コラム「スポーツ編」
HOMEへ戻る
 
表示文字サイズ選択:
標準
拡大
掲載日2013-10-02
この取材記事は、今はなき月刊『現代』1987年10月号に掲載されたもので、拙著『プロ野球の友』(新潮文庫・1988年3月刊)に収録したものです。今(2013年10月)はちょっと季節はずれの話題ですが、毎年変わりなく繰り返されている高校野球ですが、東京五輪2020の決定とスポーツ庁の創設で、どうなるか……? 高校野球は教育である、という理由から高野連はスポーツ庁の管轄を拒否し、文科省に留まるのでしょうか? 最近のスポーツ・ジャーナリズムは、この「異常なイベント」について、きちんと真正面から評論を加えようとしようとしない。そこで、今は読まれる機会がほとんどなくなった古い原稿を、改めて“蔵出し”します。ほんの少し、書き加えて……。尚、この原稿は、今夏ノーボーダー・スポーツにもアップしたものです。

『夏の大甲子園祭』
   陽気(やうき)の所為(せゐ)で神も気違(きちがひ)になる
   ――夏目漱石『趣味の遺伝』より

 毎年夏が来ると、この国では全国都道府県から、のべ何十万人という人々が甲子園に集まる。そして総人口1億2千万人の半数以上と思われる耳目が、その一点に釘付けにされる。新聞は、どんな事件よりも大きな紙面を割いて、たかがボール遊びに興じる高校生の一挙手一投足を詳しく報じ、テレビやラジオは朝から晩まで、その模様を逐一漏らさず中継する。おそらく、あらゆるマスメディアは、たとえイラン・イラク戦争で核兵器が使われたとしても、その報道以上のスペースと時間と労力を用いて、高校野球の試合内容を伝えることだろう。

 全国高等学校野球選手権大会――いわゆる「夏の甲子園」が、いまや高校生のスポーツ大会という領域を大きく逸脱し、異常なまでにその規模を肥大化させていることは、誰の目にも疑いようのない事実といえる。

 それは、もはや単なる高校生のスポーツ大会などというものではなく、この国で最大のスケールを誇る年に一度の「大甲子園祭」とでも呼ぶほうが適切なイベントと言えるに違いない。そんなふうに考えながら、昨年(1986年)私は、「夏の甲子園」へ足を運んだ。そして、そこで、見て、感じたことは、「夏の甲子園」が、比喩や修辞ではなく、紛れもない「祭り」そのものである、という事実だった。

*

 まず、そこには、猛烈な「夏」があった。
「関西の夏」は、とてつもなく暑い。それは言語を絶する強烈な熱気を帯びている。私自身、じつは関西の出身で、その暑さは心得ているつもりなのだが、関東に住み慣れるともう駄目だ。はじめて東京へ出てきた年の夏、まわりの人が暑い暑いといって私だけは、その過ごしやすさ(暑くても風のあること)に、涼しい顔をしていたものだ。が、それから10年以上が経ち、東京の夏も暑いと感じるようになった現在、皮膚も毛穴も脳細胞も、「関西の夏」の暑さには耐えられなくなってしまった。

 新幹線に乗って新大阪駅に着き、列車のドアが開いた瞬間、まるで安物のエアコンの背後に立たされたかと思えるような熱気が、モワアッと全身を覆う。しかもその熱気は、今にも空中から水滴となって滲み出しそうなおびただしい量の湿気を含み、べっとりと重く身体にまとわりつく。しかも風は、まったくない。いったん身体の周囲によどんだ水蒸気のような熱気は、そよとも動こうとしない。そのうち身体中から汗がジトジトと滲み出し、その汗が湿った空気に含まれるチリやホコリと混じり合い、シャツやズボンをベトベトと皮膚に張り付かせる。その不快感たるや、服を着たままサウナに入れられたような気持ちの悪さだ。

 そのうえタチの悪いことに、「関西の夏」は夜になってもその猛威をおさめない。陽が落ちてからも身体のまわりにベットリとまとわりついた熱気は、糊を含んだかのように皮膚から離れず、体感温度はいつまでも軽く30度を超える。

 東北地方から来たある高校生は、「うちん田舎よか20度以上暑い」とうんざりしていた。九州や沖縄から来た高校生ですら、この蒸し暑さにはネをあげていた。私はスポーツライターとして、これまで多くの甲子園出場者に思い出話を聞いたことがあるが、彼らのすべてが(江川も愛甲も藤王も槙原も)、まず口にしたのは、この「関西の夏の暑さ」だった。

「夏の甲子園」とはよくいったものだが、このイベントは、野球に限らずあらゆるスポーツを行ううえで、これ以上はあり得ないと思えるほど、最低の劣悪な季節と場所をわざわざ選んで行われているのだ。

 かつて浪商高校のエースとして「夏の甲子園」に出場した経験を持つ牛島和彦氏から、次のような話を聞いたことがある。 「あの暑さの中で、ピッチャーは準々決勝、準決勝、決勝と3連投、クジ運が悪ければ4連投せなあかんわけで、そんなんマトモにやったら、必ず身体を壊しますよ」

 しかし、このような劣悪な環境を改善しようという声はまったく聞かれない。たとえば会場を北海道へ移すとか、準々決勝以降のスケジュールはすべて一日置きにするとか、せめて炎天下の真昼の試合は避けて、少しでも気温の低い早朝か、薄暮やナイターで試合をしよう……といった意見は出てこない。それは経費が少々嵩んだとしても、選手たちの健康管理を考えれば、あるいは高校生に野球という素晴らしく楽しいスポーツを思いっ切り楽しませようと考えれば、当然検討されてしかるべき正論と思われる。

 しかし、それどころか現状では、準決勝や決勝のように、1日に1〜2試合しかゲームが行われないときですら、灼熱の太陽がギラギラと輝きを増す、最もスポーツに不向きの時間帯をわざわざ選んで試合を行っているのだ。

 これほどまでの反スポーツ的ナンセンスが、「夏の甲子園」でも、さらに全国各都道府県での予選大会でも行われてる……ということは、ただ不用意に、無定見に実行されているとは到底思えない。そこには何らかの「意図」が働いていると考える以外にない。

 その「意図」とは、一言でいって「祭り」の演出効果を高めることだ。
 国民体育大会は、「スポーツの秋」というスポーツに適した季節に開催されるため、「祭り(スポーツの祭典)」であることを示し、「祭り」のムードを演出するためには、オリンピックの聖火にも似た「炬火」という「太陽の火」が必要になる。が、「夏の甲子園」は、そんな間怠っこいことをせず、本物の太陽をバーンと大空に掲げているのだ。それがスポーツを行ううえでいかに劣悪な環境であっても、「祭り」のムードを高めるため、その陶酔感に浸るうえでは、最高の効果を発揮する。

 選手は野球をプレイする以上に、泥まみれの汗に酔う。観客も、クラッと目眩を感じるほどの暑さの中に身を置くことによって、異常な興奮状態を味わう。そして「輝く太陽」は、高校生の稚拙なプレイを美しく覆い隠す。そして「関西の夏」の暑さに選手が倒れ、審判までが倒れると、「祭り」の興奮はさらにいやがうえにも昂まる。ナルシシズムとサディズムとマゾヒズムが混沌と混じり合った精神世界が出現し、人々は、叫び、喚き、雄叫び、絶叫し、涙を流す……。さらに、そのように集団ヒステリーに陥ったとしか思えない連中を、テレビは捜し出し、クローズアップして茶の間に伝え、大甲子園祭」の「祭り」の興奮と熱狂を全国的に盛りあげる。

