コラム「ノンジャンル」
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掲載日2006-04-10

この原稿はリイド社発行の雑誌『自分時間』第7号(2005年12月発行)の連載コラム「コラムで遊ぶ」に寄稿したものです。今年もゴールデンウィークに第4期スポーツジャーナリスト塾を開校するので、ここに「スポーツ以外のテーマ」として(ちょいと手を加えて)“蔵出し”します。

スポーツ・ジャーナリストにはスポーツよりも大事なものがある?

 一昨年(2003年)から、スポーツジャーナリスト養成塾という私塾を開校している。
 年に2回、ゴールデンウィークと夏休みに2〜3日間の集中講義を行い、スポーツの見方、考え方、インタヴューの仕方、取材の仕方、原稿の書き方・・・等々を叩き込み、さらにプロを目指したいと思う塾生に対しては面接のうえで10名程度を選抜し、「実践塾」で半年間面倒を見る。そこでは実際にスポーツの現場へ足を運ばせ、取材もさせ、原稿も書かせ、採用されたものには原稿料も支払われる。

 角川書店発行のスポーツ雑誌『スポーツ・ヤァ!』の協力を得て行っているのだが、過去3年間で養成塾を6度実施し、今年(2005年)も第3期実践塾の授業を開始したのだが、そこでハタと気づいたことがあった。
 過去にないスポーツ人気の盛りあがりのためか、スポーツジャーナリストを目指す若者は昨今激増しつづけているのだが、原稿をきちんと書ける若者があまりにも少ないのだ。

 ヨーロッパや中東のサッカー事情について驚くほど詳細な情報を持っている若者がいたり、K-1やWWEなどの格闘技について豊かな知識を身につけている若者はいる。そういった連中が毎年100人近くも養成塾に応募してくる。彼らの話を聞くのは面白い。が、原稿が書けない。稚拙で使えない。

 もちろん、それをできるようになるため、我が塾の門を叩いてくれるのだろう。が、きわめて基本的な、読者が読んで容易く理解できる文章を書くことが、なかなかできない。
 《スタジアムには魔物がいた。魔物が聖戦を支配した。11人の使徒は魔物に翻弄された・・・》などという文章を延々と読ませられても読者は筆者の独りよがりを嗤うだけだ。

 スポーツのシーンやスポーツマンの表情が読者の目に素直に浮かぶような文章を的確に書けなければ、どんなレトリックも空回りする。では、どんなふうに指導すればいいのか・・・と悩みつづけて気がついたのは、我々は学校で文章を書く訓練を受けたことがない、という事実だった。

 国語の授業では作文を書かされた。遠足や修学旅行について、あるいは読書感想文・・・等々。しかし、それらは自分の心に浮かんだ考えや感想を表現することに重点が置かれ、目の前の出来事や情景を書き写したり、文字情報として他人に伝える訓練ではなかった。

 画家になるにはデッサンが不可欠で、音楽家になるにもピアノやヴァイオリンを弾けるようになるためには運指(指の動き)の反復練習が必要だ。ならば文章を書くにもそのような基礎訓練を繰り返す必要がある。が、文字や言葉は、あまりにも日常的に使っているものだから、多くの人が自分は言葉を使いこなせるものと思いこんでしまっている。

 じつは作家やライターとして活躍している人々は(もちろん私もふくめて)誰もが自らに文章修行の反復練習を課しているのだが、スポーツ・ジャーナリストを目指す若者たちは、スポーツに熱心なあまり、文字や言葉が等閑になる傾向が強い。

 そこで今期(第3期実践塾)から、我が塾では文字を書く基礎訓練(文字による情景のデッサン)の方法を教えることにした。たとえば塾の講義に参加している自分たちの姿を、誰が読んでも目に浮かぶようにわかりやすく文章で表現する。あるいは、目の前に置かれた1個のボールを文章で書く・・・。
 文章をきちんと書けなければ、スポーツ情報もスポーツによる感動も、何も伝えられないのだから、ある意味で、スポーツよりも文章を書く技術のほうが大事なのだ。とはいえ、塾生たちと一日も早くスポーツのことを語り合いたい、という思いが募る毎日ではある。

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