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「レーシング・カーを時速300キロで走らせるときって、眼は、いったい何処を見ているのですか?」
元F1パイロットの中嶋悟さんに、そんな質問をぶつけたことがある。
そのとき返ってきた答えに、驚いた。 「何キロで走っていようと、みな同じですよ」
私は、おそらくキョトーンとした顔をしてしまったのだろう。中島さんは、もう少し丁寧に、詳しい説明を付け加えてくれた。
「どんな速さで走っていようと、視線は基本的に同じ。その速さで危険を見つけた瞬間、誰だって、その危険を回避できる距離のところを見ているはずです。だから時速4キロで歩いてるときは、自分の傍を歩いてる人や障害物を見ながら、ぶつからないように歩くでしょう。時速15キロで自転車を走らせるときは、視線はもう少し遠くになり、時速40キロでクルマを運転するときは、視線がさらに遠くなります。けど、時速300キロでも何キロでも、クルマを走らせるときは、レースのコース上の障害物――事故を起こしたクルマの残骸や道路のバンプ(凸凹)など――を発見し、ハンドルを切ったり急ブレーキを踏んで、危険を避けることのできる距離にある場所を見つめて走るのが基本ですね」
中島さんに、この「ドライバーの視線の基本」を教えてもらったのは、30年ほど前のこと。そのときはまだスマホが普及していなかった。だから「スマホを見ながら自転車や自動車を運転することを、どう思いますか?」と質問することはなかった。
が、そのときの「視線の基本」の話から類推すると、中島さんは、きっとこう答えるに違いない。 「それは、目を閉じて運転するのと同じですね」
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