 そこには「祭り」に不可欠な2つの要素である、肉体的危険と精神的錯乱が存在する。このイベントが涼しい北海道で行われたり、ナイター中心の1日置きの日程で行われたりすれば、プレイの質は向上し、スポーツの清々しさは表れても、「祭り」の人気は確実に凋落するに違いない。

 逆に、そういった劣悪なスポーツ環境に対する改善策は、肥大化したビッグイベントを本来あるべき高校生の野球大会に戻すための最善策と思われるのだが、おそらく選手の試合中の死亡事故でも起きない限り、そのような策には手が付けられないだろう。いや、そのような事故が起きたところで、事故のほうが「異常な出来事」と見なされるかもしれない。なにしろ「夏の甲子園」は、スポーツ大会ではなく、「祭り」なのだから……。

 久しぶりに「関西の夏」の強烈な暑さの中に身を置いて、私は次のように確信した。「夏の甲子園」の主催者は、野球をよりよく行える条件を整えることよりも、明らかに「祭り」の雰囲気を盛りあげることに力を注いでいる――。

*

 この「祭り」の行われる場所が、「甲子園」というスタジアムであることも無視できない。かつて1958(昭和33)年の第40回大会や、1963(同38)年の第5回大会は、記念大会ということで各県から代表校が出場し、スケジュールの都合で(多くの試合を短い期間のうちに行うため)甲子園球場と西宮球場が併用された(当時の通常大会は、地域によって複数の県から1校の代表しか選出することができなかったのだ)。

 ところが西宮球場では地方予選大会以下の観客しか集まらず、閑散とした雰囲気の中で試合が行われた。そのため、1968(同43)年の第50回記念大会は、代表校の強い要望により、西宮球場の併用をやめて「甲子園」だけで開催され、以後、現在のような1県1校(東京、北海道は2校。註・のちに大阪も2校)の代表制度になってからも、全試合が「甲子園」で行われるようになったのだ。

 もともと「甲子園」は、1924(大正13)年、高校野球(当時は中等学校野球)の人気が上昇し、それまで大会の行われていた鳴尾浜球場では観客が入りきれなくなったために建てられたスタジアムで、その名が高校野球の代名詞になっているくらいだから、代表校になった選手たちが「甲子園」でプレイしたいと思うのは当然といえる。

 が、「甲子園」という場所が特別な意味を持つのは、そのような歴史的背景があるからだけではない。このスタジアムには、他の野球場にはない独特の雰囲気があるのだ。鬱蒼と生い茂る蔦で覆い尽くされた高さ15メートルの外壁。大歓声をぐわーんと(まるでバイロイト祝祭劇場で鳴り響くワーグナーの楽劇のように)反響させる巨大な銀傘。後楽園球場の2倍以上あると思えるすり鉢状のスタンド。なかでも高々と聳えるアルプス・スタンド。そこでは、身体をジリジリと焼け焦がすような太陽の光と暑さの中で、ふっと塩の香を漂わせる一陣の浜風が吹き抜ける……。それら、他球場にはない舞台装置が、「祭り」の雰囲気を一段と昂めるのだ。

 このスタジアムは、ファウルゾーンが非常に広く、神宮や横浜に較べてけっして野球の見やすい球場ではない。とりわけ各校の応援団の陣取るアルプス・スタンドは、内野からの距離が遠い上に角度が悪く(真っ直ぐ座ると外野の芝生ばかりが目に入る)、選手のプレイを見るには、最悪の場所といえる。が、それだけに、観客(応援団)は、野球よりもいっそう「祭り」の雰囲気にのめり込むのだ。じっさい高校野球の応援団は、野球のプレイとは掛け離れたところで(点数と、勝敗だけに大騒ぎして)、「応援」という「祭り」になくてはならない行為に没頭している連中が多い。

 かつて長嶋茂雄氏は、「甲子園には人の心を燃やす不思議な魔力がある」といった。また、テレビのアナウンサーが「甲子園では何が起こるかわかりません」と、事あるごとに絶叫するように、このスタジアムは日常とは隔絶した非日常的な「祭り」の空間を生み出す力を有している。オリンポスの神々を讃える場所を表すギリシア語に由来する「スタジアム」とは、本来このような空間を生み出す建造物を指す言葉に違いない。

 一昨年のタイガース・フィーバーと呼ばれた乱痴気騒ぎも(註:1985年阪神タイガースの21年ぶりの優勝・日本一で、ファンが大騒ぎしたこと)、「甲子園」という空間を抜きにしては語れない。もちろん「夏の甲子園」という「祭り」も、その名のとおり「甲子園」という人々を狂気に駆り立てるような雰囲気を持つ場所が、大きな威力を発揮しているに違いない。

*

「祭り」は、開会式という「儀式」で幕を開ける。が、その前に「祭り」ならではと思える光景が繰り広げられる。それは、若い男女の出逢いである。

 開会式が始まる前、選手たちは一塁側アルプス・スタンドの外側に集合する。49校約750人の選手と、60人余りのプラカードを持つ女子高生。さらに約200人のブラスバンドと女声合唱団。そして報道陣や甲子園ギャル(高校野球ファンの女子中高生)で、そこはラッシュアワーの新宿駅や梅田駅以上の混雑と喧噪に包まれる。その混乱の中で選手たちと女子高生のプラカード嬢(または甲子園ギャル)との交歓が始まる。

「シャッター押してもらえますか」「ええ、いいですよ」「今度は一緒に並んでください」「いやあ、恥ずかしいわあ」「写真、送りますから、住所、教えてくれますか?」「いやあ、うれしいわあ。ほな、ここに送ってもらえますかあ」……。

 恥じらいとためらいを含んだ、ちょっと古風な石坂洋次郎的な世界とでもいおうか、「儀式」の直前には、若い男女によるきわめて健康的な集団見合いの場が出現する。それは、なかなか美しい光景だ。何しろ、このときの選手たちと女子高生の顔が、じつに素晴らしい。瞳はキラキラと輝き、肌はつやつやと光り、満面に微笑を浮かべた彼らと彼女らを見ていると、全国から選りすぐられた美男美女ばかりが集まったかのような印象を受ける。長いあいだ抱き続けた夢が叶った瞬間の顔というのは、これほど美しいものかと驚くほかない。

 じっさい、この交歓の場で恋が芽生えることも少なくないらしい。それも「夏の甲子園」が「祭り」である証拠といってもいいだろう。

 もちろん「祭り」が健康的な男女の出逢いばかりを生むというわけではない。宿舎の窓から「おいでおいで」と手を振ると、部屋に入ってきて服も下着もサッサと脱いだ女子高生と一夜を共にした話。午前2時までベッドを共にした女が、翌朝隣の部屋のドアから出てきて驚いた話。宿舎でアルバイトしていた女子高生が、Tシャツ、ノーブラ、ミニスカートで挑発し、夜になって缶ビールを手に部屋に押しかけたところが、監督に見つかって「写真雑誌にだけは気をつけろ」といわれた話……。

 バイトの女子高生と一夜を過ごしたあと、コンドームの捨て場所に困り、トイレに流したところが、パイプを詰まらせてしまい、水が溢れてしまった話。そのパイプを詰まらせたのは誰か、知らん顔で噂し合った話。実力派有名投手を中心に騒がれながら、試合に負けてしまった夜、自動販売機のビールを買い占め、見て見ぬふりをしてくれた監督の隣室で、朝までナイン全員で飲み明かした話……などの体験談、武勇談(?)を、いまはプロ野球選手となった元高校球児から聴いたことがある。
 こんな火遊びもまた、「祭り」ならではの出来事といえるだろう。

