクザ肯定論ー山口組の90年』のタイトルの意味が納得できます。この名著にも第5章に『大衆芸能の裏側ー美空ひばりと山口組』と題した記述がある。合わせて読み直しましょう。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。世の中は今日が仕事納めかな。住宅街は普段より静か。クルマも少ない。早くも門松を飾っている家も一軒発見。冥土の旅への一里塚めでたくもありめでたくもなし…の川柳も実感として感じる歳になりましたね。ワン。便所掃除に部屋の掃除。「コロコロ」と呼ばれる掃除道具はナカナカ凄いですね。『スラッガー』の編集部から小生の渡邊恒雄氏の追悼文は『スマニュー+』というネットメディアに掲載されたらしい。「スマニュー+」の会員限定ページらしいが「玉木正之のベースボール今昔物語」で検索すればお試しで読むこともできるらしいのでよろしく。晩メシは「チコちゃん」見ながら。番宣臭が強くてウンザリ。しかし来年の大河ドラマは蔦屋重三郎か。チョイと見てみるか。

12月26日(木)
昨日の夕方から年末の大掃除ではないけど片付けを始めたら本棚の奥から山平重樹『実録神戸芸能社 山口組田岡一雄三代目と戦後芸能界』(双葉社)という本が出てきた。2009年初版本で熟読した記憶はあるけどベッドへ持ち込んで改めて読み出したら面白くて止まらない。鶴田浩二襲撃事件から吉本興業との確執さらに美空ひばり・力道山・大鵬・勝新太郎…など多くの芸能人がほとんど神戸芸能社(田岡)の傘下に入った理由がよくわかります。義理人情任侠の道を貫いた最後の昭和人だったのですね。昭和は遠くなりにけり…。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあと2階のベランダの掃除。狭いベランダにも大量の落ち葉。掃き掃除を続けると腰が痛くなってくる。トホホ。夕方になって「スラッガー」の編集者から小生の渡邊恒雄氏追悼文の原稿が「スマニュー」に掲載されたとの連絡が入る。未だにガラケーを愛用している昭和人としては「スマニュー」という言葉が「スマートニュース」の略語と解るのに時間がかかったうえエディターにスマニューのスクショをメールで送ってもらって確認。昭和人を気取っていてもそろそろスマホに変えないとダメのようですね。不便な世の中になったものです(>_<)

12月25日(水)
ベッドには昨日届いた筑摩書房のPR誌『ちくま』新年号を持ち込む。愛読している斎藤美奈子さんの『世の中ラボ176回』は「兵庫県知事告発と公益通報をめぐって」と題して3冊の関係書籍を熟読して分析。筆者の結論は《知事が問われているのはパワハラでもおねだりでもなく公益通報者保護法違反だったのだ》とはいえ《知事の言動はすべてパワハラ。文書をめぐる知事の対応(退職の取り消し・「公務員失格」発言・懲戒処分)もすべてパワハラに該当しよう》そして《告発文書はたしかに通報対象に該当しない事案が入っていたかもしれない。だが公益通報者保護法の趣旨は通報者の摘発ではなく保護と職場の改善なのだ》ナルホド。《定年退職間近だったA氏は退職の置き土産くらいの気持ちで文書を送った可能性もある。それに過剰反応してA氏を処分した斎藤知事はまさにパワハラ体質。おかげで自分は議会に突き上げられA氏も命を断つに至った。知事が初動でキレさえしなければこうはならなかったのではないか。残念でならない》大山鳴動してないのに鼠が…という事件らしい。第2ラウンドのPR会社との公選法違反疑惑も是非とも取り挙げてください。ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは昨日本欄に書いたイチロー&松井秀喜の両氏が「最近のメジャー野球は面白くない」と『情熱タリク』で語った言葉を取りあげ東大先端研の稲見教授の話(ファンの判断がデータ野球の良し悪しを決める)やベーブルースのホームランの話(当時の識者はそれを大非難した)まで解説。データAI野球があまりに行きすぎてファンの支持を失うと…ルール変更かな?という話までできなかったのは小生の勉強(力量)不足でどんなルール変更が待っているのかはもう少し考えます。ワン。黒兵衛と散歩のあとまずは仕事部屋の片付けから。掃除までは程遠いですね。とほほ。晩メシはメトロポリタン歌劇場オットー・シェンク演出レヴァイン指揮のワーグナー『神々の黄昏』を見ながら。歌もオケも素晴らしいのは演出がオードドックス(古臭い)だからかな?プールの水の中や空中カプセルに入れられる演出ではヤッパリ歌手も演奏者も落ち着かないのかな?…いや。昔は歌手のレベルが高かった?

12月24日(火)
ここ数日古本屋に売って処分する本を集めていたら本棚の奥からエンツェンスベルガー著『数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜』(晶文社)なんて本が出てきた。中2の孫に良いかなと思ってベッドで読み始めるとなかなかオモシロイ。けど俺みたいな数学横好き文系大人は面白がるけど二次方程式に悩んでる餓鬼にはどうかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。昨日のナベツネ原稿で今年の原稿締め切りはオシマイ。サァ今日から部屋の掃除と思ったら「連合通信」の連載が残っていたのに気付く。慌てて「スポーツ博覧会」第162回の原稿を書く。テーマは最近テレビのアナウンサーが口にした野球英語のマチガイについて。メジャー・シーズンオフ・ストーヴリーグはアメリカで通用しない和製英語ですよね。ストーヴリーグという英語は通じるけど本来はストーヴを囲んで今シーズンを振り返って語り合う(リーグ戦を戦うような激論を交わし合う)ことなんですよね…等々原稿を書いて送稿。ふううう。これで今年の原稿はオシマイ。残るは明日のラジオだけですね…と思って晩飯は隣家のフランス人家族と『鮨処もり山』へ。愉しい忘年会のあと帰宅してウイスキー飲みながら昨日録画したTBS(MBS制作)の『情熱大陸』を見る。イチロー&松井秀喜の両氏が『最近のメジャーの野球は全然面白くない!」と話し合ってる。「データに頼りすぎで選手の感性が衰えるばかり」だと。イチロー氏が引退のときにも強調したことだけど…東大先端研の稲見昌彦教授に言わせると「ファンがどう判断するか」の問題だと。ファンの多くがAIデータ野球を「面白くない」と判断するかどうかの問題なんですね。ベーブ・ルースがホームランをポンポン打ち始めたときにニューヨーク・タイムズが「野手が手を伸ばしても捕れない打球を打つのは卑怯」と非難したけどファンは喜んでホームランを指示しましたからね。今のところファンはAIデータ野球を「面白くないとは言ってない」ですね。大谷のホームランやセーフティ・バントに喜んでますから…。この先はどうなるか…。

12月23日(月)
大久保純一『カラー版北斎』(岩波新書)読了。90歳で亡くなるまで「達者に」絵を描き続けたエネルギーは見事ですね。本書ではないが以前テレビ・ドラマだか映画で見た「北斎」の最期の瞬間に娘のお栄が「何か言い残すことは?」と訊くと北斎翁が床に伏せたままただ一言「ない」と言ったのを憶えてる。それは最高に素晴らし大往生の瞬間でしたね。どんなカタチでも北斎に触れるたびに俺も仕事をしなければ…と思いますね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。寒さと富士山の綺麗な姿は冬を感じさせるけど歳末の雰囲気はありませんね。歳末の様子は商店街や繁華街の姿で住宅街では感じられないものですね。ワン。デスクワークの今年最後の原稿執筆はネットメディア『スラッガー』の依頼を受けた渡邊恒雄氏の追悼原稿。追悼ですからあまり批判ばかりはできないけど褒めるのは難しいですね(苦笑)。川淵三郎氏の「不倶戴天の敵だと思っていた相手が実は最も大切な存在」で「Jリーグの恩人として感謝」という「褒め言葉」もよく読めば反面教師としての存在のことを言ってるのですからね。小生の原稿はナベツネ氏は我々に日本のスポーツの進むべき道を示してくれた…ということにしました。晩メシはBS-TBSの『報道730』でナベツネ氏の短い特集を見たあとTVKで吉本新喜劇を見ながら。A級戦犯の靖国合祀と歴代総理の靖国参拝を激しく批判していたナベツネ氏だったが自分の意見と読売新聞の意見は使い分けていたという保坂正康氏の見解は貴重でしたね。しかし結局メディアによるスポーツ独占を批判するメディアはなかったですね。それが日本のスポーツの将来のテーマでしょうね。

12月22日(日)
ベッドのなかで『カラー版北斎』楽しみ続ける。広重の洒落た魅力も素晴らしいけど北斎はやはり迫力ですね。江戸から京都までの東海道を一気に鳥瞰した絵があるなんて知らなかった。こういう絵を描こうとする気迫がスゴイですね。ワン。ベッドを出て朝食のあと長女とヨメハンと一緒に黒兵衛と散歩。リードを持つのは長女で犬に引かれないと上り坂がチョット辛いかな。トホホ。散歩のあと長女の操作するNetflixその他で映画を見ようと思っても『御金蔵破り』も『人類資産』も『草枕』もアップされてない。ネットからは知識を得ることができないということかな。仕方ないのでテレビで高校駅伝を見て懐かしい京都の風景を楽しんだり有馬記念を見たり。俺はフリーの仕事を始めた頃に金欠病で年が越せなくなりそうなとき有馬記念で8歳馬のカネミノブと牝馬のインターグロリアの連複を買って万馬券に近い8千余円の配当で四畳半の家賃と電気代2ヶ月分を払ってよーやく年を越したことがあった。その後何度か競馬はオペラ関係の名前の馬を買ったがどれも外れ。ローゼンカバリー・マチカネタンホイザー・ワルキューレ・ワグネリアン…とかみんな負けましたが小生の馬券は生涯プラスです(^_^)しかし競馬馬はドイツオペラばかりですね。トラビアータとかボエームとかパリアッチとかイタオペの名前のついた馬はいないのかな?晩メシはワーグナーの『ラインの黄金』を見ながら。1990年メトロポリタン・オペラの舞台。指揮はレヴァイン。演出はオットー・シェンク。ワーグナーの指示通りの古めかしい舞台も良いですね。ラストシーンはワルハラの城に虹が架かって。あ。野球の話題でもネットの"スラッガー"で日本のプロ野球になぜ送りバント(犠打)が多いのかを分析して語ってます。それは巨人のV9時台のドジャース戦法以来と言うより1985年のタイガース・フィーバーのときのホームランで勝ったチームが最多犠打の日本記録を作ったのがキッカケと言えますね。御一読ください。https://thedigestweb.com/baseball/detail/id=86427

12月21日(土)
ベッドでの読書は新たに大久保純一『カラー版北斎』(岩波新書)を読み始める。初期の役者絵も見事だけれど北斎の絵はやはり新書の小ささでは迫力が伝わって来ないのは仕方ないですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。昨日はフジテレビの『チャンハウス』という番組のZOOM取材を受けたがスポーツにおけるレフェリーとアンパイアの違いについて訊かれただけでナベツネに関する依頼はネットの『スラッガー』からの緊急執筆依頼のみ。まぁそんなものかな。ワン。ナベツネ原稿の構成を考えたりしていると夕方から長女が来宅。黒兵衛を連れて一緒に獣医さん宅へ。狂犬病予防のワクチンを打ってもらって帰ってくると京都の天橋立へ旅行してきたお隣さんが丹波篠山の黒豆や栗をお土産に持ってきてくれる。ウチの長女とお隣さんのパリ在住の長女が同い年で我が家で安物シャンパンで緊急パーティ。独身生活を謳歌している我が家の長女と契約パートナー生活をしている隣家の長女の交わすなかなかオモシロイ結婚観を聞かせてもらう。少子化・移民問題・政府の右傾化・フランスにもある女性差別…などなど若い人(といっても40歳だが)の交わす会話を聞くのは新鮮ですな。フランス土産のチョコレートも美味しかったです。

12月20日(金)つづきのつづき
加藤文元『物語数学の歴史』ベッドのなかで読了。やっぱりリーマン面とゼータ関数あたりでワケがわからなくなった。何がわからないのかもわからないので数学の天才のM君にも質問のしようがない。マァ別世界の出来事だからドーデモイイか…と思いながらひょっとして渡邊恒雄という人物も野球やサッカーについてワケがわからなかったのではないかと思った。スポーツが民主政社会から生まれた文化(カルチャー)であるということを考えもしなかっただろうし学びもしなかったのでしょうね。だからスポーツを公共の文化だとは微塵も思わなかった。一方で新聞は公共財だからと主張して軽減税率が適用されることを主張した。ナベツネ氏の「主張」はわかりやすくて全ては読売の利益だけを考えてのことなんですね。だから野球選手も野球マスコミも日本のプロ野球に見切りを付けて「大リーグを目指せ!」ということになったのですね。そのあたりの分析も魚住昭さんの『渡邊恒雄メディアと権力』(講談社文庫)での小生との対談に収められてますので御一読ください。ワン。終日原稿書き。『オプエド』も今年は先週でいったん終了したので晩メシはゆっくり『チコちゃん』を見ながら。へええ…。ジングルベルはクリスマスの音楽ではなく馬車で女性をナンパする音楽か。しかしテレビで得た知識というのはなかなか「実」になりにくいものですね。マクルーハンはラジオや映画をホットメディア&テレビや電話をクールメディアに分類したけどSNSはどっちになるのかな?やっぱりヒットラーを生んだのと同様ホットメディアのようですね。嗚呼。

12月20日(金)つづき
川淵三郎Jリーグ元チェアマンがかつて「不倶戴天の敵」と言われた渡邊恒雄氏の死去でコメントを出されましたね。《渡邉さんとの論争が世間の耳目を集め多くの人々にJリーグの理念を知らしめることになりました。恐れ多くも不倶戴天の敵だと思っていた相手が実は最も大切な存在だったのです。まさに渡邉さんはJリーグの恩人。心から感謝しています。在りし日のお姿を偲びここに謹んで哀悼の意を表します》様々なメディアに紹介されているこのコメントはチェアマン時代に「プロ野球は反面教師」と言われたのと同じ逆説的な表現とも取れますね(笑)。先にも書きましたが川淵氏に「あの人は君より長生きするんじゃないか」と言われた言葉が思い出されます。俺がここまで長生きできたのもナベツネさんを意識したおかげか?(笑)しかしプロ野球にも「Jの理念」が広がっていないのは川淵氏の言われた「Jリーグの社会革命」が未だに継続中だと小生は確信しています。プロ野球のストライキを率いた古田敦也氏も当時「プロ野球をJリーグのようにしなければ…」と言ってましたからね。

12月20日(金)
昨日(19日付)本欄のナベツネさんの記事で1カ所間違いがあったので訂正します。Cの「我々の敵はナベツネです」という小生の発言をキチンとテレビで放送してくれたのはフジテレビの『プロ野球ニュース』ではなく同じフジテレビの同じ時間帯の『すぽると!』でした。その発言については魚住昭さんの『渡邊恒雄メディアと権力』(講談社文庫)の末尾に収録された魚住氏と小生の対談『われらの内なる「ナベツネ」』に詳しく書かれています。37ページに及ぶロング対談で魚住氏の本文の力作と同様「ナベツネ」のことを政界・プロ野球・Jリーグとの関わりなど詳しく喋ってますので是非とも御一読ください。それにしてもマスメディアはナベツネとJリーグ(川淵三郎氏)との「死闘」と「大敗北」については誰も全く触れませんね。情けないですね。

12月19日(木)
読売新聞社代表取締役主筆の渡邊恒雄氏が亡くなった。98歳だとか。そこで想い出をいくつか。@インタヴューを何度申し込んでも受けてもらえなかったですね(笑)AJリーグのチェアマン時代の川淵三郎氏にナベツネさんが亡くなったときは流石に批判は控えなければいけないでしょうね?と訊くと「あの人は君より長生きするんじゃないか…」と言われました(この予想は外れましたね・笑)Bプロ野球の1リーグ化を彼が画策して選手達がストライキで対抗したときのこと。選手達を応援するためナベツネさんの顔面にパイをぶつける計画があった。けど年齢を考えて窒息でもされたら困るので止めたという。C同じときに選手のストライキを支持する集会で「我々の敵はナベツネです」と発言するとフジテレビの『プロ野球ニュース』がその発言を放送してくた。昔はみんな気合いが入ってましたね。D記者時代のナベツネさんのワシントン支局勤務が決まったとき英語の家庭教師に雇われたのがロバート・ホワイティング氏だった。ホワイティング氏は野球の話で英語を教えようとしたがナベツネさんは長嶋茂雄も王貞治も知らず中曽根康弘は日本のJFKだといった話ばかりしたという。E巨人のV9時代。優勝ペナントを手にした巨人選手や監督・コーチが読売本社ビルの各階を回るイベントが毎年あった。その時地下の印刷所や運動部のフロアーでは大歓迎されたが政治部のフロアーでは早く出て行けと追い出された。その時にの政治部長がナベツネさんだったらしい。FナベツネさんはJリーグの百年構想に対して「川淵がいる限りJリーグは発展しない」と断じた。Gいま渡邊恒雄氏のことをナベツネさんと「さん付け」で書いているのは以前東京スポーツ紙の1面に「ナベツネは…」と書いて批判したら「批判はイイけど"さん"を付けて」と東スポの担当記者に言われたのでソレに従ってます(笑)。H川淵三郎氏が「Jの理念」をナベツネさんに教え伝えることができないまま新潮新書で対談して「手打ち」をしたのは本当に残念でしたね。Iナベツネさんの御冥福をお祈りするとともに日本のプロ野球がメディアの企業野球から一日も早く抜け出ることを心より願います。合掌。

12月18日(水)
古市憲寿『昭和10年』(講談社)読了。近代(昭和)を超克できない日本の姿がよくわかって非常に面白い一冊でした。しかし不満をいくつか。昭和(近代)の遺物とも言える核燃料サイクルに関するドイツ・アメリカ・フランス・日本の失敗例には触れてあったけど核ゴミ垂れ流しの原子力発電の将来(のあるべき姿)についての考えの記述がなかったのは残念。それにオリンピック批判はあっても日本のスポーツ(産業)界とメディア(との癒着)に触れてないのも残念。マスメディアへの出演が増えるとやはりメディア批判は難しいのかな?(笑)とはいえAI社会になって「憧れの仕事」は消えて「キツイ仕事」が人間に残るとか参考になる面白い指摘も沢山あり多くの人が読んで考えて欲しいと思った本でした。ツッコミどころも少なくないですからね(笑)。著者自身が自分にツッコんでいるところは狡いですね(爆)。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩しながらも古市氏の新刊について考える。これからさらに日本の貧困化が進むとやっと日本にも革命が…なんてことは起こらないから闇バイトにより犯罪や中国社会と同じ様な行きずりの犯罪が増えるのかもしれませんね。ワン。終日原稿書きは単行本『そしてメディアは日本のスポーツをぶっ潰した(課題)』の書き下ろし。やっぱりこのタイトルは変えたほうがイイですね(笑)。「第4の権力」とは喧嘩しないほうがイイですからね(爆)。晩メシはNHK-BSでやっていたメル・ギブソン主演の『フォーエバー・ヤング』を見ながら。第二次大戦の過去から冷凍保存されて現代に生き返ったテスト・パイロットの男が急激の老化して昔結婚の申し込みに失敗した初恋の老婆にプロポーズする話。飛行機アクションあり…子供の大活躍あり…カーチェイスあり…純愛成就物語あり…でAIが脚本を書いたらこうなるだろうなと思えるハリウッド映画。退屈はしなかったけどドーデモええ映画ですね。飛行機アクション映画なら核戦争用に飛行訓練されたチンパンジーたちが大反乱を起こして飛行機を奪い操縦して生まれ故郷のジャングルへ逃げ帰るという映画『飛べ!バジル』のほうがずっと素晴らしいですね。

12月17日(火)つづき
黒兵衛と散歩しながらも古市氏の指摘した2度の東京五輪について考え続ける。1964年の日本人の平均年齢は29歳!と若かったのですね。それが2021年は48歳。まだまだ若さを発揮できる年齢のはずが何故か年寄りばかりが幅を効かせましたね。おまけに原発反対・軍拡反対の知識人も芸術家も五輪や万博から排除されましたからね。64年の五輪や70年の万博には様々な人が参加したのに…今日でも有能なスタッフはいるはずなのに…プロデューサーに問題があったとしか思えませんね。ワン。終日原稿秋はネット『スラッガー』の連載「ベースボール今昔物語」の第3巻回目を執筆。大谷の活躍よりもっと早く…いや野茂の活躍より早く…村上正則投手のサンフランシスコ・ジャイアンツでの活躍の時代(1963-64年)から日本の野球選手はメジャーで活躍できることがわかっていたのに何故か日本の球界は日本人選手はメジャーで通用しないという「自虐野球史観」に縛られ続けられた…という話。それはアメリカに商品(選手)を奪われたくなかったメディアの世論操作だった?という原稿を書きあげて送稿。晩メシは昼間NHK-BSでやっていた映画を録画した『殿、利息でござる』を見ながら。ウ〜ン…退屈な映画でした。それはヤハリ銭金の話が小生にはピンとこないから…かもしれないしタイトルから爆笑喜劇だと思って見たらそうではなかったから…かもしれないけど映画のリズムもイマイチ間延び感がありましたね。羽生結弦の殿様はピッタリ名演でした(笑)。

12月17日(火)
ベッドでの読書は一時休止。昨日講談社から送られてきた古市憲寿『昭和100年』を読み始める。面白い。という以上に絶対に失敗すると今から断言している人もいる大阪関西万博を来年に控えた今こそ誰もが読むべき本と言える。過去に万博を開催したセビリア(スペイン)ハノーファー(ドイツ)ミラノ(イタリア)の跡地(夢の跡?)を訪れた著者のレポートが極めて面白い。そしてネット社会で既にオワコンとなった万博のテーマ「いのち輝く以来社会のデザイン」を《あまりにも心許ない》と断じ《レガシーという点からも万博開催後も運用され続ける病院建設もあり得ただろう(略)もしくは日本では不可能な安楽死を特区として解禁したり万博を契機に日本の死生観やタブーに挑むこともできたはずだ》と書く。今からでも遅くはないから古市氏を大阪関西万博の実行委員に加えるべきだろう。いや。もう遅いですね。さらに成功物語として定着している1964年の東京五輪を《東京オリンピックがなくても東京を含めた日本は同じように高度成長をしていたはずだ。たまたま日本の経済成長期にオリンピックが開催されたに過ぎない》と断じ裏金や賄賂や数々のスキャンダルとパンデミックのなか無観客で開催された2021年東京五輪の「レガシー」を《この国が身の程を知ったというのは大きかったかもしれない》と鋭い見方を提示する。しかし…まだ身の程を知らないから万博に突きみ札幌東夷五輪も…と無定見に考えたのかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。

12月16日(月)
『物語数学の歴史』読み進む。19世紀のヨーロッパは数学史における「19世紀革命」と呼ぶに相応しい発展を遂げた。それはフランス革命後の自由な空気も大きく影響したという。その結果がリーマン幾何学や物理学の相対性理論や量子論につながるわけですね。音楽史のうえでも19世紀ヨーロッパはベートーヴェンからブラームス・ワーグナーetcへと大きな発展を遂げますね。そして世紀末には万博もオリンピックも始まり哲学思想は精神至上主義から20世紀の肉体(身体)の「発見」へとつながるわけですね。「19世紀欧州」の「近代革命」に対する「近代の超克(ポスト・モダン)」は掛け声だけで未だに達成されてないのでしょうね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。ニーチェが「神は死んだ」と宣言してワーグナーが『ニーベルンクの指環』で「此の世の終末」と「愛の復活」を歌いあげジョン・レノンがロックで同じ近代社会の終末の想像(イマジン)を歌ったあとはシンギュラリティ後にAIの支配する世界が始まるのかな?ワン。年末進行で早い締め切りの連合通信の連載を書く。「シーズンオフのストーヴリーグが燃えてます」と言ったテレビのアナウンサーがいたので正しくはオフシーズンでストーヴリーグとはストーヴを囲んで今シーズンを振り返ることだと誤りを指摘する原稿を書いていると講談社から古市憲寿さんの新刊『昭和100年』が送られてきた。コレはオモシロそう。西暦2025年は昭和100年なんですね。帯に《万博・五輪・宇宙開発・原子力……「昭和」が終わらない。私たちの目の前に広がるのは朝日か夕日か》とある。ワーグナー的に言うなら「黄昏」で日本版「近代の超克」の不可能性が書かれてるのかな?ゼッタイ読まねば!!晩メシは吉本新喜劇を見な思ったら思ったら神奈川テレビが神奈川県議会の放送でヨシモトの番組放送は中止。仕方ないのでワーグナーの楽劇『神々の黄昏』を見ながら食事。ズービン・メータの指揮は全体的に素晴らしけど最後の「愛の復活」のテーマは完全に一拍休止してから改めて美しく流れ出てほしいですね。

