コラム「スポーツ編」
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掲載日2007-08-01

この原稿は、今は残念ながら閉鎖されてしまった宮崎学氏主宰のウェブ・マガジン『直言』での連載「玉木正之のどないな話やねん」(第8回)に寄稿したものです。アジア・カップ3連覇がならなかったオシム・ジャパンは、はたして今後どんなサッカーを見せてくれるのか?そんな思いで、ここに“蔵出し”します。

“日本のサッカー”は“現代日本”を現す?

 2002年の日韓共催ワールドカップ大会時の秘話をひとつ御紹介しよう。
 それは、日本代表がチュニジアを破り、当初の目標だったグループリーグ突破を実現した翌日のことだった。
 日本サッカー協会の要請で、都内某所に何人かの有識者が集められ、「日本サッカー戦略構築特別委員会」と称する“秘密会議”が開かれた。議題は、トルシエの次の日本代表監督に誰を据えるべきか……だったが、それ以上に重要だったのは、日本代表チームがいったいどのようなサッカーを目指せばいいのか……ということだった。

「お忙しいなかをお集まりいただき、まことにありがとうございます」
 座長を務めた日本サッカー界の重鎮が、まず口を開いた。
「熱心なサッカー・ファンである皆様には、改めてご説明申しあげることもないでしょうが、世界各国のサッカーは、その国々のお国柄とでも申しましょうか、国と国民の特徴というものを如実に体現しております。ブラジルをはじめとする南米諸国は個人プレーが中心で、陽気なお祭りのようなサッカーをする。イングランドは外見はスマートなジェントルマンですが、陰では結構ラフで汚いプレーをする。フランスは華麗で美しいパスワークのシャンパン・サッカー。ドイツは完璧に統制のとれた組織プレーを目指し、北欧諸国は高い身長を生かしての飄々とした空中戦、東欧諸国はどれだけ痛めつけられて泥まみれになってもあきらめない根性……といった具合に、サッカーには国民性が現れ、また、そのように国の特徴がはっきり現れている国の代表チームが、好成績を残しております。昨今のロシアのサッカーが実力を落としているのは、ソビエト時代の官僚的統制主義に変わる新しい生き方を見出だせないでいるからで……」
 ここで、一人の若い委員が口を挟んだ。

「イタリアは、あれだけ陽気な国民性なのに、どうして守ってばかりいて、カウンター狙いの戦法をとるのかな?」
「それは、イタリア・オペラと関係があるんですよ」
 作曲家が本職である委員が答えた。

「イタリア・オペラは悲劇が中心です。主人公は最後に必ず死にます。無実の罪に苦しんだり、不倫に悩んだり、叶わぬ恋に堪え忍んだあと、『モールター!』と叫んで悶絶します。そして観客は『ブラヴォー!』と拍手喝采します。イタリア人は悲劇が好きなんですな。輝く太陽の下で、アモーレ、カンターレ、マンジャーレ(恋して歌って食べて)という生活をしているイタリア人は、非日常のドラマでは悲劇に酔うことを欲するのです。ですからサッカーでも、守りに守って、守って守って……、耐えて耐えて……、最後にペナルティ・キックで負けるのが最高のカタストロフィなんです。実際イタリア代表チームが90年イタリア大会準決勝、94年アメリカ大会決勝、98年フランス大会準々決勝と、3大会連続してペナルティキックによる敗戦を喫したことは、02年日韓大会での韓国に味方した審判の不当な判定による敗戦もふくめて、イタリア国民は泣きながら『ブラヴォー!』を叫ぶほどの最高のドラマといえたわけです」

 声に出ない失笑が広がるなかで、一人の老委員がボソリと呟いた。
「ドイツ・オペラでも最後に主人公が死によるんやけどなあ……」
 作曲家が、待ってましたとばかりに答えた。
「ドイツ・オペラの場合は、主人公が死んでも、神に召されて昇天する形をとります。つまりハッピーエンドです。太陽も輝かず、飯もまずいドイツでは、真に悲しみを誘う不条理な悲劇は受け入れられないのです」

 しばらく沈黙が支配したあと、ふたたび座長が口を開いた。
「そこで、フランスW杯と日韓W杯をどうにかこうにか闘ってきた日本代表チームも、次回ドイツ大会では、そろそろ『日本の色』を出さなければならないのでは……というわけでして、では、どんなサッカーを目指せばいいのか、ということを有識者の皆様で御討議いただきたいのですが……」
 短い沈黙のあと、老委員がまた呟いた。

「難しい話やなぁ……。戦前やったら、指揮官の号令一下全員一糸乱れぬ組織力と大和魂で……というのでよろしいのんやろけど……、いまは……」
 委員の誰も、この呟きに反応しなかった。

 またもや沈黙が支配したあと、一人の委員が遠慮気味に口を開けた。
「東京オリンピックの翌年でしたか、佐藤内閣のときに中教審が『期待される人間像』というのを発表したことがありましたな……」
 これまた誰も反応しなかった。
「近々、教育基本法を改定するという話がありますが、そこには参考になるようなことは書かれてないのですか?」

 無視された委員のこの発言も、ふたたび無視された。そこで少々ムキになったのか、「たしか日本書紀にも平家物語にも、サッカーにつながる鞠遊びのことが書かれていますよ」と言葉を続けた。が、誰も取り合わなかった。
 前半は沈黙が支配した会議だったが、後半は一変して侃々諤々の大混乱となった。

 一人の委員が「日本の特徴はスピードだ。何をするにも速さ。てきぱきと仕事をこなし、だらだらしないこと。それが日本人だ」というと、「そのとおり。新幹線と高度成長の夢よもう一度だな」と賛成する委員もいた。が、「狭いニッポン、そんなに急いでどこへ行く」と混ぜ返す委員もいた。「日本人の美徳は働くこと。結局はスタミナだな」という委員がいるかと思うと、「働き過ぎで過労死か……」と皮肉る委員が現れた。「日本文化の特徴は、わび、さび、みやび。美しさをめざさなきゃ」という意見には、座長であるサッカー界の重鎮が「世界のサッカーを相手に、まだそこまでの余裕を持つことは……」と苦笑した。

 そんなこんなで結論が出ないまま誰もが疲れ果てたとき、一人の若い委員がこういった。
「日本代表の選手に自由にやらせたらいいんじゃないですか。どんなサッカーをするかわかりませんが、それが現代の日本人の姿、現在の日本の姿なのではないでしょうか……」
 日本サッカー協会会長の川淵三郎キャプテンが、「自由」と「自主性」をモットーとするジーコをトルシエの次の監督に選んだのが、この会議の討論を受けてのことだったのかどうか、それは定かではない。

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