コラム「ノンジャンル編」
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掲載日2005-05-02

前回に引き続き、辞書マニアのタマキがお贈りするジテンに関するコラムの“蔵出し”第2回です。中味は、10年前に講談社の『月刊現代』(1995年7月号)に寄稿した文章。どうぞ、お楽しみください。

事典・辞典・字典・ジテンする楽しみ(第2回)

 まずは、拙著の宣伝からはじめよう。
 『プロ野球大事典』は、1200余項目の野球に関する言葉(野球用語や野球選手の人名をふくむ)を、ときに真面目に、ときにパロディックに、ときにシニカルに、ときにクリティカルに、解説を施した「事典」である。たとえば――

<あし【足・脚】野球選手には幽霊が多い。「彼には足があります」といわれる選手は、ほんの一握りである>
<せいぶらいおんず【西武ライオンズ】お釈迦様の掌のうえで跳びはねている孫悟空がいっぱいいる球団>

 これはもちろん、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』を範にしてつくったものである。
 『悪魔の辞典』にかぎらず、辞典や事典には、本流を意図的に逸脱したパロディ本が多数ある。それは、辞典や事典というものが、つねに正面切って権威と正統を売り物にしているからにちがいない。権威や正統が大嫌いで、そんなものがこの世の中に存在するものか、と思う連中は、権威や正統を嗤い飛ばす手段として辞典や事典をもちいるものなのだ。そうすれば、パロディの効果を、内容と形式の両方で、二重に高めることができる、というわけである。

 そんな辞典をいくつか紹介しよう。

 まずは『悪魔の辞典』(A・ビアス著/創土社)。パロディ辞典の古典的名著。
<くち【口】男では魂へ至る道だが、女では心のはけ口>
<さぎ【詐欺】商業の命、宗教の精髄、求婚の餌、政治力の根源>

 ――といった辛辣、痛快な箴言(しんげん)がならぶ。

 『世界毒舌大辞典』(ジェローム・デュアメル著/大修館書店)
<ひみつ【秘密】女が守る唯一の秘密は自分の知らない秘密である(セネカ)>
<けっこん【結婚】もし孤独を恐れるなら結婚してはならない(チェーホフ)>
<あい【愛】恋愛とは二人で愚かになることだ(ヴァレリー)>
<セックス【SEX】男にとって快いものであった。女がその快さを知らないうちは(ヴォランスキー)>

 ――というような、文豪、政治家等の名言集。

 『当世悪魔の辞典』(別役実・著/王国社)
<しょうしみん【小市民】「人はパンのみにて生きるにあらず」ということを知っており、そういう生き方をするだけの経済的立場を得ながら、やはり何となくパンのみにて生きてしまっている人々。>
<どうとく【道徳】これがないと不道徳が快感でなくなる。ということから考えると、道徳というのは、かつて不道徳が常態であった当時の、快感だったかもしれない。>

 ――別役ファンには欠かせない一冊。

 ほかにも、『ムイミダス』(清水義範・著/毎日新聞社)=『イミダス』のパロディだが、辞典というよりもエッセイに近い爆笑パスティーシュ小説。
 『噴飯悪魔の辞典』(安野光雄、なだいなだ、日高敏隆、別役実、横田順彌・共著/平凡社)=画家、精神科医、動物学者、劇作家、SF作家という5人の著者が、【愛】【神】【科学】といった項目を揃って執筆し、併記されているので、その差異のおもしろさを味わうことができる。
 『乱調文学大辞典』(角川文庫)=御存知!筒井康隆大先生の大ケッサク。

 ――などなど多くのパロディ辞典が存在するが、パロディでなくても面白いのが『シェークスピア名句辞典』(村石利夫・編/日本文芸社)。千本以上紹介されているシェークスピアの数々の名句は、『悪魔の辞典』に劣らぬ箴言集で、くわえて、坪内逍遙、福田恆存、福原麟太郎、木下順二、小田島雄志らの訳が、逐語訳、用語解説とともに併記されているのが楽しめる。
 有名な“To be or not to be・・・”の坪内訳は「世に在る、世の在らぬ、それが疑問じゃ」。福田訳は「生か、死か、それが問題だ」。木下訳は「生き続ける、生き続けない、それがむずかしいところだ」。小田島訳は「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」。明治7年『ジャパン・パンチ』に掲載された本邦初訳は「アリマス、アリマセン、アレハナンデスカ」という、ソリャ、ナンデスカ? と問い返したくなるシロモノだった。