12月15日(日)
『物語数学の歴史』は下に流れるはずの水が自然に上に登って(戻って)流れるエッシャーの『滝』の絵の紹介のあと「非ユークリッド幾何学」に突入。直線上にない一点を通って引ける平行線は1本だけ…というユークリッドの公準はそもそも実在を証明されたわけでなく《我々がユークリッド幾何学を体系が実在すると感じるのは感性的なものである》のですね。だからガウスを初め多くの天才数学者が早くからユークリッド幾何学に疑問を呈していたのですね。言わばニュートンの絶対空間における質量や運動と同じでそんな世界(空間)は本当は存在せず現実の世界は非ユークリッド幾何学の曲がった空間と相対性理論で動く時空間(宇宙)のなかにあるのですね。オモシロイですねえ。ワケのわからないコトのほうがオモシロイですねぇ。ワン。昨晩我が家に泊まった長女とヨメハンと一緒に黒兵衛と散歩。黒兵衛のリードは長女が持って俺が持たないとと坂道を登るのがシンドイ。黒兵衛は引っ張りあげる老人が消えて元気そう。ワン。散歩のあと昨日の映画のつづき。リドリー・スコットの『ナポレオン』を見る。ワーテルローの会戦の場面は壮大だけれどウクライナ生まれのボンダルチュク監督によるソ連イタリア合作映画の『ワーテルロー』の迫力と変わらないですね。1970年の映画はCGなんて皆無だから昔の映画を評価したくなりますね。それにナポレオン役はロッド・スタイガー&ルイ18世はオーソン・ウェルズで音楽はニーノ・ロータですからね。しかしリドリースコットの描くマザコンのナポレオンが最後に情けなく一人で死ぬ後ろ姿は大英雄のあまりにあっさりした死で面白かったですね。『ゴット・ファーザーpartV』でマイケル(アル・パチーノ)が戸外で椅子からバタリと倒れて死ぬシーンと双璧かな。昼飯&昼寝のあと川崎フロンターレの中村憲剛の引退試合をYuTubeで見る。なでしこの選手達と試合をしたり日本代表のレジェンドと試合をしたりフロンターレの現役と試合をしたり…Jの選手の引退イベントとしては最高の盛りあがりでしたね。長女が帰ったあと晩メシ&風呂&酒&寝る。

12月14日(土)
『物語数学の歴史』はデカルト→フェルマー→ニュートン→ライプニッツを経てオイラーに突入。オイラーの公式やゼータ関数と素数の関係の発見は凄いと思うけど数式はやっぱりパープリンでわかりません。「1/1²+1/2²+1/3²+1/4²…」の無限級数の合計がナンデ「π²/6」になりまんねん?オモシロイとは思うけど有理数を足してナンデ最後は無理数になるねん?今度Mクンに訊きまひょ。eiπ=0 ナンテのは何をどう聞いたら良いのかもワカランのでパスですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。黒兵衛を見れば幸せ無理数も虚数もπも知らぬと思えば。オソマツ。あ。たしかマサチューセッツ工科大学のフットボール部の応援歌にeもπも出てきましたよね。セヤカラナンヤネン。ワン。仕事をしていると川崎で仕事をしている長女がやって来て川崎フロンターレの算数ドリル(ナンデモカンデモ参照)の過去3年分のバックナンバーを持ってきてくれる。コレは素晴らしい!川崎出身の故・坂本九さんも2021年の算数ドリルに登場しているんですね。晩メシ前にフロンターレの今年最後の試合のあとの鬼木監督退団セレモニーを見る。竹内マリアの『♪いのちの歌』が流れて振り返る鬼木選手・監督の映像は素晴らしかったですね。地域活動もふくめて川崎フロンターレの活動も素晴らしいですね。サポーターが選手にブーイングをしないのも立派。川崎が嫌で出て行ったチームと大違いですね。いや川崎市民にとっては出ていってもらって良かったですね。晩メシのあと映画『マリア』を見る。原題は『The Nativity Story』聖母マリアがイエス・キリストを生むまでの物語。人間マリアの苦悩と精霊を身籠もった聖母としての苦労の両面を見事に描いた映画でした。監督はキャサリン・ハードウィック。サスガは女流監督の視点ですね。続けてリドリー・スコット監督の映画『ナポレオン』。ジョセフィーヌとの愛の葛藤と皇帝にまで成り上がるマザコン男の物語。サスガはリドリー・スコット監督でアウステルリッツの会戦の描写などは迫力満点。皇帝の就任式もダヴィッドの海外に劣らぬ豪華さ。しかし2本連続の映画に疲れてジョセフィーヌとの離婚式までで明日にサスペンデッド・ムーヴィー(以上の原稿の数式でパイと書いたはずの文字が何故かπに変換されます。πはパイだと
思って読んでください)。

12月13日(金)つづき
小林信也さんと山本敦久さんとの面白くも超有意義な今年最後のオプエドの放送を終えてNHKのチコちゃんを見ながら晩メシ&酒を楽しんでいたら先週スポーツ学会でお会いしたばかりの東大先端研教授の稲見昌彦教授が突然テレビに現れたので驚いた。透明人間になる装置を使いながらの登場。サスガでしたね。剣玉がすぐに上手くなる措置などもチコちゃんにはウケるでしょう。。

12月13日(金)
『物語数学の歴史』オモシロイ。古代ギリシア人が何故《議論好きになったのかというとそれは議論でもしていないと仕方がないくらい彼らがヒマだったから》というのだ。《プラトンの対話編などを読むとソクラテスがひねもす人と議論し続ける様子が描かれているが何しろそれで一冊の本になってしまうくらい延々と続くような議論なのだから本当に死ぬほどヒマだったのだろう》思わずプファッと吹き出してしまったが「死ぬほどの暇」を持て余して死なずに済むとその後2千5百年以上世界中で語り継がれる哲学が生まれるというわけですね。オモシロイ。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。映画『第三の男』ではスイス500年の平和と民主主義が鳩時計しか生まなかったというオーソン・ウェルズの有名な台詞があるけどコレは考えてみればスゴイ言葉ですね。戦争を生むより鳩時計を生むほうが大切ですからね。ウェルズの演じた極悪犯罪者のハリー・ライムも戦争の犠牲者と言えるわけですからね。それにスイスの平和な大学はアインシュタインを初めとする多くの天才を育てましたからね。オーソン・ウェルズはそこまで知った上でグレハム・グリーンの原作にはないアノ台詞を戦争から生まれた極悪犯罪者に言わせたのでしょうね。「ひねもす人と議論する」くらいの平和なほうが特に現代の人類にとっては実りが大きいでしょう。ワン。あ。「ひねもす=hinemosu」とパソコンに打ったら「終日」と変換されました。ナルホド。昨日送稿した『ZAITEN』の校正などをしたあと今年最後の『ニューズ・オプエド』はゲストにスポーツライターの小林信也さんと成城大の山本敦久さんを迎えて「今年のスポーツ界を振り返って未来のスポーツを考える」佐々木朗希のメジャー入りを山本さんが「もやもや感」とオモシロイ言葉で表現したが日本の最近のスポーツ界に漂ってるのは全て「もやもや感」だと納得。その他マスメディアでは話せないメッチャ面白い内容をイッパイ話しましたのでYuTubeで見てください。https://www.youtube.com/watch?v=ANdr4YyIdqM

12月⒓日(木)
『物語数学の歴史』ベッドで楽しむ。ギリシア哲学の元祖と言われるタレスは実に面白い人物だったようですね。《一番奇妙だったものは何かという問いに「年老いた暴君」》と答えたらしい。問いの「奇妙」という言葉がどんなものか考えさせられるが現代ではプーチン・ネタニヤフ・トランプ・アサド…といった名前が浮かぶ。そんな彼の三角形の定理からピタゴラス・エウクレイデス(ユークリッド)に続くわけでかつては数学と哲学は一体だったのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。静かな住宅街の老犬との散歩では歳末は感じられませんね。ワン。終日原稿書きは雑誌『ZAITEN』の連載「今月のスポーツ批評」。大谷オータニで明け暮れた今年を振り返って「そしてメディアは日本のスポーツ(野球)を滅亡させる」と題した原稿を書く。このタイトルはモチロン半藤一利氏と保坂正康氏の対談本『そしてメディアは日本を戦争に導いた』(東洋経済新報社)からパクったもの。大谷に続いて菅野&佐々木と東京ドームでの来季ドジャースの開幕戦で日本野球は完全にアメリカMLBのマイナーリーグ(二軍)に化すのをメディアは喜んで報じるわけですからね。人口減少より遥かに速いスピードで子供達の野球人口が激減しているのを将来マスメディアが取りあげるときには今頃何を言ってるんだ!と嗤いましょう!晩メシは昨日のNHK「クローズアップ現代」の贋作特集を録画で見ながら。小生は映画『オーソン・ウェルズのフェイク』が大好きな人間で贋作作家も大好きなんですね。それに欺されて騒ぐ連中は問題をカネと結びつけるけど絵画の良し悪しとカネとは本質的には関係ないはずですからね。自分がイイ作品だと思えば本物でも贋作でもソレでイイじゃないですか。絵画だけでなく有名人のサインも贋作があるとか。大谷は素晴らしい野球選手だけど彼のサインを自分が書いてもらったわけでもないのに買って持ちたがる心境はまったく理解できませんね。投資のつもりかな?我が家にもいろいろ有名人に書いてもらったサインがるけど『なんでも鑑定団』に出してみようかな?(笑)

12月11日(水)
ベッドのなかでの読書は『物語数学の歴史』。面白い。《数学を学ぶことは人間を学ぶことである》《数学するという行為においては直感の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない》ナルホド。良い言葉ですね。一度読んだはずなのに忘れている自分が情けないですね。ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマはスポーツから離れて音楽評論家としてオペラについて。オペラが1597年にフィレンツェで生まれたとき京都の三条河原では出雲阿国が歌舞伎踊りを始めたという話からオペラは所詮は男女の恋愛物語でワーグナーの『ニーベルンクの指環』は『スターウォーズ』や『指輪物語』よりも面白いという話まで。オペラも歌舞伎も大衆芸能なんですよね。あ。江本孟紀さんがワーグナーのアリアを歌えることや川淵三郎さんや森祇晶さんやパンチョ伊東さんがオペラのファンだということを話し忘れました。10分で大好きなオペラの話をするのは難しいですね。ラジオのあと黒兵衛と散歩。御近所さんに会って来月の町内でのペラを楽しむ会の確認をされる。御近所のこういうイベントは嬉しいですね。ワン。終日書き下ろし原稿書き。NHK-BSが午後の映画で市川雷蔵の『源氏物語』をやっていたけどDVDで見ているのでパス。今年の大河ドラマもそうだけど現在とのつながりを感じられる時代劇はやはり源平時代以降ですね。それ以前は異国情緒が漂いすぎますね。それはそれで面白いけど平安時代を現代言葉で話されると異国情緒が消えて面白くなくなるのでは?晩メシはニュース番組を見ながら。国会はいろいろ話してるけど議員数を減らす話は出ませんね。。

12月10日(火)
頭の中がリーマン予想で満たされてしまったためか昨晩ベッドには加藤文元『物語数学の歴史 正しさへの挑戦』(中公新書)を持ち込む。2009年刊で一度読んでるがこの本を本屋で見つけたときは副題の「正しさへの挑戦」という滅法生真面目なタイトルを気に入って買った一冊だったことを憶えている。「めっぽう(滅法)」なんて古臭い形容詞を使いたくなるほど「正しさへの挑戦」という言葉は堂々たる言葉なのでもわず本屋で買ってしまったのだ。こういう本の買い方はamazonでは絶対に不可能で本屋が消えることは悲劇以外の何物でもないですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。そう言えば赤木圭一郎が歌っていた『野郎泣くねえ!!』という歌が♪俺は寂しいぜ…滅法寂しいぜ…という歌詞だったことを憶えている。作詞は水木かおる。「アカシアの雨がやむとき」などを作詞した人ですね。作曲は山本直純。『札幌冬季五輪』の行進曲の作曲者で『オーケストラがやっていた』の司会者。小澤征爾氏の盟友ですね。昔は歌謡曲も水準(レベル)が高かったと思ってしまうのは多分年寄りの愚痴でしょうね。ワン。イロイロ仕事したあと晩メシ&酒はノルウェー・オスロでの被団協(日本原水爆被害者団体協議会)のノーベル平和賞表彰式を見ながら。NHKのニュースは何故三味線による歌の披露をカットしたのか!広島や長崎の現地の反応は表彰式の全てを放送した後でもできることなのに…とテレビに向かって怒りをぶつけるが代表委員の田中熙巳さんの受賞演説は見事だったですね。核抑止論の馬鹿らしさを激しく非難して核保有のナンセンスを指摘して日本政府の対応も非難。政治と政治家たちの非人間的対応を淡々と力強く批判されたのは素晴らしかった。92歳の高齢など無関係の力強さに感激。20歳も若い小生も頑張らねば。

12月9日(月)
ベッドの読書は一昨日小林信也さんから送られてきた宇城憲治・監修/小林信也・著『武術に学ぶスポーツ進化論 宇城憲治直伝「調和」の身体論』(どう出版)。これはメッチャ素晴らしい一冊で言葉に変換し難い武道の身体動作論をわかりやすく書きほぐしている一冊です。ある意味「スポーツ革命論」とも言える著作で神秘にも思える武道のパワーが実在の体験や目撃を通して言語化されている。その体験を実践した人物は著者以外にも岡田武史・小久保裕紀・緒方孝市・北島康介・古賀淳也などの面々が登場。最終的にはスポーツの意義とは何か?という疑問に行き着き商業化したオリンピック批判やマスメディアや政治権力によるスポーツ・ウォッシング批判へと自然に辿り着く。スポーツに少しでも関係している人には是非とも読んでほしい一冊だ。今週金曜の『ニューズ・オプエド』のゲストが小林信也さんだからこの美事な「調和の身体論」を詳しく説明してもらいましょう。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。いつもの散歩コースの住宅の細い隙間から美事に冠雪した美しい富士山を覗き見ることができる。以前は我が家の近所の緑地から堂々たる富士山が見えたものだがその緑地と隣接する私有地の樹木がジャングルのように生い茂って富士山をすっかり隠してしまった。著暴の消滅も残念だがこのジャングルは所有者に安全性を考慮し確保する義務をないのか?と少々心配になる。ワン。ロームシアター京都の担当者から小生のラシッド・ウランダンの原稿について少々長くてもすべて掲載するとの返事。カットする場所を指定していたけどコレは嬉しい返事ですね。校正でさらにラッシュアップしましょう。晩メシは吉本新喜劇を見ながら。スッチーさんや千葉チャンなどの舞台はレベルを保って面白いですね。面白すぎたので『映像の世紀』を見忘れて寝てしまったではないか(>_<)

12月8日(日)
マーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』(新潮文庫)読了。これほど豊かな知的興奮に充ち満ちた本は久し振りに読みました。しかし数学というのは怖ろしいですね。リーマン予想に挑戦し続けて気が触れた人も少なくないらしいですからね。文系横好きくらいが数学との距離感としては安全地帯かもしれません。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。昨日早稲田まで行って慶応高校野球部森林貴彦監督の有意義な話や東大先端研稲見昌彦先生のブッ飛んだ話に毒されたせいか(笑)脳味噌が軽くなったような気がする。頭のイイ人の話を聞くと頭が軽くなるのかな?そう言えば稲見先生はVRのゴーグルを付けて剣玉の成功体験を重ねるとリアルに剣玉も上手くなるという話をされたあとVRでアインシュタインの顔を自分に張り付けて動くことを繰り返すと頭が良くなる(できなかった数学の問題が解ける)とホンマカイナと言うたくなる話もされた。ただしアインシュタインを知らない人に同じことをしても何も変化は起こらないとか。ま。そうでしょうね。ワン。ここ数日モダンバレエ(ラシッド・ウランダン)の原稿書きなどで結構頭を使って疲れたので今日はJリーグの優勝争いを楽しむ。地元ですから湘南ベルマーレを応援したけどヴィッセル神戸には歯が立ちませんでしたね。ここぞというときに糞力の出ない湘南乃海と似てるのかな?酒と晩メシはニュースや『ダーウィンが来た!』やDVDで『ニーベルンクの指環』の『神々の黄昏』を見ながら。ワーグナーの音楽劇がライトモチーフ(指示動機)の組み合わせでできているのは指示動機が素数に当たるということなのかな…などと思う程度にしておくのが数学との健康的な付き合い方なのでしょうね。

12月7日(土)つづき
早大での日本スポーツ学会の「スポーツを語り合う会」。今日の講師はまず慶応高校野球部監督兼慶応幼稚舎(小4)教諭の森林貴彦さんの「エンジョイベースボールとスポーツマンシップ」。昨年の夏の甲子園で107年ぶりの慶応高校の優勝を果たした監督相手に『真夏の甲子園はいらない』(岩波書店)の著者として思い切り噛み付こうと思っていた(笑)けど小生の主張したいこと=高校野球批判を森林さんが先にすべて話してくれたので司会の長田渚左さんに発言を促されたときは「これからも頑張ってくださ」」とエールを送って拙著をプレゼントするだけだった(爆)。2人目の講師は東京大学先端科学技術研究センターの稲見昌彦教授の「超人スポーツー身体×テクノロジーの社会変革」。これは小生も執筆した『世界思想51号』に登場された稲見氏のインタヴューでの発言が面白かったので長田さんが招かれたのだが講演もメッチャ面白過ぎるくらいに面白かった。そこで公演後すぐに勢いよく挙手してロイロ質問させていただいたのだが…たとえば現在一流のサッカー選手や野球の大谷選手はすべてビッグデータを処理したAIの指示で動くアバターのようだがそれをどう思うか?という質問に対して稲見氏はファン(観客)が応援している限りAIの利用はさらに進むでしょうね。そして選手は新しい頭の使い方をするようになる…ナルホド。近代スポーツのシンギュラリティ(限界)はファンの支持が消えるとき…か。他にも身体に装着した何本もの腕や6本目の指の活用とか(もちろん稲見氏は豊臣秀吉が6本指だったことも御存知でした)面白い話の連続でメッチャ充実した一日でありました。

12月7日(土)
『素数の音楽』にバーナード・ショーのワーグナー評が出てきた。それはリーマンが《素数に音楽がある》と言ったことへのある物理学者の反応だった。《この音楽はややもすると意味不明に聞こえるかもしれない。しかしリーマンの業績のおかげで私たちもバーナード・ショーがワーグナーの音楽を評して言ったのと同じことが言える。この音楽の良さは音だけではわからないのだ》この説明はチョットわかりにくい。ワーグナーの音楽は音だけでも十分に感激できる部分も多い。しかしワーグナーの音楽の良さは物語や歌手の声や舞台の展開などのすべてを伴って初めてワカルと言いたいのかな?リーマンが素数を波動になぞらえてさらに多くの数学者や物理学者が素数を量子物理学や確率論や統計学へと広げたすべての音をワーグナーの楽劇に喩えたのかな?ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩。しかし『素数の音楽』はオモシロイ。2013年に出版された文庫だけど今年出版されていたら今年のナンバーワンに選びましたね。もうすぐ読了するのが惜しいくらいですね。ワン。黒兵衛の散歩はサッサと片付けて準備をして大船へ。東海道線で東京へ出て東西線で早稲田へ。早稲田大学で行われた日本スポーツ学会の「スポーツを語り合う会」に出席。
 
12月6日(金)
『素数の音楽』はスゴイ!何しろ素数の分布の探求から始まった研究の結果が原子核の周囲を回る電子のエネルギー励起の曲線と一致するわけですからね。リーマン予想の数学の世界と量子力学が一致…なんて自分でもワケわからずに書いてますがとにかく興奮します。手品師が54枚のトランプを8回「パーフェクト・シャッフル(半分に分けたカードを1枚ずつ重ね合わせる混ぜ方)」を繰り返せば元の並び方に戻る…なんて記述と同じくらい驚く下手の横好きの数学好きのにとっては超驚愕連続の一冊ですね。ワン。あと少しで読了。ベッドを出て黒兵衛と散歩。《真の発見の旅は新たな風景を捜すことではなく新たな視点を獲得することである》などというスゴイ言葉が引用してあったので誰の言葉かと思ったらマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』からのパクリだという。数学と量子物理学は文学とも融合するのですな。そう言えば『失われた時を求めて』を読破するにはリーマン予想を証明するのと同じくらいの時間がかかるのかな…と下手の横好きは思ってしまいますね。ワン。終日『CORPS EXTRÊMES−身体の極限で/ラシッド・ウランダン』の原稿のブラッシュアップをしてメール送稿。それから『ニューズ・オプエド』は五輪アナリストの春日良一さんとIOCへの就職を目指している大学院生の原実季さんを迎えて未来のオリンピックの話。来年1月のIOC会長選挙は誰が選ばれるのか面白そうですね。

12月5日(木)
『素数の音楽』読み続ける。コンピュータとインターネットの世の中になってネット上での金銭取引などで「暗号」の重要性が増して数学者の頭の中だけに存在していた「大きな素数の発見」が重要な意味(莫大な金銭的価値)を持つようになったのか…。俗界を超越して「数の世界」を逍遙していた数学者達が俄に金儲けのための重要人物に昇格(堕落?)したのはオモシロイことですね。《ガウスが今も生きていればハッカーになっていただろう》という一文は何だか現在の世の中がデストピア(反理想郷の暗黒世界)であることを示しているようでもありますね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。黒兵衛(ペット)にとって現在の世の中はユートピア(理想郷)なのかな?デストピアとしか思えない不幸な犬猫も存在するからペットの世界も格差社会と言えるのかな?ワン。終日原稿書きはロームシアター京都で観た『CORPS EXTRÊMES−身体の極限で/ラシッド・ウランダン/シャイヨー国立舞踊劇場カンパニー』公演についての感想を一気に書き始める。モーリス・ベジャール&マーサ・グレアム&三島由紀夫&三代目猿之助&ピーター・ブルック&ハリー・クプファー&山海塾&暗黒舞踏&唐十郎&武満徹…などを引き合いに出しながら「20世紀の身体表現と未来の身体表現」を考える。デストピアのなかでの人間の美しい心の可視化としての舞踏…チョット理屈が勝ちすぎたかなあ…と反省しながらブラッシュアップは明日に回して酒&晩メシ&風呂&酒再び…そして寝る。

12月4日(水)
『素数の音楽』はチョット休んで創文企画から送られてきた『現代スポーツ評論』の最新号51号に目を通す。なかでも『ニューズ・オプエド』にもよく出演していただいている一橋大学名誉教授の坂上康博さんの文章に仰天。『戦争と同時並行で開催された平和の祭典−パリ五輪が問いかけるもの』というタイトルでもちろんロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻をキッカケにオリンピックの休戦協定について書かれたものなのだが世界の武力紛争は《ロシア・ウクライナ戦争以外で計70にのぼる》とIOCが指摘しているというのだ。世界中でこれほど多くの武力戦争が起こっているとは坂上先生も「知らなかった」と書いておられるが小生も知らなかった。そんななかでの五輪の休戦協定をどう考え実施すれば良いのか?この坂上先生の興味深いレポートは多くの人に読まれるようベッドから起きてすぐにスキャンする。そして黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは野球殿堂の話。イチロー氏が日米の殿堂入りが同時に決定するのは確実でアメリカの殿堂のあるクーパースタウンでは既にイチロー氏殿堂入りの準備が始まってるという福島良一さんの最新情報を紹介。さらにアメリカの野球殿堂が黒人リーグや女子リーグをどんどん取りあげてきたのに日本の殿堂は何故か東京ドームにあり(以前は後楽園球場に併設)国民リーグなどの現在のプロ野球以外の日本の野球の多くが無視されていると批判しました。ワン。ラジオのあと黒兵衛と散歩。そしてそろそろ以前ロームシアター京都で見たラシッド・ウランダンのダンス・パフォーマンスに関する原稿に手を付け始める。現代舞踊としての身体パフォーマンスというのは現代音楽と同じでナカナカ批評・評論が難しいですね。でも頑張って書かねば。……それに加えて……緊急報告……と言うほどオーバーなものじゃないですけど川崎フロンターレの算数ドリルの一番下(4番目)をクリックするとフロンターレの選手が小学生とのリフティング競走で、算数の平均値を教えるYuTubeがでます。コレはメッチャイ良いですよ。

