コラム「スポーツ編」
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掲載日2008-05-28

この原稿は、講談社のネットマガジン『MouRa(モウラ)』のなかの今はなくなってしまったコーナー『直言』(宮崎学氏主宰)に連載した『玉木正之のどないな話やねん』最終回(2006年12月1日アップ)に寄稿したものです。どうやらMLB極東リーグ(日本リーグ)の設立へ向かっての動きが、本格的に始動し始めた昨今、ここに“蔵出し”します。

セールスマンの死

「部長、今日はいつもと違って静かに酒ばっかり進んで、どうかされたんですか?」
「いや、べつに……どうってこない……ウイッ」
「東京での1週間の出張で、何かあったんですか? 銀座の満里奈ちゃんにふられたとか……」
「阿呆言え。もう、そういう時代やないで」
「…………」

「おまえ……ウイッ」
「はい」
「シーエスって、なんちゅう意味か知っとるか?」
「シーエス? CとS……だったら、顧客満足のことですよね。Customer Satisfaction……」
「そうや。おまえ、やっぱり、よう知っとるな」

「最近、メディアなんかにも、よく出てますから。この前乗ったタクシーの運転手のシートの後ろにも書いてありましたよ。CSをモットーとするタクシー会社って。もう流行語になってますよね」
「その流行語を、ワシは……知らなんだ……ウイッ」
「…………」

「ほな、おまえ、ステークホルダーっちゅうのんは、なんか知っとるか?」
「知って……ますけど……」
「言うてみぃ……ウイッ」
「一つの企業の取引先のすべて……というか、株主から従業員や顧客まで、それに官庁とかメディアも含めたすべての利害関係者のこと……ですよね。昔はギャンブルの賭け金を預かる人のことを言ってたのが、今ではマーケティングの基本用語になって……」
「……正解や……」

「…………」
「ほな、CRM……は? ……ウイッ」
「どうかしてますよ、部長。そんな、マーケティングの試験みたいな……」
「CRMは、知らんか……」
「Customer Relationship Management。個々の顧客との長期的な関係を築くマネジメント。顧客個別対応……のこと、ですよね?」

「そうや。エライ。おまえは、エ・ラ・イ。合格や。けど、おまえみたいな男が、ワシらの野球チームに、なんでわざわざ就職してきたんや?」
「部長。やっぱり、今日はおかしいですよ。東京出張で何かあったんですか?」
「講習受けてきた。スポーツ・ビジネス・マネジメントの講習。いや、受けに行かされたんや。ほんで、ステークホルダーがどうの、CSがどうの、CRMがどうのっちゅう話を聞かされて、耳に横文字のタコができた。ほれ、普通のタコとちゃうで。横文字のタコや……ウイッ」

「それは、良かったじゃないですか。スポーツビジネスのマネジメントも、これからは大きく変化して、マーケットも拡大する時代ですから……」
「…………」
「…………」
「……ま、そうかもしれん……ウイッ……。けど、な。ワシは親会社で、ばりばりの営業マンやった。新入社員のときから、セールスやらしたら、いつもワシだけ、ダントツの棒グラフや。テニスのシュテフィ・グラフとちゃうで……ウイッ。棒グラフや。グイイインと高い。ワシだけが……」

「その話、何度も聞きましたよ。セールスの鬼、伝説の男だったとか」
「おまえ……おれのこと、心の底ではバカにしとるんとちゃうか」
「いえいえ、とんでもない」
「ま、伝説の男ちゅうのんは、自分で言うたことやない……ウイッ。周りのみんなが言いだしよったこっちゃ。けど、あるとき、ちょっと、つまずいた。ま、やりすぎたわけや。ほんで、5年前に上司から球団へでも行って、ちょっと頭冷やしてこいって言われて、こっちゃに来たわけや。4番バッターのPとエースのQから色紙にサインもろて、ミナミで配ったらモテモテやぞ〜、な〜んて言われてちゃってネ……ウイッ。ちょっと休養のつもりやった」

「…………」
「ところが、チームはめっちゃ弱あて勝てんワ、球団は赤字つづきやワ、ストライキはあるワ、4番もエースもアメリカのメジャーに行きよるワで、挙げ句の果ては、講習や。ほんで、ステークホルダーがどないしたこないしたっちゅう話や……ウイッ。ステークホルダーが、いったい、どないしたっちゅうねん!」
「部長、声、ちょっと、大きいですよ」

