コラム「スポーツ編」
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掲載日2006-06-10

このジーコに対するインタヴューは、3年前の2003年6月18〜22日に行われたコンフェデレーション・カップ(日本はニュージーランドに3−0で勝利したもののフランスに1−2、コロンビアに0−1で敗れ、決勝トーナメントに進めなかった)と、国内(国立競技場)でのナイジェリア戦(3−0で勝利)のあとに行ったもので、同年9月に発売された『スポーツ・ヤァ!』(角川書店)に掲載したものです。ワールドカップ・ドイツ大会でのジーコ・ジャパンの大活躍を祈念して“蔵出し”します。

「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?

 ジーコジャパン国内初勝利! スポーツ新聞各紙に、大きな見出しが踊った(2003年8月20日の対ナイジェリア3−0の試合を指す)。しかし、それは文字で表された事実以上の何物でもなかった。そのことを、すべてのサッカーファンがわかっていた。
 主力を欠き、コンディションも不十分だったナイジェリア。親善試合というにもお粗末な「代表」を相手に「完勝」はしたもののジーコ監督の指導力に首を傾げるファンは少なくない。

 5月31日の韓国戦では、まるで内容の伴わない凡戦で敗退(0対1)。6月のコンフェデレーションズ・カップでも決勝トーナメント進出という「ノルマ」を果たせず、ジーコ監督の唱える「クリエイティヴで自由なサッカー」に対する不安と疑問の声は消えない。いや、高まるばかり、ともいえる。

 あんなナイジェリアに勝っただけで子供のように喜んでいていいのか?
 「自由なサッカー」とは、指導者が何もしていないことではないか?
 これで、ワールドカップ・アジア予選は大丈夫なのか? ・・・等々。
 そんな「声」をジーコ監督に、真っ正面からぶつけてみた。

*****

ジーコ 批判の声があるのは、もちろんわかっています。でも、そういうことをいう批評家の方々が、どういう経歴の持ち主なのか、ということを問いたいですね。サッカーの経験がどれほどあるのか。評論家やコメンテイター、アーティストやミュージシャン。私は彼らの仕事を批判しません。それは彼らの仕事を尊重しているからです。逆に彼らが私の仕事をどれほど知っているというのでしょう? 内部にいる人間以外は本当のことはわからないはずです。だから、互いの仕事を尊重してほしいですね。まあ、監督批判はブラジルでもどこでもあることですから、批判は覚悟のうえですが(苦笑)。

――ジーコさん自身の「経験」を疑問視する声があるのは御存知ですよね。監督経験がないのではないか・・・と。

ジーコ 私には監督経験がありますよ。

――アントラーズで?

ジーコ ええ。鹿島でもそうですし、住友金属時代も、リオデジャネイロでも、監督の仕事をしました。鹿島での11年間でゼロからチームをつくりあげたことが評価され、現在の大任を与えられたのに、たまたま選手と同じユニフォームを着てピッチのうえで動いていたというだけで、選手と違う服を着てベンチにいなければ監督として認められない、というのですか?

――おっしゃる意味はわかりますが、たとえばコンフェデ杯で背広を着てベンチにいたとき、自分がピッチで動けないもどかしさというか、ベンチでイライラするようなことはなかったですか?

ジーコ そういうことはないですよ。真剣勝負の本番の試合のなかで、選手と一緒にひとつのものをつくりあげる。そういう作業が私は大好きですし、自分でプレイできなくても、そういう作業に生き甲斐を感じています。とりわけコンフェデ杯では、コンペティティヴなサッカーをすることができました。これまでの日本代表は、いいサッカーをするのですが、相手にとっては怖くなかった。少々荒削りでもいいから相手ゴールに向かってどんどん出て行く、積極的な攻撃を仕掛ける、という場面が少なかった。コンフェデ杯の3試合では、レフェリーの面でデメリットを負ったりもしましたが、そんななかでも、積極的な動きがありましたから、内容的には非常に満足しています。

――ベンチで胃が痛むようなことは?

ジーコ ないですよ。1〜2年しかサッカーの経験がない人ならそういうこともあるでしょうが、私は30年以上サッカーに関わって、いろんな選手のいろんな場面を見てきましたから、いつも冷静でいられます。まあ、不当なオフサイドや稲本がPKをとられたジャッジなどには憤りを覚えて興奮もしました。他の国では起こりえないジャッジが、日本の試合では起こるんですからね。最後のコロンビア戦でも、ウルグアイの審判が笛を吹いた。彼のジャッジは悪くなかったかもしれないけど、同じ大陸の審判がジャッジするような公正さを欠く人選には疑問を持ちましたし、憤りを感じましたね。

――決勝トーナメントに進出できなかったという結果については・・・?