 シェークスピアに対抗する東洋モノとしては、『中国名言名句の辞典』(小学館)があり、四書五経、諸子百家、俗諺(ぞくげん)から、魯迅、毛沢東、郭末若まで、中国三千年の名句が6千も集められている。が、あまりに数が多いと、「学を絶てば憂い無し」(老子)という気分になるものではある。

 『当世アメリカ・タブー語事典』(H・ピアード、C・サーフ共著/文藝春秋)も、『悪魔の辞典』の系列に加えておきたい。これは「PC語」を集めた辞典。PCとはPolitical Correctness(政治的正当)の略で、ほんの少しでも人種差別、民族差別、性差別、身体差別、(それに動物差別?)につながると思われる「タブー語」が「正当語」(PC語)にいいかえられている。たとえば――

<bald⇒hair disadvantaged(ハゲ⇒毛髪の不自由な)>
<Black⇒African-American, member of the African diaspora(黒人⇒アフリカ系米国人/母大陸外に離散したアフリカ系米国人)>
<ballboy⇒ballchild(ボールボーイ⇒ボール拾いの子供)>
<man power⇒human resources(マンパワー⇒人的資源)>
<prostitutes⇒persons presenting themselves as commodity allotments within a business doctrine(売春婦⇒ビジネス原則に則った商品供給分としてみずからを提供する人たち)>

 あらゆる権威と正統を茶化すのがパロディの精神だから、パロディはおのずとブラック・ユーモアの色彩を帯び、新たな差別語を生むこともある。そのため、あるひとが爆笑する文章に、べつのひとが激怒することもある。この『当世アメリカ・タブー語事典』は、そのぎりぎりのところで笑わせられ、考えさせられ、納得させられる(『日本語差別語言い換え辞典』といった辞典も可能だろうが、必然的に混入する笑いの要素が不真面目だと非難されるから、おそらく誰もつくらないでしょうねえ?)

(以下、次回更新時を御期待ください)

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二代目市川亀治郎さん(現・四代目市川猿之助)――伝統とは「変える力」

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読者からの質問への回答

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祇園町の電器屋の初荷

権力志向者がジャーナリストになる危険性――魚住昭『渡邉恒雄 メディアと権力』講談社

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オペラ(音楽)とスポーツの濃密な関係

塾や予備校は学校より大事?

「新道」という名前が消える寂しさ

孤立化、個別化する社会のあり方に警告(杉本厚夫『「かくれんぼ」ができない子どもたち』ミネルヴァ書房)

女心・男心…人間を描くため、肉体を描ききった本物の作家(虫明亜呂無『パスキンの女たち』清流出版)

松本修『「お笑い」日本語革命』(新潮社)書評「みたいな。」の元祖はとんねるずか!?

犬好き男の愛猫記

大魔神を巡る見事な「知的探検の旅」/小野俊太郎・著『大魔神の精神史』(角川ONEテーマ21)

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スポーツ番組作りの「プロ」になっていただくために

「スポーツ放送はどうあるべきか?」を考える前に、考えるべきこと

書評『茶の世界史』/茶が映し出す過去の世界史&茶が匂わせる未来社会

思い出すのは仕事をしている姿

脳出血と恐怖心

現代社会の「怪物性」を説き明かす見事な一冊〜小野俊太郎・著『フランケンシュタイン・コンプレックス 人間は、いつ怪物になるのか?』青草書房

「劣等感・コンプレックス」とは、本当はどんなものなのか

あけましておめでとうございます

脳出血から復活できた理由(わけ)

「何か」を表現しようとする究極の本能

天職人〜あとがき

そばは京都にかぎる

総選挙の行方とスポーツ界

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300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

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「戦争映画」が好きな理由(わけ)

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道はどれほど重要なものか

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読書日記〜稲垣足穂から梅原猛まで

アッピア街道に乾杯(ブリンディシ)!

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久しぶりに「銀ブラ」でもするか・・・

行きつけの店は恋人に似てる?

権力志向者がジャーナリストになる危険性――魚住昭『渡邉恒雄 メディアと権力』講談社

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戦争と軍隊の歴史

スポーツと音楽を通して出逢ったトリュフ

スポーツ・ジャーナリストにはスポーツよりも大事なものがある?

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胡散臭さ礼賛――竹内久美子『賭博と国家と男と女』(日本経済新聞社)

衝撃的な笑劇――レイ・クーニー『笑劇集』劇書房

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脳細胞の組み替え――『世界史の誕生』岡田英弘・著/筑摩書房(現・ちくま文庫)

長老の話――堀田善衛・著『めぐりあいし人びと』を読んで

古典の楽しさ

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京都が消える

嬉しいこと――喜びは常に過去のもの

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(2)

野村万之丞 ラジカルな伝統継承者(1)

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