コラム「音楽編」
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掲載日2005-04-05

前回前々回に引き続き、JCBのPR誌『ゴールド』に2年間(1999〜2000年)にわたって連載したコラム「オタマジャクシはバッハの子」の蔵出しです。今回第3回は、プログレッシヴ・ロックがテーマです。

「革命的音楽」は時代とともに消えてゆく?

 〈勉強をしろ以外にも何か言え〉
 今春、小学校を卒業した息子の記念文集をめくってみると、「両親に向かってよんだ川柳」というコーナーに、そんな一句が載っていた。それが自分の息子の作品だと知って、私は、頭に血をのぼらせた。女房に読ませても、「まあ・・・」と呆れた顔をしたので、息子を呼びつけた。

 「あたしたち、そんなに勉強しろといわなかったでしょう」
 女房がそういったので、あわてて口を開いた。
 「そんなことは、どうでもいい。川柳であれ何であれ、文章というものは事実をそのまま書くだけではおもしろくないから、いくら嘘を書いてもかまわない」
 女房が私を横目でにらんだが、かまわず言葉をつづけた。

 「嘘はかまわんが、この川柳は、ヘタクソや。どうせ書くなら、うまく書け」
 「どこがヘタなのか」
 息子が口をとがらせたので、説明してやった。
 最後の「何か言え」は、親に対する子供の生意気さが出ていておもしろい。家庭での父親の言葉の貧困ぶりが表現されている点も評価できる。が、二節目の「しろ以外にも」は、言葉のリズムが悪い。それに「勉強をしろ」と親がいうのは、それが事実にしろ嘘にしろ、パターン化した発想でおもしろくない。もっと独創的な発想をしろ。それができないなら、素直に思ったままを文章にしろ。わかったか。

 「だから、思ったままに書いたんじゃないか」
 息子は、唇をとがらせたあと、「だったら、どんなふうに書き換えればいいのか」と反論した。
 ここまで話してしまったからには、仕方ない。私は、頭をひねった。
 〈勉強をやれと言うからやらないの〉
 〈勉強をしろと言われて誰がする?〉
 〈勉強をやれと言う父ゴロ寝かな〉
 〈勉強をするなと言われた夢を見た〉
 〈勉強をしろと言うなら酒やめろ〉・・・

 ・・・と連発したが、我ながらイマイチ出来がよくない。息子も納得しない顔つきを見せたので、言い訳を口にした。
 「テーマが自分とは無縁だから、素直に言葉が出ないんだな」
 息子が、鼻で笑った。
 「けど、関係のないテーマなのに、すぐに次々と創るというのはなかなかのものだろう」

 息子との会話を聞いていた高校生の長女が、言葉をはさんだ。
 「つまらんコトに、すぐにムキになる親父かな。字あまり」
 「何をいうか。勉強というのは、こういう遊びのなかでするもんだ。学校の教室で川柳ヒネるより、よっぽどおもろいやろ」
 「まあね」

 娘があっさり認めたので、逆に肩透かしを食らった。
 「えらく素直だな・・・」
 「べつに。ただ、このまえ、貸してくれたCDがおもしろくて、勉強になったから」
 「聴いてみたのか。どれが、いちばん、良かった?」
 「クリムゾンかな・・・」
 「おう、おう、おう・・・」
 わたしは、思わず娘を抱きしめてやりたくなった。

 というのは、最近、娘がワケのわからないヘビメタのハードロックのCDばかり聴いているので、「そんなウルサイだけのロックを聴かず、こういうロックを聴け」といって、『クリムゾン・キングの宮殿』と『ピンクフロイドの原子心母』とイングヴェイ・マルムスティーンの『エレクトリック・ギターとオーケストラのための協奏曲変ホ短調「新世紀」』という3枚のアルバムを貸してやったのだ。