ジーコ もちろん、いい結果が出るに超したことはありませんが、現時点では、成績とか勝敗というものを、私はさほど気にしていません。評論家の方々がなんといおうと、最終目標はW杯の本大会に進むことであって、さらにその本大会でいい結果を出せるよう、いまは準備をしている状態なわけです。

――ジーコ監督はすでに日本人の特徴をきちんと把握されていると思いますが、「自分で判断して」「自由に」「クリエイティヴに」とはいっても、日本人には、ある程度の「型」(システム)を決めたほうがいいとは思われませんか?

ジーコ 監督によっていろんなやり方があるでしょうが、「型」を強いるというやり方で日本が過去にいい成績を収めたことがありましたか? そのあたりを考えて、私を見込んで、私に代表監督をやらせてるわけでしょう。私は、何をしてもいいというような変な意味での自由ではなく、選手のクリエイティヴな部分を引き出す自由さがいちばん大切だと思っています。ヒデ(中田)や俊輔(中村)を「型」にはめて、どんないい結果が生まれるというのですか?

――たしかにそうでしょうが、結局いまの代表チームは中田と中村のチームでしかないという声もあります。彼らが欠けると、どうにもならないチームだと・・・。

ジーコ それは、どんな強い国にもいえることではないですか。ロナウドのいないブラジル、ベロンのいないアルゼンチン、ジダンとアンリのいないフランス、ベッカムとオーウェンのいないイングランド、バラックのいないドイツ・・・。理想をいえばヒデと俊輔の座を揺るがす選手が出てくれば最高ですが、現時点では中田と中村が日本の二大選手であり、大きな戦力であり、彼らがいるだけで相手チームの意識も変わる。そんななかで、彼らがいないとどうするかということもふくめてW杯予選を闘っていくわけです。

――中田英寿選手は、ジーコ監督のいうクリエイティヴなサッカーが日本人には最も苦手だけど、それをできないと上のレベルには進めない、といってますね・・・。

ジーコ そのとおりです。歴代のW杯優勝国を思い出してください。ブラジル、フランス、アルゼンチン・・・。そこには、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、ジダン、ピレス、アンリ、マラドーナ・・・。世界を制する国には必ずクリエイティヴな選手がいます。「システム」だけで大きな大会に優勝することなどありえません。大切なのは個人の創造性です。

――どうして日本人は創造性に欠けているんでしょう?

ジーコ 根本的な理由を語るのは難しいですが、まだプロのサッカーが生まれて10年ですからね。いますぐクリエイティヴなハイクオリティの選手を何人も求めるのは無理でしょうね。時間はかかると思います。でも、徐々に出てくると思いますよ。かつてはジャパンマネーがほしいという理由でヨーロッパから求められていた日本人選手が、最近では実力と技術を求められるようになっていますからね。ヒデも俊輔も、それに小野もそうですね。稲本、鈴木、高原なんかもそうなんですが、コンスタントに試合に出ていないと、代表チームにとっては非常に困る。試合勘が失われて戻らないんです。能活(川口)も非常にいいキーパーなんですが、その点がマイナスですね。

――選手を育てるうえで、住金や鹿島時代のジーコさんは、サッカーシューズを汚れたまま放置していた選手を怒鳴りつけたり、プロ意識のなさを強い口調で叱ったりされましたが、日本代表ではそういう「教育」はされてないのですか?

ジーコ いまでもやってますよ(苦笑)。けど、あのころはアマチュアからプロに移る分岐点で、細かいことを一つ一つ教えなければならなかった時期で、それから10年以上経ってプロの自覚も生まれてますし、代表選手は飲み込みも早いですから、私が声を荒げることもないでしょう。基本的には彼らをプロとして尊重しています。必要とあらば、いつでも声を荒げる用意はできてますけどね(笑)。

――これからW杯予選までのあいだに出てきてほしい選手のポジションは?

ジーコ 守備的な部分。最終ラインの選手ですね。とくに左のサイドバック。最近のJリーグは3バックのチームが多いので、攻撃的なウイングバックが求められる。でも、サイドバックは非常にディフェンシヴな要素が強く求められるんです。まあ、感覚の違いでしょうが、そのあたりが難しいんですよ。

――三都主ががんばっていますが・・・。

ジーコ 彼は予想以上によくやってくれてます。彼は代表で初めてサイドバックをやったのでなく、過去にもやった経験もあって、前線に飛び出す姿勢は素晴らしい。ただ、サイドバックはまずディフェンスが重要で、そのあと飛び出す。そのあたりをもう少しじっくり話し合う必要がありますが、体力的なことも問題ないし、あとは感覚だけですね。

