コラム「スポーツ編」
HOMEへ戻る
 
表示文字サイズ選択:
標準
拡大
掲載日2006-04-26

この原稿を、いつどんなメディアに書いたのか、記憶にも記録にも詳しくは残ってないのですが、コンピュータに残されたデータによると2000年の4月頃、大修館書店発行の「何か」に掲載されたようです。と、まあ、出自はあやふやな原稿ですが、最近、学校(大学や高校)の“運動部”の不祥事が相次いだりもしましたので、ここに“蔵出し”します。

スポーツは、学校(教育の場)で行われるべきか?

 「これからは、体育ではなく、学校スポーツとして、そのあり方を考えるべきです。体育として強制されて行うのではなく、学校スポーツとして、自主的に、自発的に、楽しむスポーツのあり方を考えなければなりません・・・」

 何年か前に、あるシンポジウムのパネル・ディスカッションに参加したとき、そんな発言を口にした先生(大学教授)がいた。その先生は聴衆に向かって話したあと、当然わたしも同意してくれるもの、という思いが現れている笑顔で、隣に座っていたわたしの顔を覗き込まれた。そして、続けて司会者に発言を求められたわたしは、しばしのあいだ絶句してしまったのである。

 たしかにわたしは、執筆活動のなかで、日本のスポーツが「学校体育」として発展したために生じた矛盾を何度も指摘してきた。体育とスポーツは異なる種類のものである、それを混同してはいけない、教育としての体育から文化としてのスポーツへの転換が必要・・・といったことを書き続けてきた。
 しかし、「学校スポーツ」という考えには、首肯しきれない思いがある。考え方は理解できるが、どうも納得できない面がある。

 子供たちは、「心」(精神)や「頭脳」(知識)だけでなく、「身体」も、丈夫で、健康で、健全な発育を促すために、鍛える必要がある。そのことには、誰も疑問を挟む余地はないだろう。そして、そのためには、「自主的に、自発的に」スポーツを楽しむだけでなく、先生に命じられて行う身体運動も必要なのではないか。

 だからといって、鉄棒の逆上がりや跳び箱等をさせることが有効なのかどうかは疑問である。また、現在の体育教育で欠けているスポーツの「知的な要素」(スポーツやルールの歴史、スポーツとは何か、といった考察等)は、今後充実される必要があるように思える。が、「体育教育」が必要不可欠であることに変わりはなく、それは「学校スポーツ」と呼ぶものではないように思えるのだ。

 改めていうまでもなく、学校とは基本的に教育の場であり、スポーツ(遊び)の場ではない。日本の社会は、公共施設としてのスポーツの場が存在しない(不足した)まま、スポーツが学校体育の一部として発展した。そのため、「自主的」で「自発的」な「遊び」であるというスポーツの本来的意義が曲げられたのは事実である。

 しかし、だからといって、「学校体育」を「学校スポーツ」に転換するというのは、本来、地域社会で取り組むべき問題を学校に押しつけることになるのではないか。それは、学校本来の役割を逸脱した行為であり、地域のスポーツ・クラブ等の発展を妨げることにもなりかねないのではないか。

 課外活動としての部活動も、本来ならば、地域社会のクラブが担うべき行為であり、高校野球や高校サッカーを見ればわかるように、その役割を学校が担うと、どうしても学校(私学)の宣伝という色が濃くなってしまう。また、子供たちにバーンアウトを強いたり、六三三制のなかで一貫したスポーツ指導が行えなくなるといった悪影響も生じる。

 地域社会のクラブ制度が、まだまだ誕生していない日本の社会では、学校という場に期待を寄せたくなる気持ちはわかる。が、豊かな未来社会を築くためには、体育は学校で、スポーツは地域社会で、という棲み分けこそ必要なのではないだろうか。

▲PAGE TOP
バックナンバー


蔵出し新着コラム

野茂の功績と日本球界の課題

人類は4年に一度夢を見る

水着で「言い訳」をしたのは誰?

世界史のススメ

『玉木正之のスポーツジャーナリスト養成塾』夏期集中講座

Jack & Bettyは駅の前

五輪とは死ぬことと見つけたり

セールスマンの死

日本人野球選手のMLBへの流出が止まらない理由

深い衝撃

大学はスポーツを行う場ではない。体育会系運動部は解体されるべきである。

スポーツニュースで刷り込まれる虚構 <森田浩之・著『スポーツニュースは恐い 刷り込まれる〈日本人〉』NHK出版生活人新書>

メディアのスポーツ支配にファンが叛旗

スポーツと体育は別物

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第5回(最終回)「W杯守備重視の傾向は今後も続く?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第4回 「ブラジルは何故ロナウドを使い続けた?」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第3回 「個人のサッカーの差がこんなに大きかったとは…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第2回「世界のランクBからAへ昇るには…」

岡田vs玉木 ドイツW杯特別対談第1回「追加点を取るという国際的意識に欠けていた」

巨人の手を捻る

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」(加筆版)

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第3弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第2弾!

300万ヒット記念特集・蔵出しの蔵出しコラム第1弾!

「朝青龍問題」再考

大相撲の改革の契機に

“日本のサッカー”は“現代日本”を現す?

スポーツとは合理的なもののはずなのに……

世界陸上と日本のスポーツの未来

デデューの「復帰」に学ぶ「カムバック」に必要なもの

特待制度は「野球の問題」か?

学校はスポーツを行う場ではない!

動き出すか?球界の真の改革

東京オリンピック〜戦後日本のひとつの美しい到達点

「八百長vs出来山」の大一番〜大相撲に『八百長』は存在するのか?

