コラム「ノンジャンル」
HOMEへ戻る
 
表示文字サイズ選択:
標準
拡大
掲載日2008-10-08

この原稿は、いまでは残念ながら廃刊になってしまった雑誌『ゴーギャン』2008年7月号(東京ニュース通信社)に連載していた『紅旗征戎不有吾事(こうきせいじゅうわがことにあらず)』というコラムの第2回目として書いたものです。北京五輪の始まる前に書いたオリンピックの話題ですが、スポーツの話ではないので、ここに“ノンジャンル”として“蔵出し”します。

オリンピックはスポーツではない

 まったく驚いたことに、オリンピックをスポーツだと思っている人がいる。さらに呆れたことに、オリンピックに政治を介入させてはいけない、などという人までいる。
冗談ではない。オリンピックはスポーツではない。オリンピックは、政治そのものである。

 1863年生まれのピエール・ド・クーベルタン男爵は、1871年に幕を閉じた普仏戦争で完膚無きまでの敗北を喫したフランスに育ち、プロシア(ドイツ)に対する報復の空気に包まれるなかで軍事訓練もどきの体育教育を受けて育った。

 その教育に疑問を持った彼は、20歳でイギリスに留学。パブリックスクールでスポーツと出会った彼は、戦争(プロシアへの報復)ではなく、スポーツによってフランスに元気な社会を取り戻し、スポーツを通じて世界平和を築こうと考え、教育者として古代ギリシアのオリンポスの祭典(オリンピック)の復活運動を開始する。

 これだけでもオリンピックは十分に政治である。世界平和という理念がどれだけ素晴らしくても、それもまた政治である限り、国際政治の荒波に巻き込まれることは免れない。

 クーベルタンは1896年の第1回大会をパリで開催しようとしたが、オリンピックという名称を用いる大会なら我が国で行われるべきと主張したギリシアが、富豪の資金力をバックに開催地をアテネに奪い取る。

 さらに古代ギリシアのポリス連合がペルシアを打ち破った闘い(マラトンの闘い)を記念した競技を「マラソン」と名付けて取り入れる(だから現在でもイラン=ペルシアの末裔では「マラソン」と名付けられた競技を忌み嫌って無視する人も少なくない)。

 第3回大会はシカゴでの開催が決まっていたが、ルイジアナ州獲得百周年事業の一環として、アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが、直前になってセントルイスに変更した。

 最もよく知られている政治利用はヒトラー率いるナチス第三帝国の国威発揚大会となった1936年のベルリン大会だが、その大会から開始された聖火リレーでギリシアからベルリンまで運ばれた聖火の通った道を、3年後にはナチス機甲師団の戦車部隊が逆送して第2次世界大戦となった。

 1964年の東京大会でも、聖火リレーは政治そのものだった。アテネ―ベイルート―テヘラン―ラホール(パキスタン)と運ばれた聖火は、ニューデリー―ラングーン(ヤンゴン)―バンコク―クアラルンプール―マニラ―ホンコン―台北を経て沖縄に入ったが、それは旧大日本帝国の占領地に対する「お詫び行脚」であり平和憲法で生まれ変わった新生日本のプロパガンダにほかならなかった。

 アメリカ占領下の沖縄では戦後初めて君が代が演奏されて聖火が迎えられ、日の丸が打ち振られるなかで日本の潜在主権が主張され、本土へ聖火を運ぶのに国産初の旅客機YS―11が使われたのは、日本の航空機産業の復活を望まないアメリカに対するアピールとなった。

 そして最終走者に1945年8月6日原爆投下1時間半後の広島県で生まれた青年を起用したのは、国際社会に対して、日本は加害者であるだけでなく被害者でもあるという政治的メッセージを発したものだった。
それに対して当時国交がなく東京五輪にも参加しなかった中華人民共和国は、大会期間中に初の核実験を行い、世界に衝撃を与えた。

 76年のモントリオール大会では、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に反対するアフリカ諸国がボイコット。続く80年のモスクワ大会はソ連(当時)のアフガン侵攻に反対して西側諸国がボイコット。84年のロサンゼルス大会は東側諸国が報復……。

 最近のソルトレイク(冬季)、シドニー、長野(冬季)の3大会では、古代オリンピックの「エケケイリア(休戦協定)」を見習ったオリンピック期間中の休戦が実現したが、アテネ大会ではアメリカの仕掛けたイラク戦争のため「オリンピック休戦」など話題にもならなかった。

 そして今年の北京である。10億人を超す巨大マーケットを手に入れたいアメリカは中国での開催を支持し、中国との経済交流に出遅れたヨーロッパは人権をタテに米中関係に楔を打ち込もうとする。スポーツによる世界平和というオリンピックの「政治理念」を実現しようとする意志など存在しないIOC(国際オリンピック委員会)は、無事開催されてスポンサーやテレビ局からの巨額の資金で潤うことだけを願う。

