コラム「スポーツ編」
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掲載日2005-01-10

この原稿は、大同生命保険株式会社のPR誌『One hour』(2004年7月号)で連載していたコラム「玉木正之のスポーツの時間」に寄稿したものです。この欄の“蔵出し原稿”としては、おとなしい内容ですが、まぁ、めでたい正月ですから(笑)

野球は「学ぶもの」でなく、「慣れ親しむもの」

 日本人は野球が大好きで、野球をよく知っている、と思われている。が、本当にそうだろうか?
 たとえば、ある野球好きの作家が書いた文章のなかに、次のような「誤り」を発見した。
 「内野ゴロを捕った三塁手が、一塁へ大暴投・・・」

 この文章の「誤り」に気づかない人は、意外と多いのではないだろうか?
 じつは「暴投」という言葉は「ワイルドピッチ」の訳語で、ピッチャーだけに使われるもの。内野手や外野手がボールを投げても「投球」とはいわず、「送球」という。だから、先の文章で「三塁手」が「暴投」と書かれているのは誤りで、「悪送球」と書かれなければならない。

 もっとも、英語に少々自信のある方なら、ここで「あれ?」と首を傾げるかもしれない。
 投手だってボールを「スロー」しているのに、どうして投手の投げるボールを「ピッチ」、投手のことを「ピッチャー」というのだろう? と。

 「ピッチ」とは、手にした物を下手から軽くポイと抛る(たとえば小さな紙くずをゴミ箱に抛る)ようなときに使われる言葉で、野球の投手は、断じて「ピッチ」などしていない。
 なのに、「ピッチ」をする「ピッチャー」と呼ばれているのには、もちろん理由がある。

 野球のルールが整えられた当初(19世紀中頃)野球の投手は実際に「ピッチ」をしていたのだ。
 つまり、かつてピッチャーとは、バッターが打ちやすいボールを下手からポイと抛っていたのである。だから「ピッチャー」と呼ばれたのだ。

 最初のうちは、それでもなかなか巧く打てなかったバッターも、そのうち簡単に打ち返すようになり、やがて得点が入りすぎてゲームが面白くなくなった。そこで、ルールが改正され、投手の横手投げが認められ(1883年)、上手投げも認められるようになった(1884年)のだ。

 それに伴い最初はバッターがきちんと打てるまでピッチャーが繰り返しピッチしていたルールにも、ストライクとボールの判定が加わり(1863年)、3ストライクでアウト、9ボールで出塁(1879年)が現在の4ボールで出塁にまで変化した(1889年)。

 もちろん「暴投」と「悪送球」の区別と同様、そんな歴史を知らなくても野球は楽しめる。が、それは、わたしたち日本人が、野球ときわめて親密に慣れ親しんでいるから、といえる。
 この複雑で面白い球技を、まったく無知の状態から覚えようとすると、疑問だらけでなかなか理解できない。

 いま日本のプロ野球界は、さまざまな問題で大きく揺れている。が、「野球の人気」だけは縮小してほしくないものである。野球と慣れ親しんでない人々が増えてしまったあと、再び多くの人々が野球と親しみ、野球を楽しむ状態に戻るのは、並大抵のことではないのだから。

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