コラム「音楽編」
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掲載日2005-11-14

JCBのPR誌『ゴールド』に2年間(1999〜2000年)にわたって連載したコラム『オタマジャクシはバッハの子』からの“蔵出し”第19回目。今回は、日本歌謡界の超御大・三波春夫さんの登場です。この方の歌った長編歌謡浪曲の数々は、まさしく「オペラ」といえるものでした。

最高の「日本オペラ」

 今年の春に、『オペラ道場入門』(小学館)という本を出版したのだが、そのなかで「大失敗」をやらかしてしまった。といっても、読者からその否を咎(とが)められるような失敗ではない。雑誌や新聞の書評にも数多くとりあげていただいたが、「失敗」を指摘した書評子もひとりもいなかった。

 しかし、著者であるわたしにとっては、これは取り返しのつかない大ミスであり、穴があったら入りたいくらいの大失態であり、もしも将来、改訂の話があったなら、この大チョンボによる汚名を返上するべく、真っ先に書き加えたいと思っているほど重要な問題なのである。

 その大失敗を、ここで説明させていただこう。わたしは、拙著のなかで「オペラとは難しいものでなく、誰もが気楽に楽しめる娯楽」だということを繰り返し強調した。
 オペラとミュージカルのあいだには何の違いもなく、『ウエスト・サイド・ストーリー』や『マイ・フェア・レディ』の好きな人なら、いますぐにでもオペラのファンになれる。カンツォーネとイタリア・オペラのアリアのあいだにも、本質的には何の違いもなく、ウイルマ・ゴイクやジリオラ・チンクエッティやボビー・ソロのカンツォーネを聴いたことがある人なら、『リゴレット』や『ラ・ボエーム』を楽しむことができる、ということを、いろんな実例とともに解説した。

 さらに、エノケンの浅草オペラ、美空ひばりの歌謡曲、大ヒットしたインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』で使われたインド音楽、ジャズ、ロック、中国の京劇から日本の歌舞伎にいたるまで、様々な音楽をとりあげ、あらゆる歌、あらゆる音楽劇が「オペラ」であることを説明した。

 さらに、ミュージカル(英語のオペラ)やドイツ・オペラ、ポリネシアン・ダンスや浄瑠璃といった音楽に「違い」が生じるのは「言葉の違い」によるものであることを証明するため、大阪漫才の関西弁と義太夫の関係までとりあげた。そして、ヴェルディやプッチーニ、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウス、それにモーツァルトといった作曲家のオペラを紹介するだけでなく、文章のなかでほんの少しでもとりあげたありとあらゆる歌や映画や民俗音楽のCD、VHS、LD、DVDも紹介し、西川きよしと横山やすしの漫才のCDまで紹介リストに加えたのである。

 これで、完璧! これで、オペラのすべてがわかる! と、われながら自画自賛していたのだが、なんたること! 嗚呼! 絶対に落としてはならない最高に素晴らしい「日本のオペラ」を、なぜか、落としてしまっていたのだ!なんたる不覚!
 その大傑作オペラとは、三波春夫の『長編歌謡浪曲』である。

 ♪雪を蹴立てて蹴立てて、サク、サク、サクサクサクサク・・・「先生!」「おお、蕎麦屋かぁ〜」・・・といえば、もう、どなたもご存じ(でしょう?)、『元禄名槍譜 俵星玄蕃』の一節である。
 ほかにも『元禄花の兄弟 赤垣源蔵』『堀部安兵衛 高田馬場の助太刀』『元禄花の商人 天野屋利平』などがあり、LPでは『長編浪曲 赤穂浪士』として発売されていた(CDでは、さらに『あヽ松の廊下』『赤穂城明け渡し』『一力茶屋』『南部坂雪の別れ』『その夜の上杉綱憲』『義士討ち入り』などが加えられ、『序曲』から『大忠臣蔵を結ぶ詞』まで全24曲4枚組アルバムとして発売されている)。

 これらの『長編浪曲』は、日本の音楽文化が誇るべき「大傑作オペラ」(音楽物語)である。
 どの歌も、約10分前後の長さのなかに、独話(モノローグ)があり、対話(ダイアローグ)があり、レチタティーヴォ(説明的な歌)があり、そのレチタティーヴォが自然に美しいアリア(詠唱)へとつながり、クライマックスを迎える、という構成になっている。

