コラム「スポーツ編」
HOMEへ戻る
 
表示文字サイズ選択:
標準
拡大
掲載日2008-04-23

この原稿は、今は残念ながらなくなってしまった宮崎学氏の主宰するネット・マガジン『直言』で連載した『玉木正之のどないな話やねん第18回』(2006年11月2日)に寄稿したものです。折しも「ディープ・インパクト」(深い衝撃)がパリの凱旋門賞に出走して「薬物疑惑」の起きた時期。今年も競馬の季節たけなわとなったので、ここに“蔵出し”します。

深い衝撃

「ぶひ、ぶひひ、ぶひひい〜ん」
「ぶひひひひ〜ん」
「ぶひひひ。おい、ディープ。おまえ、フランスで一服盛られたんだってな」
「ぶぶぶ。僕にもよくわからないんだけど、フランスに渡ってすぐに、ちょっと体調を崩したんだ。そのときにフランス人の獣医さんが来て、鼻にでっかいプラスチックの筒みたいなものを当てられて、息を大きく吸い込んだら喉から胸がスウーッとした。それが何かの薬だったみたいなんだけど……」

「そいつは、ちょいとばかり不注意だったな。自業自得ってわけか……」
「ぶひいい――!?」
「何をそんなに驚いてるんだ?」
「だって、僕はフランスへ連れて行かれて走らされただけで、禁止薬物のことなんて何も知らなかったんだよ。なのに自業自得だなんて……」

「だから、そういう甘っちょろけた態度がダメだっていうんだ」
「でも、テレビでこの事件について話してた人たちだって、ディープは悪くない、まわりにいた馬主や調教師や厩務員の人間の責任だって、みんな口を揃えていってくれてたよ」
「だからどうだってんだ?」
「人間のオリンピックでのドーピングだって、選手に勝たせてやろうと思ったコーチが、本人の知らないうちにやることも多いらしいし……」

「俺たちゃ、スポーツホースだぜ。そんな馬鹿なスポーツマンと一緒にされて悔しくないのか? 選手に勝たせてやろうと思うコーチだって、ドーピングが見つからないまま選手が勝てば自分の手柄じゃないか。そして見つかりゃ、傷つくのは選手だ。周りにいた人間が責任をとってくれるか? おまえさんが薬物検査に引っかかって3着の記録も取り消されたとなったら、その結果は歴史から消せないんだぜ。おまえさんが引退して種馬になったあとも、おまえさんが死んだあとも、ずっと語り継がれるんだぜ」
「ぶひぶひぶひ……」

「だったら、自分のことは自分で管理しなきゃ。馬に責任はないなんて、そんな甘い言葉に甘えちゃいかん」
「…………」
「おまけにフランス人の獣医がやったことといっても、日本人は外国人との交渉が下手だからな。どうせ、まともにフランス語を話せる奴もいなかったに違いない。だったら、日本人が黙って見ていたとしても、おまえがサラブレッドのプライドにかけて、断固として首を横に振らなきゃいけなかったんだ。俺のいってる意味、わかるか?」
「ぶひひ〜ん」

「俺たちサラブレッドは、ただ走るためだけに生まれてきたんだぜ。しかも、人間によって人工的につくられた。そのくらいのことは、おまえも親父さんから聞いてるだろ。これは、永遠に語り継がれるべき、俺たちの宿業の歴史だ」
「ああ。聞かされたよ。僕たちサラブレッドは、血統をたどれば18世紀末の3頭のアラブ種の馬に行きつく。だから、僕たちは誰もが兄弟だって」

「そのとおりだ。俺たちは、速く走る、という目的だけで人間につくりだされたんだ。細い脚に逞しい筋肉。そんな限界ぎりぎりの馬体を持つ種類だけが残されて、200年後におまえのような素晴らしい馬が誕生したってわけだ」
「ぶひぶひ!」
「だけど、おまえさんは、いったい、なんで走ってるんだ?」
「ぶひ?」

「自分が、なんで走るのかって、考えたことあるか?」
「ぶぶぶ……」
「縞馬(シマウマ)の連中の生き方を知ってるか? 奴らは人間のいうことを絶対にきかない。手綱を付けようとしても断固として拒否する。人間が背中にまたがろうとすれば、振り落とそうとする。鞭でも入れられようものなら、振り落としたうえに踏みつけ、蹴りあげる。そうして人間をあきらめさせて、野生のまま生き続けてる。それも見事な馬の生き方だ」
「ぶひぶひぶひ」

「でも、俺たちの先祖は違った。人間に喜ばれることに生き甲斐を見いだしたんだ。だから、走れといわれれば走る。鞭を入れられても怒らず、その怒りを、走るエネルギーにする。そうして、走れなくなったら静かに最期のときを受け入れる。それもまた立派な生き方だと俺は思ってる」
「ぶひひひひ」

