コラム「音楽編」
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掲載日2006-12-28

この原稿は、大ピアニストといわれながら一時期演奏活動から離れ、“幻のピアニスト”といわれたエリック・ハイドシェックが復活したのちのアルバム『ハイドシェック/フォーレ/リサイタル』の解説として寄稿したものです。“ライナーノート・シリーズ第8弾”として“蔵出し”します。

待ち焦がれた“パリジャン”の本領

 わたしがエリック・ハイドシェックというピアニストを知ることができたのでは、作家の宇神幸男さんのおかげである。宇神さんは、いまさらあらためて述べるまでもなく、『神宿る手』や『消えたオーケストラ』といった音楽ミステリー小説の作家であると同時に、“幻のピアニスト”エリック・ハイドシェックを再発見し、日本公演(宇和島公演)を成功させ、この大ピアニストの復活に大きな役割を果たした人物である。

 そんな彼と、わたしがはじめて出逢ったのがいつのことだったのか、どうも記憶が判然としないのは、その出逢いがいかにも自然で、ずっと古くからお付き合いさせていただいているような気になっているからだろう。が、ハイドシェックというピアニストのことを教えられ、CDまで送っていただいたときのことは、はっきりとおぼえている。なぜなら、そのときわたしは、まいったなあ・・・と思って、困り果ててしまったからである。

 音楽が好きなことにかけては、けっして人後におちないと自覚し、同好の士である宇神さんと話が合い、そんなことになってしまったのだったが、わたしは、ピアノ・ソロの音楽だけは、どうもペケなのだ。

 それは、自分がまったくピアノを弾けないからであり、ピアノを弾ける人物に対する劣等感をいだいているうえに、わたしの周囲に自分がピアノを弾けることを鼻にかけ、ピアニストを技量のみで語りたがるような人物が何人か存在した、という不幸がかさなったためである。そのため、ああ、おれにはピアノのテクニックの巧拙なんかわからないもんね、という気持ちでピアノ・ソロだけは敬遠しつづけ、グールドとグルダと山下洋輔という個性の突出した3人のピアニストの演奏以外は、聴きたいとも思わず、聴こうともしなくなったのだった。

 そういう先入観に凝り固まっていたものだから、“幻のピアニスト”だかなんだか知らないが、“ふつうのピアニスト”然とした風貌のジャケット写真を見て、困り果ててしまった。どんな感想をいえばいいのか・・・。ところが、ぼくはピアノの演奏の善し悪しがまったくわからないので・・・といった予定稿ともいうべき感想を口にしながらディスクをプレイヤーにかけた瞬間、そんな困惑は跡形もなく吹き飛んでしまった。

 なんと美しいベートーヴェン! なんと爽快なモーツァルト! なんと豊かで暖かいピアノの響き! ベートーヴェンのピアノ曲といえば、(グールドとグルダの演奏以外では)もじゃもじゃの髪の毛を振り乱して眉間に皺をよせた楽聖の絵姿さながらに、いかにも高邁な精神の悩みを押しつけられるもの、という先入観があったが、ハイドシェックの演奏からは、大仰な精神主義や権威主義がみじんも感じられなかった。さらに、モーツァルトのピアノ曲といえば、天才にしてはじめて残すことのできた楽譜を、いかにも天国に遊ぶようなタッチで・・・と思っていたところが、自在に動くテンポと緩急強弱の合間から醸し出される鮮烈な緊張感に、脳天をハンマーで打たれたような驚きを感じた。

 そうして、このすばらしく個性的なピアニストの虜(とりこ)になってしまったのだった(宇神さん、ありがとうございました)。が、そのとき、ふと疑問に思ったことがいくつかあった。
 まず最初に頭に浮かんだのは、どうしてこれほどのすばらしいピアニストが、もっと広く知れわたらないのだろう、ということだった。とはいえ、この疑問には正解は不要で、音楽ファンとして基本的にエゴイストであるわたしは、自分(だけ)が少数派の一員としてこのすばらしいピアニストと出逢えたことだけで満足し、ふふふ・・・と、ひとりほくそえんだのだった。

 もうひとつの疑問は、わたしがはじめて聴いた『宇和島ライヴ'91』のCDに、フォーレガ2曲(夜想曲8番、11番)とドビュッシーが1曲(ヴィノの門)が入っていて、これが彼の奏でるベートーヴェンやモーツァルト以上に、なかなかに趣のある(小粋でユーモアがあり、ウィットに富んで恰好よく、それでいてロマンチックな)演奏だったことだった。

 見事なベートーヴェンやモーツァルトを奏でる一方で、こんなコケティッシュともいえるほど艶っぽいフランス音楽を聴かせるなんて・・・。しかもハイドシェックというドイツ系としか思えない名前で、ヴィルヘルム・ケンプの薫陶を受け、『ケンプに捧ぐ』と題したライヴCDまで出しているピアニストが、いったいどうして・・・? しかし、フランス音楽のピアノのチャーミングさに、ほとんどはじめてといっていい魅力を感じたわたしは、そんな疑問以上に、ハイドシェックが、もっとフランスのピアノ曲を録音してくれたらいいのに・・・という思いのほうを募らせたのだった。

 しかし、モーツァルトやベートーヴェンのCDのリリースばかりが相次ぎ、いや、もちろん、それらの演奏も、最近のピアニストでは味わうことのできない、すばらしく斬新な感覚と驚きに満ちたものばかりで、まったく文句はないのだが、それでも“フランスもの”をまとめて聴いたみたい・・・という思いをさらに募らせた。その思いが、ようやくこのCDによって満たされた、というわけである。

 それにしても、満腹感のまったくない満足感、とでもいえばいいのか、これほどさわやかな充足感をえることのできるアルバムというのは、希有である。それは、フォーレというフランスの作曲家の作品が並べられているから、ということではけっしてない。同系統の楽曲が並べば、その内容の如何にかかわらず、もう、おなかがいっぱい・・・といいたくなるものだが(拙い指揮者によるウィーン・フィルによるニューイヤー・コンサートを思い出してほしい)ハイドシェックのピアノには、そんなおしつけがましさがこれっぽっちもなく、それでいてけっして浅薄でない豊穣な音に満たされる。こんな演奏を耳にすると、ほんとうに見事なものだ、としばし呆然と聴きほれるほかない。

 ところでハイドシェックは、フランス北部のランス(ロッシーニのオペラ『ランスへの旅』で有名)という街の生まれで、8歳のときにパリのエコール・ノルマルに入学し、パリのコンセル・ヴァトワール(音楽院)を首席で卒業という経歴の“パリ・ジャン”だという。こういう場合、やっぱり・・・といっていいのかどうかわからないし、どうして彼がハイドシェックとドイツ人のような呼び方をしているのか、その理由を知りたいとも思わない。ただ待ち焦がれたCDを聴くことができ、それが期待にたがわぬすばらしい演奏だということだけで満足している。

 ハイドシェックに能書きはいらない。
 彼は、奏でるピアノの音だけで、聴くひとの胸を揺さぶる、希有なピアニストなのだから・・・。

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