 それはともかく、開会式直前の素晴らしい交歓の場を、ぶち壊す人物が何人かいた。野球部の部長の先生だか、監督だか、高野連の役員だか、主催新聞社の役員だか、よくわからなかったが、ともかく中年の男が、喜びにあふれている選手たちに向かって怒鳴りまくり、懸命に彼らの顔から微笑を取り除こうとしていたのだ。

「いいかッ!元気よく胸を張り、大きく腕を振れッ! 腿を高く上げて、きちんと手足を揃えるんだぞッ! 顎を引けッ! 白い歯を見せるなッ! 恥ずかしくない態度で行進するんだッ! わかったなッ!」
 何と馬鹿なことをいってるんだ、恥ずかしいのはテメエのほうじゃねえか、と思った。

 いま、この瞬間、「元気よく」などといわなくても、選手はみんな元気に充ち満ちている。「胸を張れッ!」などといわなくても、誰もが胸を張っている。おそらく「教育者」と思しき人物が何もいわなくても選手たちは素晴らしい爽快感あふれる見事な行進を見せてくれるに違いない。その見事な行進は、手足が寸分違わず揃うこととは別問題であるはずだ。

 ところが元気あふれる選手たちに向かって「元気よく」などと、自分の目が節穴であることにも気づかず怒鳴りまくってる何人かの「教育者」たちは、たぶん、ナチス・ドイツかソヴィエト赤軍か旧帝国陸軍の兵士たちのように、手足をピタリと揃えて行進することこそ「恥ずかしくない態度」と考えているのだ。

 開会式のあと、ネット裏の審判員席で、「最近の高校生は行進が下手になった」と嘆く声を聞いたが、下手になって当然だ。そもそも「夏の甲子園」の開会式の入場行進は、戦前の陸軍の指導のもとに始まったらしく、軍隊調の整然とした行進は、誰か(または何か)に対する忠誠の証(あかし)であり、現在の高校野球には(あるいは他のスポーツ大会にも)忠誠を誓う対象など存在しない。なのに手足だけをロボットのように揃えろといっても、それは無理な注文というものだ。

 スポーツを軍隊の分列行進と同じレベルでしかとらえることのできない「教育者」は、スポーツが個人の感情を最も素直に解放する手段であるなどとは、思いも寄らないことなのだろう。が、この国には、そういう「教育者」がまだまだ大勢いるため、オリンピックの入場行進は手足を揃えたほうがいいのか、客席に向かって手を振ったほうがいいのか、などという外見の体裁だけを考えたナンセンスな議論が起こるのだ。

 そして、このように何でもかんでも揃えなければ気の済まない(髪の毛まで丸坊主に揃えさせる)「教育者」のために、選手たちの喜びにあふれていた感情は抑圧され、開会式の始まる直前になると、彼らの顔に浮かんでいた素晴らしい微笑が、ほとんど消え去ってしまった。

 もっとも、他のスポーツ大会とは異なり、「夏の甲子園」の開会式の場合は、これでいいのかもしれない。なぜなら開会式は、選手たちが晴れの舞台に出場することができた喜びを表す場ではなく、「祭り」のなかの退屈な「儀式」であり、そういう「儀式」も「祭り」のなかには必ず伴うものでもあり、退屈な「儀式」の主役は「若衆たち」ではなく、「司祭たち」なのだから――。

*

 「儀式」は儀式らしく、伝統に基づき古くからの式次第どおり、無内容(!)に進行する(伝統とは起源の忘却である、というフッサールの言葉が思い出される)。

「ただいまよりーッ、第68回全国高等学校野球選手権大会のおーッ、開会式をーッ……」という、いつもの底抜けに明るいカウンター・テナーの司会者の声が張りあげられ、ファンファーレが鳴り響き、選手たちの入場行進が開始される。もちろん行進する選手たちに微笑む顔は見られない。しかも感情がむりやり抑え込まれているせいか、動きもどこかぎこちない。

 この「儀式」として形骸化された軍隊調の行進に対して、選手たちはどのような気持ちで臨めばいいのか、戸惑っているようにも見える。この日、この場の、彼らの喜びのあふれる気持ちを、素直に表に出せばいいはずなのに……。

 行進が終わると国歌と大会歌を唄い、国旗と大会旗を掲揚する。そして「司祭」たちによる、ワケのわからない祝詞(のりと)のような言葉の羅列が始まる。
 まず、大会会長――「日本一の栄冠目指して……母校の栄誉と郷土の期待を担い……正々堂々と……高校野球の伝統を守り……」

 続いて文部大臣――「みなさまがたは……試練を乗り越え……全国民に感動を……気力と技量で……全力を尽くして争われるなかから……21世紀に向けて……皆様方の感動は……みなさまがたの子供たちにも……全国1億の国民にも……ですから高校生らしく……みなさまがたは……」
 この大臣は選手を選挙民と間違えたのか、「みなさまがた」という言葉を21回も口にした。

 次に主催者のひとり――「選手のみなさん……みなさんの野球は……お客さんのために見せる職業野球とは性格を異にするもので……学生野球は自分を鍛える……フェアプレイと不撓不屈の精神……それをもう一度胸に刻みつけ……」
 職業野球という古い言葉に思わず吹き出してしまったが、相も変わらずプロ野球を蔑視し、敵視し、高校野球を神聖視するような言い回しにはうんざりさせられる。

 最後に高野連(日本高等学校野球連盟=当時)会長――「真夏の炎天下のもと(?)……若さにあふれるプレイを……ところで最近のアマチュアリズムの後退は……だから高校生であることを自覚し、アマチュアリズムを守って……勝敗を度外視し……もちろん勝つことは目的だが、負けたときにも教育的に大きな意義が……野球を通じて立派な人間に育てていくのが目的……」
 これまたひどい無内容な挨拶である。

 以前の大会の閉会式の挨拶で、横浜商業高校を横浜高校と間違えて呼んだこともあるこの人物は、アマチュアリズムという思想が貴族階級の特権擁護から生まれたという歴史的事実を御存知ないのだろう。いや、そのような事実を知っていて隠しているのか? そうしてアマチュアリズムと教育という美名のもとに、選手や関係者全員を「夏の甲子園」というビッグイベントにノーギャラで参加させ、週刊誌報道によると、毎年1億円近い利益を上げているらしいのだから……。

 アマチュアリズムとは、スポーツで金を儲けるときには最高に有効なお題目となるのである。それよりも、このビッグイベントをどのように運営してさらに利益をあげ、全国の高等学校の教育施設の充実に役立てるか、といったことを商業高校の高校生たちに考えさせたほうが、よほど教育的といえるだろう。もちろんそのとき、高野連を各年度の全収支を資料として高校生に公開しなければならないが……そのくらいのことは、簡単なことですよね。

 さらに高校野球は「教育」だとよくいわれるが、その教育効果を集めたデータはどのくらい存在するのだろうか? 野球を通じた教育の結果、甲子園出場者のなかから、いったいどれだけの人間がヤクザになり、泥棒になり、あるいは真っ当な社会人になったかという追跡調査はしているのか? 甲子園周辺にある宿舎のトイレが、どれだけの煙草の吸い殻やコンドームで詰まったかという調査も行わず、データも示さず、ただただ何の意味もない美辞麗句を十年一日のごとく並べるだけなのだ。それに「教育」が目的ならば、どうして「勝者」を表彰したりするのだろう? スポーツは勝利を目指すものだが、勝者を讃えることが教育的であるかどうかは、検討する余地があるように思えるが……。

