コラム「音楽編」
HOMEへ戻る
 
表示文字サイズ選択:
標準
拡大
掲載日2004-05-31

スティーヴ・ヴァイ この原稿は、2002年7月にサントリー・ホールで行われた佐渡裕指揮東京都交響楽団と、ロック・ギタリストのスティーヴ・ヴァイが共演したときのプログラムに寄稿したものです。そのときの曲名は野平一郎作曲「エレクトリックギターと管弦楽のための協奏曲『炎の弦』」(世界初演)でした。
 ま、この曲には若干問題もあったのですが(笑)、S・ヴァイの熱狂的なファンが大勢押し寄せた客席(いつものサントリーホールとは別世界のようなアフロ、ドレッド、スキンヘッド、ジーンズ、革ジャンがならぶ客席)に向かって、佐渡裕が渾身の力を込めた『春の祭典』(ストラヴィンスキー)を響かせ、彼らを席から立たせなかったのは見事というほかなかった。

翔べ! 21世紀へ!「エレクトリック・クラシック」の翼に乗って!

スティーヴ・ヴァイ バス・バリトンの某ベテラン・クラシック歌手のトーク・コンサートを聴きに行ったときのことだった。
「あの騒々しい音楽は、何だろうね。ジャカジャカジャカジャカ。あんなものは音楽じゃない。ただの騒音ですよ」
 彼が、ステージの上でそんなふうに語ったのは、その日、コンサート会場の周辺に大勢のストリート・ミュージシャンたちが集まり、ヘヴィメタやオールディーズのロックンロールなどを演奏していたのを指してのことだった。

 その楽しい演奏に思わず足を止め、しばらく身体を揺らせてからコンサート会場に入った小生にとって、彼の言葉は少々不快感を催すもので、せっかくのシューベルトの『セレナーデ』も『菩提樹』も、残念ながら心から楽しむことができなくなってしまった。
 クラシック音楽の演奏家やファンのなかには、ポップスとかロックと呼ばれるジャンルの音楽を忌み嫌う人が少なくない。ジャズには理解を示しても、ロックとなると眉をしかめる。ビートルズは「認める」が、ローリング・ストーンズは「認められない」と自著に書いた世界的大ヴァイオリニストもいた。
 いったい、なぜ?

 たぶん、キング・クリムゾンもピンク・フロイドも、ディープ・パープルもスティーヴ・ヴァイも聴いたことがなく、早い話が食わず嫌いなだけなのだろう。が、では、なぜ、聴こうとしないのか?
 それは、リズムやメロディの「違い」が原因なのではなく、「電気」に対する嫌悪感の問題といえるのではないだろうか。

 クラシック音楽の演奏会は、基本的にアコースティック(純粋に聴覚的で電気的増幅を行わない)が原則だが、ロックはエレクトリック(電気による音の増幅)が前提となっている。クラシック音楽の本流(アコースティック)を愛すると自認する人々は、エレクトリック・ミュージックを「ナマ演奏」とは考えない。それは、機械の助けを借りたものであり、「実力」ではないと考える。

 だからマイクと巨大スピーカーを用いた「三大テナー・コンサート」も、クラシック音楽の本流を自認する人々は「商業主義であり芸術ではない」などという(的はずれの)非難を浴びせた。そういえば、「停電によって消えるような表現は芸術ではない」と語った音楽評論家もいた。
 しかし、21世紀の今日、「電気」の使用はあらゆる生活のうえでの大前提となっている。銀行の決済からコンビニでの買い物まで、さらに赤ん坊の誕生から病院での治療まで、停電という事態になればすべての生活機能がストップし、生活が成り立たなくなるのが現代社会の暮らしである。ならば、それほど生活に密着した電気を用いる表現こそが現代芸術といえるのではないか。

 音楽における電気の使用には二つの意味がある。ひとつは「三大テナー・コンサート」やマイケル・ジャクソン、マドンナなどの野外コンサートのように、「電気」は、より多くの聴衆を集めることを可能にした。オペラ座やコンサート・ホールでは、どんなに多くの聴衆を集めても数千人単位の聴衆しか集められなかったのが、マイクとスピーカーを用いることによって数万人、数十万人単位の人々がコンサートを楽しむことができるようになり、さらに衛星放送を通じて数億人という地球上の人々が同時に音楽を楽しめるようになった。