12月3日(火)
『素数の音楽』はついにコンピュータの時代に突入。「世界の地図は4色あれば塗り分けられる」という「4色定理」が1852年に提起されてから様々な数学者がソレを証明しようと試みたが果たせなかったが1976年になってコンピュータがソレを証明した。がソレはイリノイ大学の二人の数学者が《無限にある地図全ての色分けという不可能な作業の代わりに1500種類の地図の色分けを考えれば十分であることを示したからだった》その1500種類の色分けの計算をコンピュータが1200時間かけて行い「4色問題」は解決したのだがソレは《1500種類の基本的な地図さえ考えれば全ての地図のことがわかる》という《人間の巧みな思考力とコンピュータの荒っぽい腕力が相まって成功した》という指摘は重要ですね。さらに《4色定理が成り立つとわかったところで別に何か利益があるわけではない》という指摘には笑ちゃいますね。《我々人間の二次元空間の理解がこの程度の問題を解けないくらい浅い》ことがわかっただけなんですね。コンピュータは人間にはできない膨大な計算をやってくれたけど他に何の意味もないのですね。《しかしリーマン予想は違う》というわけでコンピュータにも証明できないあらゆる素数の成り立ちがわかれば様々な謎が解けるそうです。読み進まなければ。ベッドを出て黒兵衛との散歩をサッサと済ませて大船駅へ東海道線で品川経由新幹線で名古屋へ。栄中日文化センターで約40人の聴衆を相手にオペラ講座。テーマはワーグナーの『ニーベルンクの指環』。続けて演奏すれば15時間の大作をバレンシア歌劇場の舞台を見ながら2時間で解説。アルベリヒがラインの黄金を盗み→ヴォータンが指環を盗み→ワルハラの城を建て→指環の呪いで巨人族の兄弟が殺し合い→ブリュンヒルデがジークリンデを助け→ヴォータンの怒りと別れ…のあとジークフリートが死んで→世界はすべて滅亡…というワーグナーの終末観を解説。アァしんど。しかしオペラを語るのは愉しいですね。帰りの新幹線は爆睡。帰宅して晩メシと酒で再び爆。。

12月2日(月)つづき
第一次大戦の後1924年に開かれた国際数学者会議に敗戦国ドイツの数学者は招かれなかった。それに腹を立てて1928年にボローニャで開かれた国際数学者会議に招かれたときも参加を拒否すべきだと主張するドイツの数学者が多くいたなかでヒルベルトはドイツの《数学者67名からなる代表団を率いて会議に参加》拍手で迎えられるなかヒルベルトは次のような演説をしたそうです。《民族や人種などを理由に差別を行うのは我々が携わる科学を誤解しているからでこのようなことが行われてきた理由は実に卑しむべきものである。数学に人種は関係ない。数学にとっては文化的な世界全体が一つの国なのだ》この演説は世界のスポーツ界にも生かせるはずですね。ワン。

12月2日(月)
『素数の音楽』が面白いのは自分の仕事と全く関係がないから…と何日か前に書きましたが小生の仕事と関係がある…という以上に大いに参考になる一文を見つけました。ソレはドイツが第一次大戦に負けたあとヒルベルトが…あ。時間がないのでのちほど。

12月1日(日)
『素数の音楽』が面白いのは天才数学者たちのなかにも意外と俗人感覚を見せる連中が存在するからだ。《数学自体は世俗を超越しているしているとしても数学者にはおだててもらわないといけないエゴがある。自分の名前が定理として後世に残り不滅の存在になるという考えは創造の最も強い原動力なのだ》しかしソレは一部の一流の数学者に当てはまることで超一流の数学者はもちろん多くの一流の数学者にもには当てはまらないようにも思える。フィールズ賞以外の賞は全部もらったというM君もそんな俗っ気は感じられませんからね。そしていよいよチューリングとコンピューターの登場まで読み進む。《素数を理解するには少なくともあと100万年はかかるだろう》と俗っぽい一流の数学者が残した言葉を「頭脳機械」は粉砕するのか?本は益々オモシロくなってきた。ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩。植物は葉や枝の位置でフィボナッチ数列や分割数列と共に生きている。巻き貝の巻き方や隼が獲物を狙うときの飛び方もフィボナッチ数列らしいけど黒兵衛の歩き方には数学的所見は見当たりませんね。ということは哺乳類の中の人類は忘れ去った原理を取り戻すために数学を始めたのかな?ワン。終日ホームページの更新原稿作り。今年最後の原稿を(株)bitさんのスタッフに送って…晩メシは久し振りにイタリア・オペラ。プッチーニの『ラ・ボエーム』を見ながら。ブレゲンツ湖上音楽祭のビデオですが二幕のクリスマスのパリの町のシーンは圧巻。100人以上のダンスも圧巻ならマリリン・モンローそっくりのムゼッタが網タイツのバニー姿でアリアを歌うのは見事ですね。三幕の恋人たちの別れのシーンで土砂降りの雨になるのは演出?あ。二幕&三幕は歌舞伎では「にまく」「さんまく」と言ってはいけないのですね。「ふたまく」「みまく」と言わないといけないと小生も近所の婆さんから餓鬼の頃に教わりました。サンフレッチェが勝ってJリーグ優勝は最終節の3試合が見逃せなくなりましたね。ラグビーの早明戦は小生にとってはあまり意味がないですね。

11月30日(土)
『素数の音楽』を読んでいると我々凡人の考えられないほど複雑鋭利な思考の持ち主が以外と阿呆なことをやっていることにも出くわす。《かつてガウスの素数定理を一般化した仮説を証明した者に"100億の階乗ドル"を賞金として提供すると言い出したエルディシュという数学者がいた。100億の階乗とは1から100億までの数字を全て掛け合わせた数字だが100の階乗ですでに宇宙の全ての原子の総数を上回る数字なる。1960年にこの仮説を証明した数学者が賞金を請求しなかったことを知るとエルディシュはほっと胸を撫で下ろしたという》しかしこの本はメッチャ面白いけど小生の仕事には何の役にも立たないことがわかってきた。だからオモシロイのかな。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。冬空か秋空かどっちかわからないペンキで塗ったような真っ青な空に雪の帽子を被った富士山が美しい。そう言えばかつて市川崑さんに映画『東京オリンピック』についてインタヴューしたとき「聖火リレーが富士山の前を通ったときは9月の初めでしたから富士山には雪がなかったはず。でも映画の富士山は雪を被って美しかったですね。あれは後から撮り直したのですよね?」と訊くと「だって富士山に雪がなきゃオカシイだろ」と笑顔で言われたあと「僕は映画を撮ったんだから」と言われたその言葉は見事だった。ワン。散歩の後チョイと仕事をしてからヨメハンと一緒に久し振りに掛かり付けのお医者さんへ。お薬をいただいて大船駅でヨメハンの買い物に付き合う。俺は文具店で来年のカレンダーを購入。毎年スケジュールを書き入れる大きなカレンダーを新潮社から送ってくれたのが今年からは廃止で小さな谷内六郎さんの卓上カレンダーだけになった。日本の経済が縮小しているのがこんなところでもわかりますね。帰宅してヴィッセル神戸と柏レイソルのサッカーを楽しむ。柏はヴィッセルには強いのですね。オモシロイ。チョイと仕事してTBS『報道特集』を見る。兵庫県知事選の背景はイロイロありそうですね。大衆というのは動かされるものなのか?動くものなのか?動かしたのは誰?動いたのは誰?何のために?続編の報道に期待。晩メシはワーグナー『ワルキューレ』第3幕を見ながらヴォータンがブリュンヒルデを「嫁に出す」別れは泣けますね。バレンボイム指揮ミラノ・スカラ座のオケはドイツ・オペラでもたっぷりと泣きが入ります(ロマンチックです)ね。

11月29日(金)
『素数の音楽』600頁近くの文庫の約半分読了。面白さのヴォルテージは高止まり。インドに素人の数学者が現れて全くの素人としてリーマン予想とほぼ同じことをやってのけてケンブリッジの教授陣を驚嘆させる。もちろん驚嘆したのも超一流の数学者だけで一流程度の学者はみんな無学歴の素人を馬鹿にしたという。零の発見以来インドの数学はスゴイ伝統をキープしているのですね。もっとも《数学というのはどうやら奇人を舞台に引っ張り出すきらいがあるらしい》たしかに。《数学者たちは気のふれた数霊術論を盛り込んだ手紙を送りつけられることにすっかり慣れっこ》で《ピラミッドの謎を解いた》とか《フランシス・ベーコンがシェイクスピアの戯曲のなかに忍ばせた暗号を解いたという手紙が殺到していた》そんななかで《インドのマドラスで年給20ポンドで働くヒンズー教徒で事務員のラマヌジャン》がリーマン予想と同じ行為を書いた手紙を寄越してきたのだからハナから馬鹿にして無視した学者が多いなかでソレを認めたケンブリッジの数学者(ハーディやリトルウッド)も偉いですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。家の近所の紅葉も少しはオモシロイところがある。特に薄緑色を残した黄色い銀杏は美しいとヨメハンが発見した。世界は全て発見で成り立っているのであって人間が発明した(創り出した)モノは皆無かもしれませんね。ワン。いろいろ仕事をしたあと夕方からの『ニューズ・オプエド』は今年のスポーツ界を振り返って未来のスポーツ界を考えてみました。尚美学園大の佐野慎輔教授は大谷のフィフティフィフティを取りあげてみんなでAIのスポーツ界への影響を考えて大和大学の佐々木正明教授はウクライナやパレスチナで戦禍が続くなかでのオリンピックが開かれたことを取りあげてみんなでオリンピックが反戦に果たす役割を考えました。小生もオリンピックでジョン・レノンの『イマジン』が毎回演奏されるようになったことを取りあげて将来の五輪への期待を語りました。こんなスポーツ論を語り続けているメディアは他にないですね。関係ないですが最近のトクリュウ事件をテレビで語っている元埼玉県警の佐々木成三は佐々木正明教授の弟さんなんですね。顔も声もそっくりで納得。あ。川崎フロンターレの『算数ドリル』もオプエドで絶賛しておきました。

11月28日(木)
『素数の音楽』読み続ける。この本がある限りベッドへ入るのが楽しくなり待ち遠しくなる。現在の宇宙に存在する言視の総数は10の78乗らしい。ところが素数が出現するとガウスが発表した法則は10の100乗の34乗まで正しいことを証明した学者が現れたという。全宇宙の原子の数より多い数で正しいことがわかってもソレが「すべてに正しい法則」とは言えない数学者の脳細胞というのは凄いとも思うけどセヤカラナンヤネンとも思いますね。そー言えば小生が小学生のときに通っていた算盤塾の先生は当時の日本の国家予算を算盤の上に示して算盤はスゴイと悦に入っていた。そのときもセヤカラナンヤネンと思ったが当時の国家予算はイクサシナイ…で1兆9347億1千万円だったと記憶している。昭和39年だったと思うけど違うかな?最近は国家予算の語呂合わせがなくなりました。。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあとデスクワークは請求書作りなどの雑務や書き下ろし原稿をシコシコ&明日の『ニューズ・オプエド』のゲストを尚美学園大学教授の佐野慎輔さんと大和大学教授の佐々木正明さんに決定してそろそろ今年のスポーツ界を振り返る…という企画に。そう言えば今年の大晦日にも三枝成祥さんはベートーヴェンの交響曲全曲演奏をやるらしくプログラムに小生が昨年書いた原稿を再録したいとの連絡があった。面白かったと認められたのは嬉しいですね(その原稿は本HPの「蔵出し音楽」のコーナーでも公開しています)。喜んで再録OKの返事を送って晩メシは久し振りに『鮨処もり山』へ。フランス人夫婦の結婚44周年と小生夫婦の45周年を祝ってシャンパンで乾杯。森山さん夫婦は35周年でお店は開店以来30周年。みんな歳取りましたね。

11月27日(水)
メッチャ面白い『素数の音楽』には時々ギョッと驚くことが平気で書いてある。リーマン予想と素数論の根城となったゲッティンゲン大学には様々な数学の天才が集まってきたがハラルト・ボーアには驚かされた。彼は《後に量子物理学理論の創造者として有名になるニールス・ボーアの弟》というだけでも驚くが《デンマークのサッカーチームの中心選手として有名で1908年のオリンピックで銀メダルを獲得していた》というのだ。この時の優勝チームは開催都市ロンドンのイギリス。そう言えばコンピュータの父とも言われてナチス・ドイツの暗号エニグマを解読したチューリングは怪我さえしなければ1948年ロンドン五輪のマラソン選手に選ばれていたという。数学者にはスポーツマンが多いのかなあ。小生の友人でフィールズ賞以外の賞は全てもらったと豪語していた数学者のM君もリレーの選手で京都市大会では入賞してたな。彼は中2のときに凄く分厚い英語の本を読んでいたので「凄い英語の本を読んでるんやね?」と言うと「これは数学の本やねん」と答えた男でした。そのくらいの天才でないと数学者にはなれないのですな。ワン。黒兵衛の散歩は後回し。ベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは川崎フロンターレが地域密着の活動として独自に製作した選手の写真満載の「6年生の算数ドリル」を製作して市内114校の小学校と3校の特別支援校に配った話。イングランドのアーセナル所属のスペイン系選手がスペイン語講座を手伝ってることをヒントに始めたらしいが2011年の東日本大震災で教科書を失った陸前高田市にもコノ「算数ドリル」を送ったとか。毎年製作して今年は川崎市市制100周年記念号。RKBのスタッフやMCさんにもメールで写真を送っておいたので大評判。こういう地域密着活動は真似て欲しいですね。ワン。ラジオのあと黒兵衛と散歩。フロンターレの「算数ドリル」をやった人のなかからリーマン予想を解決する人が出ればサイコーですね(笑)。ワン。デスクワークは来週のオペラ講座のレジュメ作り。テーマは「スターウォーズや指輪物語よりもオモシロイ『ニーベルンクの指環』」。全長15時間の楽劇を2時間で解説するのですからタイヘン…いやオモシロイですね。晩メシはリセウ歌劇場での『ニーベルンクの指環』を見ながら。ラインの乙女たちが本当の水に浸かったり潜ったりいながら歌をうたってるのはスゴイですね。SFの世界のなかで人間界に$や¥のマークが登場するのはオモシロイですね。

11月26日(火)
『素数の音楽』たしかにオモシロイのだけどだんだんわからなくなってきた。まぁ数式が出てこなくて文系向きの本とはいえ高校の数学で行列式だのテーラー展開だのでパープリンになった人間がリーマン予想を理解しようというほうが無理ですよね。《私だけなのかしら。この優しくも不思議なメロディを耳にしているのは…》これはリーマンが素数の全貌を捉えた様子をワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の歌詞に擬(なぞら)えたものだろうが無限に存在する素数の全体像もワーグナーの無限旋律のように美しい(ものに違いない)と著者は言いたいのでしょうね。美しいものを理解するにはソレなりの感性と知識が必要なのでしょうけど残念ながら小生には数学の知識はパープリンですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。黒兵衛(犬)も数学はパープリンだろうけど音楽はどうかな?小生にクラシック音楽(ワーグナーの音楽)などを無理矢理教え込んでくれた数学の先生だった叔父さんの飼ってたムツという名の雑種はトランペットの音楽(ムソルグスキー『展覧会の絵』ラベル編曲の冒頭など)に激しく反応してワオ〜ンワオ〜ンと吠えていました。黒兵衛にも聴かせてやろうかな。ワン。デスクワークは『スポーツゴジラ』の校正や来週の名古屋でのオペラ講座の準備。テーマはワーグナーの『ニーベルンクの指環』。さぁ14時間の長さの楽曲の面白さをを2時間でどう伝えるか?考えるだけでオモシロイですね。ワーグナーの創った登場人物や感情やモノや風景…などのテーマ(ライトモチーフ)も素因数分解みたいなモノなのかな?素数が無限の世界を創るわけですね。セヤカラナンヤネンと自分で突っ込みを入れながら川崎フロンターレが創った小学6年生用の算数ドリルをやってみる。これはオモシロイ。良くできている。あすのラジオで話すことにしましょう。数学はパープリンでも算数はオモシロイですね。

11月25日(月)
『素数の音楽』メッチャ面白すぎる。こんな何の役にも立たない本を読んで興奮していてイイのかなと思うくらいだ。するとこんな文章が飛び込んできた。《数学をしていて心が躍るのは結果を現実に応用できるからではなく数学そのものが美しいからだった》確かに。本文はついにゼータ(ζ)関数とリーマン予想へ。この本の凄さは数式をほとんど使わないことですね。文系には助かります。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。四次元の世界というのは「三次元の空間+時間」だと思っていたのに数学の世界では時間とは無関係に抽象論としての四次元の世界を考えることができるのですね。そうしてその架空の四次元空間が虚数と同じように現実の宇宙空間を物理的に考えるときにも威力を発揮するのですね。人間が想像力で創る世界(物語)を馬鹿にできませんね。ワン。終日デスクワークは『スポーツゴジラ』の連載『走』第11回を書く。テーマは前回「走る絵」につて書いたので今回は「走る音楽」ついて。『クシコスポスト』『道化師のギャロップ』『天国と地獄』『トリッチ・トラッチ・ポルカ』など。最近の運動会では聴かれなくなった音楽について書いて送稿したあと先週書き終えていた連合通信の連載『スポーツ博物館』をブラッシュアップして送稿。テーマはAI(人工頭脳)とスポーツについて。別々のテーマを2本仕上げるとサスガに疲れますね。晩メシは吉本新喜劇を見ながら。相変わらず意味なくオモシロイですね。ニュースで兵庫県知事に再当選した人物の選挙違反が話題になっていたけど広告会社と弁護士には思想信条というものが存在せずに動くことこそ問題のようにも思えますね。カネになれば何でもするのかな?

11月24日(日)
『素数の音楽』面白すぎます。《数学の世界では常に美的な構成が追求される。リーマン予想も「醜い世界と美しい世界のどちらかひとつを選ぶとしたら自然は常に美しい世界を選ぶ」という数学者が広く共有する哲学の一例とみることができる。数学者たちはこのような数学の美しさにいうも驚嘆しうっとりするのだ》このような数学者の性癖がツマラナイと思えるところがオモシロイ。所詮数学者の評価する「美しい世界」とは「秩序ある世界」のことで常にコスモスを求めるわけですからね。無秩序(カオス)の美しさやダイナミックな面白さを数学者は嫌がる生真面目さが思いっ切り突っ込みたくなるくらいオモシロイですね。《「感覚による理解は感覚による欺きである」というのがデカルトのモットーだった》世の中「欺き」=「感覚による理解」で成り立っているから面白いはずですけどソレを否定する数学者の存在というのも貴重でオモシロイですね。ワン。昨晩我が家に泊まった長女とヨメハンと一緒に黒兵衛と散歩したあとサッカー日本代表のインドネシア戦と中国戦のダイジェストを見て昼飯のあと昼寝。日本のサッカーは今W杯があれば優勝かな?というのは褒めすぎですけど確かに強くなりましたね。昼寝のあとジャパンカップを見て大相撲。琴櫻初優勝。大相撲はカオスからコスモスになってきましたね。晩メシは野球プレミア12決勝台湾戦を見ながら。若くて一所懸命闘っていたチームが強者の横綱相撲をしようとして負けてしまいましたね。やっぱり短期決戦は我武者羅なチームが勝ちますね。台湾選手たちの涙は新鮮でしたね。

11月23日(土)
勤労感謝の日。新嘗祭ですね。既に農業国でなくなった日本の古い記憶としての祝日ですかね?ベッドで『素数の音楽』読み続ける。面白い。オイラー→ガウス→リーマンという大天才数学者が絶対王政時代からフランス革命を経て19世紀に到る歴史のなかで生まれているというのはある意味ショックですね。そんなに古い人々だったのかと思ってしまいます。数学というのは古代ギリシアのエウクレイダス(ユークリッド)やピタゴラス以来全員現代につながる学問(数学)を扱った現代人と言えそうですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。近所のオペラ好きのお婆さんに挨拶される。「バルセロナのリセウ劇場へ行ってヴェルディを見てきましたよ」「ヴェルディの何を?」「運命の力でした」「それはまた珍しいものを!」近所にはスゴイお婆さんが住んでるんですね。ワン。終日デスクワークはサッカー天皇杯を見ながら書き下ろしをシコシコ。宇佐美の欠場はガンバにとって痛かったですね。夕方に長女がやって来て一緒に晩飯&酒。勤め先の川崎でフロンターレやレッドロケッツと仕事をして相撲と野球に興味のない長女だが大相撲とプレミア20につき合ってくれる。豊昇龍と琴櫻が勝ち進んで明日千穐楽が両力士の優勝決定戦になりましたね。どっちが横綱への昇進候補になるのかな?大の里は来年初場所から出直しですね。野球は日本代表が選手を入れ替えても台湾を破って明日の決勝も再び台湾。しかし…もう少し面白い試合方法にならないものか?それに試合時間のあまりにも長いことにはかなり辟易ですね。その間長女からフロンターレの選手などと川崎の小学校との交流事業の話等々を聞く。Jリーグのチームの地域密着度は相当に素晴らしいですね。

11月22日(金)
『素数の音楽』メッチャ面白い。数学は人間が頭の中で考え出した抽象的な思考で宇宙全体に存在する原子の数よりも大きな数を扱ったり8次元の空間を扱ったりする。しかしあらゆる素数は《我々が素数だと考えるから素数なのではなく我々の精神の形成とは無関係に素数だから素数なのだ》ならば《数学とははたして創造するものなのか。それとも発見するものなのか?》その答えは明解になっているようだ。《数学的実在は我々の外にある。それを発見し観察することが我々の務めであり我々が証明し「創り出した」と大言壮語する定理もその観察記録に過ぎないのだ》ナルホド。そーゆーものならばスポーツも人間の身体能力を広げる(進化する)のではなく内在している能力の使い方を発見する行為と言えそうですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。近所の人に「新しい犬ですか?前の犬より痩せてますね」といわれヨメハンが「体重管理で痩せただけで同じ犬ですよ」と答えたので俺が「歳取って痩せただけですよ」。どっちが正しいのかわからないけど元気なことは確かですね。ワン。いろいろデスクワークのあと『ニューズ・オプエド』。今日のゲストは大リーグ評論家の福島良一さん。大谷翔平選手が3度目のMVPに輝いたのをキッカケにメジャーの話をイロイロ。来年の二刀流復活は過去に二度の肘の手術を受けた投手が球速を落としているところから大谷も苦労するのでは?佐々木朗希はまだ若いから焦らずゆっくりメジャーになれるように…イチローの殿堂入りは既にクーパースタウンのHaal of Fame(野球殿堂)でイチロー表彰の準備が始まってる…ロス五輪の野球のメジャー選手が出るため16か国によるグループリーグをシーズン開幕前に行い五輪期間中は決勝ラウンド4か国の試合でMLBのシーズン停止を1週間以内にすればメジャー選手の出場が可能…等々福島さんに面白いメジャー情報をイロイロ話してもらう。そのあとベネズエラvs日本の試合。牧の見事な満塁ホームランが飛び出しましたね。福島さんも言っておられたけど日本の野球のレベルは本当に高い。なのにNPBがMLBと肩を並べられないのは組織(親会社制度)の問題ということで意見が一致。

11月21日(木)
ベッドでの読書は宮崎学さんの少々ハードなヤクザ史観の勉強が続いたので今日からは愉しい遊びの本に変換。マーカス・デュ・ソートイという数学者の書いた世界的ベストセラー『素数の音楽』(新潮文庫)をベッドに持ち込む。数学というのは素人には最高に面白い遊びですからこれから少々「リーマン予想」と「素数の不思議」についてベッドで考えてみます。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあと連合通信の連載原稿「スポーツ博覧会」第161回を仕上げる。現代スポーツと人工知能(AI)の関係について。大谷翔平はAIのアバター(分身)か?というテーマは我々の未来社会を考えるうえでも重要なテーマですね。晩メシは大相撲録画を見ながら。大の里は尊富士を退けましたね。相撲界も群雄割拠のカオス状態からコスモスに纏まってきたかな。昼間にNHK-BSが映画『スピード』を上映していたのでよく知っているバスが暴走する前のあまり知らなかったエレベーター事故の部分を見直す。ナルホド。悪の代表が悪いことをしてソレを善の代表としての警察が苦労しながら闘うというパターンをハラハラドキドキ描くハリウッド映画は理屈抜きに面白いものです。後半のバスの暴走のアイデアは日本映画の『新幹線大爆破』からパクったものですね。でも日本映画のほうが少しは社会的理屈がありましたね。

