コラム「音楽編」
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掲載日2005-01-23

山下洋輔さんのニュー・イヤー・コンサート『ジャズマン忠臣蔵』この原稿は、今年の1月16日、東京オペラシティ・タケミツ・メモリアルで催された山下洋輔さんのニュー・イヤー・コンサート『ジャズマン忠臣蔵』のパンフレットに寄稿したものです。ナンヤラカンヤラをご愛読の読者はご存じの通り、今年は残念ながらこのコンサートに行けなかったので、悔しさを込めて、ここに“蔵出し”します。

討ち入りや ゑひもせすまで ジャズに酔ひ
――『ジャズマン忠臣蔵』講釈・前口上

 サテ今回は、皆様お馴染みの『忠臣蔵』のお話でございます。
 いろは四十七士赤穂の義士伝といわば既に歌舞伎浄瑠璃講談浪曲映画歌劇(オペラ)小説等々で描き尽くされた観もございますが、それでも新たにジャズマンたちがこの伝説に挑戦しようと言うのでございますから、なるほど忠臣蔵とは「芝居の独参湯」と呼ばれる意味もよくわかります。

 え? わからない? 独参湯(どくさんとう)とはどんな病(やまい)にも効いた煎薬(せんじぐすり)。そこで、どんな不入りの時でも忠臣蔵を舞台に上げれば客が入ったところからそんなふうに呼ばれたわけでございますが、まさかジャズマンたちがジャズ・コンサートの不入りに音を上げて忠臣蔵に頼ったわけではありますまい。

 むしろ瓦版(よみうり)の某野球団(じゃいあんつ)が「タカナワ・フォーティセヴナーズ」とでも名前を改めますれば親会社の利益=TV視聴率+瓦版の販売部数も回復(もちなおす)やもしれません。
 それほどの人気狂言だけに各々の時代時代に即した忠臣蔵が現れ、我々講談の世界でも昭和二十九年大日本雄弁会講談社発行の『講談全集赤穂義士銘々伝 堀部安兵衛高田馬場仇討』では、中山(堀部)安兵衛竹庸(たけつね)が牛込天竜寺竹町の長屋から高田馬場まで走った場面で、次のように語られております。

 「今日ならばタクシーへ乗れば、二十分くらいで行ってしまいましょうが、元禄の昔、乗り物といえば駕籠ぐらいなもの、ザトペックのように走っても、なかなか時間がかゝります」
 ザトペック。わからんでしょうなあ。今の御仁(ごじん)には。説明すれば長くなりますので村山実投手のことではないとだけ申し上げて先へ進みますが、何? 余計にわからなくなった? そういう御仁は家へ帰ってお父上にお訊きください。とにかく平成のジャズマンたちもこの平成の時代に即した忠臣蔵を創りあげるに違いない、ということであります。

 忠臣蔵のことなら日本人は誰もが知っているとはいえ、意外と知られていないのがアルゼンチンの大作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス版の忠臣蔵であります。ラテン文学の巨匠は『汚辱の世界史』という作品のなかで吉良上野介(きらこうずけのすけ)をとりあげました。
 この「恥さらしな主人公」は、しかし「人類の感謝に値する人物」と書くあたりがボルヘス一流の表現なのでありますが、「なんとなれば(彼は)不滅の偉業のために必要な悪事を用意したのであるから」というわけでございます。

 「不滅の偉業」とはもちろん義士による討ち入りのことで、「自らは恐らく忠義ではないが、今後もその望みをまったく捨て去るわけでもないわれわれ凡夫が、言葉で彼らを讃え継ぎ続ける」と結ばれているのでございますが、巨匠ボルヘスもまさか「ジャズでも語り継がれる」とまでは思いも寄らなかったようでございます。
 この吉良上野介は極悪人のように描かれるのがナベツネで、いや、ツネで、忠臣蔵の芝居演出を書いた江戸天明期の『古今いろは評林』という書物にも「すべて此役は(略)言葉しつこう憎がらるるようにするを本意とする也」などと書かれております。

 が、本当の上野介(吉良義央=きらよしなか)はそれほど悪い人物でもなかったようで、三州すなわち三河、現在の愛知県吉良町の領主として洪水防止の堤を築いたり、塩の生産、新田開発等で領民に慕われたとも言われております。そのため江戸末の侠客(やくざ)で清水次郎長一家の神戸長吉(かんべのちょうきち)と盃兄弟(ぎきょうだい)となった三州の太田仁吉(おおたにきち)は吉良義央を慕って吉良仁吉(きらのにきち)と名乗り、あの有名な荒神山(こうじんやま)で大政小政大瀬半五郎(おおまさこまさおおせのはんごろう)らとともに大暴れの末、太く短い一生を・・・。

 これまたわからない御仁はお父上にお訊きください。
 一方の大石内蔵助(おおいしくらのすけ)は武士の手本、サラリーマン社会中間管理職の手本(マニュアル)とでも申しましょうか、「昼行灯(ひるあんどん)」といわれましたボーッとした態度(ふるまい)も一力茶屋での遊興三昧(オージーパーティ)もすべては演技(フェイク)で、頭の中は討ち入りへ向けて着々と・・・と思われておりますが、一力茶屋の場面でお軽が段梯子を下りるのを下から見上げるシーンでは、次のような台詞も口にしております。
 「三間(さんげん)づつまたげても、赤膏薬(あかこうやく)もいらぬ年輩(としばい)。船玉様(ふなだまさま)が見える。洞庭(どうてい)の秋の月様を拝み奉るのじゃ」そして「逆縁(ぎゃくえん)ながら」といいながら・・・つまり、バックから「抱きしめ、抱き下ろし・・・」

 ま、これは竹田出雲(たけだいずも)らによる『仮名手本忠臣蔵』の台詞で、江戸芝居(トレンディドラマ)をヒットさせるための一つの方法(メソッド)であったのでしょうが、吉良上野介(高師直=こうのもろなお)が浅野内匠頭(あさのたくみのかみ・塩谷判官=えんやはんがん)の女房(ワイフ)に横恋慕(ふりんのよびかけ)をするところから内匠頭に対する悪虐(いじめ)が始まり、殿中松廊下での刃傷沙汰(にんじょうざた)から討ち入りへ・・・という『仮名手本忠臣蔵』には、義士の忠義というパトスや、お家再興というエトス、さらに死をもって本義を尽くすというタナトスだけでなく、エロスの要素も色濃く混ぜ合わさっているのでございます。

 言葉(ロゴス)の意味がわからない御仁も、お父上に訊かずとも、音楽(サウンド)を聴けばわかるはず。
 パトス+エトス=クラシック、エロス+タナトス=ジャズ・・・ならば、今宵クラシック音楽の殿堂で演じられます『ジャズマン忠臣蔵』こそ、意外や意外、サプライズやサプライズ、まさしく、これぞ忠臣蔵の王道、ロイヤルウェイといえるはずであります。
 「討ち入りや いろはにほまで 雪のなか」という粋(グルーヴィ)な江戸川柳がございますが、今宵は、「討ち入りや ゑひもせすまで ジャズに酔ひ」というわけで、いよいよ本編の幕開けでございます。どうぞ皆様御席のほうへ。ただし、御席はイロハ順ではございませんので御注意のほどを。

註・参考文献『伝奇集・ボルヘス・ラテンアメリカの文学1』篠田一士 訳/集英社

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