コラム「ノンジャンル」
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掲載日2006-07-24

この原稿は『自分時間』 vol.9 (コミック乱別冊2006年4月増刊号)の連載コラムのページに書いたものです。残念ながら『自分時間』が休刊となってしまったので、ここに“蔵出し”します。

久しぶりに「銀ブラ」でもするか・・・

 わたしが中学1年生のときだったから、いまから四十数年前の話である。
 両親が生まれてはじめて東京見物をすることになった。結婚以来京都で小さな電器店を営み、仕事一筋のまま銀婚式を過ぎ、まだ一度も夫婦で旅行をしたことのなかったふたりが、完成間もない東海道新幹線で東京へ1泊旅行を計画した。

 といっても東京の事情をほとんど知らないふたりは、店に出入りしていた大手電器メーカーのセールスマンに、旅行のスケジュールを依頼した。皇居、二重橋、国会議事堂、浅草、上野・・・。まるで修学旅行、いや、現在の地方の中学生や高校生なら絶対に選ばないような真面目なコースがレポート用紙に書かれていたことを、いまも憶えている。

 そんななかに『銀ブラ』という言葉があった。たしか2日目のスケジュールに『14時〜16時 銀ブラ』といった具合に書かれていた。
 「銀ブラって何?」
 「銀座をぶらつくことや」
 「ふ〜ん・・・。2時間もぶらつくのん?」
 「そうや。銀座はぶらつくところなんや」

 父とそんな会話を交わしたが、それでも納得がいかなかった。いまでは『銀ブラ』以上に死語になってしまったが、当時は『心ブラ』という言葉もあって、それは大阪の「心斎橋をぶらつくこと」だというのは、あとになって知った。昔は繁華街を「ぶらつくこと」が、けっこう市民権を得ていたのである。

 それは、おそらく一般庶民の懐事情とも関係していたからにちがいない。
 いま、ニューヨークやロンドン、パリやミラノに旅行する若い男女も熟年の男女も、町を「ぶらつく」ことは、あまりしないようだ。するのは「ショッピング」である。

 10年ほど前、仕事でロンドンへ行ったとき、2時間ほど自由時間ができたので、漱石を思い出してロンドン塔や、いまは博物館になっている漱石が下宿をしていたアパートを訪れたが、驚いたことに日本人には1人も出逢わなかった。

 もちろん日本人の観光客がいなかったわけではない。ピカデリー・サーカスの近辺では大勢の日本人観光客がいた。そしてその誰もが、バーバリーなどのブランドの大きな紙袋を手にしていた。

 3年前にオペラとサッカーの取材でミラノやフィレンツェを訪れたときも同じだった。ショッピング街では、大聖堂で出くわした何倍もの日本人観光客とすれ違った。そして誰もが、ブランドのロゴ入りの大きな紙袋をいくつも手にしていた。

 服も靴も自分で買ったことがない(女房が用意するものを身につけるだけの)わたしは、ブランドにまったく興味がない。だから海外へ行っても、ぶらぶらと歩きまわるばかりで、ほとんど何も買わない(だから娘たちにいつも叱られる)。

 海外でショッピングに励む同朋を非難する気はまったくないが、何かを買ってしまうと、せっかくのロンドンもパリもミラノもフィレンツェも、そのブランド・グッズを買った街になってしまう。が、何も買わないで、ぶらぶらと歩いて見てまわると、街のすべてが自分のものになる(ような気がする)。

 初の東京見物から帰ってきた親父は、「銀座は凄い。日本は発展してるで」と、嬉しそうにいった。「ぶらつく」とさらに多くのものが見える(自分のものになる)のである。
 久しぶりに銀ブラでもしてみるか・・・。

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