コラム「音楽編」
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掲載日2005-01-10

この2本の原稿は、来年1月に来日が予定されているサンクトペテルブルクのマリンスキー劇場によるワーグナーの『ニーベルンクの指環』公演の宣伝パンフレット(ジャパンアーツ主催)に寄稿したものです。メチャメチャに面白いオペラの、メチャメチャに野心的な演出と演奏が期待されます。まだチケットをお買い求めでない方は、是非とも・・・というわけで“蔵出し”します。

ゲルギエフの『ニーベルングの指環』

ゲルギエフの引き出す無限の可能性

 ワーグナーが20年以上の歳月を費やして完成させた超大作楽劇『ニーベルングの指環』は、主要なキャラクターだけでも34人もの人物や神々や動物が登場する。つまり『指環』全曲を四夜にわたって上演するためには、最低限34人の「ワーグナー歌手」(フルオーケストラの奏でる壮大な音響に負けずに歌うことのできる歌手)が必要になるわけだ。

 が、芸術監督のゲルギエフはこういった。
 「我々の歌劇場には、同じ登場人物でも四夜とも歌手を変え、さらにトリプル・キャストを組む事のできるメンバーが揃っています」
 これは驚嘆すべきことである。
 三夜にわたって登場する神々の主神ヴォータンや、その娘ブリュンヒルデを歌える主役級の歌手が、各々九人ずつ存在し、英雄ジークフリートを歌えるテノールが6人も存在するというのである。

 それが、ゲルギエフの率いるマリンスキー劇場の底力であり、その頂点としての最高の舞台が日本で実現しようとしているのだが、いったいどのようにして、それほど優秀な歌手を集めることができたのか?

 たとえばサンクトペテルブルクでの『指環』全曲公演で、『ワルキューレ』のジークリンデを歌い、圧倒的な迫力にあふれる歌声と繊細な表現を兼ね備えた見事な歌唱で聴衆を驚嘆させたソプラノのムラダ・フドレイは、次のように語った。

 「歌手になりたいのなら喉を酷使しないほうがいい、という音楽家だった両親の薦めもあって、歌の勉強は音楽院に通わず、個人教授を受けただけでした」そして、さらに、「マリンスキー劇場のオーディションがあるというので参加して、ゲルギエフさんの前で歌ったら楽譜を渡されて、1年後までにマスターするようにいわれたのです。それが『サロメ』でした」というのだ。

 なんとも大胆なアメリカン・ドリームにも優るロシアン・ドリームというべきだろう。
 そうして若き無名の(音楽院も卒業していない)ソプラノ歌手は、ゲルギエフの眼力(と聴力?)によって見出され、スター歌手への道の第一歩を踏み出したという。しかも、デビューが『サロメ』である。
 「もちろん私自身、驚きました。でも、ゲルギエフさんにいわれたことですから、彼の言葉を信じて、自分を信じて挑戦しました」

 日本でも上演された新演出の『ボリス・ゴドゥノフ』のタイトル・ロールに抜擢されたエウゲニー・ニキーチンも、当時は29歳のまったく無名のバス歌手だった。その彼も『指環』ではヴォータン(さすらい人)を歌い、堂々たる演技と歌唱で絶賛されている。
 そしてマリンスキー劇場のオーディションには、いまも全ロシアから、いや世界中から、若手歌手が蝟集するようになったという。

 それは、ゲルギエフの眼力のみならず、彼の胆力(すなわち肝っ玉の大きさ)によるものというべきだろう。大胆きわまりない歌手の抜擢。なるほどそれは、彼のタクトから引き出される驚きに満ちた音楽とまったく同質であり、無限の可能性を信じた指揮者だけに可能な方法論といえるに違いない。


偉大な芸術とは、オモロイもんである。

 世の中には「偉大な芸術」と呼ばれるものが存在する。
 ダ・ヴィンチの『モナリザ』、ミケランジェロの『ピエタ』、バッハの『無伴奏チェロ組曲』、モーツァルトの・・・、シェークスピアの・・・と数え始めたらきりがない。

 それら「偉大な芸術」には一つの共通点が存在する。それは、どんなジャンルの「偉大な芸術」も「オモシロイ」ということである。
 オモシロクなければ「偉大な芸術」たりえない。
 それは当然のことだ。オモシロクなければ誰も見てくれないし、聴いてもくれない。ほんの一部の人が「これはスゴイ!」と叫んでも、多くの人々に「ムズカシイ」「ワカラナイ」といわれたら仕方ない。
 誰もが驚嘆し、感嘆し、ヨダレを垂らすほどに興味をそそられるようなオモシロイものでなければ「偉大な芸術」とはいえないのだ。

 ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』は、もちろん「偉大な芸術」である。早い話が、こんなにオモシロイものはない。
 天上の神々と地上の英雄たちと地下に棲むニーベルング族が黄金の指環を奪い合うなかで繰り広げる権力闘争は、いつの時代にも存在する「男の欲望のドラマ」である。
 神々の夫婦、地上の恋人たちの三角関係や愛憎劇は現代にも通じる「女の悲劇」である。
 それはジョージ・ルーカスの映画『スター・ウォーズ』や、映画化もされたトルーキンの長編小説『指輪物語』と同様の大スペクタクル・ロマンであり、それら以上にオモシロイ神話である。

 もっとも、全体で約14時間、上演に4日もかかる超大作だけに、完璧な上演は難しい。心の底から感動できる舞台と出逢えるのは至難ともいえる。
 しかし、サンクトペテルブルクの白夜音楽祭(2004年6月)で上演されたゲルギエフ指揮マリンスキー劇場の『指環』には興奮させられた。とりわけ『ワルキューレ』は、涙が出そうになるくらいのロマンチシズムにあふれ、心の琴線を鷲掴みにされた。

 新解釈の舞台も見事で、『指環』の偉大さを存分に味わえる面白さに満ちていたのだった。
 この「偉大な芸術」の「オモシロさ」にどっぷりと浸る4日間が、一生のうちに一度くらいはあってもいいはず。いや、あるべきだ。それはまさに「祭りの4日間」であり、「祭」ほどオモシロイものは、この世に存在しないのだから。

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