「考えてみりゃ、人間なんて身勝手なもんさ。無責任なもんさ。DNAまで操作して、成績のいい馬はスーパースターともてはやし、自分たちの金儲けに使う。成績の悪い馬は缶詰だ。俺たちゃ蹄をちょいと故障しただけで、立っていることさえできなくなるんだからな。おまえは、いいよ。立派な成績を残して騒がれて……。だけど、プライドだけは捨てちゃいけない。何でもかんでも人間のやることを受け入れていいわけじゃないはずだ。プライドを持って走る。そのためには、断固として拒否しなきゃいけない場合もあるってことだよ」
「ぶひひ〜ん」

「ところで、おまえさん、さっきの俺の質問に、まだ答えてないぜ。おまえさんは、何のために走るんだ? 人間に喜ばれたい。それだけか? そうじゃないだろう……」
「ぶぶぶ……」
「ま、難しい問題だけどな。俺は、いつか人間も気づいてくれると思って走り続けてきたんだ」
「ぶぶぶ……気づいてくれるって?」

「俺たちの生き方に、だよ。抵抗せず、素直に従い、戦いにも駆り出され、競走にも駆り出され、人間を助け、人間とともに歩んできた俺たちの生き方こそ、ほんとうに美しく尊いものだってことに、いつか人間も気づいてくれるはず。そんな俺たちの生き方から何かを学んでくれるはず。そして自分の人生にも活かしてくれるはず……。俺はそう思って走り続けた。だから、クスリだ何だって、走ること以外で騒がれるようなことだけは、絶対に赦せないんだ。それだけは、俺たち馬のプライドにかけて阻止してほしかったんだ」
「ぶひひ。ぶひめんなさい」

「いや、あやまらなくてもいいんだよ。仕方ない。お前が悪いんじゃない。俺は、もう走れないけど、おまえは、まだ若い。これからも、毅然とした態度で、馬鹿な人間どもに教えてやるんだ。俺たち馬の生き方のほうが美しく尊いってことを……」
「ぶひ!」
「今回は、話にオチもないし、えらくしんみりしちまったじゃないか。馬鹿な人間の行いはパロディにして嗤い飛ばすこともできるけど、俺たち純粋な馬のことは、嗤(わら)えないってことだな。ぶひひひひひひ〜ん」
「ぶひひひひひひ〜ん」

▲PAGE TOP
バックナンバー


蔵出し新着コラム

水着で「言い訳」をしたのは誰?

世界史のススメ

『玉木正之のスポーツジャーナリスト養成塾』夏期集中講座

Jack & Bettyは駅の前

五輪とは死ぬことと見つけたり

セールスマンの死

日本人野球選手のMLBへの流出が止まらない理由

深い衝撃

大学はスポーツを行う場ではない。体育会系運動部は解体されるべきである。

スポーツニュースで刷り込まれる虚構 <森田浩之・著『スポーツニュースは恐い 刷り込まれる〈日本人〉』NHK出版生活人新書>

メディアのスポーツ支配にファンが叛旗

スポーツと体育は別物

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第5回(最終回)「W杯守備重視の傾向は今後も続く?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第4回 「ブラジルは何故ロナウドを使い続けた?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第3回 「個人のサッカーの差がこんなに大きかったとは…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第2回「世界のランクBからAへ昇るには…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第1回「追加点を取るという国際的意識に欠けていた」

巨人の手を捻る

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」(加筆版)

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

「朝青龍問題」再考

大相撲の改革の契機に

“日本のサッカー”は“現代日本”を現す?

スポーツとは合理的なもののはずなのに……

世界陸上と日本のスポーツの未来

デデューの「復帰」に学ぶ「カムバック」に必要なもの

特待制度は「野球の問題」か?

学校はスポーツを行う場ではない!

動き出すか?球界の真の改革

東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

「八百長vs出来山」の大一番〜大相撲に『八百長』は存在するのか?

日本スポーツ界における「室町時代」の終焉

「水泳ニッポン」は復活するのか?

スポーツはナショナリズムを超えることができるか?

「歴史の重み」による勝利は、いつまで続く?

スポーツ総合誌の相次ぐ「廃刊・休刊」に関して考えられる理由

廃刊の決まった『スポーツ・ヤァ!』をなんとか継続できないものか!?

日本の野球選手はなぜアメリカを目指すのか?

日本のプロ野球と北海道ファイターズに未来はあるか?

私の好きな「スポーツ映画」

スポーツへの熱狂を肯定する

東京・福岡「五輪招致」のナンセンス?