 これは「量」の問題であり、芸術の大衆化の問題といえる。が、一方、「電気」は音楽の「質」にも影響を与えた。音を電気信号に転換することによって、アコースティックでは不可能な新しい表現技術を次々と生み出した。とりわけ、アコースティックでは小さな音量しかのぞめないギターが、エレクトリック・ギターへと進化することによって、新たな楽器として独自の表現が可能になった。

 そして、ジョージ・ハリスン、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、ブルース・スプリングスティーンといったエレキ・ギター奏者が、アコースティック・ギターとは異なる表現技術を次々と編み出し、人気を博すようになった。が、それらの新しい音楽表現が、長らく「ロック」と呼ばれる若者音楽・大衆音楽というジャンルの世界での出来事にとどまっていたのは、クラシック音楽の作曲家や演奏家の怠慢であり、先に述べたように「電気」に対するクラシック音楽界の嫌悪感のせいというべきだろう。

 現代の必需品であり、新しい表現技術を生み出した「電気」は、特定の狭いジャンルにとどまっていられるはずもなく、民謡(民族音楽)からオペラ(ミュージカル)まで、あらゆる音楽に進出を始めた。イングヴェイ・マルムスティーン(ヘヴィ・メタル・ギタリスト)やラプソディ(イタリアのシンフォニック・メタル・バンド)などが18世紀から19世紀に生まれた音楽(クラシック)との融合をめざし、そしてスティーヴ・ヴァイ(HM/HRギタリストの第一人者)も、今宵、クラシック・オーケストラと共演する。

 はてさて、高校時代にディープ・パープルの大ファンだったという指揮者の佐渡裕とともに、どんな「新しい世界」を生み出してくれるのか・・・。20世紀の代表的音楽作品である『春の祭典』と、ポスト・オペラ(ミュージカル)の大傑作『キャンディード』とともに、今宵は、20世紀から21世紀へと大きく飛翔する一夜となりそうな予感が・・・。

▲PAGE TOP
バックナンバー


蔵出し新着コラム

玉木正之のオペラへの招待 大人の恋の物語『メリーウィドウ』

『ジャンニ・スキッキ』の舞台は京都?

クラシック音楽ファン、オペラ・ファンは、なぜDVDに狂喜しているのか?

「不〜倫火山」大爆発!善男善女の皆さんも、煩悩まみれの皆さんも、みんな一緒に御唱和ください!「不倫、不倫、不倫、フリ〜ン!」

クラシック・コンサートは「真に新しい音楽」に触れる場所

オペラとは男と女の化かし合いを楽しむもの

50歳からのホンモノ道楽

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第14期「オペラ掘り出しモノ!」

山下洋輔ニュー・イヤー・コンサート ヨースケ&サド緊急“生”記者会見!『いま明かされる!反則肘打ち事件の真相』

「ベートーヴェンの交響曲」その名声と誤解

ベートーヴェンの「圧倒的感動」

ファジル・サイの魅力

スポーツは音楽とともに――フィギュアスケートはオペラとともに

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

天才少年ヴィトゥスとテオと音楽と……

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第13期「オペラは、ゼッタイ演出に注目!」

<演歌 de おぺら(エンカ・デ・オペラ)>上演企画書

『指揮者列伝』ミニミニ・ダイジェスト「カラヤン・ゲルギエフ・セラフィン・バーンスタイン」

あけましてフリー漫才

男の子がヴァイオリンを弾くのは恥ずかしいことだった・・・?

『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第12期「オペラは、祭りだ! お祭りだ!」MUSIC FESTIVALS IN THE WORLD

革命的斬新さを失わない音楽――それがクラシック

いつの世も変わらない「親子」と「男女」

日本ポップス史講座アンケート

待ち焦がれた“パリジャン”の本領

「浪漫派ベートーヴェン」を存分に楽しませてくれた演奏に心から拍手

音楽家はいかにして演奏に心をこめるのか?

JAZZとテツガク

ソロ(孤高)を求めてバンド(連帯)を怖れず!