 そのなかには、ロッシーニのオペラのような早口言葉的猛スピードで語られる部分があるかと思えば、ヴェルディのように勇壮な音楽をバックに朗々と歌われる部分もあり、また、プッチーニのように叙情的な美しいメロディでほろりと涙を誘う部分もある。
 そして、パヴァロッティやドミンゴなどのテノール歌手がうたえばぴったり! と思えるような、高音を響かせ、長く張りあげる部分もある。

 これぞ、オペラ! というほかなく、わたしは、『俵星玄蕃』を聴くときは、ついつい、この歌をルチアーノ・パヴァロッティにうたってほしいなあ・・・と思ってしまうのだ。
 もちろん三波春夫の朗唱は、じつに素晴らしいものだが、「日本の歌謡オペラ」の「国際化」を夢見てしまうのである(パヴァロッティには、ほかにも、細川たかしの『北酒場』なんかもうたってほしいものですね)。

 昨年末の紅白歌合戦で、三波春夫は、年齢から考えて「最後の」ともいうべき『俵星玄蕃』を熱唱したそうだ(わたしは、まったく残念なことに、その熱演を見逃し、聴き逃してしまった!)が、この大傑作「長編歌謡浪曲」は、彼一代で幕を閉じてしまうのだろうか?
 そういえば、都はるみにも、『王将一代 小春しぐれ』という「長編歌謡浪曲」の大名作がある(これは、棋士の坂田三吉と女房の小春の物語)。しかし、浪曲(浪花節)が、もはや限りなくマイナーな文化となり、演歌と呼ばれているジャンルも、ミュージック・エンターテインメント会社(レコード会社とはいわないらしいので)のリストラにさらされている現在、「長編歌謡浪曲」は、息も絶え絶えの状態といえるだろう。

 しかし、これほど素晴らしい「日本のオペラ」を、根絶やしにするのは、何とも惜しい。
 こうなれば、昨今急激に観客を増やし、ファンを拡大している(という)オペラ・ファンに訴える以外にあるまい。
 ワーグナーが好きだというドイツ・オペラのファンには少々縁遠いかもしれないが、イタリア・オペラのファンで、ヴェルディの限りなく「浪花節的」なオペラや、プッチーニの限りなく「ド演歌的」なオペラを見たり聴いたりして、心をジ〜ンとさせている人なら、絶対に「長編歌謡浪曲」のファンになれるはずである。

 少なくとも三枝成彰のオペラ『忠臣蔵』よりも(これも、なかなか素晴らしい作品ですが)、『俵星玄蕃』や『小春しぐれ』のほうが、むしろヴェルディの世界に近く、團伊玖磨の『夕鶴』なんぞより(わたしには、このオペラのどこが面白いのか、よくわかりません)よほどプッチーニの世界に近い名作である。
 だから逆にいうなら、日本の演歌の復興、長編歌謡浪曲の発展は、イタリア・オペラ・ファンにかかっている、ともいえるかもしれない。

 いや、本気でそう考えているわたしは、最近、ラジオのあるクラシック音楽番組の出演依頼を受け、「オペラを語る」という機会を得たので、「是非とも『俵星玄蕃』をかけてほしい」とリクエストした。が、その番組のディレクターは、「いやあ、それはちょっと・・・」と首を縦に振らなかった。『俵星玄蕃』が、いかに素晴らしいオペラであるか、イタリア・オペラがどれほど長編歌謡浪曲的であるか、ということを、いくら説明しても、最後には「カンベンしてください」と拒否されてしまった。
 世の中、まだまだ頭のカタイ人が多くて、困ったものである。

*****

  この原稿を発表した直後、生前の三波春夫氏より長さ4メートルほどにおよぶ巻紙のお手紙を頂戴し、そこには「自分も日本のオペラと思って歌謡浪曲をつくっていたので、たいへん嬉しく、一度お会いしてゆっくりお話を・・・」と書かれていたのだが、そのお手紙からわずか1か月くらい後に逝去された。謦咳(けいがい)に接することができなかったのは本当に残念である。
 また、この原稿を発表した数年後、オペラをとりあげたNHKのラジオ番組で、三波春夫氏の『中山安兵衛 高田馬場の決闘』と都はるみさんの『浪花恋しぐれ』を、カラスやデル・モナコの歌とともに取りあげることを許された。世の中、やわらかくなってはきているようですね。

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