八月や六日(むいか)九日(ここのか)十五日――。
そんな詠み人知らずの一句がある。 広島・長崎に原爆が投下された日と、玉音放送が流れ、第二次大戦が終結した日を詠ったものだ。
毎年八月は、死者を迎える盂蘭盆会とともに、我々日本人にとっては特別な月の言える。
日本のスポーツ界も、戦争で多くのアスリートの命が奪われた。そんななかで、6月13日に発行されたフリーマガジン『スポーツゴジラ第67号』(長田渚左・編集長/スポーツネットワークジャパン発行)の『特集・戦争とスポーツV』は、「スポーツと戦争」の関係を考えるうえで、興味深い内容が含まれていた。
巨人のエースとして大活躍しながら3度の応召でフィリピン沖の海底に沈んだ沢村栄治投手の軍服姿を、南伸坊氏が描いた表紙を開くと、まず今年102歳を迎えられ、なお矍鑠たる千玄室氏のインタヴューがある(千氏は、残念ながら今年8月にご逝去されました)。
千氏は、茶道裏千家の第15代前家元で、日本馬術連盟会長・日本オリンピック委員会(JOC)名誉委員等の要職を務められ、柔道六段剣道二段のアスリート。08年の北京五輪では馬術の日本選手団団長として参加。戦時中は、海軍航空隊で特訓を受け、特別攻撃隊(特攻隊)に編入され、出撃を待つところで終戦を迎えたという体験の持ち主だ。
彼は、何度も司令室に呼ばれ、上官に「お茶を淹れるよう」命じられた。その結果《特攻を外されたときに「千は違うんやなあ。俺たちは死ににゆくのに、お前は残されよって」》と《口には出しません。でも目を見ればわかるのです》というのが《辛かった。そしてみんな死んだ。あの辛さは誰にもわかりませんよ》だから《私が死ぬまで戦争は続くのです》と語る。
2人目に登場するのは、筑波大学から東洋工業サッカー部(現・サンフレッチェ広島)へ進み、日本代表にも選出された今西和男氏(84歳)。
のちにサンフレッチェ広島の総監督やFC岐阜の社長、日本サッカー協会(JFA)強化委員会副会長等を歴任された彼は、4歳のときに広島市で被爆。
《左半身に大やけどを負って、左足にはケロイドの跡が残っています。足首は90度から伸ばせません》という。
《真夏の蒸し暑い時期でしたから、じゅくじゅくしたやけどの痕にハエが卵を産む。その卵からかえったウジ虫が傷の中をはい回るんです。皆に押さえつけられて、ピンセットでウジ虫をとる。もう痛くて泣き叫びました》
だから《子どもの頃からずっと「原爆を落としたアメリカが憎いと思ってました》しかし《「アメリカが憎い」ではなく、人間が憎み合う、恨み合う戦争そのものが悪いんだと思うようになりました》
そして、のちに日本代表監督となるハンス・オフトと出逢い、多くの外国人選手と交流し、外国を訪れるなかで、スペイン語、ポルトガル語、ロシア語、韓国語を身に付けたうえ、《歴史も学びました。その国の風習や人間性を理解することで、さらに付き合いの範囲が広がって》《スポーツというのは本当に国境を越えた友人関係ができるんだなあとしみじみと思いました》という。
そして3人目の登場は、戦後の昭和23年に帝拳ジムの本田会長の秘書としてボクシングと関わり、マネージャー・ライセンスを取得。大場政夫から村田諒太まで14人の世界チャンピオンを育てた長野ハルさん。
彼女は今年1月99歳で逝去されたが、生前に行われたインタヴューでは、明治神宮外苑競技場で行われた雨中の出陣学徒壮行会(昭和18年)に、実践女学校(現・実践女子大)の女学生として参加した様子などを語った。
《バンザーイとみんなで威勢よく、勇ましく送り出さないといけないのに、お父さんとお母さんが手に持った日の丸を、本当に悲しそうに振っていて、見るのが辛くてねえ、可哀想で可哀想で何年たっても忘れられないんですよ。今も日の丸が上がるたびに、その顔が浮かんでくるんです》
《今の政治家はみんな戦争を知らない人たちでしょう。ケンカばかりしてないで、もっと国会で戦争と平和について話し合ってもらいたいですよ。戦時中、本土決戦に備えて女性や子どもが竹やり訓練なんて何の役にも立たないことをやらされました。国はそれが的外れだってこともわからなかった。平和がどれだけ大事か。戦争だけはやめてほしい。それだけは言っておきたい》
《オリンピックで日の丸がどんどん上がるのを見て、戦争で亡くなった人を思い出しながら、平和だからスポーツが栄えているんだと思いました》
6月26日、自民党の参院議員で元五輪担当大臣(19〜21年)、日本スケート連盟会長やJOC副会長を歴任し、女性蔑視の舌禍事件で退任した森喜朗氏の跡を継ぎ、東京五輪パラリンピック組織委会長も務めた橋本聖子氏が、JOCの新しい会長に選ばれた。
日本サッカー協会前会長の田嶋幸三氏や、2年前から病気入院の山下泰裕氏に代わってJOCの会長代行を務めていた日本バスケットボール協会代表理事の三谷裕子氏も立候補し、JOC初の選挙によって選ばれたにも関わらず、その投票結果は非公開。
その"秘密主義"には、それがスポーツ団体のやることかとウンザリする。がそれ以上に自民党安倍派の裏金問題で2057万円もの政治資金収支報告書不記載があり、自民党から党の役職停止処分を受けた人物を、JOCの理事たちがスポーツ界の要職に選んだことには呆れるほかない。
しかも、汚職事件を起こした東京五輪や、本命と言われながら札幌冬季五輪招致に失敗した総括もないまま、「再び五輪を招致するのが使命」と言うのだから、もはや批判する言葉もなく、日本のスポーツ界幹部の総入れ替えを待つほかないだろう。
はたして橋本聖子新JOC会長は、スポーツが反暴力の民主主義から生まれた反戦を象徴する文化であることを御存知か?
御存知でないなら、せめて『スポーツゴジラ』を読んで、戦争経験者の「反戦の声」に耳を傾けてほしいと思う。
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