コラム「ノンジャンル」
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掲載日2008-07-30

この原稿は、今年の2月頃、共同通信社の依頼に応じて書き、各地方紙書評欄の『私の一冊』というコーナーに掲載されたものです。小説(または映画)『二十五時』については何度か文章にしたことがあるのですが、『私の一冊』を選べといわれれば、いつもこれ(か『ドリトル先生』か筒井康隆氏の作品)になってしまいます。ということで(何が、ということなのか、自分でもわかりませんが)ここに“蔵出し”します。

『二十五時』との数奇な出逢い

 本との出逢いは結婚に似てる。
 あらゆる女性または男性と出逢ったうえで最適の伴侶を…とは考えられない。
 すべては偶然。ところが、その偶然も、まんざら捨てたものではない。

 私がコンスタンチン・ヴィルジル・ゲオルギウというルーマニア人作家の小説『二十五時』と出逢ったのは、その文庫本を拾ったからだった。
 今から30年以上前の高校生の時。校内の公衆電話の横に「落ちて」いたのを拾った。

 遺失物として届けようかと思ったが、パラパラとページをめくって衝撃を受けた。こんなに長く、こんなに難しそうな本を読んでる同級生がいるかと思うと悔しくなった。

 そこでポケットに入れて持ち帰り、俺も読んでやる! と必死になって読み出した。そして再びショックを受けた。

 ルーマニアの田舎で妻と二人の子供と一緒に幸福に暮らす農夫がいた。その妻にナチスの警官が横恋慕し、農夫をユダヤ人だとでっちあげ、収容所へ送りこむ。

  わけのわからない農夫は一生懸命土木作業と取り組むが、仲間から「ガス室送りだ」と聞かされ、脱走。
 しかしフランス領へ逃げると連合軍につかまりドイツ人だといわれ、また収容所へ。

 そこも必死に脱走してドイツへ逃げると、典型的なゲルマン民族の顔だといわれ、ナチスの宣伝ポスターに使われる。その結果、終戦後は戦犯とされ、またまた監獄へ(註・このあたりの荒筋は、アンソニー・クイン主演の映画の『二十五時』のストーリーと少々ゴッチャになってますので、ご注意ください)。

 刑期を終えて十数年ぶりに帰った農夫は妻を抱きしめ、一人増えた子供とともに、やっと取り戻した幸福を喜ぶ。しかし彼は、笑おうとしても、顔が歪むばかりで笑えなかった。

 小説は《笑って!笑って!笑ったままで》という言葉で終わる。
 この大長編を読み終えたときの衝撃は三十年を経た今も忘れられない。

 これほど素晴らしい作品なのに、いまは絶版で消えようとしているのは残念でならない。
 とはいえ、あまり世に知られていない作品と、数奇な出逢いができたことを私は喜んでいる。もちろん笑うことができるような内容ではないが…。

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