11月20日(水)
宮崎学『ヤクザと日本−近代の無頼』(ちくま新書)最終章「山口組概略史」読了。勉強になりました。60年安保以降《経済の面でも政治の面でも大企業と政治にとって「もうヤクザはいらない」ということになってきたのだ。かくして「暴力団一斉取締」が始まった》いわゆる「頂上作戦」だ。そして山口組は《神戸の地域社会・港湾の職域社会・芸能の共同体という共同社会との結びつきを断たれた。帰るべき共同体の懐を失ったのだ。それからの山口組は企業社会に入り込み生きていくしかなかった》しかし《純粋な利益社会型ヤクザというようなものはありえないのである。共同社会に根をもっていないヤクザはいつかヤクザではなくなる》そうして「暴力団」となった元ヤクザは80-90年代のバブル経済であだ花を咲かせた以降存在意義も失せたというわけですね。そして宮崎さんは「あとがき」にこう結ぶ。《大きく擡頭してきた中国とインドの圧力によって激動しているアジアの状況と始まってるアジアの再編のなかで官僚主義に凝り固まった国家機構や国境を超えて利潤を貪ることに専心している巨大企業に頼らず一人ひとりの日本人がどう生きてゆくのかが問われようとしているのではないか。そうしたとき日本でもそういう下からの扶助の核となる新しい「組」的団結が必要とされているのではないか。そういうものとして超近代の無頼よ出でよ!》「ルフィ」や「トクリュウ」が「無頼」であるわけもなくSNSが羅針盤になってしまう混迷の時代はまだまだ続くのか…ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは野球のプレミア12で目立った台湾と韓国のチアガールと試合時間のあまりにも長いこと。スポーツの応援団というのは「前近代の飛び入りの自由という歴史」がない競技に表れるのですね。近代以降に輸入されたスポーツ(アジアの野球)や近代以降に創られたスポーツ(バスケやアメフト)には応援団が生まれ日本の相撲やアメリカのベースボールには応援団が生まれなかったという話。それに試合時間の長さは投手交代の多いこともあるがデータ野球(ビッグデータとAIによる分析)が進化していない面もある…という話はチョットわかりにくかったかな?ワン。ラジオのあと終日デスクワークは「スポーツゴジラ」や「連合通信」の連載原稿の下調べ。晩メシは大相撲録画を見ながら宇良vs平戸海の2度の取り直し3度目の勝敗の取り組みはサイコーでしたね。生前の宮崎学さんに「本当は狐眼の男は宮崎さんなんでしょ?」と訊いたことがある。すると「違うなら違うというし本当でも違うというから訊くだけ無駄だよ」と言って笑っておられた。ナルホド。そーですね。その時いただいた純銀製ルビーの宝石の真っ赤の眼をした「狐眼バッジ」大事に飾ってます。

11月19日(火)
『ヤクザと日本』「義理と人情」読み進む。♪義理と人情秤にかけりゃ義理が重たい…というのは高度成長後の話であって以前は「義理と人情」は一体だったのですね。それに武士道とは元々《戦国的動乱の気風から生まれたものであって(略)其の根本の精神は何処までも血を見ることを好む殺伐とした気風にあって我が力を揮って我が欲望を充たそうとする熾烈な情熱と我が儘な切り取り強盗主義とに在る》つまり《ヤクザこそが元々の武士道を継いでいる》わけですね。《さらに近代になってから新渡戸稲造の『武士道』以来近代的に再解釈を加えられた武士道は原武士道とは隔たったもの「人工の日本的なるもの」「創造された伝統」になってしまったのである。だから今藤原正彦『国家の品格』が新渡戸武士道の拠りながら説いている「武士道精神の復活」などよりもヤクザの説く任侠道のほうがよっぽど本来の武士道に近いのだ》ナルホド。《創られた武士道》よりも《近代ヤクザの任侠のほうが近世に実際にあった武士道の義理人情複合体(コンプレクス)に近かったのである》ぃかし《高度経済成長期》より近代ヤクザも《共同社会型ヤクザから利益社会型ヤクザに変質》。なるほど。さらに暴対法とデフレで義理人情も任侠も完全に消滅した結果「トクリュウ(匿名流動型犯罪)」が蔓延る経過になったわけか…嗚呼。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。犬年齢13歳=人間年齢90歳でも元気だと思っていたら我が家に配達を届けた人の飼ってるレトリバーは23歳だとか。年限年齢は200歳超え?かつて動物園の恵まれた環境で育った動物たちの長寿社会を取材したことがあったけどコレハヨイコトナノカドウカと考えてしまいますね。ワン。終日デスクワークは書き下ろし原稿をシコシコ。晩メシは録画した大相撲を見ながら。大の里3敗目。勝った大栄翔は好きな力士だけど大の里はまだ若いのかな。晩メシのあと『映像の世紀バタフライエフェクト「ふたつの敗戦国 日本660万人の孤独」』をじっくり見直す。戦時中満洲に夢を見て夢破れて帰国した人達はさらにブラジル移民や浪江町の開拓と原発事故で辛酸を舐めることになったのですね。満洲からの帰還者のなかにし礼氏やちばてつや氏やポケモンGOの作者の話は心に染みました。谷川俊太郎氏が亡くなりましたね。映画『東京オリンピック』の脚本の共同執筆者であることが報じられないのはさらに寂しいです。合掌。

11月18日(月)
『ヤクザと日本』は第五章「ヤクザと近代国家」を読了。明治時代の自由民権運動以来秩父困民党の蜂起などから大正時代の米騒動まで民衆の蜂起には全てヤクザ(下層階級の非熟練労働者たちを纏めた組織)が関わっていたのですね。一方で幕末以来政治権力側についたヤクザもいる。しかし《勤王も佐幕も民権も国権も左翼も右翼もアウトローは利用するだけ利用して使い捨て。これが現在に到るまで日本における「由緒正しい」運動》なんですね。いや日本だけではない。《毛沢東の人民解放軍もアウトローを仲間に加え利用し尽くしたのちに粛正されたことが知られている》そしてアウトロー(ヤクザ)たちは利用された後に歴史から消えていくのですね。続いて第六章「義理と人情/顔と腹/日本的社会関係とヤクザ」に突入。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。テレビは猛暑酷暑に続いて雪の便りで秋が無くなったというけれど南関東では確固たる秋が存在してますね。秋深し隣は何をする人ぞ。芭蕉がこれを詠んだのは隠密としての気質が出たのかな(笑)ワン。終日デスクワーク。書き下ろし原稿と格闘していると講談社から現代新書の新刊が届く。酒井順子『老いを読む老いを書く』帯に『「老い」のニッポン精神史』とある。コレはオモシロそう。もう一冊は瀬木比呂志『現代日本人の法意識』帯には『「法の支配」より「人の支配」/「人質司法」の横行「手続的正義」の軽視…なぜ「法」を尊重しないのか?』とある。さらに『名著「絶望の裁判所」から10年/規律を重んじる国の「謎」を元判事にして法学の権威が鮮やかに読み解く』と。これは『ヤクザと日本』のあとに読みましょう。数ヶ月前まではひと月に5冊くらい送られてきた講談社の現代新書が最近は2冊だけ。本は売れなく(読まれなく)なったのですね。嗚呼。晩メシは日本vsドミニカの野球を見ながら。野球はどんな試合でも(子供の草野球でも)見て面白いけどチョットしらける試合内容と長時間にウンザリ気味で吉本新喜劇にチャンネルを回したり…映像の世紀バタフライエフェクトを見たり…。おおっと。第二次大戦後の海外からの引き揚げ者の話はじっくり見る必要があるので録画。福島第一原発の事故で住居を追い出された浪江町の人々は満蒙開拓団として追い出された人達でもあったようですね。明日詳しく見ましょう。

11月17日(日)
『ヤクザと日本』読み進む。《近代の大衆芸能は資本制の下で近世後期(徳川時代)とは比べものにならないほど広く深く商品化されていった》そんななかで社会体制の内部に制度化されなかった《制外の民》としての芸能者とヤクザが必然的に結びつき《近代ヤクザの典型としての山口組を見ても初代・二代目の時代に芸能興行の世界に進出。それを労働力供給業と共に事業の柱にしていった》というわけで浪曲師広沢虎造の高座の幕に「寄贈山口組三代目田岡一雄」の名前が横綱玉錦の手形と共に描かれたのですね。同様の恩義のあった美空ひばりが山口組と田岡の庇護から離れず公共施設や紅白歌合戦を初めとするテレビ番組から閉め出されても山口組への義理人情を貫いたのは芸能者として筋が通っていたわけですね。おまけに欧米の社会学者が興味を抱くように日本のヤクザはマフィアなどと違って合法的だったのですからね。暴対法施行以前は山口組も組事務所に山菱の代紋を掲げ戦後すぐの時代には田岡一雄が兵庫県警の一日署長を務めたくらいでしたからね。というわけでベッドでの読書は「第五章ヤクザと近代国家 社会的権力としての近代ヤクザ」へと進む。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。帰宅すると昨日遊びに来る予定だった次女と幼稚園児の孫が来宅。最近キングギドラから八岐大蛇に興味が出たという孫に映画『日本誕生』で八岐大蛇と戦う素戔嗚尊(三船敏郎)の場面を見せてやる。続けて大森一樹監督の『ゴジラvsキングギドラ』の闘いの場面も。看護師の次女は最近講談社から贈られてきた堀川恵子『透析を止めた日』を持って帰る。気鋭のノンフィクション作家が夫の腎臓病を見守り10年に及ぶ血液透析・腎移植・再透析の末に透析を止める決断をした壮絶な記録。看護師として腎学会に出たばかりの次女が買おうとしていた一冊。俺が完読するより次女に渡したほうがイイと思いプレゼント。昼飯食って孫たちが帰っていったあとチョイ仕事。録画した大相撲を見ながら晩メシ食ったあとは野球の日本vsキューバ。世界一を競う試合には見えないなあ…試合時間が長いなあ…と思いながらも激しい風雨のなか7対6の1点リード9回表2死満塁3ボール2ストライクでリリーバー藤平が最後に投げたフォークボールは実に美事でしたね。野球というスポーツはこういう瞬間を見るために存在しているのですね。

11月16日(土)
『ヤクザと日本』の「ヤクザと芸能の世界」読み進む。面白い。明治時代《大歌舞伎を除く芝居・活動写真・寄席芸能・浪花節などの行われる劇場は総じて喧噪と危険に満ちた猥雑な空間だった。遊び人や不良青年の溜まり場となり「席亭荒らし」も出没したしイザコザ暴力沙汰も絶えなかった。劇場は伝染病の巣窟とさえ言われ「近代の悪場所」と言ってもいい場所で(略)帝劇女優としてデビューした森律子は母校跡見女学校から除籍された》昭和に入っての初期の職業野球も似たようなモノで大卒選手はみんなOB組織の三田倶楽部(慶応)や稲門倶楽部(早稲田)や駿台倶楽部(明治)などから破門され野球場(や劇場)は治安を守り売店の権利を得るためヤクザが入ることになったという。大人気を博した浪花節は政府の《民衆教化》に利用され《忠臣義士や孝女烈婦》や軍人英雄モノを語るようになる。そー言えば安倍晋三元首相も吉本新喜劇に出たりしましたね。アブナイアブナイ。いや当時のヨシモトは何故か関西万博など権力に擦り寄りましたね。アブナカッタ。ワン。終日デスクワーク。休日ですから仕事でなく出納帳をつけたり雑務。仕事のほうが愉しいですね。気分転換にサッカー日本代表のインドネシア戦をネットで見たり…大相撲を見たり。うわっ。豊昇龍がバッタリと土。阿炎は安定感はないけど面白い力士ですね。湊川親方の解説は面白かったですね。現役力士時だと顔付きも優しいか(可愛い)顔に一変してして親方としての人気も出そうですね。晩メシ&酒は日本vs台湾の野球を見ながら。勝つには勝ったけど紅林に送りバントのスリーバントをさせたのは監督の失敗ですね。しかし野球の試合は長いなぁ。

11月15日(金)
『ヤクザと日本』読み進む。宮崎学ワールドの凄さに嵌まり込んでいる。この新書の帯に《佐藤優氏推薦「ヤクザの論理を知れば今の日本が見えてくる」と書かれていますがホントその通りですね。ただし「今の日本」が壊れ掛かっている今…ヤクザ&任侠の世界が壊れて…これからどんな未来の日本になるのか…未来を知るためには過去を学ばなければなりませんから宮崎学さんの描く「近代
ヤクザ」成立の歴史を学びましょう。本書は第4章「ヤクザと芸能の世界」に突入。美空ひばりや大鵬柏戸も出てくるのかな…ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。昨日の「遠出」の疲れもなく散歩。久し振りの大学の授業で若い人達に伝えておきたいことが山ほどあることを再認識。しかし自分が大学(の教室)で学ぶことや試験の点数をつけられることが大嫌いで大学へは実質3ヶ月くらいしか授業に出なかった。そんな人間が大学の教壇に立ってもイイのかな…とは今も思うが…招かれれば行くということにしましょう。大学や大学院の授業は何度かやったことがありますが点数をつけるのは大嫌いでしたからね。だから昨日の特別授業でも正解のない話ばかりしました。自分でオモロイと思うモノが正解なんですよね。ワン。終日デスクワークは連載原稿の校正や書き下ろし原稿をボチボチ。毎週金曜の『ニューズ・オプエド』は今日はお休み。晩メシは大相撲の録画を見ながら。豊昇龍は熱海富士の勇み足でモウケましたね。大の里を破った若隆景の相撲は好きですね。大鵬も昔は山口組の山菱の紋を描いた化粧まわしを着けてましたね。そういう話題は過去の話になった…かな。酒呑みながら野球の日韓戦を楽しむ。牧&森下イイですね。しかし試合時間がもう少し短くならないモノかな。

11月14日(木)
ベッドのなかで宮崎学『ヤクザと日本』読み進む。面白い。《ヤクザの組は共同体の職業安定所だった。これを否定的な面から見ると手配師・中間搾取者ということになる。どちらにも一面の真理がある》《明治維新の時は人口の9割が農村に住んでいた。(略)都市人口が4割に近づいた1940年代においても日本人の8割は農村で生まれ育った(略)近代日本において「村は人間形成の鋳型」であった》そんな村で村から外れたヤクザの組が必然的に生まれて村から外れなかった村人たちも村独自の閉鎖的な共同体を作り今日まで続くわけですね。永田町村・霞ヶ関村・建設業村・原子力村・スポーツ村…。新聞社村・テレビ局村…といったメディア村もありますね。そこからはみ出たフリーランスはヤクザ者なのでしょうね。ワン。常より1時間早く起きて早く黒兵衛の散歩を済ませてヨメハンと一緒にタクシーで藤沢へ。チクショー。よく知らない運転手が遠回りの道を選んで常なら2千円程度が3千円もかかった。ま。早く着いたからイイか。ヨメハンは藤沢で買い物。俺は小田急の快速で登戸乗り換え成城学園駅まで。少し早く着いたので改札口での待ち合わせではなく成城大学へ歩いて行くと山本敦久教授が正門まで迎えに出てくれて教室へ。30人くらい学生相手にスポーツの取材を続けてきた小生のジャーナリズム論を約1時間半にわたって講義。学生たちはみんな真面目に熱心に聞いてくれたようでした。彼らは19歳で2002年の日韓W杯を知らない世代だとか。若いですね。未来が広がっますね。その広がってる未来を生かすためには過去を勉強して欲しいですね。講義のあと山本先生と山本先生の助手と「一緒に行っても良いですか?」といった学生と4人で駅近くの蕎麦屋へ。学生を除く3人で生ビールを飲み天麩羅盛り蕎麦を食べながら歓談。奢ってもらって気分よく小田急とJRで帰宅。久し振りの若い学生相手の講義は新鮮でした。

11月13日(水)
『ヤクザと日本』メッチャ面白く学習。日本の各港に下層肉体労働者を集めた「口入れ屋」や彼らの遊び場としての「賭場」がヤクザの「組」を形成する。日露戦争のころの横須賀には《博徒の目兼(めがね)組と鳶の小泉組》が《縄張り争い》をして《小泉組を率いていた鳶の親分・小泉由兵衛が跡目を継がせた息子の又次郎がこの帰趨を決定的にして小泉組は軍港のヤクザとして一大組織を築くことになった。この又次郎こそが後の首相小泉純一郎の祖父であった》なるほど。こーゆー構造の流れから日本の政治家も顔役や腹芸に加えて義理人情の任侠の世界のようになってきたのですね。ワン。黒兵衛の散歩は後回しにしてベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは先月の「スポーツ政策学生会議」で立命館大学の学生たちが唱えた「ギャンブル依存症にも八百長にもつながらないスポーツベッティング」を紹介。彼らは試合の勝敗や成績(成否)を賭けの対象にするのでなく「スポーツの面白さそのものを賭けの対象にする」ことを主張。例としてバスケの試合の3ポイントシュートの成功数を挙げていたがその例を広げて…例えば大相撲の複数の取り組みの勝敗予想に決まり手の予想を加えるとか…サッカーの1試合にゴールすが決まる時間帯を加えるとか…選手交代の時間と人数を加えるとか…野球の試合に両チームのリリーフ投手の人数を加える…などのアイデアを話す。要するにスポーツの勝敗だけでなく試合の展開を考えさせる賭けを取り入れてスポーツそのものの面白さに気付かせようとするもの。「賭けの勝敗」に熱くなるのではなくスポーツの展開に熱くなるようギャンブル(ベッティング)が仕向けるわけですね。どうでうか?ワン。ラジオを終えて黒兵衛と散歩して昨日書いた2本の原稿をブラッシュアップして送稿。明日の成城大学での授業の準備をしたあと録画の大相撲を楽しみながら晩メシ。うわっ。大の里が阿炎に土。大の里の若さが悪い方に出ましたね。明朝は早起きなので早く寝る。

11月⒓日(火)
宮崎学『ヤクザと日本』読み続ける。面白いという以上に日本社会の成り立ちがよくわかる名著です。《相撲と芸能はもともとヤクザと密接な関わりを持っていた》その理由もよくわかった。相撲取りも芸能者も幕藩制度の「制度外の民」として存在しそれらを「顔」で纏めたのが同じような「制度外の民」である近代の最下層労働者(港湾労働者)を「暴力と顔」で纏めていたヤクザの大親分だったのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。そう言えば宮崎学さんと一緒にある大学のシンポジウムに参加したとき(2004年のプロ野球のストライキがあった時でした)聴衆のなかから某学生が立ちあがって「プロ野球はヤクザとの関係が深かったのですか?」と質問した。すると宮崎さんは「関係なんてもんじゃない。興行というのはプロ野球も相撲も芸能も全てヤクザがやっていた。そこから始まったんだ」と答えた。なるほど。興行がヤクザと離れたのは興行団体が努力したと言うよりヤクザ組織が色々な事情で限界を迎えたのですね。ワン。終日デスクワークは昨日書いた『ZAITEN』連載のブラッシュアップとフォーラムエイトの社誌『Up and Coming』の連載原稿を執筆。晩メシは大相撲の録画を見ながら。今場所は番狂わせはないけれど熱戦が多くて面白いですね。続けてニュース番組を見ようとするとどのチャンネルもタマキがどうした…タマキの不倫は…タマキは…と五月蠅いのでDVDでヴェニスのフェニーチェ座のニューイヤー・コンサートやベルリン・ドイツ・オペラのガラコンサートを楽しむ。前者の指揮は今は亡きロリン・マゼール。後者の指揮はケント・ナガノ。久し振りに一流歌手の歌声を堪能。やっぱりイイモノですね。

11月11日(月)
ベッドでの読書は宮崎学さんの『ヤクザと日本−近代の無頼』(ちくま新書)を読み始める。これは生前の宮崎さんから純銀製で赤ルビーと本人が言っていた(?)「狐眼バッジ」と共に直接頂いたもの。『近代ヤクザ肯定論 山口組の90年』(筑摩書房)を読んでいたのでマァいいか…と思って熟読せずに積ん読だった一冊(宮崎さんスイマセン)。ところが読み出したらメッチャ面白い。近代ヤクザ誕生の前段階を室町時代後期のカブキ者や婆娑羅大名から説き起こし江戸時代の旗本奴や町奴や町火消しなどの近世ヤクザと任侠の世界をまず解説する。そー言えば現在の歌舞伎の演目はヤクザ者や親分衆が山ほど登場しますね。江戸の歌舞伎小屋は町火消しに防火(火の用心)を頼みソレが客の世話を始め芸能とヤクザの密接な関係が生まれたという。なるほど。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。宮崎さんによると「近代ヤクザ」とは単なる《近代に生まれたヤクザ》とか《近代的な奴ら》ではなく《近代社会や国家が生み出さざるをえなかったヤクザ》であり《近代社会や国家のあり方に存立の根拠をもってるヤクザ》だと定義している。なるほど。では「半グレ」とか闇バイト強盗の指示役は「ポストモダンの社会が生み出さざるをえなかった存在」と言えるのかな?違いますね。「ポスト近代社会が生み出してしまった存在」と言えるのでしょうね。ポストモダンは任侠とは無縁の社会ですね。ワン。デスクワークは『スラッガー』の「大谷=人工知能のアバターか?」という記事を清書してメール送稿。『ZAITEN』の連載「今月のスポーツ批評」で「スポーツベッティングはスポーツを面白く見るほうへ誘導できるか?」と題した記事を書き始める。晩メシは録画しておいた大相撲を見ながら。面白い勝負は多く力士はみんな頑張ってるけど下克上(ヤクザ者のパワー)が見られないのは残念ですね。テレビのニュースで俺の名前が不倫事件の張本人として連呼されるのは気分がイイモノじゃないですね(苦笑)。

11月10日(日)
原信田実『謎解き広重「江戸百」』(集英社新書ヴィジュアル版)読了。素晴らしい一冊でした。2007年の初版本を買いながら熟読せずに「積ん読」になっていたことを後悔。しかし本に関しては「後悔先に立つ」。後になっても読めば良い。本を読む人生は急ぐ必要もない。特に自分の職種とチョイと異なる本に関しては。おまけにこの本には小さいながらも広重の「名所江戸百景」の図版が全て収録されている。この先何度も見返すことになるだろう。そう言えば昔のマッチ箱には広重の『東海道五十三次』がいろいろ印刷されていた。幼稚園や小学校に通っていた頃その空箱を集めて並べて遊んでいたのを思い出す。昔はガキの日常にも日本文化が入り込んでいましたね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。しかし「広重の江戸百」を見ていると江戸に住みたくなった。東京にはあまり住みたいと思わなくなったのは歳を取ったからかな?ワン。終日コツコツ原稿書き。『スラッガー』というネットのベースボール情報コーナーのサイトに「ベースボール今昔物語」という連載を始めた。その第2回は「大谷翔平はビッグデータ&AI(人工知能)のアバター(化身)か?」。イチローが引退会見で「MLBは頭を使わなくても出来てしまう野球になりつつある」と言ったけどVR(仮想空間)での野球でなくリアルな野球なら人間の頭の使い方が変化しただけでは?…てな原稿をザアッと書いて晩メシは録画しておいた大相撲を見ながら。尊富士も大の里もちょっと危ない勝ち方だったけどそれは強さの証拠?その後は酒を呑みながらサムライ・ジャパンとチェコの試合。勝負がどーのこーのではなくよく知らなかった選手のプレイが見られるのはイイですね。しかし日本での野球は試合時間が長いなぁ(>_<)試合が終わってNHK-Eテレにチャンネルを回すとファビオ・ルイージ指揮N響のベートーヴェン7番の第4楽章。速いテンポが見事でしたね。でも…強制徴収の視聴料でオーケストラを維持する必要があるのかな?フィギュアスケートのNHK杯も…?