日本スポーツ界における「室町時代」の終焉

「水泳ニッポン」は復活するのか?

スポーツはナショナリズムを超えることができるか?

「歴史の重み」による勝利は、いつまで続く?

スポーツ総合誌の相次ぐ「廃刊・休刊」に関して考えられる理由

廃刊の決まった『スポーツ・ヤァ!』をなんとか継続できないものか!?

日本の野球選手はなぜアメリカを目指すのか?

日本のプロ野球と北海道ファイターズに未来はあるか?

私の好きな「スポーツ映画」

スポーツへの熱狂を肯定する

東京・福岡「五輪招致」のナンセンス?

政治と格闘した宿命のチャンピオン〜モハメド・アリ

日本のスポーツ界は「中田の個人の意志」を前例に

「求む。新鋭ライター」〜玉木正之の「第5期スポーツ・ジャーナリスト養成塾夏期集中講座」開講のお知らせ

1個のボールが世界の人々を結ぶ

「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?

社会はスポーツとともに

「日本サッカー青春時代」最後の闘い

スポーツは、学校(教育の場)で行われるべきか?

常識を貫いた男・野茂英雄(日本人ヒーロー/1995年大リーグ新人王獲得)

「玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト養成塾第4期GW期集中講座」開講のお知らせ

最近のプロ野球は面白くなった!

人生に「アジャストメント」は可能か?

「栄光への架け橋だ!」は、五輪中継史上最高のアナウンスといえるかもしれない。

スポーツの「基本」とは「ヒーロー」になろうとすること?

2005年――「2004年の奇蹟」(選手会のスト成功)のあとに・・・

アジアシリーズ日韓決戦レポート『日本の野球はどのように進化したか?』

2005日本シリーズに見た「短い闘い」と「長い闘い」

イーグルス1年目をどう総括する?

スポーツとは経験するもの? 想像するもの?

阪神電鉄VS村上ファンド――正論はどっち?

高校野球の「教育」が「暴力」を生む

『スポーツ・ヤァ!玉木正之のスポーツ・ジャーナリスト実践塾』進塾希望者への筆記試験

ナニワの乱痴気

スポーツが開く未来社会

タイガースって、なんやねん 第10回「星野監督・阪神・プロ野球/それぞれの未来」

タイガースって、なんやねん 第9回「この先は、どんな時代になるんやねん?」

タイガースって、なんやねん 第8回「ミスター・タイガースはおらんのか?」

タイガースって、なんやねん 第7回「誰がホンマのファンやねん?」

タイガースって、なんやねん 第6回「関西は「豊か」やからアカンのか?」

タイガースって、なんやねん 第5回「星野さんは、コーチやなくて監督でっせ」

タイガースって、なんやねん 第4回「球団職員にも「プロの仕事」をさせまっせぇ」

タイガースって、なんやねん 第3回「星野監督は当たり前のことをする人なんや」

タイガースって、なんやねん 第2回「今年のトラにはGMがおりまっせ」

タイガースって、なんやねん 第1回「今年はバブルとちゃいまっせ」

「関西・甲子園・タイガース」=バラ色の未来――あるタクシードライバーの呟き

第V期スポーツジャーナリスト養成塾夏期特別集中講座・配布予定資料一覧

失われた「野球」を求めて――「楽天野球団」は「新球団」と呼べるのか?

浜スタから金網が消えた!

わたしが競馬にのめり込めない理由(わけ)

プロ野球ウルトラ記録クイズ

島田雅彦vs玉木正之 対談 『北朝鮮と闘い、何がどうなる?』

野球は、なんでこうなるの?

投手の真髄――PITCHING IN THE GROOVE

「球界第二次騒動」の行方は?

2005年日本スポーツ界展望〜「真の新時代」の到来に向けて

日本のスポーツの危機

野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

ライブドア堀江社長インタヴュー「落選から西武買収まで、すべて話します」

球団・選手「金まみれ」の甘えの構造

地域社会に根ざすスポーツ

新球団『東北楽天ゴールデンイーグルス』に望むこと

闘いはまだまだ続く

中日ドラゴンズ監督・落合博満の「確信」

奇蹟は起きた!

さようなら、背番号3

プロ野球ストライキと構造改革

「メディア規制法」とスポーツ・ジャーナリズム

黒船襲来。プロ野球維新のスタート!

パラリンピックを見よう! 日本代表選手を応援しよう!

アテネ大会でオリンピック休戦は実現するか?

「NO」といえるプロ野球

プロ野球選手が新リーグを創ってはどうか?

買収がダメなら新リーグ

「逆境こそ改革のチャンス!」

あの男にも「Xデー」は訪れる・・・

F1― それは究極の男の遊び

「戦争用語」ではなく「スポーツ用語」を

スポーツは国家のため?

阪神優勝で巨人一辺倒のプロ野球は変わりますか?

「高見」の論説に感じた居心地の悪さ

原稿でメシを食ったらアカンのか?

アメリカ・スポーツライティングの世界

<戦争とスポーツ>

長嶋野球の花道と日本球界の終焉

スポーツを知らない権力者にスポーツが支配される不幸

ニッポン・プロ野球の体質を改善する方法

草野進のプロ野球批評は何故に「革命的」なのか?

理性的佐瀬稔論

新庄剛志讃江――過剰な無意識

無精者の師匠、不肖の弟子を、不承不承語る

誰も知らないIOC

日本のスポーツ・メディア

Copyright (C) 2003-2008 tamakimasayuki.com. All Rights Reserved. Produced by 玉木正之HP制作委員会. ホームページ作成 bit.
『カメラータ・ディ・タマキ』HOMEへ戻る