 いやいや、所詮はどれもこれも「儀式」の祝詞なのだから、こんなものでもいいのかもしれない。「アマチュアリズム」「学生野球」「高校生らしく」「教育」といった言葉は、「祭り」にダシとして引っ張り出す御神体のようなもので、誰もその実態を知らなくても、ただありがたく拝んでおけばいいものだから。なまじ真剣に「御神体」の実態について考えたりすれば、1学期の期末試験期間中に「夏の甲子園」の地方予選を行うこともできなくなってしまうのだから……。

 言葉の意味などわからなくてもいい祝詞が続いたあとは選手宣誓――「……スポーツマン精神に従い、羽ばたく高校生として、力いっぱい試合をすることを誓います」
 最近の選手宣誓は変化が著しく、絶叫調が姿を消したのは悪いことではないだろう。が、「羽ばたく高校生」という意味がよくわからない。今春のセンバツでは英語も使われ、それは外国語大学の附属高校だったかららしいが、内容は別にオモシロイものではなかった。それは「羽ばたく高校生」という言葉と同様、宣誓する高校生が「自分の言葉」として選び、用いている意志が伝わってこないからだろう。

 その意味では、最近の宣誓も過去の絶叫調の宣誓も、本質的に変わるものではない。それは宣誓者の素直な気持ちを率直な言葉で表現させないという点で同じである。いや、「儀式」とは「伝統」に則ればいいのであって、素直な気持ちなど吐露させてはいけないというワケなのだろう。「儀式」は、スポーツではないのだから。

 スポーツの醸し出す爽快感とはまったく裏腹の堅苦しい「儀式」を終えた選手たちは、球場の外へ出た瞬間、再びいっせいに、あの素晴らしく爽やかな微笑を取り戻す。開会式という「儀式」のあいだは、「祭り」の表舞台よりも裏舞台のほうが、清々しいスポーツマン精神にあふれているのだ。
 いや、「夏の甲子園」という「祭り」は、万事がこの調子……といえるかもしれない。

*

「儀式」が滞りなく終わると、いよいよ「祭り」の本番である「野球」が始まる。その中味については詳しく書くこともないだろう。読者の皆さんもよく御存知の通り、高校野球では素晴らしい感動にあふれたプレイが続出する。たとえどんなに技術が稚拙であっても、見る人の心を揺り動かすシーンが次から次へと出現し、人々はテレビの前に釘付けになる。

 しかし間違えてはならない。感動的なプレイが続出するのは、よくいわれるように「全力疾走」や「高校生らしい溌溂としたプレイ」や「汗と涙の全力プレイ」といった場面が見られるからではない。

 野球というきわめて大きな偶然性に支配されるスポーツのなかで、さまざまな偶然の出来事が次つぎと勃発し、選手たち自身がその出来事に心の底から驚きつつ一喜一憂する姿が、見ている人の心をも動かすのだ。ひとつのエラー、ひとつの失投、ひとつのイレギュラー・バウンド、いや、ひとつのクリーン・ヒット、ひとつのタイムリー・ヒット、ひとつの素晴らしいホームランも、技術が未熟で未完成な高校生にとっては、すべてのプレイが偶然の出来事であって(あるいは偶然に近い出来事であって)、選手自身がまず自分のプレイに驚き、心を大きく動かす。そこには、青少年期の変化、変身、成長の喜びが充ち満ちている。あるいは、挫折や苦悩が含まれる場合もある。が、ともかくそんな若い選手の心の振幅に、見る人の心も共鳴させられるに違いない。

 プロ野球と高校野球の差異は、まさにこの選手自身の驚き方の違いにある。そして、その「驚き」=「未知のものを発見する驚き」「未知の自分を発見する驚き」があるからこそ、高校野球は素晴らしい「教育の場」といえるに違いない。

 ところが、なぜか高校野球の多くの監督は、そのような素晴らしい教育的効果を踏みにじろうとしているとしか思えない行動に出る。ベンチから、やたらと「待て」「打て」「バント」等のサインを出し、何とか効率よく得点をあげることだけに腐心する。偶然性と発見の喜びに充ち満ちた野球というスポーツから、勝利につながる蓋然性のあるプレイだけを抽出し、「驚き」にあふれた「発見」よりも、練習で身に付けた平常心での繰り返しを、高校生に強いるのだ。

 その最も典型的な例といえるのが、この年の松山商業だった。準決勝で11人連続安打という、まさに「甲子園」でしか起こりえないような体験をし、「未知の我ら」を発見して感動にふるえるナインに対して、このチームの監督は、続く決勝戦でバントやスクイズを多用し、彼らの精神と肉体の躍動と新たな飛躍に水を差したのだ。その結果、松商ナインがその作戦をことごとくミスし、天理高校に敗れ去ったことを、私は断じて偶然の結果だとは思わない。こんなことなら、高校野球の監督は高校生がやることを義務づけ、大人は試合中グラウンドに入らず、観客席から見守るようにしたらどうかとも思う。高校生が、話し合って作戦を決める。それこそ高校野球ではないか!

 しかし、このような大人の監督の「反動」をしばしば突き破り、「祭りの若衆(高校生)」の肉体と精神は、大きく躍動し、飛翔する。そして、見る人の心をも揺るがす。

「真夏」の強烈な暑さのなか、ギラギラと輝く「太陽」のもと、「甲子園」という不思議な空間で、「儀式」を伴って行われる「大甲子園祭」――。

 多くの他の祭りが、豊作、無病息災、邪気払い……といった本来の目的から離れて、民衆の精神と肉体の解放の場と化しているのと同様、「夏の甲子園」も、「司祭」たちが口にする「教育」などとは最も掛け離れたところで、今年も素晴らしい「祭り」のエネルギーを噴出させるに違いない。来年も……再来年も……。おそらく、何かがキッカケとなって、「祭り」ではなくスポーツにしなければ……という声が大きくなるまで、この巨大な「夏祭り」は、続くに違いない。

▲PAGE TOP
バックナンバー


・ 蔵出し新着コラム NEW!!

・ IOCがオリンピック出場全選手に"ギャラ"支給!ついに五輪は娯楽興行イベントに堕落か?

・ 大統領長男も支持する「薬物使用(ドーピング)解禁大会」/やはりアメリカ社会の病根は深い!

・ 薬物使用(ドーピング)OKの「エンハンスト・ゲームズ」の抱える大問題とは?

・ IOCが性的遺伝子検査導入するも、日本のメディアはメダル獲得しか騒がない!?

・ Wシリーズで日本人選手大活躍!サッカーでは日本代表がブラジル&イングランドに快勝!そこで野球とサッカーの「国際的相違点」を考える

・ 夏季五輪競技の一部を冬季五輪へ移行! IOC発表は商業主義以上の価値があるのか!?

・ メディアは今こそ"オリンピック休戦"を取り上げろ! それが五輪の真の目的なのだ!

・ プロ野球労働組合の未来に期待!FIFAのトランプ絶賛と銭ゲバぶりには絶望

・ 日本人の「親米・忠米精神」の一翼を担うプロ野球はアメリカの"助っ人"なのか?

・ サッカーのFIFAとは大違い!MLBの「アメリカ・ファースト」は近代スポーツの平等性の原則に反してる!

・ スポーツ・ビジネスの有力コンテンツは、もはや新聞・テレビの支配下にない!

・ 高校野球で暴力事件が続くのは、高野連&朝日新聞のスポーツへの無理解が原因!

・ 非暴力(反戦)の象徴であるスポーツから、今こそ「日本の8月」を考え直そう!