11月9日(土)
ベッドの読書『謎解き広重「江戸百」』は読了寸前。私は一人の画家の絵画展が好きではない。というのは同じような画風の絵を何枚も見せられるとゲップを催すからだ。もうお腹一杯と感じて別の料理(絵)が食べたく(見たく)なる。過去に見た若冲展でもルオー展でもゴッホ展でもダリ展でも途中で抜け出したくなった。絵画展は色んな画家の絵が見られる常設展がイイですね。上野の西洋美術館でもNYのMoMAでも常設展がイイ。しかし広重の江戸は(東海道五十三次も)ゲップを催しませんね。描かれる場所が変わる連作だからかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。首筋に寒さを感じる秋深し。ワン。近くの小学校の運動会。ヨメハンと一緒に見物に行く。リレーを見たり騎馬戦を見たり。楽しいけれど♪トリッチ・トラッチ・ポルカも♪道化師のギャロップも♪地獄のギャロップも流れずポップスばかりが流れるのはチョイと寂しい。子供の教育の機会を奪ってますね。ワン。帰宅して昼飯食ってTVをつけると唐橋ユミさんが司会をする『大相撲がっぷり総見』をやっていたので見てしまう。力士が楽しくグルメの話などを披露しているのを見ると大相撲が芸能の一ジャンルとして発展したことがよくわかりますね。相撲甚句もやってほしいな。そう言えば唐橋さんは文化放送の仕事で我が家へやって来て相撲談義をしたことがありましたね。晩メシは久し振りにテレ朝『博士ちゃん』を見ながら。「地獄の博士ちゃん」のお寺巡りは面白かった。そー言えば小生も子供の頃は京都六道珍皇寺の地獄絵が怖くて…でも何度も見たくて…興味を持ちましたね。極楽より地獄のほうがずっと面白いことがありますよね。想像の世界の話ですがイマジネーションは大切ですよね。極楽を想像しても何も面白いことはないですからね。

11月8日(金)
『謎解き広重「江戸百」』読み続ける。紐で吊されていたのはてっきり鼈だと思ったら亀でしたね。殺傷を嫌う放生会で川に放してやるため16文で買った亀。こんな風習があったのですね。その亀をアップに描く。《広重の絵の描き方は構成的である。絵を見た者が「見たままに描かれている」と実感ように工夫しているのである》凄いテクニックですね。幕府のお咎めを避けるため遊女を描かず猫にする。このテクニックも見る者の想像力を刺激しますね。ゴッホも刺激された『夕立』の絵は広重一人で生まれた傑作ではなく《絵師と彫師と摺師のコラボレーションの成果》なんですね。スゴイ!ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。寒い。来週は再び暑くなるらしいけど一気に冬模様。まぁ今後はこーゆー変化につき合わなければならなくなったようですね。アメリカ大統領もトランプですからね。ワン。終日デスクワーク。『ニューズ・オプエド』はゲストに相撲ジャーナリストの荒井太郎さんと十枝慶二さんを迎えて「九州場所は大の里時代の幕開けか?」を徹底的に楽しく話し合う。荒井さんによれば来年上半期に大の里の横綱昇進もある…とのこと。十枝さんも九州場所初日の大の里の対戦相手が平戸海で二日目が王鵬。この難敵2力士をあっさり倒せば一気に突っ走るかも…と。当面の注目ライバルは故障の治った霧島か…尊富士は10日目までを優勝争いする好成績を残せば大の里との対決も…と。他にスポーツ・ベッティングと大相撲の関係などイロイロ話しました。オプエドを終えて昨日見た映画『タイムマシン』の後半を見る。H.G.ウェルズの生きた19世紀末から映画の出来た1960年頃はまだまだ「未来」というモノが存在していたのですね。今は「未来」という認識がなくなり「現代(現在)の延長」という認識しかないですね。ユートピアの夢もデストピアの終末観もなくなりましたね。映画のあと中2の孫がやって来て一緒に食事。すると長女もやって来て明朝早く出発して一緒に京都へ行くらしい。京都サンガと川崎フロンターレの試合を亀岡に出来た新しいスタジアムで見て叔母の家に一泊。二条城を見物して帰るらしい。若い人達は「未来」のなくなった「現在」は「過去」の勉強をして「未来」を切り拓いて下さい。

11月7日(木)つづき
『謎解き広重「江戸百」』メッチャ面白い。いろんな江戸の名所が現在の寺社仏閣や橋や地名とつながっていることもわかる。それに構図の素晴らしさ。巨大な鯉幟・吊された鼈(すっぽん)・馬の尻のドアップ・爆撃機のように江戸を狙う鷲…全てが江戸の活力を示してますね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。江戸幕府の絵師や戯作者に対する弾圧は相当に厳しかったと思うが(井上ひさしさんの『手鎖心中』を読むだけでわかりますよね)それに負けない絵師や戯作者の気合いは見事ですね。それに較べて現代の日本のメディアは権力に対する忖度が過ぎますね。いや。権力の圧力とメディアの忖度に負けないジャーナリストが消えたのかな?ワン。終日シコシコとデスクワーク。トランプの大統領就任が民主主義の危機の直結しないように願いたいですね。民主主の基本は多数決と少数意見の尊重。この相反する二つの原理原則をどちらも成立させるのは徹底した討論ですね。消費税廃止や防衛費増額反対を唱えた少数派に対して消費税必要や防衛費増額を唱える多数派はソレが正しいと納得させるまで討論すべきなんですよね。「103万円の壁」も同様。多数派は少数派の意見を聞くこと&少数派と討論することこそ民主主義の要諦であり国会で少数派政党の質問(討論)時間を短くするのは民主主義に反する行為だと小生は考えますが如何?晩メシはトランプ大統領や国民民主党関連のニュースを見ながら。現状解説でなく日本はこーゆー方向に進むべきと話すジャーナリストはいないのかな?少々不満が募ったのでDVD映画に切り替え。H.G.ウェルズ原作ジョージ・パル監督の『タイムマシン』。1895年に書かれた80万年後のSF小説の1960年の映画化。だからウェルズの想像できなかった原水爆による地球文明の滅亡後の世界という新しい視点が入ってる。80万年後の世界はウェルズの考えに則ってデストピアになっている。半分まで観たところで諸用。続きは明日。

11月7日(木)
bitさんの協力で本HPが更新されましたが右側のナンデモカンデモ欄の1981年ワールシリーズのプログラムのアメリカンコミックをクリックすると1956年ヤンキースのドン・ラーセン投手がワールドシリーズで完全試合をしたときの漫画4ページを読むことができます。お楽しみ下さい。

11月6日(水)
ベッドで『謎解き広重「江戸百」』読み続ける。若いときは広重より北斎や国芳が好きだったが歳を取ると広重の静謐な深淵に魅了される。ダリやピカソが好きだったのがモネに移っていくようなものか。いや。若いときに広重の構図の大胆さやモネの厚みに気付かなかった小生が馬鹿なだけでしたね。ま。今でも北斎やピカソは好きですけどね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。若い頃は春が秋より圧倒的に好きだったのに歳を取ると秋が好きになるモノなのか?しかし桜と紅葉は較べようがないですね。ベートーヴェンとモーツァルトを較べるようなモノですから。ワン。終日デスクワークは書き下ろしをシコシコ。合間にH.G.ウェルズ『タイムマシン』を引っ張り出して80万年後の世界をチョイと読んでみる。日曜に見たラシッド・ウランダン『Corps extrêmes−身体の極限で』のパフォーマンスがダンスの進化と言えるのかどうか考えてみる。尤も最近は進化という言葉を進歩と同じように使うことが多いですね。しかも進歩は良いこととして19世紀的進歩発展論を抜けきっていない。寿司屋が全て回転寿司に変わり蕎麦屋が全てカップ麺に変わることは人間の文化の必然的進化なのでしょうが進歩とは言えないですよね。進化は退化も含むのですね。と言うことはウランダンはダンスの19世紀的進歩の姿でダンスの究極的進化の姿は山海塾かな?エントロピー増大の極限の姿…なんてワケのわからないことを考えてるとネットのニュースでアメリカ大統領選はトランプの圧勝とか。これはアメリカ社会の進化した姿かな?進化には退化もあり得るわけで…どう考えても民主主義の進歩した姿とは思えないですね。

11月5日(火)
ベッドでの読書は原信田実『謎解き広重「江戸百」』(集英社新書ヴィジュアル版)。何週間だか何ヶ月か前に我が家の画集には北斎・豊国・歌麿…は沢山あるのに歌川広重がないと嘆いたことがあったけどコレがあったのを忘れていた。しかも数ヶ月前に買って読んだもの。しかも読み出してすぐに思い出したが安政の大地震がきっかけとなって広重が江戸の風景を絵がい始める記述がメッチャ面白いのを思い出した。《地震後にお救い米が配られて「貧家」が「潤沢」になっ》て《復興景気》が《ディザスター(災害)ユートピア》を生み出すんですよね。そして広重は震災を無視した想像力で江戸の風景『名所江戸百景(江戸百)』を描き始める。安政の大地震も東海→南海と現在盛んに危機が騒がれてるのと同じ揺れ方が続いたのですね。令和の御代も安政と同様「ディザスター・ユートピア」を生み出せるのかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。しかし江戸の人々はタフですね。いや関東大震災を生き抜いた人々も同じかな。令和の我々はどんな反応をするのかな?政治家や官僚たちは江戸幕府の幕閣たちより活躍してくれるのかな?ワン。終日デスクワークは新しい書き下ろしをコツコツと。アメリカ大統領選はどっちが勝つかとワールドシリーズのように語られるのですね。喜々として政局が語られるのは日本の総選挙も同じですね。政局は語られても政治は語られない。「政治ジャーナリスト」を名乗っている人達に日本はどんな税制どんな経済政策どんな外交をするべきなのか聞いてみたいですね。

11月4日(月)
文化の日の代休。ハッピーマンデーという言葉も死語になった感がありますね。別にハッピーでもないからかな?ベッドのなかの読書は井沢元彦+千葉きよかず『コミック版逆説の日本史 幕末維新編』(小学館)。これも孫に読ませるか否かのチェックで再読を始めたが自分が楽しんで読んでしまう。ということは孫にもOKということですね。幕末から明治にかけては今日の「維新」のように国会銀になることを就職と捉えていたような不埒な人物はいなかったですね。ワン。ベッドから出て昨晩我が家に泊まった長女と孫とヨメハンと一緒に爽やかな秋空の下黒兵衛と散歩。昨日京都の人混みのなかを歩き回ったのとは対照的な長閑さですね。明治時代に芥川龍之介が京都が古都京都の長閑さを残しているのは下鴨以北と確か書いていたように記憶しているけど今では大原あたりまで行かないとダメになったかも。ワン。散歩のあと家族で庭木の剪定。若い連中が伸びすぎた木の枝を片っ端から切り落としてくれるのを小生は細かくして袋詰め。休日とはこーゆーことをする日なんですよね…と思うのは歳を取った証拠でしょうね。昨日の京都の喧噪と京の庭仕事でたっぷり疲れて昼寝は爆睡。そのうちに長女と孫は帰っていった。長女と来週来週京都と亀岡へ二条城見物と川崎フロンターレの応援に行くらしい。まぁ若いときは色んなところへ足を運んだほうがイイですね。小生は行きたいとこは行てしもた。食いたいもんは食てしもた。ほな地獄へでも行くほかない…というのは落語『地獄八景亡者之戯』の出だしですね。小生がそんなお大尽になれるわけもなく今夜の晩メシは吉本新喜劇を見ながら。土曜日の昼にNHKの『探検ファクトリー』で見た面白いシンバル作りのレポートをしていたすち子さんが大活躍。マァマァ満足してベッドへ。

11月3日(日)つづきのつづき
帰宅するとヨメハンに長女と孫の3人が晩飯を食べずに待っていてくれたので早速日本シリーズを見ながら晩メシ。うわっ。横浜のボロ勝ちですやんか!チョイと福岡が可哀想。しかし横浜の頑張り下克上は素晴らしかったですね。ラシッド・ウランダンの『Corps extrêmes−身体の極限で』を見たあとでは2連敗のあと奇跡的に4連勝した横浜も負けてしまった福岡も極めて人間的に感じました。そして博多の明太子を食べたくなったけどウランダンの公演のあとにはオペラや歌舞伎を観たあとのように美酒美食が欲しいと全然思わなかったのは何故かな…?

11月3日(日)つづき
ロームシアター京都へ入るとスタッフのTさんが小生を見つけて話しかけて下さる。『ラシッド・ウランダンCorps extrêmes−身体の極限で』の公演にはまだ時間があったのでシアター内3階で行われていた『オペラの扉2024コミカルオペラ展』を見学。小さなスペースにオペラの舞台の模型が並べられ大きなスクリーンでは新国立歌劇場公演の『セヴィリャの理髪師』や『コジ・ファン・トゥッテ』のダイジェスト映像が流されていた。オペラ関係の本も紹介されていたが小生の本も並べてよと思わず呟く(笑)。開演時間が近づいたのでロームシアター・サウスホール(昔の京都会館小ホールの進化形か?)に入ってスポーツ+ダンスとも言われるフランスから来日した10人のパフォーマンス集団の演技を拝見。アルプスの高高度の山を繋いだ綱を渡るハイライナー(超高高度での綱渡り)や高山の岸壁登りを模したボルダリングなど…と同時に若者たちがジャンプしたり回転したり肩に乗せて3層に積み上げたり…アクロバティックな飛翔も軽々と音も出さずにやってのける…音楽はピンクフロイドのプグレッシヴか?シュトックハウゼンの電子音楽か?それらが静謐とも言える超静かな超アクロバティックなBGMでは極めて古臭く(人間的に)感じられる。日本語のナレーション(パフォーマンスの体験談)が時々入ったがソレも古臭く(極めて人間的に)響いた。ダンス・パフォーマンスの究極の進化形はこうなるのかなあ…と楽しみながら小生はH.G.ウェルズの『タイムマシン』に描かれた80万年後のデストピアのような世界を頭に浮かべていた。超人たちの超身体による超進化形のダンス・パフォーマンスは超見事でしたが超考えさせられました。それがラシッド・ウランダンの狙いなのかな?1時間の公演を観て満腹状態で帰りは地下鉄で京都駅へ。行きのタクシーの運転手が夕方は自動車が混んで動きまへんでと言ったので従ったが地下鉄は超満員。動くだけマシですね。京都駅から新幹線で品川経由帰宅。メッチャ豊かな過去に経験のない京都小旅行でした。ウランダンの公演は埼玉でも近々あるそうですから超思考好きの人には超マジで超オススメですよ。

11月3日(日)
昔は明治節と言った明治天皇誕生日。今は文化の日。ベッドでの読書はやめて早くベッドを出て朝食のあと長女やヨメハンと一緒に黒兵衛と散歩。ワン。3〜4日前までは熱帯性低気圧で雨との天気予報だったのが雲一つない真っ青な天高く馬肥ゆる秋晴れ。小生の晴れ男の異名はまだ健在です。ワン。イロイロ準備したあと大船駅へ。品川経由新幹線に乗り換えて京都へ。ロームシアター京都の招待で『ラシッド・ウランダンCorps extrêmes−身体の極限で』を見に行く。オーヴァー・ツーリズムの京都の人混みは覚悟していたけど昨日の豪雨の影響か午後イチ到着の真昼という時間帯のせいかタクシー乗り場は意外と空いていて開演1時間半前にロームシアター京都にタクシーで到着。懐かしいなぁ。昔京都会館と呼ばれていた頃は小学高学年の頃から高校3年まで大ホールでの京都市交響楽団のコンサートや小ホールでの俳優座・文学座・劇団民芸…などの演劇公演に毎月のように通っていました。通った回数は南座よりはるかにおおいですね。京響の指揮者は森忠さんや外山雄三さん若杉弘さん。二期会のオペラ・モーツァルトの『魔笛』もココで観ました。演劇では杉村春子さん市原悦子さん太地喜和子さん滝沢修さん宇野重吉さん加藤剛さん北村和夫さん田中邦衛さん原田芳雄さん…などが活躍していましたね。懐かしいなぁと外観の雰囲気を昔の京都会館の姿に残すホールを横目に明るく青い秋空の下でテントがいっぱい出ていたので見物。何やら学生たちが色々な展示物を披露したり歌をうたったりダブルダッチという縄跳びに興じていたり…。テントの一つに立命館大の学生がいたので少し話して無料配布していた『FSTNER』というフリーマガジンを何冊かいただく。副題に「Culture for Students in Kyoto」とあった。ちょっと隣のテントでは同志社女子だという女子大生と少し話して「ぐんとあがる瞬間をあなたに」という副題の『moco』というフリーマガジンを何冊かいただく。モダンバレエ(?)の見物に来てりっちゃんやドージョの学生と話するとは思わなかった(笑)。小生も短い学生時代には『駒場実験演劇』という冊子を5号ほど出した。ガリ版印刷手刷りの藁半紙ホッチキス止めだった。今の学生の創る冊子は同じ30頁程度でもカラー・オフセット印刷広告入りか…と感慨に耽ってロームシアターへ。今の学生はガリ版印刷なんて知らないだろうな。

11月2日(土)
ベッドで『草枕』をぱらりと開いて《蜀犬日に吠え呉牛月に喘ぐ》といった言葉に再会するのも悪くないが新しい本を手にできないのも嘆かわしい。amazonで買えば良いのだが手続きがイロイロ邪魔臭い。最近行きつけの本屋が店仕舞いしてぶらりと本を手入れることが出来なくなった。大船駅周辺で小生の通った本屋の店仕舞いは古書店も含めてこれで4店目。文化の衰退も甚だしいですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と雨のなか散歩。今日から世の中は三連休。まぁ世の中の暦とシンクロしていない我が家には無縁かな。黒兵衛も雲古をするとさっさとUターンして帰宅。ワン。午前中に連合通信の原稿を仕上げて午後からサッカー観戦。名古屋vs新潟ルヴァンカップ決勝を観る。初タイトルを狙う新潟を応援していたが前半で2-0とリードされたのでハーフタイムにチャンネルを回すとNHK-BSで『韓流スターのチャン・ドンゴンと行く世界“夢の本屋”紀行』という番組をやっていたので思わず見てしまう。パリ・ロンドン郊外・アムステルダム・ウィーンなどの素晴らしい書店や古書店が紹介されたあと韓国や中国の素晴らしい書店の紹介も。メッチャ面白かった。もちろん日本の代官山のコンセプチュアルな新しい書店も紹介されたが少々気取りすぎかな?しかし実に面白い番組で本屋さんの大切さ素晴らしさが良く理解でいました。久々に神田の古本屋街に行きたくなったなあ…と思いながらサッカーのルヴァンカップにチャンネルを戻すとナント延長で3-2と名古屋がリード!!ということは後半に新潟が2点のビハインドを追いついて延長に!しかも延長前半でリードされた新潟が延長後半に見事な同点ゴール!試合はPK戦となったが僅差で新潟は残念ながら負けてしまいました。全部をキチンと見ることができなくてごめんなさいとテレビに向かって謝って晩メシは日本シリーズが雨で順延となったのでどーしょーか…と思っていたら長女が来宅。ワイワイガヤガヤのうちに酒も進んで翌朝が忙しいのでベッドへ。

11月1日(金)つづき
『オプエド』の後テレビを見ながら晩メシを食ってるとNHK-BSが『NHK秘蔵映像で贈るちあきなおみ55周年』という番組をやっていた。彼女は友川かずきの歌なんかもうたっていたのですね。それでかな。小生が吉祥寺に住んでいた頃に突然ちあきなおみが曼荼羅に現れて『喝采』を歌ったのはそーゆー縁があったのですね。この番組を録画しなかったのは痛恨の極みですね。

11月1日(金)
ベッドで読む本が途切れたら漱石『草枕』。パラリと開いたところを読む。《第三者の地位に立てばこそ芝居は観て面白い。小説も読んで面白い。芝居を観て面白い人も小説を読んで面白い人も自己の利害は棚へ上げている。観たり読んだりする間だけは詩人である》なるほど。スポーツを見て贔屓チームの勝敗に興奮する人は詩人になれない人かもしれない。ジョイス・キャロル・オーツの『オン・ボクシング』(中央公論社)の一節を思い出す。《「どうしてボクサーなんですか?」彼は答えた。「詩人にはなれない。物語を語るやり方を知らないんだ》この答えを返したボクサーは多分不幸な存在だったに違いない。芝居を観たり本を読んだりすれば詩人になれるのだから。しかし彼はリングのなかで詩人になることが出来たに違いない。それに較べればスポーツの勝敗にだけ異常に興奮する人はさらに不幸な存在かもしれない。詩人になる方法が見つからないのだから。そんな不幸な存在が賭博に走るのかな?賭けるときは詩人になれるのかな?そんな考えをめぐらせていると眠れなくなった。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。賭博に走って借金で失敗した音楽家を知っている。彼にとっての音楽は賭博が必要な程度に詩的要素が低かったのかな?ワン。終日デスクワーク。新しい書き下ろしをコツコツ。夕方から『ニューズ・オプエド』。今日のゲストは小林信也さん。彼と二人で日本の「野球文化の貧困さ」を徹底的に話し合う。タイトルは「ワールドシリーズに負ける日本シリーズ〜プロ野球の未来はどうなる?」小林さんも米メジャーの二軍に成り下がった日本球界を嘆く。その要因はメディアにあると強く長く主張し続けてきた小生の意見に加えて彼は高校大学の野球の教育的独占を批判。プロも含めて野球からもっと多額の資金を集めることが出来るはず。それをスポーツ界に還元すれば日本のスポーツ環境(野球文化)はもっと良くなるはず…と。その通りですね。半藤一利・保坂正康の両氏が『そしてメディアは日本を戦争に導いた』という本を上梓されているが小林さんと一緒に『そしてメディアは日本のスポーツを潰した』とでも題した本を創ろうかな。いや『そしてメディアは日本の野球文化をアメリカに売り渡した』のほうがイイかな?小林さんとの会話は今も聞くことができます。https://op-ed.jp/

10月31日(木)つづき
デスクワークは本ホームページの更新原稿をbitさんのスタッフに送る。bitさん毎月の更新よろしく。感性は週明けで結構ですよ(^_^)晩メシは日本シリーズを見ながら。ナント横浜投手陣が猛打のホークスをまたまた完封。ジャクソンの好投も牧のスリーランも見事でした。今年はワールドシリーズも日本シリーズも前評判の劣っていたチームが勝つのかな?

10月31日(木)
ベッドで井沢元彦+千葉きよかず『コミック版逆説の日本史 戦国三英傑編』(小学館)読了。家康はやはり大人なのですね。という以上に信長秀吉のあとの「後出しジャンケン」はやっぱり強いのかな?孫にも読ませることにしましょう。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。すっかり秋の気配ですね。ワン。録画しておいたワールドシリーズ(WS)は松井秀喜元ヤンキースWS-MVPの始球式からヤンキースがジャッジのホームランなどで5点先制したところまでを見て今日はヤンキースの勝ちだなと思って仕事を始めるとネットの速報で何とドジャースが同点に。録画を見直すとジャッジはじめヤンキース選手に信じられないエラーの連発。最後に逆転したドジャース・ロバーツ監督の投手起用も見事でドジャースの勝利!!面白いシリーズでしたね。しかしスポーツ新聞のタイトルから"ワールド"シリーズと名付けられた最終連戦に勝ったチームを「世界一」と呼ぶのは如何なものか?…ま。どーでもいいか。明日の「オプエド」で小林信也さんと話し合いましょう。もちろん1年間プレイしてきたメジャーリーグで最後の優勝を決めたドジャースは見事でした。怪我や病気や様々な不幸に襲われた選手が次々と出たチームの優勝は嬉しさ大爆発ですね。しかし日本シリーズの放送と同時間にワールドシリーズを放送したフジテレビは本当にヒドイですね。CSに勝利した横浜三浦監督のインタヴューもせずにプツンと打ち切った日本テレビと同様日本のメディアは日本の野球の発展よりもアメリカの野球文化を応援してるのですかね?…と思ったらNPBがフジテレビの日本シリーズ取材証を没収したとか。当然ですよね。

10月30日(水)
ベッドで井沢元彦『コミック版逆説の日本史 戦国三英傑編』の秀吉を読む。なるほど。秀吉は本当は稗吉。豊臣の臣は(天皇に対する)臣下の臣だったのですね。このあたり『逆説の日本史』の本編で読んでるはずなのにすっかり忘れている。孫に推薦できるかどうかをチェックしているはずの漫画の読書が改めて自分の勉強。そういうもんですね。ベッドを出てRKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは昨日ワールドシリーズをきっかけに調べて本欄にも書いた「1球セーヴ」「0球セーヴ」「1試合に一人の投手が勝利&セーヴ」「代打逆転満塁サヨナラ釣り銭なし優勝決定ホームラン」などの話。野球の記録というのは無尽蔵に面白いものが出てくるものですね。ラジオのあと小雨のなかを黒兵衛と散歩。雨粒が冷たい。すっかり秋ですね。ワン。帰宅後ワールドシリーズTV観戦。タマにはヤンキースも勝ちますよね。しかし観客がドジャースの右翼手ベッツの捕ったファウルフライの腕を掴んでグラヴをこじ開けてボールを取り出したのには驚いたなぁ。英語では野球を観ることをTake in the Ballgame(野球に参加)と表現するけどコレはやり過ぎ。観客は退場処分。翌日の試合観戦も出入禁止処分が出たとか。当然ですね。終日デスクワークは請求書書きやら新しい仕事先へのマイナンバーの書類書きやら…少々ウンザリ。物書きとしてこーゆー書類は昔は一切書かなかったもので請求書を初めて書いたのは40歳を過ぎてからかな…。マイナンバーだのインボイスだの…困ったことです…と思いながらやっているからプリントアウトして書き間違え発見。ウンザリ(>_<)。晩メシは日本シリーズを見ながら。すごい!横浜があの強いホークスから2勝目。頑張ってますね。しかしTBSの日本シリーズ中継と同時にフジテレビがワールドシリーズのダイジェストを放送するのは如何なものか!?日本球界の発展よりアメリカ球界の発展を日本のメディアが願っているとすれば大谷の新居を放送したこと以上にヒドイ話ですよね。 

10月29日(火)
ベッドでの読書は昨日筑摩書房から送られてきた『ちくま11月号』。蓮實重彦さんが隔月連載の『些事にこだわり』で『令和日本の官僚たちはなぜ形而上学的な「認識」の語彙を涼しい顔で乱発しているのか』というタイトルで東大卒の元国税庁長官や元兵庫県知事のみならず都庁の課長だか部長や新聞記者までが「認識」という言葉の乱発を嗤って(嘆いて?)おられるのを読んでかつて山本夏彦氏も「認識」と言わずに「承知」と言えとエッセに書かれていたのを思い出した。簡単な言葉を使う人ほど正直に本音で話してますよね。斎藤美奈子さんの連載『世の中ラボ』の『ギャンブル大国・日本が生んだ依存症の実態』も面白かった。《借金と嘘。これがギャンブル地獄であがいている人間の見まごうことない二大症状です》と書いている作家で精神科医の帚木蓬生氏の『やめられない-ギャンブル地獄からの生還』(集英社文庫)はIRに大反対しながらもスポーツ・ベッティングを肯定的に考えてる小生も読まなければ。他に山本義隆氏の『物理学の誕生-山本義隆自選論集1』も読んでみたいですね。《天文学に対するガリレイの評価は相当に水増しされている》らしいので。そうか。ガリレイは宇宙の大法則を発見したケプラーをわざと無視していたのか…頭の良さそうな人の世界でも石が流れて木の葉が沈むことは少なくないのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。人間年齢90歳に近い黒兵衛は歩くのは元気で糞切れも良いのに小水を少々垂れ流すようになった。コレが老化というものか。気をつけよう。ワン。ワールドシリーズはドジャースの3連勝。ワールドシリーズでは3連敗からの4連勝はないのですね。日本シリーズは3度もあるのにナンデかな?第2戦でのドジャースのリリーフ投手の1球セーヴは珍しいですね。プロ野球では打者に1球も投げない0球セーヴが2人いますね。ワンポイントでリリーフ投手と代わったあと再びマウンドに戻った投手が1試合で勝利投手とセーヴの記録を二重に記録したナンテのもありましたね。第1戦のドジャース・フリーマンの延長戦逆転満塁サヨナラホームランも凄かったけどプロ野球には「代打逆転満塁サヨナラ釣り銭なし優勝決定ホームラン」なんてのがありましたね…とそんなことに気付いて明日のラジオで話すネタを調べながら終日デスクワーク。「釣り銭なしホームラン」は小生の師匠である宇佐美哲也氏の命名ですよね。晩メシは日本シリーズを見ながら。横浜が東の力投でやっと1勝。さぁココから強いホークスを虐めることが出来るかな?

