コラム「ノンジャンル」
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掲載日2006-07-10

この原稿は、今は残念ながら休刊になってしまった『自分時間』(リイド社)という雑誌の2005年6月号(だったと思う)に書いたものです。最近、有田芳生さんに「祇園の店を紹介して」といわれて紹介したので、こんな原稿を書いたことを思いだし“蔵出し”します。

行きつけの店は恋人に似てる?

 行きつけの店は? と訊かれて答えに窮するのは、私だけではないだろう。
 友人に訊ねられて答えるのなら簡単。正直に教えてあげればいいだけのことだ。その店でいつか友人と出逢うのも悪くない。
 しかし、さほど親しくない人物から訊かれたときは、答えに困る。さほど親しくない人物とは、どちらかというと、行きつけの店で出逢いたくないからだ。

 寿司屋にしろ小料理屋にしろ赤提灯にしろバーにしろ、行きつけの店とは、出される料理や酒の味が素晴らしいのは当然のこととして、自分の気に入る雰囲気、落ち着ける雰囲気が何よりだ。だから、さほど親しくない人物とカウンターで同席して、場を取り持つだけの会話などは、あまり交わしたくない。

 週刊誌や月刊誌からのアンケートなどで、行きつけの店や美味しい店を紹介してほしい、といった依頼が来たときも、少々注意を要することになる(最近、ある雑誌から「本当は教えたくない店を教えてください」といわれたが「教えたくない店は教えたくない」と答えた)。

 テーブルが分かれていて、他の客と顔を合わせることのないような、ある程度大きな店なら、悩むことなく紹介できる。が、カウンターだけのような小さな店の場合は、やはり紹介するのをためらう。

 「あなたが週刊誌に書かれたのを読んで来ました・・・」と挨拶されても「はぁ、そうですか」と返事するほかなく、それ以上に、そういう小さな上質の店は、既に常連客だけでいつもけっこう混んでいるから、マスコミに出て新たな客が増えたりすると、自分が行きたいと思ったときに入れなくなるおそれがある。

 「そんなこと考えないで宣伝してくださいよ」
 と、行きつけの小さな鮨屋の店主にいわれたことがあって、一度雑誌に紹介したが、客が増えたので二度とマスコミには紹介しないことを心に決めた。
 とはいえ、自分が行きつけにしている店は、やはりいい店なので、多くの人に紹介したい、という気持ちも働く。この味を多くの人に味わってほしい、この雰囲気を楽しんでほしい、・・・という思いに駆られる。

 それは、若い頃、つきあいはじめた女性を友人に紹介したくなる気持ちと、少し似ている。奪われるのはイヤだが、自慢したい・・・。
 もっとも、わたしの生まれ故郷の(というには都会すぎるが)京都祇園町には、そんな気持ちをどうしようもない店もある。というのは、「会員制」「一見さんお断り」を徹底し、マスコミにも出ないと決めている店が多いのだ。だから残念ながら誰にも教えることができない。教えたところで、入れてもらえるとは限らない。

 ある店は昭和初期から80年近く続いている小さなカウンター・バーで、店のなかはまるで博物館。年代を感じさせる木のカウンターの内側には、江戸切り子のコップやヴェネチア・グラス、それに古いウイスキーやブランデーの珍しいボトルがずらりと並んでいる。

 あまりに素晴らしいお店なので、一度だけママに頼み込んで、NHK-BSの京都をテーマにした某番組で紹介させてもらったことがあった。が、そのときの条件は、店の名前や住所を出さないこと。そして(場所がわかると困るので)店の外部を撮影しないこと。そういう店だから、紹介のしようがない。

 行きつけのお店にも、色々ある。それもまた、異性とのおつきあいに、どこか似ている。

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