 先の2枚は、1970年代前後に一世を風靡したブリティッシュ・ロック(プログレッシヴ・ロック)である。チャック・ベリーやエルヴィス・プレスリー以来のロックン・ロールが「流行歌」という大きな枠組をなかなか突破できないでいたときに、「流行」を無視して音楽の構造と抽象性を前面に押し出し、意味深い歌詞内容とともにラジカルな(根源的で過激な)内容を表現したロックである。

 学生時代にそれを初めて聴いたときの脳天をハンマーで叩かれたような衝撃は、いまもはっきりと憶えている。
 「ひょっとして、これはクラシックではないか・・・」
 当時、寺内タケシとブルー・ジーンズが、ベートーヴェンの『運命交響曲』をエレキ・バンドで演奏したり、エマーソン、レーク&パーマーがムソルグスキーの交響詩『展覧会の絵』を演奏したり、富田勲がシンセサイザーによるドビュッシーやストラヴィンスキーのアルバムを発表するなど、新しい「電気楽器」によるクラシック音楽へのアプローチが次々となされていた。が、その多くは、驚きにあふれ、おもしろくはあっても、基本的には楽器や演奏法の多様化による新しさであり、チャック・ベリーが「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン(ベートーヴェンをぶっ飛ばせ!)」と歌ったほどの「革命性」は存在しなかった。
 が、クリムゾンやピンク・フロイドには、ベートーヴェンが♪ジャジャジャジャ〜ン・・・という和音によって運命の扉を開けたほどの衝撃が伴っていたのである。

 もう一枚は、最近発売されたもので、ヘビメタ天才ギタリストのイングヴェイが、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演した異色のアルバム。ドヴォルザークの交響詩やバッハのフーガのようなメロディに、♪キュイ〜ンキュイ〜ンと鳴り響くヘビメタ・ギターがおもしろくマッチし、クラシカルな協奏曲というスタイルにエレキ・ギターという独奏楽器を持ち込み、最高に成功したオリジナル作品といえるものである(イングヴェイは知っているヘビメタ・フリークの娘も、こんなアルバムがあることは知らなかった)。

 要するに、ロックといえども、ノリがいいとか、ハイな気分とか、流行している・・・といった音楽の周辺にあふれる雰囲気で語る類いのものでなく、音楽そのものの表現を追求したロックを・・・と娘に聴かせたのである。
 すると、なかでも私のいちばん好きだったクリムゾン・キングが「いちばんおもしろかった」(「ほかのは、ちょっとクラシックすぎるかな」)といったのだ。

 世代を超えて娘と共通の趣味を持ち合えるというのはじつに素敵なことで、気分のよくなった私は久しぶりに『クリムゾン・キングの宮殿』のCDをプレイヤーにかけた。ところが――
 どうもイマイチ、ピンとこない。学生時代のあの衝撃は、どこへ消えた? たしかに演奏は巧い。ドラムスもギターも、最高に巧い。フルートやサックスも抜群の演奏だ。が、メロディは思わせぶりで大袈裟すぎる。これでは感動の押し売りだ。ピンク・フロイドの『原子心母』を聴いても、まったく同じ印象だった。妙に深刻で大仰で、ステッペン・ウルフの『ボーン・トゥ・ビー・ワイルド』あたりを聴くほうが、まだ素直に楽しめる。いったい、どうして?

 ひょっとして、理屈のつけすぎか?技巧に走りすぎか?その理屈や技巧が、60年代から70年代という学園紛争華やかなりし時代の空気にマッチしただけだったのか・・・。いずれにしろプログレッシヴも「ベートーヴェンをぶっ飛ばす」ことはできなかったようである。
 私は、あわてて息子の部屋に駆け込んだ。
 「おまえの川柳は、あのままで、なおさなくてもいいよ」
 理屈のつけすぎ、技巧に走りすぎは、よくないのだ、と反省した。はたして、20年後に、イングヴェイのギターは、どんなふうに聴こえるのだろう?

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