政治と格闘した宿命のチャンピオン〜モハメド・アリ

日本のスポーツ界は「中田の個人の意志」を前例に

「求む。新鋭ライター」〜玉木正之の「第5期スポーツ・ジャーナリスト養成塾夏期集中講座」開講のお知らせ

1個のボールが世界の人々を結ぶ

「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?

社会はスポーツとともに

「日本サッカー青春時代」最後の闘い

スポーツは、学校(教育の場)で行われるべきか?

常識を貫いた男・野茂英雄(日本人ヒーロー/1995年大リーグ新人王獲得)

「玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト養成塾第4期GW期集中講座」開講のお知らせ

最近のプロ野球は面白くなった!

人生に「アジャストメント」は可能か?

「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。

スポーツの「基本」とは「ヒーロー」になろうとすること?

2005年――「2004年の奇蹟」(選手会のスト成功)のあとに・・・

アジアシリーズ日韓決戦レポート『日本の野球はどのように進化したか?』

2005日本シリーズに見た「短い闘い」と「長い闘い」

イーグルス1年目をどう総括する?

スポーツとは経験するもの? 想像するもの?

阪神電鉄VS村上ファンド――正論はどっち?

高校野球の「教育」が「暴力」を生む

『スポーツ・ヤァ!玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト実践塾』進塾希望者への筆記試験

ナニワの乱痴気

スポーツが開く未来社会

タイガースって、なんやねん 第10回「星野監督・阪神・プロ野球/それぞれの未来」

タイガースって、なんやねん 第9回「この先は、どんな時代になるんやねん?」

タイガースって、なんやねん 第8回「ミスター・タイガースはおらんのか?」

タイガースって、なんやねん 第7回「誰がホンマのファンやねん?」

タイガースって、なんやねん 第6回「関西は「豊か」やからアカンのか?」

タイガースって、なんやねん 第5回「星野さんは、コーチやなくて監督でっせ」

タイガースって、なんやねん 第4回「球団職員にも「プロの仕事」をさせまっせぇ」

タイガースって、なんやねん 第3回「星野監督は当たり前のことをする人なんや」

タイガースって、なんやねん 第2回「今年のトラにはGMがおりまっせ」

タイガースって、なんやねん 第1回「今年はバブルとちゃいまっせ」

「関西・甲子園・タイガース」=バラ色の未来――あるタクシードライバーの呟き

第V期スポーツジャーナリスト養成塾夏期特別集中講座・配布予定資料一覧

失われた「野球」を求めて――「楽天野球団」は「新球団」と呼べるのか?

浜スタから金網が消えた!

わたしが競馬にのめり込めない理由(わけ)

プロ野球ウルトラ記録クイズ

島田雅彦vs玉木正之 対談 『北朝鮮と闘い、何がどうなる?』

野球は、なんでこうなるの?

投手の真髄――PITCHING IN THE GROOVE

「球界第二次騒動」の行方は?

2005年日本スポーツ界展望〜「真の新時代」の到来に向けて

日本のスポーツの危機

野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

ライブドア堀江社長インタヴュー「落選から西武買収まで、すべて話します」

球団・選手「金まみれ」の甘えの構造

地域社会に根ざすスポーツ

新球団『東北楽天ゴールデンイーグルス』に望むこと

闘いはまだまだ続く

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」

奇蹟は起きた!

さようなら、背番号3

プロ野球ストライキと構造改革

「メディア規制法」とスポーツ・ジャーナリズム

黒船襲来。プロ野球維新のスタート!

パラリンピックを見よう! 日本代表選手を応援しよう!

アテネ大会でオリンピック休戦は実現するか?

「NO」といえるプロ野球

プロ野球選手が新リーグを創ってはどうか?

買収がダメなら新リーグ

「逆境こそ改革のチャンス!」

あの男にも「Xデー」は訪れる・・・

F1― それは究極の男の遊び

「戦争用語」ではなく「スポーツ用語」を

スポーツは国家のため?

阪神優勝で巨人一辺倒のプロ野球は変わりますか?

「高見」の論説に感じた居心地の悪さ

原稿でメシを食ったらアカンのか?

アメリカ・スポーツライティングの世界

<戦争とスポーツ>

長嶋野球の花道と日本球界の終焉

スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

ニッポン・プロ野球の体質を改善する方法

草野進のプロ野球批評は何故に「革命的」なのか?

理性的佐瀬稔論

新庄剛志讃江――過剰な無意識

無精者の師匠、不肖の弟子を、不承不承語る

誰も知らないIOC

日本のスポーツ・メディア

Copyright (C) 2003-2008 tamakimasayuki.com. All Rights Reserved. Produced by 玉木正之HP制作委員会. ホームページ作成 bit.
『カメラータ・ディ・タマキ』HOMEへ戻る