 俺は政治が大嫌いである。だからオリンピックも大嫌いだ。もちろんスポーツは大好きである。妙な理屈をつけず純粋にスポーツを行えば、世界平和につながるはずなのに…。

▲PAGE TOP
バックナンバー


蔵出し新着コラム

「夢かうつつか…」逝った者へ…、残された者は…

オリンピックはスポーツではない

「天才」の多くなった世の中

『二十五時』との数奇な出逢い

わたしは猫になりたい。

紅旗征戎不有吾事 金は天下の周りの持ちもの…

アメリカ珍道中〜This is American Way

仕事人間の弁明

変わらないことの素晴らしさ

<二人袴>

女人狂言『茶壺 de Hermes』

私の行きつけの店・好きな店

島田雅彦vs玉木正之 ドイツW杯特別対談「選手を自由にさせたら高校生になっちゃった」

あけましておめでとうございます

個人的パラダイム・シフトに導かれた三冊

ゴシック・万博・ストリップ・吉本…を読む

塾や予備校は学校より大事?

現代と未来の世界を考えるうえでの「真の世界史情報」(井野瀬久美恵・著『興亡の世界史16 大英帝国という経験』)

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

知識や情報なんて、ないほうがいい

現代日本人必読の一冊

タクシーと自家用車の違い

「天才」って何? ――まえがきにかえて

「ある女の一生」

「戦争映画」が好きな理由(わけ)

とかく京都のスポーツマンは……

道はどれほど重要なものか

祇園町の「生活」=「文化」

地獄八景万之丞乃戯(じごくばっけいまんのじょうのたわむれ)

わたしは猫になりたい。

読書日記〜稲垣足穂から梅原猛まで

アッピア街道に乾杯(ブリンディシ)!

「質より量」の読書は「質」が残る?

スポーツは究極の道楽?

久しぶりに「銀ブラ」でもするか・・・

行きつけの店は恋人に似てる?

権力志向者がジャーナリストになる危険性――魚住昭『渡邉恒雄

ロジャー・パルバース著『旅する帽子』生身のラフカディオ・ハーンが幻想のなかに甦る

作者の名前も作品の題名も消えるほどのノンフィクションの名作〜デイビッド・レムニック著『モハメド・アリ』

戦争と軍隊の歴史

スポーツと音楽を通して出逢ったトリュフ

スポーツ・ジャーナリストにはスポーツよりも大事なものがある?

お薦めの本(2003年夏〜2004年春)

日本人は元気だ――24人の元気な日本人

美しい最後の素晴らしさ

「若い国」アメリカ

京都人の溜息

経済には倫理が必要である

オススメ脳味噌のマッサージ

吉本興業は匈奴である『わらわしたい――竹中版正調よしもと林正之助伝』竹中功・著/河出書房新社

虚実の皮膜――『イッセー尾形の都市カタログPART2』イッセー尾形/森田祐三・共著 早川書房・刊

胡散臭さ礼賛――竹内久美子『賭博と国家と男と女』(日本経済新聞社)

衝撃的な笑劇――レイ・クーニー『笑劇集』劇書房

翻訳って何?――『翻訳史のプロムナード』(辻由美・著/みすず書房・刊)

脳細胞の組み替え――『世界史の誕生』岡田英弘・著/筑摩書房(現・ちくま文庫)

長老の話――堀田善衛・著『めぐりあいし人びと』を読んで

古典の楽しさ

ドリトル先生 不思議な本

京都が消える

嬉しいこと――喜びは常に過去のもの

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(2)

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(1)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第5回=最終回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第4回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第3回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第2回)

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第1回)

先達はあらまほしきか?

旅の衣は篠懸(すずかけ)の

パチンコと飢餓海峡

最近の映画はつまらない?いや、やっぱり、映画はおもしろい?

神道、天皇、韓国・・・を読む。

はかなく、素晴らしい、味わい

京の祇園の極私的元服之儀

コースケ(野村万之丞)の遺言

ミレニアム歳末読書日記 楽しい世紀末

お金と勉強

親父ゆずりの数学好き

わたしの本棚(4) スポーツを読む

わたしの本棚(3) 祭りの原型

わたしの本棚(2) ドラマの感動

わたしの本棚(1) 振動する快楽

夏休み読書日記/スポーツ・身体・ジャーナリズム

銀行は痰壺処理会社

親父の隠したエロ小説

野村万之丞――伝統と格闘するパワー

女が動く時代、男は思索せよ

バック・オーライ

二十五時――わたしの好きな世界文学

「私の京都」

わたしの東京体験

SPレコードは生演奏と同じ〜蓄音機にはまってしまった!

感銘した一冊の本〜鈴木隆『けんかえれじい』

「情報過多時代」の楽しみ方

内面より外面

不味いものが食いたい!

ああ、肩が凝る。

父の勲章

京の昼寝

祇園町の電器屋の初荷

Copyright (C) 2003-2008 tamakimasayuki.com. All Rights Reserved. Produced by 玉木正之HP制作委員会. ホームページ制作 bit.
. 『カメラータ・ディ・タマキ』HOMEへ戻る