コラム「スポーツ編」
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掲載日2006-08-07

この原稿は、今春発売された『STILE』(別冊CGスティレ)vol.3 (二玄社)に書いた文章に、少々手を入れたものです。「亀田の疑惑の判定」が問題にされているのを機会に“蔵出し”します。

政治と格闘した宿命のチャンピオン〜モハメド・アリ

 ボクシングの歴史は政治の歴史といえる。
 18世紀にイギリスで生まれたナックルパート(拳の正面)のみを打撃に用いる競技は、イギリス人世界王者を頂点に、七つの海を支配する大英帝国の象徴として発展した。

 それだけに、かつての植民地であるアメリカに王座が渡るときには大騒ぎとなり、かつて奴隷だった黒人(ジャック・ジョンソン)にチャンピオンベルトが移ったときは、さらに大騒ぎとなった。

 そして白人に愛される黒人チャンプ(ジョー・ルイス)と、ドイツの王者(マックス・シュメリング)との闘いは、民主主義対ナチズムの闘いとされ、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領とドイツ第三帝国総統のヒットラーが、それぞれ支援を表明した(結果はルイスの勝利)。

 第二次世界大戦後も、ソ連と世界を二分するアメリカにふさわしい王者が求められ続けるなかで、刑務所から出たばかりの殺人囚の王者(ソニー・リストン)を打ちのめし、1964年に世界王者となったのがカシアス・クレイだった。

 クレイは誰の目にもアメリカにふさわしいチャンピオンに映った。ローマ・オリンピックのライトヘビー級金メダリストの彼は、端整な顔立ちでヘビー級にしてはスリムな体。軽やかなフットワークから長い腕を伸ばし、相手の急所をピンポイントで打つその技は、「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と称された。

 しかもその見事な表現はクレイ自身の創作で、試合前に「四行詩(ソネット)」を即興で詠んでみせるロマンチックで明晰な彼の頭脳もふくめ、アメリカ人の誰もが「世界一豊かな国アメリカ」に最もふさわしい王者の出現に大きな拍手を送った。

 ところが、アメリカ社会に激震が走る。
 チャンピオンになった直後、クレイは名前をモハメド・アリと改名し、当時過激派集団とされたブラック・モスレムに入信したのだ。
 さらに、その信仰から徴兵を拒否してヴェトナム戦争に反対する意思を表明。折しもアメリカ国内にもヴェトナム反戦の声が高まり、彼の態度を支持する知識人も数多く現れた。が、アリはチャンピオン・ベルトを剥奪され、リングからも追放。裁判にも敗れて収監された。

 そして5年を経た1974年、当時の世界王者ジョージ・フォアマンをアフリカのキンシャサで8Rノックアウトに破り、再び世界王座に返り咲くのだが、それは、かつて奴隷船に乗せられてアメリカへ連れて来られた黒人たちの故郷での出来事であると同時に、相手のフォアマンは、星条旗に向かって表彰台の上から拳を振りあげるアスリートが出現したメキシコ五輪で、金メダルを獲得したときにリング上で星条旗の小旗を振った男だった。

 その後2度の引退と2度の王座返り咲きを経て闘いの場から退いたアリは、1996年アトランタ五輪で、聖火の最終点火者に指名された。そのときパーキンソン病に冒された震える手でトーチを握り、聖火を灯した彼の脳裏に過ぎったものは何だっただろう?

 南部の中心地アトランタは、かつて黒人ボクサーという理由だけで銃口を向けられた場所であり、ヴェトナム戦争に反対したアリに最も非難を浴びせた場所でもあったのだ。

 生涯を「政治」と格闘し続けたボクサー、モハメド・アリ。その光と影の交錯する一生は、60〜70年代に世界最強の王者となったボクサーの宿命だったのかもしれない。そしてアリの引退後、ボクシングの世界を支配するものは政治から経済へと移ったのだった。

*****

追記
日本のボクシングも、初の世界チャンピオン白井義男が、戦後独立した日本の国際社会への復帰の象徴だったこと以来、「政治的」なスポーツ競技として人気を集め、「政治的怒り」が最も渦巻いている沖縄から多くの世界王者が誕生した。
 が、かくも「政治的」だったボクシングも、「経済」に動かされるようになる。その契機となったのは、ベルリンの壁崩壊直後、バブル経済絶頂期の日本で、史上最強のチャンピオンといわれたマイク・タイソンが、無名だったボクサー、バスター・ダグラスにKO負けを喫したことだった、といえるかもしれない。

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