――日本代表はつねに得点能力のなさが問題にされてますが・・・。

ジーコ フォワードのゴール不足は否めません。(コンフェデ杯までで)本当の意味で素晴らしいフォワードのゴールは、韓国戦での大久保の一本だけでした。それをオフサイドと判定されてしまったのですが、日本のメディアはもっと審判のミスを批判すべきです。審判の教育のためにもそれが必要です。サッカー先進国のように、テレビで何度もオフサイドか否かというシーンを放送し、審判がミスしたならそれを指摘し、審判に一つ一つのジャッジの責任の重さを理解させてほしいですね。マラドーナの「神の手」によるゴールが美化されて語られてますが、あの反則が見落とされたことでイングランドの4年間の苦労は報われなくなった。大久保のゴールも、ジャッジミスがなければ、日本のフォワードに対する評価まで変わったはずですから。

――たしかにそうでしょうが、コンフェデ杯では、あと一歩でゴールが奪えないという展開が何度もありました。

ジーコ そうですね。フランス戦では、大きな決定的なチャンスが8度ありました。それを決められなかった。それでは試合に勝てません。そこをどうするかが課題ですが、決定的なチャンスをつくるまでの力がついたのは事実なんです。そこからほんの少しの部分、たとえば技術が足りなかったのかもしれないし、ボール半個分の正確性が足りなかったのかもしれない。ディフェンス面でも、絶対にミスを犯しては行けないところでミスを犯してしまい、相手に得点をされ、負けてしまったわけです。
 その結果、フランス戦は引き分けられたのではないか、コロンビア戦は勝てたのではないか、もっとうまくやれば決勝トーナメントに進出できたのではないか、といった批判も出てくるのでしょう。けど、そういった批判は選手もわかっているわけで、頭でわかっていることがプレイとしてまだできないから、ああいう結果になったわけで、その結果こそがいまの日本代表の状態だと思っています。
 でも、これから、それらの問題点に対処していけばいいわけです。国立競技場での韓国戦のときのように、スリッピーなピッチ状態とはいえシュートが1本しかなく、それもまともなシュートではなく、シュートに至る状態も作り出せなかった。そんな試合では、私自身も不安になりました。けど、コンフェデ杯では決定的な場面を創り出すことができたわけですからね。あとはフィニッシュをするときの落ち着きとか、修正する課題は見つかったわけです。

――韓国戦とコンフェデ杯、どっちが日本代表の現状だと思われますか?

ジーコ どっちが本当、とはいえないでしょうね。どっちも日本代表として闘ったわけですから。ただ、コンフェデ杯では本当に強い相手と闘ったわけです。弱い相手と闘っても強化にはなりません。その意味では、コンフェデ杯は内容的にも満足していて、評論家の方がどういう批評をしようと、自分が監督を務めている期間のなかで、日本代表チームは、いい進化をしていると思います。

――韓国戦のあと、メンバーががらりと入れ替わりましたが、W杯予選までに、さらに入れ替えることは?

ジーコ それは状況によりますね。いまの時点で、いつ、どんな、とはいえませんが、それが必要だと自分が感じたとき、そうすることがベストだと思ったときは、迷わずそうします。自分も完璧な人間ではないですから判断ミスもするでしょうが、でも、必要だと思えば大胆な選手の入れ替えも実行しますよ。

――ジーコ監督はアントラーズの選手を優先的に選び、ジュビロの選手を選びたがらない、という声もありますが・・・。

ジーコ そんなことはない。それこそ偏見ですよ。最初にベースにしたのは鹿島と磐田で、それは両者が常勝チームで、決勝戦の雰囲気を身体で知っている選手を選びたかったからです。あとは選手のケガや調子で取捨選択しただけで、選手を選ぶ公平さについては、自分はきちんと兼ね備えていると思っていますよ。

――決定的チャンスをゴールにつなげ、さらにチームが進化するために、今後どのような作業を行われるんですか?

ジーコ いちばん大切なのは、なぜここでゴールを決められなかったのか、なぜここでミスをしてしまったのか、ということを具体的に説明してあげることです。そしてそれをチーム全体の共通理解として持たせる。ミスをしたから選手を変える、というのでは、その選手は死んでしまいますし、ミスを納得させ、周囲の選手も同じ意識を持つことでチームがはじめて進歩できるのです。それと、とにかく私自身の経験をもとにして、こういうふうにすればゴールが決まるんだということをいいつづけ、それを繰り返し練習に生かすことでしょう。こういうシチュエーションなら、こういう形でフィニッシュすればもっと精度が上がるとか、細かくそういうことを強調していきたいと思っています。

――その結果、コンフェデ杯では決められなかったゴールが、W杯予選は決められるようになりますか?