我が「師匠」福島明也の魅力

城之内ミサ『華Uroad to OASIS』「ジャンル」を超えた素晴らしい音楽

懐かしい空間の響き

佐渡&玉木のぶっちゃけトーク

五嶋龍―「神童」の生まれ出る一瞬

ヤッタリーナ!ガンバリーナ!イタリーア!

スポーツと音楽――その親密な関係

アメリカのスポーツとアメリカの音楽

フィリッパ・ジョルダーノの魅力〜フィリッパの歌はイタリアの味

「私の好きな音楽」身体で感じる世界

玉木正之の『オペラはやっぱりオモロイでぇ』第10期「オペレッタを楽しもう!」

リヒャルト・シュトラウスのオペラは宝塚にふさわしい

日本人は「万葉集」以来「歌とともに生きている」

東方の奇蹟の二重唱

永遠の歌声

「原点回帰」の「山下洋輔ニュー・イヤー・コンサート2006」に贈る新春お笑い寄席 新作古典落語『人生振出双六』

20世紀最高の「歌役者」

クルマとラジオ

世界は演歌に満ちている

バーブラは諸行無常の響きあり

最高の「日本オペラ」

タイムマシンと冷戦時代

ニッポンは明るい!

春の祭典

シャンソンは高級?

イタリアはイタリア

ジャズはサッカー?

世界はひとつ?

大事なのは、質より量?内面より外見?

ビートルズはわかる?

無人島で聴く最後の歌

歌は世に連れない

クレオ・レーンの学歴

ひばりの川流れ

NASAと蓄音機

日本人の遊び心

「革命的音楽」は時代とともに消えてゆく?

究極のノスタルジー

『プロの仕事』

佐渡&玉木のぶっちゃけトーク(最終回)

「映画を所有したい!」と思うのは何故?

討ち入りや ゑひもせすまで ジャズに酔ひ――『ジャズマン忠臣蔵』講釈・前口上

ゲルギエフの引き出す無限の可能性/偉大な芸術とは、オモロイもんである。

冬の夜長にオペラ――その極上の面白さをDVDで味わう

都はるみさんの「世界」との新たな出逢い

天国の大トークバトル『クラシック あとは野となれ ジャズとなれ!』

超虚構音楽史―山下洋輔作曲「ピアノ・コンチェルト」の世紀の一戦

男と女の愛の形――悪いのはどっち?

「世の中に新しきものナシ」あらゆる創作はパクリである?

モーツァルトのオペラのおもしろさ

人を愛し、未来を信じ、時代を超越するパワー

バーンスタイン『キャンディード』の単純明快な世界

いつの世も変わらない「親子」と「男女」

<演歌 de オペラ>上演企画書

カルロス・クライバー〜〜実体験なき体験/〜夢のような体験

歌うピアニスト ―― G&G(グルダとグールド)

グレン・グールド<ガラス=音楽=グールド>

『ブルース・ブラザース』讃

翔べ! 21世紀へ!「エレクトリック・クラシック」の翼に乗って!

サロメ――官能と陶酔の神話の魅力

神野宗吉(ジャンニ・スキッキ)の娘・涼子(ラウレッタ)のアリア『好きやねん、お父ちゃん』(『私のお父さん』)

「子供(jr)」という大発見

NHK-FM『クラシックだい好き』 1〜6回プログラム

島田雅彦のオペラと小説――『バラバラの騎士』と『どんな? あんな?こんな? そんな!』

「オペラ忠臣蔵」のテロリズム

フリンオペラ年表400年史『オペラの歴史はフリンの歴史』

極私的ワーグナー体験の告白『私は如何にしてワーグナーの洗脳を解かれたか?』

ベートーヴェンの「朝ごはん」

サッカーと音楽の合体――それがスポーツ!それがワールドカップ!

オペラ「アイーダ」の本当の魅力

ヨースケのことなら何でもワカル!『ヤマシタ・ヨースケ・ジャズ用語大辞典』遠日発売未定 内容見本

Copyright (C) 2003-2008 tamakimasayuki.com. All Rights Reserved. Produced by 玉木正之HP制作委員会. ホームページ作成/WEBサイト制作 bit-ビット- bit.
『カメラータ・ディ・タマキ』HOMEへ戻る