コラム「音楽編」
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掲載日2006-05-29

この原稿は、昨年(2005年)11〜12月の東京交響楽団定期演奏会のパンフレットに寄稿したものです。とくに理由はないですが(笑)“蔵出し”します。

アメリカのスポーツとアメリカの音楽

 ベースボール(野球)はアメリカで生まれたスポーツ――というのはけっして間違いではないのだが、かつてアメリカ人自身が、その事実を疑ったことがあった。
 時は19世紀の後半。南北戦争(1861〜5年)が終了し、アメリカが南北に分裂することなく再び「合州国」という統一連邦国家として再スタートを切ったあと、当然の成り行きとしてアメリカ人のあいだには、「我々はアメリカ人である」という強い意識が改めて広まった。

 そんななかで、ヨーロッパから自分たちが持ち込んだヨーロッパ文化ではなく、新たなアメリカ文化を創造しようという気運が高まり、スポーツ界でもヨーロッパで人気のフットボール(サッカーやラグビー)を楽しむのではなく、アメリカン・フットボール、バスケットボール、バレーボールといった新しい球戯が創り出された。そのとき、アメリカ人自身の脳裏に過ぎった疑問が、では、ベースボールはどうなのか?ということだった。

 ボールを棒(バット)で打ち、いくつかの安全地帯(杭やベース)に触れて生還するベースボールという球戯は、様々なルール変更を経ていたとはいえ、1620年のメイフラワー号によるピルグリム・ファーザーズ(イギリス清教徒)のアメリカ移住以来、長らくアメリカ人のあいだで楽しまれ、南北戦争を契機に北から南へと広がり、ナショナル・リーグ(1867年)やアメリカン・リーグ(1900年)も誕生し、アメリカ全土で「国民的娯楽」(ナショナル・パスタイム)と呼ばれる大人気スポーツにまで発展した。

 しかしそれは、じつはヨーロッパから引き継いだスポーツ文化ではないのか? ならば、アメリカ人が行うべきスポーツではないのではないか?
 そんな強迫観念から、メジャーリーグは2名の上院議員をふくむ7名の委員によって「ベースボールの起源とその発生に関する特別調査委員会」を設置(1900年)し、次のような答申をデッチあげたのだった。「ベースボールは、北軍のアブナー・ダブルデイ将軍が1839年に考案し、ニューヨーク州クーパースタウンで初めて行ったものである」

 これが捏造であることは、多くのアメリカ人も薄々わかっていた。が、すべての(といっていい)アメリカ人は、いまもこの「神話」を受け入れ、クーパースタウンは「ベースボール発祥の地」すなわち「聖地」として、いまも神聖視されている――。

 ガーシュインやグローフェ、アイヴスやハリスやウィリアム・シューマン、それにコープランドやバーンスタイン・・・といった、アメリカの「クラシック音楽作曲家」の作品を聴くとき、わたしは、いつも、この「ベースボールの神話」を思い出す。そして、「アメリカ人というアイデンティティ」に対するアメリカ人自身の渇望の歴史に思いを馳せる。

 ドヴォルザークの「新世界交響曲」が、「新世界から」(from the New World)というタイトルは名ばかりのチェコの音楽であるように(もちろん、だから悪いという気は毛頭ないが)、ヨーロッパからアメリカへ持ち込まれた伝統音楽は、長いあいだアメリカでも「ヨーロッパ音楽」のままでありつづけた。

 アフリカ系アメリカ人の持ち込んだアフリカのリズム(ビート)は、ヨーロッパ音楽と出逢うことによってブルースやジャズを生んだが、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン・・・の音楽とは土俵の異なる、いわばサッカーやラグビーに対するアメリカン・フットボールやバスケットボールとして発展した。

 ならば、ベースボールはクリケットの亜流でしかないのか・・・いや、ベースボールこそダイナミックで楽しいスポーツのはず・・・とガーシュインやコープランドが悩んだわけではないだろうが、ジャズではなくアメリカン・クラシック・ミュージックが確立されるには、アメリカの作曲家のあいだにそんなベースボールに対する思いにも似た葛藤が存在したように思われるのである。

 そして今日、「新世界交響曲」という「神話」をはるかに凌駕するアメリカ音楽の作品群に接するとき(クーパースタウンで行われたであろうプレイ以上のメジャーリーガーたちのプレイを見るとき)、アメリカという若い国とそこに暮らすアメリカ人の、最も真摯で素直な一面に触れたような気持ちになるのである。

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