ジーコ サッカーというのは難しいゲームで、なかなか思い通りになるものではありませんが、そうなるように最大限の努力はします。

――W杯アジア予選のスケジュールが変更され、来年2月には日本の試合が始まることになりましたが・・・。

ジーコ そのスケジュールに従って調整するつもりですが、やはり欧州組の選手をふくめて、どれくらいの期間、ベストメンバーで闘えるかがいちばんのポイントになるでしょうね。

――どのような予選の形態になるかわかりませんが、最初の段階では欧州組は必要ないのでは、という声もありますが。

ジーコ それについては、まだ何も言えません。でも、一昔前のサッカーと違って、現在のサッカーは確実に勝てる相手なんて存在しません。去年のW杯に優勝したブラジルでも、予選で最後のベネズエラ戦に勝って、やっと本大会に進出したのですよ。所詮はアジアの国が相手じゃないかというのでなく、予選となると一戦一戦が本当に重要な試合ばかりで、親善試合とはまったく違う状況が生まれます。だから私が強く心に決めているのは、どんな状況でもベストメンバーを組みたい、ということです。いままでは状況を考えて、ある選手が来れなくても仕方ないと思うこともありましたが、これからの公式戦は、ケガやコンディションの悪い選手を除き、つねにベストメンバー全員を招集したいと思っています。

――コンフェデ杯の3試合が終わったあと、「このままで日本代表は大丈夫か?」と落胆する声と、「まだまだW杯予選までには時間があるから大丈夫だ」と楽観視する声が錯綜したように思いますが、どっちの感想が正しいと思われますか?

ジーコ 両方とも正しいですね(笑)。なぜかというと、落胆したというのは本当に期待して強い関心を持ってくれた結果ですから、監督としてはそれだけ期待してくれたことをありがたく思います。また、冷静に考えて、あれだけハイレベルの8か国のなかで闘ったことをこれからの糧にするという考えも間違っていません。最近相当に力をつけてきたアメリカも負けた、ブラジルも実力を出し切れずに負けた。サッカーではそういう事態は起こりうるわけです。そういう闘いのなかでの敗戦で、ニュージーランドやフィリピンといったチームに敗れたわけではないんですから。

――いまのふたつの意見のほかに、「あのジーコが監督をやってるのだから大丈夫」という声もあると思いますが・・・。

ジーコ その意見が正しいことを、私も祈りたいですね(笑)。でも、サッカーというスポーツは、勝ったり負けたりの繰り返しで、そういう厳しい闘いを私自身30年以上つづけてきて、そんな勝ったり負けたりが未来もつづくこともわかっています。その意味で、私が日本代表の監督を引き受けることで、私がこれまでに築いてきたものがすべて崩れ去るかもしれないわけです。そういうことを、周囲の人からもよくいわれました。それでもやるのか、と。でも、これこそ私が日本に対してできる最大限の仕事だと思って引き受けたわけです。それによって私の地位や名誉が地に落ちるかもしれない。けど、あえて日本のために、それをやろうと心に決めたわけです。
 私としては、自分のサッカーに対する知識をすべて出し、全身全霊で日本のためにいい仕事をしたいと思っています。その結果、川淵キャプテンが、もうジーコではダメだというのであれば、それは仕方ない。自分の哲学を変えてまで監督をやろうとは思いません。ディフェンスがしっかりして、積極的なサッカーで得点をとり、皆さんを感動させるようなサッカーをしたいし、そのなかで結果がついてくるというのが私の望んでいることです。これから先のW杯アジア予選や本大会で、川淵キャプテンや私のくだした判断が正しかったのかどうかが出るわけですが、その判断が正しかったと思われるように全力を尽くすだけです。

*****

 「私は何も心配してませんよ。コンフェデ杯も試合内容はよかったからね」
 と、川淵キャプテンはいった。
 「1年が過ぎて、代表監督とはどういうものか、ということがジーコにもわかったと思う。その経験がこれから発揮されるはずだから」

 ただ、「まったく心配がないというわけでもない」と、彼は言葉をつづけた。
 「マジメすぎるんだな。本当に一生懸命やってくれてるのはいいんだけど、もう少し肩の力を抜いて、といいたくなるくらいマジメなんだ。だから彼と次に話す機会を持ったら、『君子は豹変する』という言葉を教えようと思ってるんだよ」

 「自分のサッカー哲学は変えない」というジーコに、代表監督ならば「豹変」も可能なことを、どこまで納得させることが可能か・・・。とはいえ、ジーコの哲学である「クリエイティヴで自由なサッカー」を選手が実現させることができるなら、ジーコの「豹変」など無用の心配といえるのだろうが・・・。

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