・ ドジャースをホワイトハウスに招いたトランプ大統領の"セコイ"政治

・ 野球を語るとき、長嶋茂雄は唯一真正のカリスマになる。

・ メジャーリーグの野球はAI(人工知能)による高度な情報戦(OSINT)の時代に突入。大谷祥平選手はAIのアバター(分身)なのか? それは人の未来の「何」を示しているのか?

・ トランスジェンダー選手排除宣言/トランプ米大統領はスポーツと民主主義を知らない

・ 連載対談「スポーツで語る新世紀」第10回『日本野球のプロ・アマ「大統合」は可能か?』ゲスト・山本英一郎(財団法人日本野球連盟会長)

・ メディアの「無知」がスポーツ文化を殺す

・ 読売ジャイアンツ&ヴェルディの元オーナー渡辺恒雄氏逝去。彼はスポーツ界で何をしたか

・ メジャーリーグの野球はAI(人工知能)による高度な情報戦(OSINT)の時代に突入。大谷祥平選手はAIのアバター(分身)なのか? それは人の未来の「何」を示しているのか?

・ 大谷翔平選手「50/50」の歴史的価値とは?/「ワールドシリーズ」に勝てば、本当の世界一なのか?

・ 日本のテレビ・メディアはスポーツをエンタメとして騒ぐだけでなくキチンと報道せよ!

・ 開会式ソング『イマジン』で五輪は変身できるか?

・ 大谷の自宅を撮影、五輪選手を「感動ポルノ」で語る、テレビメディアの度しがたい堕落

・ スポーツが迫る社会変革/五輪観戦多様な視点で

・ スポーツ賭博を禁止しているから起きた?「水原事件」をどうかんがえるべきか

・ 「水原一平違法賭博事件」から考える日本の野球界を浄化するスポーツ賭博

・ スポーツとギャンブルは兄弟文化/水原通訳失敗の原因は?

・ 賭博でスポーツは発展するか?/スポーツと賭博の密接な関係=神々が起源の「兄弟文化」

・ 卓球日本代表完封勝ちに批判/時代とともに変わるマナー

・ 箱根駅伝の「報道」は青学優勝だけでなく、原晋監督の「箱根駅伝批判&改革案」も報じるべきだ

・ 大谷選手メジャー2度目のMVP/日本のプロ野球に大改革を!

・ 「ジャニーズ事務所事件」に酷似している日本球界は、選手が声をあげるべきだ

・ 五輪ウクライナ開催で世界平和を/札幌冬季五輪招致は風前の灯火

・ 競争より個人の喜びに価値/富士山から考える現代の登山

・ トーナメントは非教育的/問題だらけの真夏の甲子園

・ ルールは選手が創り、変えるもの/アンパイアとレフェリーの違いは?

・ 大谷投手も使うサイン伝送無線装置/日本は「スパイ野球」で手遅れに

・ 阪神村上投手が完全試合途中降板/「選手より監督」はつまらない

・ WBC日本代表3大会ぶり優勝/組織改編で一元的な野球界に

・ 大谷にダル!今年のWBCに注目/将来は真の世界一決定戦へ

・ スポーツにドラマを求める現代/迫力ある決定的瞬間捉えて!

・ ネイマールと子供の「美しい結末」/今年の漢字「戦」とW杯

・ イスラム圏初のW杯/人権・差別問題解決の契機に!

・ 五輪贈収賄事件と日本スポーツ界/「自立」と「自律」の意識が欠如

・ 五輪憲章から消えた「アマチュア」労働者排除の思想

・ 「商業主義」で大成功のロス五輪/税金1セントも使わず黒字

・ 「速さ」讃えた近代スポーツ/未来は「美しさ」を競う時代に?

・ 甲子園は高校生のための大会か/「勝利至上主義」を改めよ

・ スポーツは暴力を否定した文化/指導者は民主主義に理解を

・ 「2試合連続完全試合」前の降板は当然/投手の無理は必ず故障

・ 五輪が反戦平和を本気で訴えるには?国家の介在排除に全力を!それがロシアへの非難以前にやるべきコトだ!

・ チームプレイと団体競技は別物/団体戦の増加は五輪憲章違反!?

・ 「オリンピック休戦」はバブル内の決議?/ロシア・ウクライナ情勢は開戦前夜!?

・ 国家元首が「平和宣言」をすべし!/五輪を政治から遠ざけるには?

・ 未熟で不適切な関係/TOKYO2020で露呈された日本のスポーツ界最大の問題点とは?

・ 女子テニス彭帥選手は無事か!? IOCは人権問題の解決を!

・ 東京2020パラリンピックに感激! オリンピックは「平和の祭典」? いや、パラスポーツ(障碍者スポーツ)こそクーベルタン男爵の理想「世界平和」を創出する要素がありそうだ。

・ 三重国体中止が教えてくれたこと/SDGsを視野に入れて……

・ 東京五輪2020は「オリンピック大会」など必要ないことを証明した!?

・ 日本のスポーツ界は五輪依存症/スポーツを「文化」として考え直そう!

・ 《解読オリンピック》間違えてはいけない! オリンピックが素晴らしいのではない。スポーツが素晴らしいのだ!

・ 64年東京五輪に学ぶ/前回も開幕前は批判だらけ

・ 間違えてはいけない! オリンピックが素晴らしいのではない。スポーツが素晴らしいのだ!

・ コロナ禍で考える東京オリンピック開催の意義

・ 2020年東京オリ・パラは、既に目標を達成した!?

・ 「負のレガシー」残さぬように…64年東京五輪は赤字国債を生んだ!?

・ 新型コロナ禍、変異ウイルス出現で東京五輪はどうなる!?そもそも聖火リレーは何のために行う行事なのか?!

・ 震災復興でもコロナ克服でもない東京五輪の目的は既に達成!

・ コロナで新しい五輪のカタチを/選手応援スタッフも入れぬ五輪/「国別メダル獲得数」は無意味

・ 「コロナ禍」でIOCが抱える問題噴出/東京五輪開催は五里霧中

・ 近代オリンピックの虚構/開催は独裁国家が向いている?

・ 「東京五輪、やれなさそうでもやろうとしている」スポーツ文化評論家・玉木さんが語る政治との関係

・ 北京五輪、開催していいのか?ウイグル弾圧、アメリカが「虐殺(ジェノサイド)認定」

・ 東京五輪開閉会式の総合演出チームが解散!新チームは政治家だけは使わないで!

・ オリンピックは政治問題と向き合うべき/ブランデージ元IOC会長の銅像撤去へ

・ 今こそ直視を!オリンピックの抱える「根本的問題」

・ IOCバッハ会長の開催宣言/スポンサーと北京五輪を意識!?

・ 1年延期となった東京オリンピック・パラリンピックは「何のために開催するのか?」――コロナ禍のなか、日本のスポーツは「15兆円成長産業」へ向けて発展できるか?

・ 「男子種目のみ」が多い日本/パラ出場できない女子サッカー選手

・ アスリートの意思表示/政治問題と無縁でいられぬ時代

・ 竹田JOC会長の退任だけで事件は幕引きか?/悪い奴ほどよく眠る?

・ 「日本のスポーツは軍隊的」部活の体罰が消えない理由

・ 東京五輪中止なら北京冬季五輪も中止?/政治利用でなく早期決断を!

・ 無観客試合に応援は必要? 開幕日に思う日本野球の不思議

・ コロナ禍で大混乱のスポーツ界は今こそ改革に手をつけろ!

・ 高校野球「進化」のチャンス/コロナ後は新しい姿に!

・ 五輪の本来の目的は〜今こそ世界平和を打ち出せ!