10月28日(月)
ベッドで井沢元彦×千葉きよかず『コミック版逆説の日本史 戦国三英傑編』(小学館)を再読。昨日NHK-BSで見た『大戦国史』が面白かったのでベッドに持ち込んだ。井沢さんの切り口は面白いけど世界史との関係の記述は希薄。過去の歴史は捉え方によって様々に変わるものですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。朝にメジャーのワールドシリーズがないと気楽に散歩が出来ていいですね。ワン。終日デスクワークは書き下ろし原稿執筆&本HPの原稿作り。ふううう。晩メシはTVK(テレビ神奈川)で吉本新喜劇を見ながら。毎回様々なシチュエーションと同じギャグの繰り返しで笑いの水準を維持しているのは見事ですね。お笑いタレントが騒ぐだけのTV番組はドーデモイイですね。続けてNHKで『映像の世紀バタフライエフェクト』を見る。今回の『二つの敗戦国ドイツさまよえる人々』はナカナカ強烈な印象の番組でしたね。ナチスの戦争犯罪のあと戦後になってドイツ人が東欧の人々から復讐される。暴力の連鎖。さらに東欧から強制送還されたドイツ人は同じドイツ人からの差別に苦しむ。しかしドイツ政府もチェコ政府もそれらの不当な暴力の存在を認めて謝罪してるのはなかなか見事ですね。ロシアは?さらにイスラエルのアラブ人に対する暴力は?来週は日本の敗戦後がテーマ。見なければ。

10月27日(日)
ベッドでの読書は小生も連載を書いている『スポーツゴジラ』第64号。小生が参加できなかった「スポーツを語り合う会」の講演録が掲載されていて興味深かった。それは特集『スポーツで繋ぐアフリカ版甲子園−野球で平和をつくる』というもの。講演者は一般財団法人アフリカ野球ソフト振興機構(J-ABS)の友成晋也さん。「甲子園」という言葉を無批判的に使われていることに少々引っかかったが(笑)アフリカのガーナやタンザニアや南スーダンで野球を広めて民主主義を広め平和を創る力を育てようという姿勢は素晴らしい。友成さんは2021年のニューズウィーク誌「世界が尊敬する日本人100」に選ばれたとか。応援したいですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあとワールドシリーズTV観戦。山本投手のクレヴァーな投球術は見事。ドジャースは2連勝したけど大谷の亜脱臼とヤンキース・ジャッジの超不振は心配ですね。いろいろ雑務を処理したあと午後から選挙へ。自民党が何処まで議員数を減らすか?野党が新しい政策実行能力を示すことが出来るか…興味深い選挙ですね。投票率は伸びるのかな?投票から帰宅してテレビをつけるとNHK-BSで「大戦国史」という番組をやっていたので見てしまう。徳川家康がオランダ商人と組みカトリックのスペインと組んだ石田三成軍を破った関ヶ原の合戦とか大坂の陣とか世界史の中に位置づける戦国時代はけっこう面白かったですね。ヴェルディのオペラ『ドン・カルロ』の時代のオランダ(フランドル地方)を支持したカルロとハプスプルクの威厳を守ろうとしたフェリペ2世の争いの時に日本の戦国時代も無関係ではなかったのですね。晩メシは日本シリーズを見ながら。やっぱり福岡ホークスは強いですね。あそこで筒香が3ランホーマーを打っていたら…と言っても仕方ないですね。衆院選開票状況も見ながら…予想通り自民は大敗。立憲民主&国民民主躍進。令和奮闘。政局の大騒ぎはこのくらいにしてキチンと民主主義の政治をしてほしいですね。民主主義の基本は多数決と少数意見の尊重だと言うことを再認識しましょう。少数意見の尊重とは少数議員の政党にもキチンと意見を言う機会を与える&討論の時間を与えるということですよね。少数だからといって国会での発言時間が短いのは民主主義政治とは言えないことを誰もが認識すべきですね。

10月26日(土)
昨夜は爆睡でベッドでの読書はパスした後ベッドを出てNHK-BSでメジャーのワールドシリーズ。朝食摂りながらオープニング・セレモニーを観た後ビデオ録画して黒兵衛と急いで散歩を終わらせて録画を早送りで見直してから現実ナマの試合に追いついて観戦。いやぁ面白い試合でしたねぇ。サヨナラ満塁ホーマーですからねえ。ドジャース・ファンにはサイコーのゲームでしたね。いやベースボール・ファンにとってもナイス・ゲームでしたね。昼飯のあと庭仕事をチョイとやってラグビー観戦。オール・ブラックスには日本のラグビーはまだまだ歯が立ちませんね。もっと下部組織やリーグワンから整えないと…。晩メシは日本シリーズを見ながら。強い福岡に横浜が最終回に食らいついて面白かったですね。横浜のショートの森敬斗はイイですねえ。しかし試合時間は長すぎますね。サッカーなでしこは韓国に快勝でスポーツの秋満載満艦飾ですね。

10月25日(金)
この日の『ニューズ・オプエド』は大リーグ評論家の福島良一さんとドジャースvsヤンキースのワールドシリーズについて。43年前のバレンズエラが大活躍したシリーズやその25年間のワールドシリーズ唯一のヤンキース・ドン・ラーセン投手による完全試合の話などイロイロ喋ってます。しかし福島さんも言ってたけど現在のメジャーの試合の入場料は完全に異常ですねぇ。小生がアメリカでよくメジャーの試合を見ていた頃は外野席が50セントか1ドルでワールドシリーズ内野の安い席は15ドルでしたからね。そんな話や他にもイロイロまだ聞けますよ。https://op-ed.jp/

10月25日(金)
本欄で何度か紹介した小生の『Slugger スラッガー』への原稿『玉木正之のベースボール今昔物語/ダフ屋で買った50ドルのチケット・摩天楼の中の球場・治安最悪の帰り道……43年前のドジャースvsヤンキースのワールドシリーズと時代の情景』はココにアップされてます→https://thedigestweb.com/baseball/detail/id=87674#goog_rewarded
Yahoo newsでも読むことができます→https://news.yahoo.co.jp/articles/262d34853a07b95c5f89aa3575b9e5965d2d67e1
どちらでも当時のパンフレットを見ることができますよ。

10月24日(木)
ベッドのなかで1981年のワールドシリーズのパンフレットやヤンキースのイヤーブックを読み直す。どちらも最もページを割いているのは1956年(25年前)のワールドシリーズでのドン・ラーセン投手の完全試合について。このときのワールドシリーズの相手もドジャースだったのですよね。でも日本のメディアはこのワールドシリーズ唯一の大快挙については全く触れませんね。今年山本投手がヤンキース相手に完全試合を(ノーヒットノーランでもイイけど)やり返したらこの歴史的事件を取り上げるのかな?過去を無視して現在を語るだけでは未来はないですよね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。秋なのに猛暑がぶり返したような暑さ。小さい秋も見つからず。ワン。昨日書いたネット・メディア『スラッガー』の新連載『Baseball Oldies and Nowadays 野球今昔物語』の第1回原稿を読み直して少々手直ししてメール送稿。「43年前のワールドシリーズ:ヤンキースvsドジャースは素晴らしい美しさのなかにも危険がイッパイ。内野3階席最上段の入場券はダフ屋価格で50ドル(正価は15ドル)だった」と超長いタイトルを付けたけど大丈夫かな?明日の『ニューズ・オプエド』に大リーグ評論家の福島良一さんの出演が決定。ヨッシャー!メジャー野球の過去を知ってる者同士楽しく語り合いましょう。晩メシはドラフト会議の中継を見ながら。NPB(日本野球)のドラフトはまだ抽選なんて馬鹿なことをやってるんですね。完全ウェーバー制にしてFAの権利獲得期間を短くすべきですね。少なくとも選手の人生を弄ぶ籤引きを見世物にしちゃイケナイですよね。嗚呼。第1回のドラフトの時このテレビ中継は興味を惹くけど問題があるから朝日にやらせようとNPBの会議で決めたという話をUさんやSさんなど複数の関係者から聞いたことがあります。今年はTBSでしたけどね。

10月23日(水)
何故か昨晩はベッドで爆睡。自分でもどーゆー疲れが溜まっているのかわからないけど。眠るのは良いことです…と書きながらシェイクスピア『ハムレット』の台詞を思い出す。「死は眠りに過ぎぬ」多分そうなんでしょうね。ワン。ベッドを出て黒兵衛との散歩は後回し。RKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは連日本欄に書いた43年前に小生がニューヨーク・ヤンキースタジアムで見た1981年のワールドシリーズ"ヤンキースvsドジャース"について。ZOOM出演ですからスタジオにいるMCの田畑竜介さんやアシスタントの田中みずきさんにも当時ダフ屋から50ドルで買った15ドルのチケットや3ドルのパンフレットを見せることが出来たのはラジオとは言えリアルな雰囲気になって良かったですね。しかし当時アメリカで最も危険な街と言われたニューヨークのサウスブロンクスを深夜一人で歩いて周囲のJunkieたちに襲われずよく生還できたものです。29歳と若かったから出来たことでしょうね。ワン。ラジオのあと黒兵衛と散歩。やはり秋は良い季節ですね。日本の秋を地球温暖化で夏に吸収させてはイケマセンね。原稿書きはネットの野球専門ホームページ『スラッガー』で始める新連載『Baseball Oldies and Nowadays 野球今昔物語』を書く。第1回のテーマはもちろん1981年のワールドシリーズについて。あれは小学館の若者雑誌『GORO』の仕事でモントリオールにおられた長嶋茂雄さんへのロングインタヴューを成功させたあとニューヨークへ行ったのでした(その時のインタヴューは今も文春文庫の『定本・長嶋茂雄』で読めます)。泊まったニューヨークのホテル「チェルシー」も汚い安宿だったけどコッポラやセックス・ピストルズの定宿で俺が飛び込みで行くとノーマン・メイラーがいつも使っている部屋が空いてると言われた。ホンマカイナ。部屋は机の引き出しに砂がザラザラしていたりだったけど小さなロビーにはピカソの絵が何枚も架けられていた素晴らしいホテルでした。原稿は野球のことだけでソコまでは書けなかったけどワールドシリーズを見てサウスブロンクスでの恐怖も含めてイイ体験でした。

10月22日(火)つづき
黒兵衛と散歩のあと終日デスクワークは43年前にヤンキー・スタジアムで見たヤンキースvsドジャースの資料整理。当時のパンフレット(3ドル)やヤンキースのイヤーブック(2ドル50セント)などが本棚から見つかりました。それにダフ屋から50ドルで買った15ドルの3階席最上段の入場券も。懐かしいですね。この年のワールドシリーズのパンフレットは25年前の同じカードのワールドシリーズ=ニューヨーク・ヤンキースvsブルックリン・ドジャース戦で起きた大記録=ヤンキースのドン・ラーセン投手の完全試合を特集して漫画(アメリカン・コミック)のドキュメンタリー付き。その試合に出場していたキャッチャーのヨギ・ベラや後にヤンキースの監督となったビリー・マーチンなどのインタヴューも載っているが面白いのは完全試合の最後の27人目の打者として見逃し三振したドジャースのデイル・ミッチェル選手のコメント。"I didn't strike out!"(俺は三振してない!最後の1球はボールだった!」と言ってるのだ。選手がこういうコメントを堂々と口にしてソレを25年後のワールドシリーズのパンフレットに載せるアメリカというのは小生は好きですね。今年のワールドシリーズはどんな展開になるのか?小生は小久保監督の福岡ホークスvs三浦監督の横浜ベイスターズの日本シリーズのほうに注目しますけどね。周東・近藤・山川も宮崎・牧・森敬斗も頑張れ!

10月22日(火)
ベッドのなかで『世界思想 特集スポーツ』の稲見昌彦・東京大学先端科学センター教授へのインタヴュー『超人スポーツ 身体×テクノロジーで社会を変える』を再読。というのは昨日イロイロ考えた末に「大谷翔平はAI(ビッグデータの分析結果)にとっての最優秀アバターではないか」と考えるようになったので何か参考になる指摘はなかったかと思ったから。仮想現実(VR)の世界のAIが主導権を握ってリアルの世界のアバターとなった大谷に指示を送る。この「逆転」こそ未来の理想的人間の姿なのか?稲見教授は言う。「身体というのはどれだけ技術が進んだとしても唯一の物理的存在でありリアルなのです。そのかけがえのないものである自分の肉体と楽しみながらつき合っていく一つのきっかけがスポーツなのではないかと思っています。より長くつき合うためにはトレーニングではなく敢えてスポーツというエンターテインメントを使うことが重要なのではないかと思います」確かにそうかもしれない…しかし徹底的のトレーニングを積んで最高のフィジカルを手に入れた大谷はAI(ビッグデータ)のアバターと化してAIの指示に従って動くことによってエンターテインメント(楽しみや喜び)はオーディエンス(観衆)に譲ったのかもしれない。しかし「アバター大谷」もワールドシリーズ出場を得て嬉しそう(楽しそう)でしたね。それがコンピュータ社会の与える褒賞なのかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。黒兵衛がデッカイ雲古を捻り出す。それこそリアルですね。ワールドシリーズのチケットが最安値で16万円。最高値が380万円。転売されたで売りに出された座席は1千万円以上!!…というのはリアルではないですね。黒兵衛が雲古の出来ない場所はリアルじゃないのでしょうね。ワン。

10月21日(月)つづき
昨日お茶の水近辺を歩き回って疲れたのかベッドでは爆睡。黒兵衛との散歩で何となく足が軽快なのも昨日歩き回ったおかげか?ドジャースがメッツに勝ってヤンキースとのワールドシリーズになったことは先に書いた。43年前の同一カードを見た小生は深夜のNYの地下鉄で九死に一生を得る体験をしたのだがその試合でアメリカ国歌を歌ったのはメトロポリタン歌劇場の名バリトン歌手ロバート・メリルだった。と書いてもピンとこない人が多いだろうが彼はオペラ界の大歌手。ヤンキースタジアムでノーマイクのナマ声か?と思わせる声を朗々と響かせたのは素晴らしかった。TVでドジャースのリーグ優勝を見たあと『ZAITEN』の連載校正。ベンチでタブレットを見つめてデータを確認する大谷はひょっとしてAIの優秀なアバターと言えるのかもしれませんね。夜は日本シリーズ巨人vs横浜。牧の見事な一撃で横浜が日本シリーズ進出!日本テレビはどうしてすぐに三浦監督のインタヴューも流さず放送をメジャーの試合に変えたのかな?そんな依怙贔屓は巨人の選手も迷惑でしょうし日本のプロ野球を馬鹿にしてますよね。

10月21日(月)
ロサンジェルス・ドジャースがニューヨーク・メッツを破ってワールドシリーズはドジャースvsヤンキースの激突になりましたね。両者の対決のワールドシリーズは1981年以来43年ぶりだそうですがその43年前の第1戦を小生はヤンキー・スタジアムで見ているのです!!雑誌『GORO』の仕事でニューヨークからモントリオールに渡りヤンキースvsアスレチックス&ドジャースvsエクスポスの試合を見た後モントリオールのホテルで浪人中の長嶋茂雄さんに直撃ロング・インタヴューを成功させてニューヨークへ戻ってヤンキースvsドジャースの一戦を見たのでした!!もちろんチケットは持っていなかったので路上のダフ屋から購入。最初100ドルと吹っ掛けられたが粘り強く交渉。50ドルまで値下げさせることに成功。現在と較べれば格安。3階席の最上段とは言え振り向けば夜のマンハッタンが輝いて見えて最高でした。試合はヤンキースが勝ってフランク・シナトラの『ニューヨーク・ニューヨーク』を一緒に歌って気分もサイコー。ところが深夜の12時近くまで残っていた観客は全員マイカーで地下鉄に乗るのは俺一人。当時のニューヨークの深夜の地下鉄は明らかにヤク中と思える男や涎を垂らした人物や裸に革ジャン姿の酔っ払いなどなど…完全にヤバいと思って静かに車両を移動するとポリスが乗っていて涙が出るほど嬉しかったことを憶えています。ポリスには「オマエはバカか!?」と呆れられたけどマァ無事でいたのでイイ想い出となりました。しかしその頃のニューヨークは怖かったですね。ロバート・ホワイティングさんにもヤンキー・スタジアムへ行くなら2階席からスナイパー(狙撃銃)で狙い撃ちされない席に座れと真剣に言われたくらいでしたからね(>_<)でも素晴らしい想い出となりました( ^o^)ノ

10月20日(日)
朝7時起き。昨晩笹川スポーツ財団(SSF)のスタッフがメールで送ってくれたSPJ(スポーツ政策学生会議)予選通過6ゼミの資料をチェック。一橋大「ウォーキングで引きこもりを解決」亜細亜大「環境配慮特化型フィットネスジムの提案」山口大「アウトドア観光におけるユニバーサルツーリズムの再考」横浜桐蔭大「スポーツの"見る"に着目した産後ケアの提案」亜細亜大「フラッグフットボールで発達障害を克服」立教大「中山間地域の耕作放棄地を活用したプレイパークづくりで日本を元気に」。正直言って少々ダイナミックさに欠けるかな?全体でeスポーツを取り上げたゼミは一つだけ。スポーツベッティングは2つ。女性のスポーツを取り上げたゼミはいくつかあったけどトランスジェンダー問題はゼロ。パラリンピックスポーツもゼロ。このあたりが少々残念…と思いながら朝食と黒兵衛の散歩を手早く済ませて東海道線と中央線で大船からお茶の水へ。昨日に続いて明治大学リバティタワーへ。そこで決勝に残ったゼミのプレゼンテーションを午前3ゼミ午後3ゼミ拝聴。その間SSFのスタッフと相談して笹川スポーツ財団賞は日体大の「プラスチック(人工芝)ゴミの海洋流出汚染削減計画」に決定する。また昨日のプレゼンで惜しくもずっこけた(笑)立命館大学の学生たちとは今日もいろいろスポーツベッティングについて話し合う。後でスポンサーのPWC賞に選ばれたことがわかってヨカッタ。関係者が昨日は不参加でプレゼンを聞かず書類審査で決定したのが良かったみたい(爆)。夕方になって最優秀賞(亜細亜大=発達障害とフラッグフットボール)が決定するなど様々な賞の発表と表彰式や記念撮影を終えて長い一日が終了。各賞の結果や表彰式の様子はスポーツ政策学生会議・日本スポーツ産業学会・笹川スポーツ財団のホームページに近々掲載されるので覗いてみてください。記念撮影の後スポンサーの一つであるフォーラムエイトのスタッフのSさんに挨拶して会場をあとにしてヨメハンと待ち合わせして久し振りに大船の『鮨処もり山』へ。実は今日は45回目の結婚記念日なのだ。美味しいお寿司で細やかなお祝い。我ながら永く続いたモノですね(笑)。

10月19日(土)
朝起きて黒兵衛との散歩を早めに済ませてSPJ(スポーツ政策学生会議)に出場する全国36大学76ゼミ401人の学生たちによるレポートを再確認。小生がAランクを付けた5大学(立命館大・日体大・武庫川女子大・明治大・びわこ成蹊スポーツ大)の資料等を確認して鞄に詰めて大船駅へ。東海道線と中央線で御茶ノ水駅へ。予想していた雨がすっかり晴れたので気分良く徒歩で明治大学リバティタワーへ。2日間お世話になる笹川スポーツ財団のT氏が迎えに出てくれて一緒に開会式に出席。以前教壇に立たせてもらった立教大のM教授や神奈川大のO教授や桐蔭横浜大K教授に挨拶したり久し振りにお会いした山口大のN教授・江戸川大K教授などに挨拶のあと10に分かれた教室で8時限目まである学生のプレゼンテーションのなかから7つを選んで順々に聞かせてもらう。ところが一番期待してた立命館大のスポーツベッティングのプレゼンテーションで何故か(!)小生が最高に期待していた部分(バスケの3ポイント数などを賭けの対象にする部分)を学生たちが話さなかったのでプレゼンテーションが終わったあと2人の学生を相手にモーレツ講義(抗議?!・笑)。ベッティングからスポーツの見方を変える=勝敗よりも面白いスポーツの本質の見方に変えるという部分が如何に革命的か(!)ということに残念ながら学生たちは気付かなかったようで10分以上立ち話。この教室で審査員を務めていた順天堂大のW教授に話しかけられて彼女は以前ラグビーの故・平尾誠二氏と最も仲の良かった関西ラグビー協会会長の故・M氏の秘書だったとか。ということは小生と平尾氏と一緒に何度も会ったことがあるとかで懐かしかった。いろんな人と出会ったり学生からイロイロ刺激を受けたりの一日でした。

10月18日(金)
ベッドのなかでSPJ(スポーツ政策学生会議)で一番注目したモノを読み直す。本欄の原稿を書いているのは月曜朝のドジャースvsメッツを見ながらなのでその中味を明かすが(最優秀賞等の結果は日曜に既に出ているので)それは立命館大学の学生による「スポーツベッティングにおける安全性の向上を図る」と題した研究発表。日本のスポーツを対象にした賭けで6〜7兆円のカネが海外で動いてる現実を捉えてソレを日本でも運営しようとするときに依存症や八百長の危険性をどうすれば避けられるかという研究発表で賭けの対象から勝敗の要素を取り除くというもの。例えばバスケの試合では3ポイント・シュートが何本出るかを予想するようなベッティングの実施でスポーツの見方をスポーツの勝敗からスポーツの本質的な面白さに導くというモノ。ウン。コレは何度読んでも素晴らしい狙いですね。野球ではどのイニングに得点が入るか…とか投手を両チームで合計何人使うか…とかイロイロ考えられますよね。ベッドのなかで他にも面白そうな企画の原稿をチェック。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。夏がぶり返したかな?ワン。デスクワークはSPJのことをいったん忘れて雑誌『ZAITEN』の連載「今月のスポーツ批評」を書く。タイトルは「アカデミズムがスポーツを真剣に取り上げる時代が来た!」として岩波書店の月刊哲学雑誌『思想』が創刊百年以上の今年の10月号で初めて「スポーツ論の現在」という特集を組んだことを取り上げる。世界思想社の年間PR誌『世界思想』も創刊50年以上の今年の春号で「特集スポーツ」を取り上げましたからね。最早スポーツは勝った負けたと騒ぐだけでなくビッグデータ・VR空間・AI・アバター・ベッティング・ジェンダー・経済論…などとともに考える対象になったわけですね。週末はSPJの審査に関わるため都心へ。風呂に入って早目にベッドへ。

