コラム「音楽編」
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掲載日2004-02-09 
この原稿は、三枝成彰・作曲/島田雅彦・台本によるオペラ『忠臣蔵』が新国立劇場で再演された際(2002年1月)のパンフレットに寄稿したものです。今年1月の『山下洋輔ニューイヤー・コンサート(筒井康隆・作によるジャズ・オペレッタ「フリン伝習録」)』が終わったあとのパーティの席で、バリトン歌手の小川裕二さんから「忠臣蔵の原稿は面白かった」といわれたことと、今年4月に「三枝・島田」のコンビによるオペラ第二作『Jr(ジュニア)バタフライ』が上演されるので、景気づけに(笑)「蔵出し」します。
「オペラ忠臣蔵」のテロリズム
 音楽とはワケのわからないものである。そう言い切っても、おそらく間違いではないだろう。
 たとえば、モーツァルトのジュピター交響曲。あの音楽はいったい何をあらわしているのか? そのワケを語れるひとはいない。
 美しい音楽。素晴らしい音楽。魂を鷲掴みにされ、魂の在処(ありか)を教えてくれるような音楽・・・ではあるが、人によっては悲しさを感じたり、儚さ(はかなさ)を感じたり、はたまた喜びや楽しさを感じたり。その感じ方は、じつに多様である。
 しかも、ジュピター交響曲を聴いたときに、なぜそのように感じるのか? その理由をはっきりと語ることのできるひとは、いない。

 ベートーヴェンの運命交響曲だって、同じだ。「運命はかく戸を叩く」「苦悩を抜けて歓喜へ」という言葉を作曲者自身が残したとはいえ、それだけがあの音楽の「意味」ではないだろう。音楽とは、言葉とは異なる「音楽言語」によって表現されたものであり、そのすべてを言葉に置き換えることは不可能というほかない。
 が、オペラ(や歌曲)の音楽の場合は、少々事情が異なっているようにも思える。
 オペラには筋書きがあり台詞がある。音楽は、それらの言葉によって表された内容を、説明し、増幅し、聴衆の胸の中へ、より深く送り届ける道具として用いられる。悲しい筋書きには悲しい音楽。嬉しい台詞には嬉しい音楽。怒りの言葉には激しい音楽・・・というわけで、本来はワケのわからないはずの音楽が、ワケがわかったかのように耳に聴こえ、胸に響く。

 しかし、ほんとうに、そうだろうか?
『フィガロの結婚』の伯爵は、夫人に対して、ほんとうに浮気の謝罪をしたのだろうか? 心の底から女好きの伯爵が、そう簡単に病を治せるとは思えない。ところが、モーツァルトは、最終幕の最終場面での“Contessa perdono.”(伯爵夫人よ、許しておくれ)という伯爵の台詞に、人間の感情表現をはるかに超越した天国の響きのような(としか思えないほど)美しい音楽を付した。その音楽によって、モーツァルトは何を言いたかったのか? 精神的に堕落した弱い人間も、ほんの一瞬だけなら聖人になれる、とでも言いたかったのかもしれない。そして伯爵は、時間が経てば、またまた浮気を・・・?

 音楽の「意味」は深い。その表現力は、言葉なんぞをはるかに凌駕する。「許しておくれ」というたった一言の言葉にも、人間の全存在の意味(言葉で表現すれば長編小説になるほどの意味)を付与することができる(そのことに嫉妬して、トルストイは不倫小説『クロイツェル・ソナタ』を書いたのだろうが、それがベートーヴェンの『クロイツェル・ソナタ』のエロチシズムを凌駕できたとは、とうてい思えない)。
 では、三枝成彰は、『忠臣蔵』という物語に、どんな「音楽的意味」を付与したのか?

 その台本を執筆したのは、作家の島田雅彦である。島田の書くあらゆる作品に通底するキイワードは、「帝国主義」と「テロリズム」である。そのふたつの言葉は、政治だけでなく、人間のあらゆる営みにあてはまる。強大化し、拡張し、すべてを呑み込み、支配しようとする帝国主義的権力の精神と、それに対抗し、抵抗し、反撃を加えるテロルの精神。それは、人間のつくった社会の姿であると同時に、人間の生そのものの姿でもある。
 そんなテーマを抱きつづけている作家にとって、赤穂浪士四十七人のテロリストたちの闘いは、恰好のテーマだった。テロルの精神とは、けっして武器を取ることとは限らない。エロスもまた、帝国主義に対抗するテロリズムとして機能する(2・26事件と同時期に起こった阿部定事件を想起せよ)。男社会(武士の社会)にあっては、真に女性的な精神も、本質的には「テロ」の要素を含有している。

三枝忠臣蔵舞台写真

 そんな構造の物語に、三枝成彰は、「歌謡曲のように美しいメロディ」を付した。誰もがすぐに口ずさめるようなメロディを。
 そのメロディが使われるのは、女と男のエロスの場面であり、真に女性的なるものの精神が語られる場面であり、女と男がこの世を捨てる心中の場面である。そして、権力の側が描かれる場面では、現代音楽的な複雑で構造的なメロディが用いられている。
 もちろん、人間の根元に巣くう精神としての「帝国主義」と「テロル」というふたつつの要素を、「徳川幕府」対「四十七士」などという単純な構図で語ることはできない(アメリカ対アラブで語ることも不可能だ)。
 島田の台本は、それほど単純ではない(アメリカのなかにもアラブ世界のなかにも、帝国主義とテロリズムは共存しているのだ)。だから、音楽を求めた(オペラになった)ともいえる。そして、三枝の音楽も、単純ではない。音楽の本質的な抽象性を存分に響かせながら、「帝国主義」と「テロル」の葛藤の世界へと、聴く者を導く。

 その音楽的効果がサブリミナルに聴衆の胸に入り込むとき、ひごろ帝国主義的権力に抑圧された日々を過ごしている我々聴衆も、舞台上の真のテロリストたちと同化し、オペラという時空間のなかで、一時的とはいえ精神的解放を味わうことになるに違いない。

註・このオペラ『忠臣蔵』は、島田雅彦氏が台本を作成する段階から少々協力させていただいた・・・といっても、台本執筆の参考として三波春夫の「俵星玄蕃」のレコードを提供した程度だが(笑・写真参照)、そういう経緯もあったので、完成したオペラについては絶賛すると同時に、関係者に対してズケズケ文句もいわせてもらった。このオペラは、じっさい、なかなかに素晴らしいのだが、はっきりいって少々長い。3時間半ほどある。長いうえに冗漫な部分も感じられたので、そのことを作曲者の三枝成彰氏にいうと、「切ってみろ」といわれたので、切ったり入れ替えたりして、2時間ヴァージョンをつくった。これが我ながらなかなかにいい出来で(笑)島田雅彦氏も、この2時間ヴァージョンのほうが面白いといってくれているので、4月の『ジュニア・バタフライ』の次は、是非とも『忠臣蔵・玉木改訂版』の上演を期待したい)

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