コラム「スポーツ編」
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掲載日2003-12-29 
この原稿は、かつて(いつだったかなあ)二見書房から発売された単行本『新庄剛志』に寄稿したエッセイに手を加えたものです。
新庄剛志讃江――過剰な無意識 
 「無意識過剰」という言葉を初めて知ったのは、ある雑誌での連載対談で、作家の島田雅彦氏の口から発せられたときのことだった。
 わたしは、その言葉を聞いた瞬間、「えっ、『自意識過剰』ではないの?」と思ったが、すぐにその言葉をもじったパロディックな造語であるとわかり、思わず吹き出した。そして、なんと見事な言葉だろうと感心した。
 島田雅彦氏は、沖縄の文化を説明するときに「無意識過剰」という言葉を用いたのだった。沖縄は、何でもかんでも受け入れる。台湾文化も、日本文化も、大陸文化も、ポリネシアやメラネシアの文化も、そしてアメリカ文化も、まるで沖縄料理のチャンプルーのように、すべてを取り込んで、ごった煮にしてしまう。しかし、そこには、沖縄文化と呼べるものが確固として存在している。それは、「過剰」なまでの「無意識」の成せる業としかいいようがない・・・。
 たしか、そんな説明だったと思う。

 何年か前、阪神タイガースの新庄剛志選手が、アメリカ大リーグのニューヨーク・メッツへ入団すると聞いたとき、わたしの頭にまず浮かんだのが、この「無意識過剰」という言葉だった。その途端、彼のそれまでの言動が、すべて氷解したように思えた。マスコミから「宇宙人」とまで呼ばれ、何を考えているのかわからない野球選手と思われていた男の「考え」が――いや、「考えのなさ」が、わかったような気がした。
「考えない」というのは、けっして悪いことではない。
 人間は、誰でも、どんなときでも、すぐに考えてしまう。考え込み、悩んでしまう。そこから考えに考えて、解決法を見出し、その解決法によって成功すれば、イチローのような「自意識過剰」な人間になるのだろう。が、新庄は、考えない。悩まない。考える前に、手が動き、身体が動き、口が動く。そして、ホームランを打ったり、敬遠の投球に飛びついてヒットにしたり、とつぜん野球をやめるといいだしたり、アメリカに行くと言ったり、フェラーリを買ったり、売り飛ばしたりする。

 いや、彼は、隠れて猛練習をしているんだ――といいたがる野球評論家もいる(とくに彼が好成績を残すと、そういう声が年寄りの評論家から出てくる)が、練習や訓練で「新庄的行為」を達成しようとすれば、それは隠すことなどできない途轍もない特訓を施さねばならないはずだ。
 かつて、川上哲治氏に「どうして千本ノックのような練習をするのか?」と訊いたことがある。すると、この「求道者」は、こう答えた。「身体がふらふらになるほど疲れ、頭のなかが真っ白になり、何も考えなくなった瞬間、身体は無意識のうちに最も自然で素直な動きができる。そういう無の境地を実現するために、猛特訓は必要なのです」
 これは、猛特訓をしなければ「無の境地」に至ることのできない凡人の言である。

 同じ質問を長嶋茂雄氏にもしたことがある。すると長嶋氏は、「楽しいからですよ」といった。「千本ノックは守備の練習じゃないんです。何本ノックを受けても、エラーをするときはしてしまいます。ノックはバッティングにいいんです。ノックを何本も受けると膝が柔らかくなる。それがバッティングにも、もちろん守備にも不可欠なんですが、ランニングや筋力トレーニングでそんなことをやっても面白くないでしょう。我々野球人は、野球が好きですからね。野球を楽しみながら鍛えるんです」
 この言葉は、やはり天才の言というに近いものがある。が、新庄を前にすれば、この素晴らしい言葉も色褪せる。といっても、新庄に同じ質問をしたわけではない(する気も起こらない)。が、おそらく彼は、「千本ノック? やったことないからわからないよ」とでもいうのだろう。あるいは、「千本ノックて、何ですか?」と訊き返すかもしれない。そこで説明をしても、「ふ〜ん。昔の人はそんなことをしたんだ」とでもいったきり、オシマイだろう――。

 生まれながらに、常日頃から「無の境地」に立つことのできる人間は強い。
 たしか柳田国男が収集した日本(東北地方)の昔話に、次のような物語があった。
 人の心を読み取ることのできる山姥がいた。山姥から逃げようと思っても、反撃しようと思っても、その心が読み取られてしまうから、やろうとする前にやられて、食われてしまう。その山姥が、桶職人の村人の前に現れた。桶職人は、足がすくみ、殺されると思った。そのとき、あまりの恐怖で手がふるえ、桶を締め付けていた竹のタガが、バネのように弾けた。そして山姥の目を直撃した。山姥は、まったく予期できなかった出来事に動転し、山へ逃げ帰った。

 新庄がニューヨーク・メッツの一員として大リーグ初打席で初ヒットを放った、というニュースに接したとき、わたしは、そんな日本昔話を思い出した。無心とは、これほど強いものなのだ。
 はてさて、過剰な無意識は、いつまで持続できるものなのか。
 メッツ、ジャイアンツ、メッツとアメリカを渡り歩き、マイナーリーグのAAAも経験し、次は札幌。どこへ行こうと、どんなユニフォームを着ようと、新庄剛志は新庄剛志のままでいてほしいものである。そして、世の中の多くの人々に――わたしたち凡人に――、人生の選択肢がたった一つや二つではない、ということを知らしめてほしいと思う。
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