10月17日(木)つづき
ベッドに入る前に見ることのできたスーパームーンは真ん丸で大きく黄金色に輝いていて美しかったですね。なるほどオスカー・ワイルドが書いているように人間(芸術家)が自然を真似るのではなく自然が人工(人間の芸術)を真似るのですね。こーゆー逆転の発想…好きですねぇ。

10月17日(木)
ベッドのなかでのスポーツ政策学生会議の学生の論文チェックは一応終了。全76本中小生がオモシロイと判定したものは5本。他にプレゼンテーションを聞いてみたいと印を付けたものが5本。ま。数的にはこんなものでしょうね。予選のプレゼン発表は土曜日に明治大学で。ダイナミックなイグノーベル賞級の企画はなかったけれどチョイとワクワクした気分で聞きに行けるのは悪くないですね。ワン。ベッドを出て少々蒸し暑いけど時たま心地好く吹く秋風のなか黒兵衛と散歩。選挙ポスターが張り出され選挙カーが横を通る。選挙運動が代議士の仕事とは思えないけど本人たちは必死なのでしょうね。最近の選挙でつまらないのは少しでも尊敬できると思える人が存在しないこと。政治家の劣化と政治の劣化。困ったことですね。ワン。終日デスクワークは学生の論文の整理と再読。パソコンに向かうことが少なく印刷物を読んでばかりいるとコレが肩凝りかな?と思える自覚症状を感じる。小生の自慢はコレまで肩凝りと頭痛を経験しなかったこと。頭痛はまだだけど肩凝りは歳相応に出てきたかな?午前中はチョイとドジャースvsメッツを見て晩メシ時はジャイアンツvsベイスターズを見ながら。横浜の勢いはイイ感じですね。2人のエースで連敗した巨人は立て直せるか?それにしても人工芝の汚い東京ドームは何とかしてほしいですね。

10月16日(水)
ベッドで読んでいた学生たちの論文のなかに非常に面白い指摘を発見。今週の土日が最終審査ですので内容をここに書くわけにはいきませんが将来のスポーツに関する素晴らしい指摘がありました。審査が終わったら本欄にも書きますが最近の学生もナカナカやりますね。ブラーヴォです!ワン。ベッドを出て黒兵衛との散歩は後回し。RKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマはスポーツの判定とビデオ・コンピュータ判定について。オリンピック・サッカーのスペイン戦。細谷のオフサイドは「待ち伏せ」したわけではないのでオフサイドではないはずが馬鹿な映像機械判定は背負っていたディフェンダーより足が少し出ていた判定したことで主審がオフサイドと認定。とはいえ「三苫の1ミリ」を認定したのも現代テクノロジーの結果。来年から米メジャーもストライク/ボールの判定にビデオとコンピュータの導入実験を始めるらしいけど…どー思いますか?という話。スポーツに最も早くビデオ判定を取り入れたのは大相撲だけど最近の大相撲は同体取り直しが減ったのが残念ですね。ワン。黒兵衛と散歩のあと終日デスクワークはもちろんスポーツ政策会議に応募した大学ゼミ生たちの論文読み。みんな真面目な論文が多いですね。現在のスポーツ界を痛烈に批判して改善策を提案するような政策提案は…ないなぁ…まぁいくつかオモシロイのはあったけど。晩メシはプロ野球CSを見ながら。ホークスはやっぱり強いですね。ベイスターズは勢いに乗ってますね。しかし東京ドームの人工芝の汚さには閉口しますね。メジャーの球場の芝が美しいだけにマイナー感を憶えてしまうのは残念ですね。嗚呼。

10月15日(火)
今日からベッドの読書もSPJ(Sport Policy for Japan=スポーツ政策学生会議)に参加する学生たちの論文を読む。何しろ63ゼミの参加があるから寸暇を惜しんで熟読・再読する必要がある。毎年言えることだがタイトルの付けたがイマイチ上手くない。アカデミックな論文調で読ませよう・読んでもらおうというジャーナリスティックなサーヴィス精神に欠ける。大学のゼミ生のやることだから仕方ないのかもしれないが…どんな論文でも面白さがないと読んでもらえないだろうしタイトルを見ただけで面白そうと思わせて読んでもらわないとイケナイと思うのは小生がマスコミ育ちのせいか?ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。秋風は爽やか。温暖化で冬がなくなり秋だけになるのも悪くはないかと思うのは「冬はまた夏がマシじゃといいにけり」という人間の身勝手か?ワン。終日ゼミ学生の論文読み。むむむむ…皆さん真面目だなぁ…もっとブッ飛んだ発想はないんかいなぁ…と思いながら…時々オモシロイものが…イグノーベル賞的なのがありますねえ。いいですねえ。しかし最近はこーゆーのは(俺の選ぶのは)大賞にならないのですよねえ(笑)。晩メシはサッカーW杯予選日本vsオーストラリア戦を見ながら。5バックでガチガチに守られたらナカナカ崩せないですね。オウン・ゴール同士の引き分け。ホームの引き分けは本当はダメだけど貯金もあることだし後学のための材料としての引き分けとして…まぁ。ヨシとしましょう。

10月14日(月)
『12人の指名打者』の表紙の絵はベン・シャーンなんですね。3年前に日本経済新聞で「野球とアート」の連載をしたときにも選ばせてもらいました。ベン・シャーンの「ハンドボール」と題した絵は10年前に日経で「スポーツする身体」と題した10回連載を書いたときに選びました。ベン・シャーンの絵は絵のなかに溢れる空気感がイイですね。動的な空気も静的な空気も描かれていて空気は実際には描かれてないのに空気が見えます。画家の力ってスゴイですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。秋の爽やかな空気を満喫。この秋の空気の爽やかさを絵にするにはナニを描けばいいのかな?小生にはわかりません。画家じゃないので。ワン。ドジャースvsメッツの試合を見たあと終日原稿書き。日本の野球は「米国の核の傘」と同様「メジャーの傘」の覆われてしまったようですね。嗚呼。デスクワークで椅子に座り続けるのは良くないので一週間ほど前から夕方30分ほど一人で早歩きの散歩をするようにしてるけど昨日地域の運動会見物でかなり歩いたので今日はお休み。ヨメハンに庭の木の剪定を手伝わされる。精神労働(原稿書き)も疲れるけど肉体労働も疲れますね。シャワーのあと晩メシは川島雄三監督の名作『洲崎パラダイス赤信号』を見ながら。その前にDVDのボーナス映像にあった生前の小沢昭一氏が川島監督について語ったトークショウを見る。メッチャ面白かった。50〜60年代の日本映画は皆さん楽しく「面白半分 Half Serious」で創っていたのですね。良い時代でしたね。『洲崎パラダイス』も素晴らしい映画…だけど半分観たところで月曜はTVKの吉本新喜劇の日だったことを思い出して。藍ちゃん・オクレさん・ツジモトの舞台に変更。ヨシモトも水準を保ってますね。オモシロイです。

10月13日(日)
文春文庫の『12人の指名打者』ではやはり神吉拓郎氏の見事な解説『文化としてのあえリカ野球−序説』の素晴らしさも指摘しておかねばならない。この一文に感激した小生は新潮文庫『9回裏二死満塁 素晴らしき日本野球』を編纂したとき正岡子規・夏目漱石・虫明亜呂無・埴谷雄高・大下弘・小林秀雄・草野進・沢木耕太郎…氏らの文章と共にこの神吉氏の一文も選んだ。野球が見事なアメリカ文化であるという一つの証拠として神吉氏は英国人と仏蘭西人の野球嫌いを上げている。《貴族的なクリケット競技を見事に大衆化してしまったような野球を受け入れるのは彼ら(英国人)にとって矜持の問題》なのだ。また《仏蘭西人にとっても同様でジャズは悪くないが野球とアメフトは…という不思議な好き嫌いが見られるのは(略)野球を始めたところで所詮は米国人の風下に立つしかないという劣等感と妬ましさが働いてる》というわけだ。ならば日本人の《野球好き》はどういうわけかと言うと外国人が日本人を《模倣の天才》と評するように自動車・カメラ・時計・ビール・ウイスキー・ワイン・電気製品…など外国製品の模倣から始まった日本文化が外国とも肩を並べて受け入れられ評価されるようになったのと同様に野球も…というのが神吉氏分析でナルホドけっこう面白いが土俵はあくまでも外国(米国メジャーリーグ)にあって日本人はその風下に立つことに「劣等感」も「妬ましさ」も感じず「矜持(プライド)」を傷つけられた意識もないのですね。嗚呼。ベッドを出て黒兵衛と散歩。天高く馬肥ゆる秋。明治時代にキリスト教と聖書が日本に伝えられたときマタイ伝が東北地方でベストセラーになったそうです。馬太伝と訳されていたからだそうです。ホンマカイナ。ワン。澄み切った青空の下で午後から町内対抗地域運動会を見に行く。昼寝が長すぎて綱引きが見れずリレーだけだったが面白かった。運動会は素晴らしい日本の文化ですね。あ。これも模倣&改造文化ですね。晩メシは川崎雄三監督の代表作『幕末太陽伝』を見ながら。石原裕次郎の高杉晋作を初め小林旭・左幸子・南田陽子・岡田眞澄・フランキー堺…など日活スター総出演。ほとんどが20歳代で若さ溢れる見事な時代劇。DVDのボーナスで入ってる白井佳夫氏がしかしする座談会がメッチャ面白かった。1960年代の品川から始まって幕末を描いた時代劇の最後を川島監督は再び現代に戻したかったけど俳優が集まらず諦めたとか…残念。しかし川島雄三はスゴイ監督ですね。おまけに日本も元気な時代の元気な社会でしたね。

10月⒓日(土)つづき
『12人の指名打者』で『消えたピンチヒッター』や『馬が野球をやらない理由』と並んで小生が大好きな一編は『新米審判』です。マイナーからメジャーに昇格した新米審判がマイナー時代に因縁のあった内野手が優勝のかかった大勝負の最後の一戦でダブルプレイを誤魔化して「アウト」にする。観客も誰もが優勝決定と思ってグラウンドに雪崩れ込んできたなかで一人新米審判に二塁塁審だけが両手を横に広げて「セーフ!」のポーズ…サテ…どうなる?というオモシロイ話。昨年の高校野球神奈川県決勝で同じようなダブルプレイにセーフの判定をした二塁塁審がいたとき小生は即座にこの短編を思い出した。まぁ…その判定が某高校への贔屓目からの甲子園優勝につながったという人もいましたが…高校野球の結果などはどーでもイイですね。小説の結果はもっと爽やかです。ワン。ベッドを出て黒兵衛との散歩を早く済ませてドジャースvsパドレス戦を見る。感想は先に書いたとおり。大谷の日本のメディアの大騒ぎとは無縁に素晴らしい試合。ナイスゲームでした。終日デスクワークのあと晩メシは『報道特集』を見ながら…と思ったらTBSがクダラナイお笑いタレントの面白くもない番組をやっていて他のチャンネルも見たい番組が全く存在しなかったので久し振りにDVDを並べた棚の川島雄三監督のコーナーに手が伸びて『しとやかな獣たち』を見る。いやぁコレは凄い映画ですね。川島監督は『幕末太陽伝』が最高傑作と言われているけどコノ映画の台詞のテンポとカメラワークも最高ですね。若尾文子・伊藤雄之助・山岡久乃・山茶花九…他全出演者の演技も見事で新藤兼人の素晴らしい台本の台詞をスピーディにこなして高度成長期(1962年)戦後日本の世相をブラックユーモアとして鮮やかに描いているのはスゴイですね。45歳で早逝した川島雄三監督の作品を改めて見直したくなりました。

10月⒓日(土)
山本を初めとする投手陣の見事な頑張りでドジャース勝ちましたけど好投しながら2本塁打で敗れたパドレスのダルビッシュは無念だったでしょうね。でも素晴らしい好ゲームでした。

10月11日(金)元に戻って……
ベッドでの読書は岩波『思想』をチョイとお休み。結構内容的にハードでベッドで疲れますからね。気分を変えて気楽に文春文庫の『野球小説傑作選12人の指名打者』。何度も読んだ最高にオモシロイ野球小説集。冒頭のジェームズ・サーバー『消えたピンチヒッター』は1打席だけ登場した実在のメジャー選手をモデルにしたケッサク。逆転優勝を決める重要な試合に身長1m未満の打者を走者満塁で代打に起用した監督は四球押し出しを狙ったが…ハテサテ…という抱腹絶倒の話。ウイルバート・L・シュラムの『馬が野球をやらない理由』もメジャーの打者として大活躍する「馬」の話で小生の大好きな一編だが新聞記者が新聞社の名前で登場。「ヘラルド」の他に「ワールド」が登場するがナルホドこの新聞社が最初に両リーグの優勝決定戦のスポンサーになったので「ワールド・シリーズ」と命名されたのですよね。それは「世界一決定戦」という意味ではなかったのですね。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩のあと終日デスクワーク。夕方からの『ニューズ・オプエド』はサッカー・ジャーナリストの大住良之&後藤健生の両氏を迎えてサッカー談義。サウジに勝った日本代表の話や現代最先端サッカーに対する批判の批判などメッチャ面白いですから。見て聴いてみて下さい。https://op-ed.jp/

10月11日(金)
『ニューズ・オプエド』のあと被団協(日本原水爆被爆者団体協議会)のノーベル平和賞受賞を知りました。サッカー日本代表がアウェーでサウジに勝ったことも嬉しかったけどソノ数万倍の価値ある勝利と喜びですね。しかし反戦と核廃絶に向けてここから頑張りましょう!!

10月10日(木)
旧体育の日。1964年東京オリンピック開会式が行われた日。やはりこの日は晴れますね。ベッドのなかでの読書は岩波『思想:スポーツ論の現在』から「思想を生きるコーチの道−栗山茂樹とフィル・ジャクソン」(佐良土茂樹日体大教授)野球やバスケの監督の言葉(著書)がローマ帝国皇帝のマルクス・アウレリウスの『自省録』や『四書五経』と較べられて語られるのを読むのは初めてでした。両監督とも選手に読書を勧め栗山監督はファイターズへの入団2年目の大谷翔平に渋沢栄一の『論語と算盤』を渡したそうです。ナルホド。『栗山ノート』を読んでみようかな。ワン。ベッドを出て1964年東京オリンピックの空よりは少しばかり雲の多い秋空の下黒兵衛と散歩。東京五輪開会式記念日(祝日)を日曜と隣接する日に移動させるのはイケマセンね。五輪アナリストの春日良一さんも言ってたけど意味不明の祝日はあの素晴らしい一日を忘却することに外なりませんからね。過去の抹殺は未来を誤りますね。ワン。終日デスクワーク。
明日の『オプエド』はサッカー・ジャーナリストの大住良之&後藤健生両氏に決定。テーマは『森保ジャパンの強さは本物か?』を語り合います…と書いているのは11日の午前中。日本代表がアウェーでサウジを2−0に破りダイジェストを見たあとです。綺麗なゴールと堅い守り。大住どんな問題点を提示されるかな?どんな問題点を提示されるかな?

10月9日(水)
『思想:スポーツ論の現在』で『eスポーツの身体論−コンピュータに媒介される拡張身体の経験』(田中彰吾東海大教授)を読む。面白い。小生はeスポーツをスポーツの一種と認めながらもその価値を従来のスポーツと同等に扱うのには反対という考えだがアバターのもたらす仮想空間での拡張された身体については興味深く捉えている。《被験者にVR内でアバターを通じて現実の身体とは異なる身体イメージを実験参加者に経験させることで参加者の自己感に変化をもたらす》という。仮想現実での出来事が現実世界に影響を与えるのだ。《VR内で四歳児のアバターに同一化する錯覚を経験させるとその結果として現実の物体サイズの知覚に歪みが生じ子供が知覚しているかのようにより大きく物体を知覚する》ようになるという。また《スーパーマンのように飛ぶことができ両腕で子供を抱き上げて助けるという「ヒーローの身体」を経験すると現実世界においても他人が落としたペンを拾ってあげるという類の援助行動増える》という。さらに《VR内で実験参加者の肌の色を変えて異人種のアバターに同一化する錯覚を経験させると潜在的な人種差別的バイアスが低減するとの報告も見られる》という。ホンマカイナと言いたくなるほど面白い記述だが《拡張身体-拡張自己の経験は「現実とは何か」「私とは何か」という哲学的な問いを広く誘発せずにはおかない》ですね…なるほどオモシロイ。現在eスポーツ(戦闘や格闘技のeゲーム)にのめり込んでいる若者たちは自己の身体や心を錯覚し始めているのかな?ワン。ベッドを出て黒兵衛との散歩は後回し。RKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは岩波書店の『思想』というお堅い月刊誌が創刊100年を超えて初めてスポーツをテーマに取り上げたという話題。eスポーツを取り上げても良かったが話がややこしくなるので三苫薫・町田樹の両氏の話を中心に現在のスポーツがビッグデータとAI分析の結果「限界に達しているかも?」という話をする。将来的にはルールの変更で限界を回避?という話でサッカーも後半になればボールが3個に増えたりして…という町田教授の話をするとMCの田畑竜さんが最近のエアホッケーでもプラスチックのパックが何個も出てきますからね…と言ったのは面白かった。まさに限界に達したゲームの限界を超える面白さとはそーゆーことかもしれませんね。ラジオのあと黒兵衛と雨のなかを散歩。秋雨は冷たいですね。我が身世にふるながめせしまに…などが思い出されて早々に帰宅。終日デスクワークです。ふううう。

10月8日(火)
岩波『思想:10月号:スポーツ論の現在』で女性スポーツの問題を読み進む。日本では女性スポーツがほとんど無視されている現実がある。はっきり言ってコレは「女性スポーツの問題」ではなく「日本社会の女性問題の貧弱さの問題」ですね。それを「女性スポーツ界を改善する」ことによって「日本社会の女性問題の改善」につなげようとする動きが必要でしょうね。女性高校野球を無視する高野連や女性野球を無視するプロ野球をマスメディアが牽引しているのは最悪ですね。こんなところにも日本のジャーナリズムの貧弱さが露呈してますね。ワン。ベッドを出て小雨のなか黒兵衛と散歩。自称晴れ男には小雨などモノともしないのだ。ワン。終日書き下ろし原稿書き。しかし近年のスポーツ論の難しさに悩む。アカデミズムの問題提起の難解さを本筋を曲げずにジャーナリズムの大衆性に置き換えて解説しなければ…ということですよね。ふうううう。仕事に根を詰めると酒がまずくなると思えるのは何故?原稿が上手く書けていないからかな?BSフジ『プライムニュース』での佐藤優氏の「石破茂・君子豹変肯定論」は面白かった。「石破+野田」で新政党内閣誕生論も興味深いですね。そのとき立民左派は右派に雪崩れ込むらしいけど自民右派は右翼政党として切り離されるのか?国民民主は新政党に加わるだろうけど維新はどうする?消滅?明日衆院解散かぁ…。

10月7日(月)
岩波『思想:スポーツ論の現在』で町田樹教授の「スポーツをめぐる技術的進歩史観の転回」を読む。ナルホド。多くのスポーツは「技術的限界」に近づいているかもしれないですね。しかしソレは悩むべき問題と言えるかどうか…。所詮スポーツは存在しなくても人間の「生」にとって重要な問題ではないという起点から考えればアカデミズムの深い考察もジャーナリズムの空騒ぎも人間にとってさほど大きな問題とは言えないでしょう。となると現在世界的に多くのスポーツが存在している理由は何かというと…経済的問題と人間の健康問題に絞られるのかもしれない。詰まるところ〽勝った負けたと騒ぐじゃないよ〜ということかもしれない。ワン。ベッドを出てドジャースvsパドレス戦を録画して黒兵衛と散歩。雲古をさせて早急に帰宅。うむううう…ダルビッシュの投球はスゴイですねえ。ソレを打ち返す打者も凄いけど外野の観客席にまでグラヴを伸ばして打球を掴み取る野手もまたスゴイですね。こんなスポーツを見ていると勝敗なんてどーでもイイですね。ところがドジャースが負けていることでか(?)騒ぎ出した観客がいる。野球よりも応援しているチームが好きな観客はスポーツ・ファンとは言えない…と言うのは簡単だけどそーゆー勝敗争いがベースに存在しているから素晴らしいプレイが生まれるのかも…とは言えロジャー・エンジェル(アメリカのベースボールライター)の言葉は忘れてはならないですね。「ベーブ・ルースと言えどベースボールより偉大ではない」。いろいろデスクワークのあと神奈川テレビで吉本新喜劇見て笑いながら晩メシ。衆院選へと突き進む政界は「スポーツ=経済」のことに全く触れない限り経済政策は不毛に終わるでしょうね。ただし政治家が「スポーツ=経済」と捉えるとスポーツの狭いままの利益を独占しているメディアとの軋轢が生じるでしょうが…。

10月6日(日)
岩波の『思想:スポーツ論の現在』読み続ける。この本は結構売れているらしい。三苫薫と町田樹のおかげだろう。ここに野球選手が加わらないのが日本野球の限界かな?大谷やダルビッシュは無理にしても日本野球の問題点を語れる野球関係者がいないのは残念。かつては森祇晶さんと岩波の『世界』で対談したこともあったけどナニを喋ってもプロ野球や高校野球を牛耳っているメディアには蛙の面に小便ですからね。週刊現代で箱根駅伝を痛烈に批判した原晋さんの意見も共催してるメディアは無視ですからね。日本の経済までも停滞させているのは日本のスポーツを牛耳っているメディアのせいと言えるかもしれません。ワン。ベッドを出て黒兵衛と散歩。昨日書き忘れたけど国民体育大会(国体)から国民スポーツ大会(国スポ)に名称を変えての佐賀大会の開会式はやり方をガラリと変えて(県別入場行進を県別入場アピールに変えて)ナカナカ興味深かったですね。ワン。散歩は早々と引き上げてドジャースvsパドレスのプレイオフ第1戦。大谷の3ランは素晴らしいけど日本野球がメジャーの凄さ素晴らしさの後塵を拝してばかりでいいのでしょうかねえ?プロ野球をもっと素晴らしいものにするために現在の企業野球を脱皮する方法を誰も考えずメジャーの下部組織(マイナーリーグ)のままで日本の野球人は満足するのでしょうか?嗚呼。日曜日もコツコツとデスクワークの充実した生活(苦笑)。なぜか我が家のアンテナの調子が悪くNHK-BSの『ベルリンフィル・ワルトビューネ』を見ることができないので晩メシ後の映画劇場は宇能鴻一郎の芥川賞作品が原作で勝新太郎・本郷功次郎・藤村志保・江波杏子・志村喬などが出演した1962年作品『鯨神』。最近宇能鴻一郎氏の訃報に接して見直したくなったが黒澤明の『羅生門』以上に台詞が聞き取りにくいことを思い出して少々残念。筋書きはメルヴィルの『白鯨』とあまり変わらないですね。対象が「巨大神」となるとそうならざるを得ないのかな?宇野氏のポルノ小説も『鯨神』の延長か?