・ クーベルタン男爵に呪われた?東京五輪の延期決定

・ 文化・スポーツは「人生の飾り」新型肺炎COVID19の影響で「飾り」の中止はやむなし?

・ 今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう・目次

・ 選手の進化は道具の進歩? 厚底シューズで好記録!

・ デザイン重視(?)のサッカー日本代表の新ユンフォームは最悪。即刻改めるべし!

・ オリンピックのチケット購入の抽選に当選しても「オリンピックを見る」ことができるとは限らない?!

・ 「プレミア12」優勝したのはいいけれど…/「世界一」などと喜ぶよりも日本野球の改革を!

・ 東京五輪マラソン競歩札幌移転/猛暑対策? 何を今さら!

・ 引退考・スポーツ選手と引退「引き際の美学――それは、さらなる飛翔への美しい門出の時を迎えること」

・ 朝日新聞は夏の甲子園の主催を辞めて高校野球を考え直すキャンペーンを行え!

・ 健康を守ってこその高校野球/「投げさせろ!」は無責任

・ 夏の甲子園大会は100回記念大会で一度中止すべし!

・ 惜しまれる安美錦の引退/格闘家でなく「おすもうさん」

・ メディアがスポーツを主催する限り日本のスポーツの発展はありえない

・ 「スポーツ馬鹿」なんて今では死語!様変わりした引退後のアスリート

・ 「ゴルフ英語」はまったく通じない!?「ビッグスコア」なんて理解されない!

・ 『9回裏2死満塁 素晴らしき日本野球』解説

・ 悪い奴ほどよく眠る? 竹田JOC会長の退任だけで事件は幕引き?

・ ボクシング全盛期を描いた貴重な歴史書『無敗の王者 評伝ロッキー・マルシアーノ』

・ アメリカ人は肩が凝らない? 強肩・肩身が狭い・肩で風切る…日本人は肩を意識しすぎ?

・ 仮想通貨が五輪の赤字の危機を救う?/パソコンゲームは五輪が否定

・ 「二度目」には何をするべきか?/塩田潮・著『東京は燃えたか』(朝日文庫)解説

・ 体操協会の不祥事の原点は巨人軍にあり

・ どんどん出てこい!スポーツ界の不祥事

・ eスポーツ(コンピューター・ゲーム)が五輪競技に? 世界的に人気広がる あなたは賛成?反対?

・ 「大谷翔平進化論」時代の最先端として出現した肉体/日本の若者たちの力(パワー)を信じましょう

・ 独自の発展アメリカ型球戯は意外と世界的(グローバル)ではない

・ 大谷翔平の大活躍から見える日本のスポーツ界の問題点

・ 「パワハラ」疑惑のレスリング界 構造的欠陥は角界と共通

・ 応援団やチアリーダーは、なぜ生まれたか?/「飛び入り自由」なく欲求不満に

・ 室内競技は冬のスポーツ?/未来の冬季五輪は「雪と氷の祭典」ではなくなる

・ ロシアの組織ぐるみのドーピングは、科学の進歩の結果? 人間の道徳観は進歩しないのか?

・ 大相撲とは何か? ということを考えてみる

・ 箱根駅伝の全国化で組織や経理も改革を!

・ 「八百長」VS「出来山」の大一番

・ ちょっと教えたいお話 スポーツ編�C〜スポーツは、民主主義の社会でしか生まれない、非暴力、反戦平和の文化なのだ

・ スポーツは日本に新しい時代を拓くか?

・ 桐生選手100m10秒の壁突破は世界で27か国目127人目の快挙/それでも自分たちの身体能力は劣っていると思いますか?

・ 宮本武蔵の剣術論『五輪之書』にも比肩する『野村克也野球論集成』/サンケイスポーツ編・徳間書店・刊

・ スポーツは日本に新時代を拓くか?

・ ちょっと教えたいお話 スポーツ編�B〜日本語として使われている「スポーツ」とは、どういう意味?

・ ちょっと教えたいお話・スポーツ編�Aスポーツ(サッカー)を語ることは、世界史や日本史を語ることにもつながるのだ!

・ 平昌冬季五輪は、「平和を創れる」か?

・ ちょっと教えたいお話・スポーツ編�@バレーボールってどういう意味か知ってますか?

・ 政治的スポーツのボクシングも今は経済が中心/村田よ、金儲け主義を破壊する「怒りのパンチ」を!

・ 笑顔広がる「ゆるスポーツ」

・ 関東の大学しか出られない箱根駅伝を全国区にできるか?「日本版NCAA」の誕生に期待

・ これぞスポーツの素晴らしさ! 浅田真央のフィギュア・スケートに感服

・ スポーツとは何か? と訊かれて貴方は答えられますか?〜神奈川のスポーツの発展に望むこと

・ 東京五輪へバリアフリーの充実を!

・ 東京五輪のゴルフ場問題 都営の若洲変更しかない

・ 天才ラガーマン、ミスター・ラグビー平尾誠二氏の早すぎる死を悼む〜戦い続けたラグビー人生

・ 東京五輪の真の意義を見つけ出そう!

・ スポーツは政治に負けた・五輪の価値考え直す時

・ 五輪選手は平和復興の戦士

・ 長嶋茂雄を知らない学生たち/野球を文化にするために

・ リオ五輪閉会式に安倍首相登場/場に相応しくない人選

・ 高校生のための高校野球!高校生監督の実現を

・ 君が代は国歌ではなく日の丸は国旗ではなし 森元首相はオリンピック憲章を読め!

・ 五輪開催は経済のため?問題続発で返上論も噴出

・ 東京五輪ゴルフ競技会場問題第2弾・霞ヶ関CCで消える億円単位の巨額血税

・ 「賭博」は犯罪なのか?

・ 清原を呑んだ薬物汚染/球界が講ずべき処方箋

・ 「体育の日」が「スポーツの日」に変わる! ようやく「誤訳」が改められる

・ 2020東京五輪ゴルフ開催コース「霞ヶ関CC決定」に“慶応人脈”の暗躍

・ ロシア国家ぐるみのドーピングが発覚――どうすればスポーツの世界から「ドーピング」はなくなるのか?

・ 2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催する“意義”を忘れはならない!

・ 石巻に設置された旧国立競技場聖火台/格闘術が武道に進化する民主主義とスポーツの関係

・ スポーツ庁で日本のスポーツと社会の大変革/スポーツ庁は東京五輪最高のレガシー(遺産)となれるか?

・ 復活できるか?ラグビー人気

・ スポーツと体育はまったく別物である……ということを御存知ですか?

・ 高校野球から「軍事色」の消えるのはいつ?

・ 新国立競技場に毎月P・マッカートニーを呼べますか?神宮外苑に戦艦大和が出現する!建設費も維持費もドンブリ勘定

・ 2020年東京オリンピックの新種目は?野球&ソフトボールも見たいが、綱引も面白そう

・ 日本人はスポーツを知らない。その大問題に気づかなければ……

・ 「女性のスポーツ」を学ぼう!

・ 東京五輪開催の目的は、スポーツ立国の実現にあるはずだが……

・ 高校野球の本質を考えよ――タイブレークに疑問……高校生に娯楽の主役を演じさせるナンセンス

・ 『週刊アサヒ芸能』新連載! NIPPONスポーツ内憂内患 第1回 「スポーツとは何か?」という問いに貴方は答えられますか?

・ スポーツとは言えない箱根駅伝に、大騒ぎするな!

・ 高校野球問題の本質を考えよ

・ 「朝日新聞問題」の元凶は、甲子園!?

・ 日本のスポーツ界の発展を妨げてるのは……?