「何がカスタマー・サティスファクションや! ローリング・ストーンズなら、若いコンサルタントなんかより、ワシらのほうがよう知っとるっちゅうねん。I can't get no satisfaction……ウイッ。何が、CSや! そんなもん、三波春夫の言うとったこっちゃないけぇ」
「ミナミハルオって、誰のことですか?」

「なんや、おまえ、『お客様は神様です』言うとった歌手のこと、知らんのんか」
「知りません」
「もう……若い奴は、な〜んも知らんと、しゃあないなぁ……ウイッ。何がCRMや! 何がSTPや! 何が4P4Cや! セグメンテーション……ターゲッティング……ポジショニング……ええっと……プロダクト、プライス、プレイス……ウイッ。ええっと……ええっと……ウイッ」

「Promotion」
「そや。そいつや。けっ。何が、RFM分析やっちゅうねん! リーセンシー……リーセンシー……ええと……ウイッ」
「Frequency、 Monetary」

「そや、それやっ。そいつらや。お見事お見事。けど、まぁ、横文字ばっかり使うたらエエちゅうもんやないでぇ。けっ……ウイッ。プロ野球なんて、選手ががんばって、ええプレイしたら勝つんやないけえ。勝ったら人気も出るんやないけえ。客もぎょうさん入るんやないけえ。そうと、ちゃうか?そうでっしゃろ? それだけの話や。それを、なんやと? 個別に観客の情報をとれやと? CRMをITで管理せいやと? カスタマー・ぶありゆうーを考えろやと! ライフ・タイム・ぶありゆうーを考えろやと? ファンクラブにクレジットカードを導入して、マイレージやらポイント制やらを始めろやと! そんなもん、甲子園からハンカチ王子とってきたら、ぜ〜んぶ解決するこっちゃないけえ!」

「ハンカチ王子、神宮に行っちゃいましたねえ」
「そや。神宮や。六大学や。来シーズンは、ワシんとこの球団、ワセダより観客少のうなるのんとちゃうやろか……」
「そんなことはないでしょうけど、日本のプロ野球も、球団単位じゃなくて、もう少しリーグ単位でのヴィジョンとビジネス戦略がほしいですよね」
「ヴィジョンか……それがないとアカンって、言われたなぁ、講習で……。けど、そんなん、ワシの考えることやないしなぁ……もっと上のモンが……。ま、どうでもええワ……どうでもええで……どうでもえええええー!」

「部長、そんな投げやりにならないでくださいよ」
「投げやりになんか、なってへんでぇ。おまえ……ダイヤモンド・ヘッド、知ってるか?」
「知ってますよ。ハワイのオアフ島の……」
「ちゃう、ちゃう。ち・が・う・ねん……ウイッ。ベンチャーズや。デケデケデケデケ……。ワシ、高校と大学ンときに、エレキやっててん。GS。わかるか?」
「GS? さぁ……?」

「わからんかぁ。そうかぁ。CRMもRFMもわかっても、GSはわからんか……。グループ・サウンズや。オッマッエッノ〜スッベッテエエエエ〜……ちゅうやつや」
「…………」
「ほんで、今、オヤジ・バンド、流行ってるのん、これは、知ってるやろ?」
「ええ。テレビでやってましたね」

「そうや。ようやってる。あっ。おまえでも、テレビ見るのんや。ネットだけやのうて」
「ええ。少しは」
「そうか、少しか。やっぱりなぁ。まぁ、ええ。ほんで、ワシ、エレキ買い直したんやねん。フェンダー。ちょい上等。デケデケデケデケ。オヤジ・バンド。今度、息子の高校の文化祭に出るねん。ダイヤモンド・ヘッド。ベンチャーズ。デケデケデケデケ……。おまえも、やるんなら、指のポジション、教えたるで。デケデケデケデケ……デケデケデケデケ……」

「部長、部長……」
「おう、失敬シッケイ。デケデケのことになったら、いつも、ついつい……ウイッ。悪いワルイ。ほんで、おまえ、今日は、なんか、話があるって言うてたんは、いったい、なんやったんやねん?」
「たった1年間の短いあいだでしたけど、ほんとうにいろいろお世話になりました」
「???????」

「今年で、辞めさせてもらうことにしました」
「辞めて、どないするねん?」
「MLBの日本人スタッフ募集に応募したら、採用通知が来ましたので……」
「MLBって、おまえ……」
「はい、アメリカのメジャーリーグ。ですから、また、お目にかかるときもあるかとも思いますので、どうか、今後ともよろしく……」
「デンデケデケデケデケデケデケデケデケ…………」
(このコラムは創作であり、実在の球団・球団関係者とは、ちょっと似ているところがあるなぁと思われても、一切関係ありません)

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