10月5日(土)
岩波『思想:スポーツ論の現在』読み続ける。スポーツとジェンダーの問題もモチロン取り上げられていて読み応えがある。スポーツ関係者必読の一冊。取り上げられてないテーマはスポーツ・ベッティング(賭博)についてかな。ワン。雨止みの間隙を突いて黒兵衛と散歩。小生の子供の頃からの晴れ男ぶりは健在で外出しようとすると雨が止みます(笑)ワン。昨日メッツがブリュワーズ相手に見せた大逆転劇の9回をTV観戦したけどメジャー選手のポストシーズンでの気合いの入れ方はハンパではないですね。あらゆるデータを駆使して最後は気合いの勝負?いや気合いや根性もデータ化されているのでしょうね。終日デスクワーク。夕方からはTBS『報道特集』を見ながら早い晩メシ&酒。夜のテレ東の若冲特集(若冲の絵が新たに発見されたこと)がけっこう面白く見てしまった。岩波『思想』を手にしてベッドへ。

10月4日(金)
ベッドの読書は岩波書店『思想』10月号の「特集スポーツ論の現在」。ビッグ・データの蓄積とAIによる分析の結果アスリートのやるべきことはほぼ決定されるようになったとか。アスリートのやるべき事はそれが出来る身体を作ることとそれが出来る技術を身に付ける事とソレが出来る身体の動かし方を身に付けること。サッカー界のスーパートップの三苫薫の意見によればサッカー・ボールを足で扱う基礎技術は幼少年時にほぼ身に付けられていて歳を経てから新たに身に付けることは不可能で後は身体を作る事と身体の動きを身に付ける事だと言う。そしてその身体と身体の動きはビッグ・データとAI分析の結果を前提に監督が考えた戦略と戦術と作戦(選手の動き)に従うものでなければならないという。昔のように体育会系上意下達的(暴力的)根性論に縛られていたスポーツマンの身体はトップアスリートとなった現在も新たな束縛を受けているのだ。元フィギュスケート選手の町田樹はスポーツの技術は限界に達していて新たな「面白さ(驚き)」を創出する(アスリートを「科学的束縛」の不自由さから解放する)にはルールの変更しかないと言う。しかし…新しいルールの下でも明日リーつにはまた新たな「身体の束縛(不自由さ)」が生じるのだろう。ワン。「現代最先端のスポーツ論」を読み考え続けて少々寝不足でベッドを出て黒兵衛と散歩。秋風の涼風は爽やかだけど残暑はしつこい(>_<)。結局…アスリートやスポーツマンが「身体の束縛(不自由さ)から解放されるにはスポーツから勝敗をなくす以外にないのかな?勝敗を無視したら幼稚園児の運動会のように楽しさ溢れるイベントになるはずだが…ワン。終日そんなことを考え続けて書き下ろし原稿に向かい夕方からの『ニューズ・オプエド』はスポーツライターの小林信也さんと岩波『思想』で三苫薫や町田樹との座談会でオモシロイ意見を引き出した成城大の山本敦久教授。いろいろ現代のスポーツの「疎外されたアスリート」について語り合ったあとの結論は「スポーツには勝敗以外に面白いことが山ほどあり我々はそれを語り続けよう」…興味ある人は以下のURLへ。https://op-ed.jp/

10月3日(木)
孫崎享『アメリカに潰された政治家たち』(小学館)再読了。田中角栄・小沢一郎・鳩山由紀夫…がアメリカに潰されたというのは理解できるけど岸信介もというのはやはり以前読んだときと同様驚きですね。アメリカ(CIA)は日米安保条約をヒドイ片務的条約から少しはマシな双務的条約に変えた岸内閣を日本のメディアや政党や大衆を動かして潰させたわけですからコワいですね。日米地位協定には触らせなかったわけですから石破新首相がソレに触れようとるときはナニがどのように動くのか見極める必要がありますね。いや早期解散と裏金議員公認を言い出した石破首相ですから地位協定見直しも引っ込めるかも…ワン。ベッドを出て今日も夏の残暑の蒸し暑さと秋風の涼風の入り混じったケッタイナ気候のなか黒兵衛と散歩。ワン。今日も終日デスクワーク。最後の書き下ろし原稿とシコシコと取り組む。晩メシは孫たちが興味を持ちだした古事記(八岐大蛇)の映画(日本誕生)を見せていいかどうかのチェック。1959年の三船敏郎主演東宝オールスター総出演で名匠稲垣浩監督の3時間に及ぶこの大作映画は小生が小学2年生の時だったか親父に連れられて京都の美松映画館で見た初めての映画。2本目は4年生の時だったかウチの電器屋で働いていた職人さんに連れられてトニー・ザイラーの『白銀は招くよ』。3本目はディズニーの『101匹ワンちゃん大行進』だった。60年以上前にことも憶えてるモノですね。『日本誕生』を見ている途中に明日『オプエド』にリモート出演してくれる成城大学の山本敦久教授が「近くに来たから」と我が家にクルマで立ち寄ってくれて岩波の『思想』10月号を届けてくれた。早速寝る前に「特集:スポーツ論の現在」をベッドで読み出す…と興味津々。山本教授のポストスポーツ論・三苫薫のサッカーの身体の動きの言語化・町田樹教授のスポーツ技術の限界論…等コレは机に向かってノートを取りなら読まねば…。

10月2日(水)
『アメリカに潰された政治家たち』読み続ける。この本は首相官邸前で広がった民主党の野田政権に対する大きなデモの広がりから書き始められてます。3・11で甚大な被害が出た福島第一原発の大事故から1年3ヶ月しか経たず事故の後処理の目途もまったく立っていないにもかかわらず民主党の野田首相は大飯原発3&4号機の再稼働を許可したことに対する反発が起こり大勢のデモへと発展したわけですが石破新首相もこのときの野田首相と同様「誰かさん」の言うことを聞かないと「潰されてしまう」のでしょうか?ワン。ベッドを出て黒兵衛との散歩は後回し。RKB毎日放送『田畑竜介GrooonUp』の『Catch Up』にZOOM音声出演。今日のテーマは少々捻った話題で最近は野球選手を何故「さん付け」で呼ぶようになったのか?という話。以前は長嶋も王も張本や野村にしても誰もが(テレビもラジオも)呼び捨てにしていた。アナウンサーや野球解説者はもちろん子供たちも「長嶋が好き」「王のホームランはスゴイ」と野球選手を呼び捨てにするのが普通だった。それに変化生じたのは1981年にタイガースを引退して江本猛紀さんから。34歳で解説者となってマスコミで活躍し始めた彼は法政大学の大先輩で活躍中の山本浩二や田淵を初め野村や星野などを呼び捨てにするわけにはいかず試合の解説では山本選手星野投手などと「肩書き」を付けキャンプなどでは「山本さん」「星野さん」と「さん付け」で呼んだ。ファンはその頃流行し始めた「カケフ・コール」のように選手を読み捨てにする習慣があったが徐々に「さん付け」が浸透。最近の「オオタニさーん」で一気に野球選手を「さん付け」で呼ぶようになった…という話。そもそも野球選手だけでなく作家・俳優・女優・歌手・落語家・漫才師・棋士…等は「呼び捨て」にするが普通。それは彼らと彼女らの名前がブランドとして通用しているからだろう。「大谷さん」は「さん」を含めてブランドになったのかな?ワン。ラジオを終えて夏の残暑と秋の涼風の入り混じったなか黒兵衛と散歩。終日デスクワークは最後の書き下ろし本をコツコツと。晩メシのあと昼間NHK-BSでやっていたR・レッドフォードとブラッド・ピットの『スパイゲーム』を録画で楽しんでいるとベイルートでヒズボラが出てきたりしたあと新たな展開…と思ったところでプッツンと切れる。ヨメハンが『虎に翼』を入れすぎていたのか!?まぁエエか。どうせ最後はハッピーエンドのハリウッド映画みたいだから(>_<)

10月1日(火)
孫崎享『アメリカに潰された政治家たち』(小学館)をベッドに持ち込み部分再読。というのは石破茂氏が首相になったから。石破氏は田中角栄の薫陶を受け石橋湛山を保守リベラルとして評価。アジア版NATOはリベラルとは言えないが日米地位協定の見直しなどアメリカとぶつかる可能性は低くないので過去に「アメリカに潰された人たち」をおさらい。いやアメリカに潰される前に日本の右翼政治家たちに潰されるかも?しかし自民党右翼は何故親米なのかなあ?ワン。ベッドから出て黒兵衛と散歩。石破氏の早期解散=前言撤回はアメリカ=自民右翼に潰されないようにするためか?防災省はいつ出来る?数日前の酷暑をすっかり忘れさせる秋風が涼しげに吹く。これを解散風と呼ぶのか?政治は混迷。年金からも保険金を差っ引く政治って最低ですね。そもそもすべての元凶はジャーナリズムの弱体化かもしれませんね。ワン。終日机の虫。コツコツコツと書き下ろし原稿と格闘。晩メシは石破新総理の記者会見を見ながら。そもそもアレを記者会見と呼ぶことがオカシイですね。もうコロナ禍も心配せず記者たちが離れて座る必要もないはずだし質問しっきり&回答も答えっきりのモノローグ合戦でダイアローグのない言葉の空中散歩。言葉は空中に消え去るばかり。ジャーナリストたちはこんな堕落した記者会見を先ず改めるべきでしょうね。
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ナンデモカンデモ
DVD
『A.I.』
『A.I.』
キューブリック原案/スピルバーグ監督の映画。超未来社会で感情(愛)まで持つ子供のロボットが人間になりたい思う。要するに童話ピノキオの現代版・未来版ですね。
『ピノキオ』
『ピノキオ』
昔のディズニーのアニメは素晴らしかったですね。スピルバーグはテーマ曲「星に願いを」を『未知との遭遇』で使ってますね
【以上1/4】
Blu-ray
『her 世界でひとつの彼女』
『her 世界でひとつの彼女』
離婚協議中の男が声だけのAI(人工頭脳)に本気で恋してしまう。近未来にあり得る話ですがハリウッド映画は昔ながらの「愛」で纏めています。
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』
『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』
超エリート男が妻を亡くして初めて気付く「本当の愛」「本当の人生」とは?オモシロイ映画ですがテーマは古いですね
【以上1/3】
DVD
『スターウォーズ/エピソード5帝国の逆襲』
『スターウォーズ/エピソード5帝国の逆襲』
4・5・6のなかでツナギの一編と思っていたが孫の評価は高かった。見直さねば
【1/2】
Blu-ray
『スターウォーズ/オリジナル・トリロジー』
『スターウォーズ/オリジナル・トリロジー』
スターウォーズは4・5・6で十分。1・2・3は必要ないですね。とくに6は最高の出来です
【1/1】
BOOK
宮崎学『近代ヤクザ肯定論』筑摩書房
宮崎学『近代ヤクザ肯定論』筑摩書房
なるほど日本の戦後はヤクザがかなりの部分を支えたのですね。そして用がなくなると切り捨てられるのですね
【12/27,30-】
アート・バックウォルド『そして誰も笑わなくなった:バックォスド傑作選2』文藝春秋
アート・バックウォルド『そして誰も笑わなくなった:バックォスド傑作選2』文藝春秋
最高に素晴らしいコラムの数々。俺の一番好きなコラムニストです。
Audio CD
『ベートーヴェン:交響曲全集第1番-第9番/序曲集』
『ベートーヴェン:交響曲全集第1番-第9番/序曲集』
バーンスタインの指揮はフルトヴェングラーに近いですね。特に9番は圧巻です
【以上12/30】
BOOK
山平重樹『実録神戸芸能社 山口組田岡一雄三代目と戦後芸能界』双葉文庫
山平重樹『実録神戸芸能社 山口組田岡一雄三代目と戦後芸能界』双葉文庫
美空ひばりや力道山の背景も日本の大衆文化史として再確認されるべきですね
【12/26-30】
DVD
ワーグナー:楽劇『神々の黄昏』
ワーグナー:楽劇『神々の黄昏』
オットー・シェンクの演出もイイけどジェームズ・レヴァインの指揮も悪くないですね
【12/25】
BOOK
エンツェンスベルガー『普及版 数の悪魔ー算数・数学が楽しくなる12夜』晶文社
エンツェンスベルガー『普及版 数の悪魔ー算数・数学が楽しくなる12夜』晶文社
これは孫への今年のクリスマス・プレゼントです
【12/24】
DVD
『ラインの黄金』
『ラインの黄金』
オットー・シェンクの演出はワーグナーのト書き通りでサイテー…と若いときは思っていたけど歳取るとコレデイイノダと思えますね
【12/22】
BOOK
大久保純一『カラー版 北斎』岩波新書
大久保純一『カラー版 北斎』岩波新書
北斎の絵は何を見ても迫力満点。伝記はいつ読んでも感激。しかし新書では小さすぎるかな。読み物としてはイイけど…
【12/21-23】
Kindle
魚住昭『渡邊恒雄 メディアと権力』講談社文庫
魚住昭『渡邊恒雄 メディアと権力』講談社文庫
ナベツネがジャーナリストとはとても呼べない権力欲の亡者だったことを書いた名著。小生も対談で参加しました
【12/20】
DVD
『フォーエバー・ヤング』
『フォーエバー・ヤング』
恋人の交通事故…美しい恋愛…子供の活躍…カーチェイス…AIが書いたのかと思える典型的ハリウッド映画でした。
『飛べ、バージル/プロジェクトX』
『飛べ、バージル/プロジェクトX』
人間に捕らえられて核戦争の使われる猿が反乱を起こして故郷の森へ飛行機を操縦して逃げ出すという素晴らしい映画!!
【以上12/18】
『殿、利息でござる』
『殿、利息でござる』
タイトルは痛快爆笑映画のようだけど、真面目で少々暗い映画。カネの話は…小生はパスですね
【12/17】
BOOK
古市憲寿『昭和100年』講談社
古市憲寿『昭和100年』講談社
日本の近代(昭和)の超克についてイロイロ示唆を与えられる一冊です
【12/16-18】
DVD
ワーグナー楽劇『ニーベルンクの指環第3夜 神々の黄昏』
ワーグナー楽劇『ニーベルンクの指環第3夜 神々の黄昏』
これはれヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場の舞台。指揮もオットー・シェンクの演出もわかりやすい
【12/16】
『ナポレオン』
『ナポレオン』
リドリー・スコット監督の大作。稀代の英雄をマザコンでとらえた点は面白かった
【12/14-15】
『ワーテルロー』
『ワーテルロー』
ボンダルチュク監督ロッド・スタイガーがナポレオン。オーソン・ウェルズがルイ18世のソ連陸軍大協力映画。CGを使わないほうが大迫力ですね。
『ゴッドファーザーPARTV』
『ゴッドファーザーPARTV』
ナポレオンが死ぬのもマフィアの親分が死ぬのも全く同じですね
【以上12/15】
『アリア』
『アリア』
女流監督が描いたマリアの生涯。精霊を身籠もったキリスト(救世主)聖母マリアの人間味豊かな映画です
【12/14】
Kindle
加藤文元『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』中公新書
加藤文元『物語 数学の歴史 正しさへの挑戦』中公新書
リーマン空間と集合論あたりからパープリンになりました。文系人間はそこからが面白いはずなのに…
【12/10ー15,20】
Blu-ray
『第三の男』
『第三の男』
キャロル・リード監督。大好きな映画です。スイスの平和は鳩時計しか生まなかったというオーソン・ウェルズの台詞は大犯罪人の頭脳の浅薄さを表してますね。
BOOK
『グレアム・グリーン全集11第三の男/落ちた偶像/負けた者がみな貰う』
『グレアム・グリーン全集11第三の男/落ちた偶像/負けた者がみな貰う』
第三の男は小説で読んでも映画と争うほど面白いです
【以上12/13】
Kindle
半藤一利×保坂正康『そしてメディアは日本を戦争へ導いた』東洋経済新報社
半藤一利×保坂正康『そしてメディアは日本を戦争へ導いた』東洋経済新報社
アメリカと一体化して防衛費を増額している今こそ読み直すべき一冊ですね。
DVD
『オーソン・ウェルズのフェイク』
『オーソン・ウェルズのフェイク』
小生の大好きな映画です。ピカソも偽物を描いたんですね?
【以上12/12】
『新源氏物語』
『新源氏物語』
市川雷蔵が光源氏を演じた映画。寿美花代なども出演。平安ものを現代語で喋られると違和感が…
【12/11】
『札幌オリンピック』
『札幌オリンピック』
開会式の入場行進で日本選手団が当時は許されていたスポーツマンの敬礼(ナチス式の敬礼)をやってるんですね
【12/10】
Audio CD
『赤木圭一郎オールモスト・コレクション』
『赤木圭一郎オールモスト・コレクション』
♪俺は寂しいぜ…滅法寂しいぜ…という歌の作曲者は山本直純さんだったのか…
【12/8】
BOOK
小林信也『武術に学ぶスポーツ進化論 宇城憲治師直伝「調和」の身体論』どう出版
小林信也『武術に学ぶスポーツ進化論 宇城憲治師直伝「調和」の身体論』どう出版
スポーツ関係者必読!!スポーツという身体活動を根本的に考え直す最適の一冊です
【12/9】
森林貴彦『Thinking Baseball ー慶應義塾高校が目指す
森林貴彦『Thinking Baseball ー慶應義塾高校が目指す"野球を通じて引き出す価値" 』
講演を聞いて面白かったので読んでみます
稲見昌彦・他『自在化身体論ー超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来』エヌ・ティー・エス
稲見昌彦・他『自在化身体論ー超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来』エヌ・ティー・エス
講演がメッチャ面白かったので読まなきゃ!!
【以上12/7】
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』新潮社
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』新潮社
全巻持ってます。でも読み切ってません(>_<)
【12/6】
『現代スポーツ評論51』創文企画
『現代スポーツ評論51』創文企画
坂上康博「戦争と同時進行で開催された平和の祭典ーパリ五輪が問いかけるもの」はスポーツ関係者&ジャーナリスト必読の論文です
【12/4】
BOOK
マーカス・ソートイ『素数の音楽』
マーカス・ソートイ『素数の音楽』
数学にチョットでも興味のある人にはメッチャオモシロイ一冊です
【11/21-】
Math drill
『川崎フロンターレ算数ドリル』表紙です。
『川崎フロンターレ算数ドリル』表紙です。
今年は川崎市市制100周年記念号。
『ドリル』の中味です。
『ドリル』の中味です。
川崎市中原区のパンジー畑から算数の勉強。
『ドリル』の中味です。
『ドリル』の中味です。
これは「分数÷整数」の問題。34の問題があります
【以上11/27,29】
Youtube
選手が小学校に出張して、リフティングの回数と平均値で算数の勉強に
参加しています
選手が小学校に出張して、リフティングの回数と平均値で算数の勉強に 参加しています
Blu-ray
R・ワーグナー:楽劇『ワルキューレ』
R・ワーグナー:楽劇『ワルキューレ』
バレンボイム指揮ミラノ・スカラ座の最高の舞台と演奏です。
『東京オリンピック』
『東京オリンピック』
何度も初回してますが,やはりコレは大傑作のスポーツ映画です
【11/30】
DVD
『ニーベルングの指環』世界文化社
『ニーベルングの指環』世界文化社
スペイン・バレンシア劇場の細工にオモシロイ舞台です
【11/27】
Youtube
嘉門達夫『地獄の運動会』
嘉門達夫『地獄の運動会』
運動会の音楽を調べてたら,こんなのが出てきました。気持ちはわかりますね
【11/25】
BOOK
仲村亨『リーマン予想とはなにか 全ての素数を表す式は可能か』講談社ブルーバックス
仲村亨『リーマン予想とはなにか 全ての素数を表す式は可能か』講談社ブルーバックス
『素数の音楽』を読んでいたらこれも是非とも読みたくなりました
【11/23】
DVD
『新幹線大爆破』
『新幹線大爆破』
小生はコノ映画大好きです。全面協力した当時の国鉄もサスガです。高度成長時代の負の側面の描かれてます。
4K ULTRA HD
『スピード』
『スピード』
ハリウッド映画は妙な理屈をつけないモノがオモシロイですね
【以上11/21】
BOOK
谷川俊太郎『二十億年の孤独』昭和27年初版/序:三好達治
谷川俊太郎『二十億年の孤独』昭和27年初版/序:三好達治
この詩人は映画『東京オリンピック』の共同台本作者なんですよね。その台本もスゴイ内容ですよ
【11/19】
以下は自著の宣伝です。
よろしく!
BOOK
『世界思想51号2024春』世界思想社
『世界思想51号2024春』世界思想社
年刊冊子51年目にして初のスポーツ特集。14人の筆者の先陣を切って小生が巻頭原稿を書かせていただきました。以下のURLで読むことができます。https://web.sekaishisosha.jp/posts/7960
『真夏の甲子園はいらない問題だらけの高校野球』
『真夏の甲子園はいらない問題だらけの高校野球』
絶賛発売中!メディア主導の甲子園大会を根本的に考え直してみましょう!すると日本のスポーツが素晴らしくなるはずです!
拙著『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)
拙著『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)
クリックするとRakutenブックスへ跳びます。amazonよりもこっちの評価のほうが正しいですね(笑)。どうぞ、お買い求めを!
拙著『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)
拙著『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)
クリックするとamazonへ跳びます。どうぞ、お買い求めを!
虫明亜呂無『肉体への憎しみ』玉木正之=編・ちくま文庫
虫明亜呂無『肉体への憎しみ』玉木正之=編・ちくま文庫
凄いとしか言いようのないスポーツ小説満載。井上ひさしさんとのスポーツ論対談も凄い!微力ながら小生の解説も。
虫明亜呂無『野を駈ける光』玉木正之=編・ちくま文庫
虫明亜呂無『野を駈ける光』玉木正之=編・ちくま文庫
寺山修司氏との競馬論対談は最高です。
虫明亜呂無『時さえ忘れて』玉木正之=編・ちくま文庫
虫明亜呂無『時さえ忘れて』玉木正之=編・ちくま文庫
この著者が筆写した表現以上のスポーツ表現は、金輪際出現しないでしょう
【以上3/8,9】
拙著『タイガースへの鎮魂歌(レクイエム)〜あの問い虎は美しかった』朝日新聞社
拙著『タイガースへの鎮魂歌(レクイエム)〜あの問い虎は美しかった』朝日新聞社
小生の大ケッサクと今も自負する一冊。"アレ"に満足できない人はお読みください(笑)
『タイガースへの鎮魂歌(レクイエム)〜あのとき虎は美しかった』河出文庫
『タイガースへの鎮魂歌(レクイエム)〜あのとき虎は美しかった』河出文庫
文庫版もあります。中味はほぼ同じです。
『プロ野球大事典』(新潮文庫)3
『プロ野球大事典』(新潮文庫)
小生の実質的デビュー作。パロディ満載だけどよく売れました。我ながら良く書きましたね。
ロバート・ホワイティング著/玉木正之・訳『ふたつのオリンピック東京1964/2020』(KADOKAWA)
ロバート・ホワイティング著/玉木正之・訳『ふたつのオリンピック東京1964/2020』(KADOKAWA)
2400円と少々値段が高いですが全編約600頁。面白さは保証します(訳者)
拙著『京都祇園遁走曲』(文藝春秋)
拙著『京都祇園遁走曲』(文藝春秋)
まだ読んでない人はアマゾンで1円で買えるそうですから読んでね
『私が京都を(捨てた)好きな理由』アリアドネ出版
『私が京都を(捨てた)好きな理由』アリアドネ出版
自著のなかで一番売れなかったけど一番好きな一冊です。そーゆーモンですね。
『天職人』講談社
『天職人』講談社
山下洋輔・岡田武史・市川亀治郎・城ノ内ミサ・グッチ裕三・五嶋龍…らの皆さんのことを書きました。全員のお名前は写真を大きくしてご覧ください。
『大相撲「八百長批判」を嗤う』(飛鳥新社)
『大相撲「八百長批判」を嗤う』(飛鳥新社)
八百長が騒がれた時期(2011年6月)に緊急出版した本です。宮崎学(作家)根岸敦生(朝日新聞記者/元相撲担当)鵜飼克郎(週刊ポスト記者)荒井太郎(相撲ジャーナリスト)らと相撲の本質論を語ってます。
『野球アンソロジー9回裏2死満塁 素晴らしき日本野球』(新潮文庫)
『野球アンソロジー9回裏2死満塁素晴らしき日本野球』(新潮文庫)
大好評発売中。正岡子規、夏目漱石、埴谷雄高、大下弘、桑田真澄、伊集院静…などが並んでます。買ってください!読んでください!
『彼らの奇蹟:傑作スポーツアンソロジー』(新潮文庫)
『彼らの奇蹟:傑作スポーツアンソロジー』(新潮文庫)
三島由紀夫、澁澤龍彦、小林秀雄、石原慎太郎、大江健三郎、沢木耕太郎、村上春樹…などが並んでます。こちらもよろしく。
『スポーツとは何か』(講談社現代新書)
『スポーツとは何か』(講談社現代新書)
「運動会」の文章は中学3年国語の教科書に採用され、他の文章も、今も大学や高校の入試や予備校の模試によく使われています。
『スポーツ解体新書』(朝日文庫)
『スポーツ解体新書』(朝日文庫)
これも大学入試の論文問題によく使われます。文庫版解説の文章は乙武洋匡さんです。
『続スポーツ解体新書』(Zaiten books)
『続スポーツ解体新書』(Zaitenbooks)
もっと著書の宣伝をしなさいよ…と友人に言われたので…
(以上、スポーツ本の拙著の宣伝でした)
『図説・指揮者列伝 世界の指揮者100人』(河出書房新社ふくろうの本)
『図説・指揮者列伝世界の指揮者100人』(河出書房新社ふくろうの本)
平林直哉さんとの共著です。
『クラシック道場入門』(小学館)
『クラシック道場入門』(小学館)
中古ならあるようです。20年前に上梓した音楽本です。
『オペラ道場入門』(小学館)
『オペラ道場入門』(小学館)
クラシック…の本は5刷増刷。さらに面白くと出したオペラの本は増刷ナシ。やはり日本ではオペラはマダマダ…なのかな。以上、音楽関係拙著の宣伝でした。
タマキのナンデモカンデモごちゃまぜ総集編
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