・ 日本のスポーツ界の現状と課題

・ 「オリンピズム(オリンピックの理念)」を理解せず、2020年を迎えられるのか?

・ サッカー映画『ネクスト・ゴール』の素晴らしさ〜世界最弱のサッカー・チームが「夢の1勝」をあげるまでの人間ドラマ

・ ドイツW杯優勝はブンデスリーガの勝利!

・ 日本のスポーツ界はサッカーを見習え!

・ 日本のスポーツ文化とワールドカップ

・ 今、日本で最高のスポーツマンは、やっぱり浅田真央さんである!

・ 新国立競技場は本当に建設できるのか?

・ 野球が五輪競技に復活?! そのときはスピードアップの7イニング制?

・ 2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定記念講座 「オリンピック」とは何か?〜その意義と意味を考える 2020東京オリンピック・パラリンピックで日本はどう変わる?

・ オリンピックは[スポーツ+政治」。東京五輪2020で日本はどんな政治的メッセージを発信するのか!?

・ 体育からスポーツへの大転換の時代――スポーツ・ジャーナリズム、スポーツ・ジャーナリストに求められることは?

・ 『NIPPONスポーツ宣言2013』への賛同署名を求めます

・ 2020年東京五輪を開催する意義とは…?

・ 東北楽天日本一/3・11から11・3へ/スポーツの存在理由示した

・ 1964年東京五輪聖火台を被災地へ!

・ 読売・朝日・毎日が支配する野球界の不可思議な構造は、いつ終わる?!

・ 『夏の大甲子園祭』 陽気(やうき)の所為(せゐ)で神も気違(きちがひ)になる――夏目漱石『趣味の遺伝』より

・ 2020東京五輪招致成功!それは体育からスポーツへの大転換!しかし……。

・ オリンピックは「外交力」の勝負!/東京五輪がどうなろうと、招致結果にとらわれず……。

・ オリンピックって何?――オリンピックの存在意義

・ プロ野球「飛ぶボール事件」の本質

・ 新しいネット・スポーツメディア誕生!!

・ 日本のバレーは「お家芸」だから弱体化?

・ 猪瀬都知事「失言」後の「東京五輪招致」に必要なことは?

・ 「長嶋茂雄ラストショー(最後の賞?)」後の日本プロ野球の未来は?

・ 民主主義がスポーツを生んだ

・ スポーツは本来「暴力」とは対極にある

・ 五輪招致の今こそスポーツ行政改革を!

・ 柔道は日本の生んだ「反暴力」のメッセージを含むスポーツ/日本人は今こそ、スポーツ(柔道)の真の理解を!

・ 今も体罰肯定論が横行:我が国の体育教育は異常だ

・ 桜宮高校事件をきっかけとした新しい体育教育への提言

・ くたばれ!箱根駅伝!大学スポーツ否定論

・ 2020年東京五輪で、オリンピックとパラリンピックの合体を!

・ 60年代のスポーツ――その「光」と「陰」と…

・ 2020年東京オリンピックは「初音ミクと團十郎」!?

・ 左投手はなぜサウスポーと呼ばれるのか? スポーツ文化の重要性

・ メディアの「文化(スポーツ)支配」の危険性

・ 共同通信社・編『心の聖地 スポーツ 闘いの記憶』岩波書店・刊(1,800円+税)

・ 「オリンピック」って何?〜東京五輪招致にとって大切なことは…

・ 韓国サッカー選手の「愚行=五輪政治利用行為」を、日本政府とメディアは絶対に看過するな!

・ ロンドン五輪「メディア革命」の行方/2020年東京招致〜私はこう考える

・ 対談・スポーツで語る新世紀 第1回 ゲスト・猪谷千春(IOC委員)「オリンピックの描き出す人類と地球の未来」

・ 対談・スポーツで語る新世紀 ゲスト・�ェ仁親王「日本のスポーツの未来を憂える」

・ プロ野球人気を拡大するには…

・ チーム作りは誰のため?

・ 国連スポーツ保障理事会(S保理)北朝鮮非難決議

・ 東京マラソンで考えたこと

・ メディアとスポーツ 求められる批判者(ジャーナリズム)の視点

・ オリンピックから「世界」が見える

・ 東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

・ NPB(日本のプロ野球)はマイナーリーグ?

・ 被災地に聖火を!

・ SPORTSその世界●近鉄バファローズ監督・西本幸雄

・ スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

・ 新潟にプロ野球新球団誕生か!?それを計画するプロ野球人は誰?

・ 女子スポーツの発展は男子スポーツも支える

・ 「体育」では「体づくり」だけでなく「スポーツの歴史・文化」も教えてほしい。

・ 東京五輪招致落選。国際政治の追い風は吹かず。今後は日本のスポーツ環境を整えるべし。

・ 「記録の神様」宇佐美哲也氏への感謝

・ 「時代」はヒーローを産む 斎藤佑樹投手は「どんな時代」の「どんなヒーロー」か…?

・ 何のための五輪招致か?

・ 冬季五輪の「変貌」は、オリンピック全体の「大変化」につながるのか?

・ 歌やスポーツとともに震災からの復興を!

・ 「スポーツ基本法」を御存知ですか?

・ 相撲は現代スポーツになりえない!?

・ 震災とスポーツ

・ ジャーナリズムとアカデミズムの狭間で

・ スポーツの教科書を作りたい!

・ 世界一お馬鹿なスポーツ 「ビアポン」を知ってますか?

・ 「球団」と「球場」どっちが大事?

・ 『60年代のスポーツ』――その光と影と……

・ 1974年10月14日――長嶋茂雄がバットを置いた日

・ スポーツ中継・スポーツ番組作りの「プロ」になっていただくために

・ 美しい「JUDO」が見たい!

・ スポーツが現代人に教えてくれること――グローバルに考えてローカルに行動

・ 賭博は「悪」か? 「必要悪」か?

・ 日本のサッカーの弱点は…?

・ 人類最古の文明に生まれた人類最大の文化(フットボール)は、人類生誕の地(アフリカ)で、新たな時代を拓く

・ スポーツにおける日本人のオカシナ常識

・ 「野性味」は「体育教育」から生まれない

・ 日本サッカー青春時代の闘い

・ 「日本のスポーツ政策」は、まだ生み出されていない

・ 「自民党=政府」でなくなった「二大政党制」の時代に、「スポーツ政策」を構築するのは誰?

・ 冬の五輪は「自然」との闘い

・ 長嶋茂雄・著『野球は人生そのものだ』 不世出の野球人の述懐

・ 貴乃花親方は理事に若すぎる?

・ ジャーナリズムとアカデミズムの狭間で

・ 民主党政権で日本のスポーツは変わるか?

・ 2016年五輪はリオに決定。東京に欠けていたものは何か?

・ 東京五輪招致の真の敗因

・ 「熱帯の日本」は「ウィンタースポーツ」もできる不思議な国?

・ 2016年、東京五輪・パラリンピック招致〜玉木正之氏「東京五輪に賛成する理由」-前編-

・ 政党マニフェストに見るスポーツ政策──「日本のスポーツ政策」は、まだ生み出されていない

・ 開発と規制の狭間で

・ WBCよりも大切なこと

・ ON時代の真の終焉

・ 2016年東京にオリンピックがやってくる?

・ 2016年東京五輪開催の可能性

・ 野茂英雄投手の功績と日本球界の課題

・ 「いまこそタイガース・ファンを辞めるべきではないか」と悩む男の弁明

・ 日本にスポーツジャーナリズムは存在するのか?

・ 野茂の功績と日本球界の課題

・ 人類は4年に一度夢を見る

・ 水着で「言い訳」をしたのは誰?

・ 世界史のススメ

・ 『玉木正之のスポーツジャーナリスト養成塾』夏期集中講座

・ Jack & Bettyは駅の前

・ 五輪とは死ぬことと見つけたり

・ セールスマンの死

・ 日本人野球選手のMLBへの流出が止まらない理由

・ 深い衝撃

・ 大学はスポーツを行う場ではない。体育会系運動部は解体されるべきである。

・ スポーツニュースで刷り込まれる虚構 <森田浩之・著『スポーツニュースは恐い 刷り込まれる〈日本人〉』NHK出版生活人新書>

・ メディアのスポーツ支配にファンが叛旗

・ スポーツと体育は別物

・ 岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第5回(最終回)「W杯守備重視の傾向は今後も続く?」

・ 岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第4回 「ブラジルは何故ロナウドを使い続けた?」

・ 岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第3回 「個人のサッカーの差がこんなに大きかったとは…」

・ 岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第2回「世界のランクBからAへ昇るには…」

・ 岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第1回「追加点を取るという国際的意識に欠けていた」

・ 巨人の手を捻る

・ 中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」(加筆版)

・ 300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

・ 300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

・ 「朝青龍問題」再考

・ 大相撲の改革の契機に

・ “日本のサッカー”は“現代日本”を現す?

・ スポーツとは合理的なもののはずなのに……

・ 世界陸上と日本のスポーツの未来

・ デデューの「復帰」に学ぶ「カムバック」に必要なもの

・ 特待制度は「野球の問題」か?

・ 学校はスポーツを行う場ではない!

・ 動き出すか?球界の真の改革

・ 東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

・ 日本スポーツ界における「室町時代」の終焉

・ 「水泳ニッポン」は復活するのか?

・ スポーツはナショナリズムを超えることができるか?

・ 「歴史の重み」による勝利は、いつまで続く?

・ スポーツ総合誌の相次ぐ「廃刊・休刊」に関して考えられる理由

・ 廃刊の決まった『スポーツ・ヤァ!』をなんとか継続できないものか!?

・ 日本の野球選手はなぜアメリカを目指すのか?

・ 日本のプロ野球と北海道ファイターズに未来はあるか?

・ 私の好きな「スポーツ映画」

・ 東京・福岡「五輪招致」のナンセンス?

・ 政治と格闘した宿命のチャンピオン〜モハメド・アリ

・ 日本のスポーツ界は「中田の個人の意志」を前例に

・ 「求む。新鋭ライター」〜玉木正之の「第5期スポーツ・ジャーナリスト養成塾夏期集中講座」開講のお知らせ

・ 1個のボールが世界の人々を結ぶ

・ 「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?

・ 社会はスポーツとともに

・ 「日本サッカー青春時代」最後の闘い

・ スポーツは、学校(教育の場)で行われるべきか?

・ 常識を貫いた男・野茂英雄(日本人ヒーロー/1995年大リーグ新人王獲得)

・ 「玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト養成塾第4期GW期集中講座」開講のお知らせ

・ 最近のプロ野球は面白くなった!

・ 人生に「アジャストメント」は可能か?

・ 「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。

・ スポーツの「基本」とは「ヒーロー」になろうとすること?

・ 2005年――「2004年の奇蹟」(選手会のスト成功)のあとに・・・

・ アジアシリーズ日韓決戦レポート『日本の野球はどのように進化したか?』

・ 2005日本シリーズに見た「短い闘い」と「長い闘い」

・ イーグルス1年目をどう総括する?

・ スポーツとは経験するもの? 想像するもの?

・ 阪神電鉄VS村上ファンド――正論はどっち?

・ 高校野球の「教育」が「暴力」を生む

・ 『スポーツ・ヤァ!玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト実践塾』進塾希望者への筆記試験

・ ナニワの乱痴気

・ スポーツが開く未来社会

・ タイガースって、なんやねん 第10回「星野監督・阪神・プロ野球/それぞれの未来」

・ タイガースって、なんやねん 第9回「この先は、どんな時代になるんやねん?」

・ タイガースって、なんやねん 第8回「ミスター・タイガースはおらんのか?」

・ タイガースって、なんやねん 第7回「誰がホンマのファンやねん?」

・ タイガースって、なんやねん 第6回「関西は「豊か」やからアカンのか?」

・ タイガースって、なんやねん 第5回「星野さんは、コーチやなくて監督でっせ」

・ タイガースって、なんやねん 第4回「球団職員にも「プロの仕事」をさせまっせぇ」

・ タイガースって、なんやねん 第3回「星野監督は当たり前のことをする人なんや」

・ タイガースって、なんやねん 第2回「今年のトラにはGMがおりまっせ」

・ タイガースって、なんやねん 第1回「今年はバブルとちゃいまっせ」

・ 「関西・甲子園・タイガース」=バラ色の未来――あるタクシードライバーの呟き

・ 第�V期スポーツジャーナリスト養成塾夏期特別集中講座・配布予定資料一覧

・ 失われた「野球」を求めて――「楽天野球団」は「新球団」と呼べるのか?

・ 浜スタから金網が消えた!

・ わたしが競馬にのめり込めない理由(わけ)

・ プロ野球ウルトラ記録クイズ

・ 島田雅彦vs玉木正之 対談 『北朝鮮と闘い、何がどうなる?』

・ 野球は、なんでこうなるの?

・ 投手の真髄――PITCHING IN THE GROOVE

・ 「球界第二次騒動」の行方は?

・ 2005年日本スポーツ界展望〜「真の新時代」の到来に向けて

・ 日本のスポーツの危機

・ 野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

・ ライブドア堀江社長インタヴュー「落選から西武買収まで、すべて話します」

・ 球団・選手「金まみれ」の甘えの構造

・ 地域社会に根ざすスポーツ

・ 新球団『東北楽天ゴールデンイーグルス』に望むこと

・ 闘いはまだまだ続く

・ 中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」

・ 奇蹟は起きた!

・ さようなら、背番号3

・ プロ野球ストライキと構造改革

・ 「メディア規制法」とスポーツ・ジャーナリズム

・ 黒船襲来。プロ野球維新のスタート!

・ パラリンピックを見よう! 日本代表選手を応援しよう!

・ アテネ大会でオリンピック休戦は実現するか?

・ 「NO」といえるプロ野球

・ プロ野球選手が新リーグを創ってはどうか?

・ 買収がダメなら新リーグ

・ 「逆境こそ改革のチャンス!」

・ あの男にも「Xデー」は訪れる・・・

・ F1― それは究極の男の遊び

・ 「戦争用語」ではなく「スポーツ用語」を

・ スポーツは国家のため?

・ 阪神優勝で巨人一辺倒のプロ野球は変わりますか?

・ 「高見」の論説に感じた居心地の悪さ

・ 原稿でメシを食ったらアカンのか?

・ アメリカ・スポーツライティングの世界

・ <戦争とスポーツ>

・ 長嶋野球の花道と日本球界の終焉

・ スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

・ ニッポン・プロ野球の体質を改善する方法

・ 草野進のプロ野球批評は何故に「革命的」なのか?

・ 理性的佐瀬稔論

・ 新庄剛志讃江――過剰な無意識

・ 無精者の師匠、不肖の弟子を、不承不承語る

・ 誰も知らないIOC

・ 日本のスポーツ・メディア

Copyright (C) 2003-2011 tamakimasayuki.com. All Rights Reserved. Produced by 玉木正之HP制作委員会. ホームページ作成 bit.
『カメラータ・ディ・タマキ』HOMEへ戻る