コラム「スポーツ編」
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掲載日2005-04-05

作家の島田雅彦氏とおこなったこの対談は、『SPORTS Yeah!』(角川書店・刊No.111 2月4〜17日号)に掲載されたものです。W杯アジア最終予選を、日本がホームで北朝鮮と闘う前(2対1で勝つ前)におこなった対談ですが、平壌での北朝鮮対イランの試合で北朝鮮の群衆が「騒動」を起こす事件があったので、ここに抜粋して“蔵出し”します。興味のある方は是非ともバックナンバーをご購入のうえ、全文をお読みください。

島田雅彦vs玉木正之 対談
北朝鮮と闘い、何がどうなる?

玉木 今日は、サッカーのアジア最終予選で、日本が北朝鮮と同じ組に入って闘うことになったことから、政治とスポーツについて改めて考えてみたいと思います。

島田 サッカーというスポーツは、アフリカの小国でも、独裁者の国でも、原理主義の国でも・・・それはイスラム原理主義のイランも、アメリカ原理主義のアメリカも、という意味にとってもらっていいですが、要するに、どんな国、どんな地域でも参加できるし、なんとかなる、というところが面白いわけです。スマトラ沖地震で、国家的な寄付金が松井秀喜やペ・ヨンジュンよりも少ない金額しか出せないような独裁国家でも、W杯の出場権を賭けて、どんな国とも肩を並べて闘うことができるわけです。

玉木 日常的には裕福でカネのあるヨーロッパのリーグに入って高額の契約金を手にしながら活躍している南米やアフリカの選手も、W杯となるとその金持ちの国を打ち負かすことができる。これは世界資本主義に対する一種のテロリズムといえるでしょうが、非常に平等な闘いともいえますね。

島田 そう。サッカーは最もグローバルな位置にあるスポーツで、野球やアメリカンフットボールはもちろん、ラグビーでもそういう形になりえない。

<中略>

玉木 ただ、その一方で、金正日はスポーツの政治利用を画策しようとする。それは何も金正日という独裁者だけの行為ではなく、9・11同時多発テロで崩れたWTC(ワールド・トレード・センター)の瓦礫のなかから取り出された星条旗を、ソルトレイクシティでの冬季五輪の開閉会式で利用したり、去年のクリスマスにWWEのイラク興行を兵士へのプレゼントとして利用したように、アメリカも行っているわけです。

島田 そこで金正日がどのような態度に出るかは、やっぱり不安で、とりわけアウェーの試合がどうなるか。拉致問題に関して、北朝鮮は国内的には日本が約束を破ったといってるわけで、まさか日本代表チームの選手を報復として拉致することはないだろうけれど(苦笑)、逆に非常に平和裏に禍根を残さないような試合を平壌で北朝鮮が演出できたなら、日本人の北朝鮮に対する雰囲気も変わるかもしれません。

玉木 日韓W杯のときに、石原慎太郎都知事が、日本代表は絶対にロシアに勝ってほしい、と発言し、なぜならW杯での試合の帰趨は北方四島の交渉をするうえでも影響を及ぼす、と語った。結果的には日ロ交渉には何の影響も及ぼさず、それは北方四島返還に関する現在の国民の意識の薄さにも原因があったと思うけれど、多くの国民がW杯初勝利と悲願の決勝トーナメント進出を確定的にしたことに対して熱狂的に大喜びしたのは事実だった。それを対ロシア外交に政治利用しようとする政治家がいなかっただけで・・・(苦笑)。

島田 そう。政治というのは、その時点での雰囲気に大きく左右されますから。人間の運勢みたいなもので、運命の流れを読み違えると政治指導者は失脚します。だから、これはまったく極端な話だけれど、平壌におけるアウェーの日朝戦が、ひょっとしてルーマニアのチャウシェスク体制が崩壊したときのブカレストにおける集会のようなものになる可能性もあるわけです。

玉木 もしも日本が5対0とかの大差で勝てば・・・。

島田 そこに集まった北朝鮮の群衆が、マスゲームをやるような組織化された人々でも、日常的な不満とかが自国の敗北によって爆発し、金正日体制打倒という方向にフーリガン化し、暴徒化するという事態も考えられないことではない。

玉木 2月9日の日本のホームの試合で日本が大差で勝ったら、北朝鮮は平壌での試合を放棄するかもしれないな(苦笑)。

島田 想像力を逞しくすればの話ですけどね。

<中略>

島田 比較の対象としてアジアカップを考えてみなきゃいけないと思うけど、貧富の差が極端に拡大しつつある中国において、「反日」というものが、「負け組」の怨嗟を最も表現しやすい拠り所だったと思うんですよ。

玉木 資本主義化は進んでも、民主化運動は天安門事件以来途絶え、為政者もガス抜きに「反日」を利用してるわけですからね。

島田 拡大する一方の貧富の差に対する嫉妬や怨嗟。それは体制に対する不満でもあるけど、北京政府には表立ってはいえない。現実に百姓一揆の暴動のようなものはいろんな地方で起きていて、それは明らかに貧富の差の拡大が原因なんだけれど、それが「反日」という形に収斂され、アジアカップで爆発した。そうなると体制順応的なガス抜きとして機能するんだけれど、もはや抑えきれなくなっていると指摘する声もあって、北京政府も対応が難しくなるでしょう。

玉木 決勝の中国との試合が3対1でよかったかな(笑)。日本がもっと大差で勝っていたら「反日」で済まなかったかもしれない。結局、スポーツが政治的に利用されることはあっても、スポーツの結果までを政治的に支配することはできず、偶然のスポーツの結果が国家や社会の本質を浮き彫りにする場合がある、といえるんでしょうか・・・。

島田 そこがスポーツの面白いところだろうけど、日韓W杯のときは韓国の大統領にもなろうかという男が韓国サッカー界のトップとして、結果までも左右しようとしたわけでしょう。ベスト4まで進んだ韓国の試合でホイッスルを吹いた審判は、おそらくいまは悠々自適の引退生活を送っているのでしょうね(笑)。韓国の躍進を保証するため、スポーツの現場にまで政治的に介入したわけで、それは我々日本人には考えられないことでも、男子は徴兵制から逃れられず、青春時代の恋愛を中断してまでも、ある種国家への忠誠を真剣に考える機会を持つ国の行為としては理解できることです。

玉木 イギリスもアルゼンチンも、様々な国家事情から自国開催のW杯では同様のことをしましたね。

島田 ならばここで、ひとつの仮定ですが、日本にCIA的というか、あるいはKCIA的センスを持った人物がいたとして、今度のアジア最終予選での北朝鮮との試合を、どのように持って行きたいと考えるか、ということを考えてみたいですね(笑)。

玉木 難しい問題やなあ(苦笑)。

島田 玉木さんのようにスポーツと政治の因果関係を密接に裏付ける人は、今度の北朝鮮との試合に関して具体的な「政策」は思い浮かびます?

玉木 うーん・・・困った。スポーツから政治を分析することは面白い作業ですけど、スポーツの政治利用を考える場合は、政治的スタンスが求められますからね。小泉首相がめざす北朝鮮との国交回復は利権外交だし、経済制裁を本当に行うことによる危機の度合いも測るのは難しい。まあ、一般論で「東アジアの安定」を求めるのなら、金正日体制がどんなに人権抑圧的で非民主的な、という以上の非道な体制であっても、中国も韓国もアメリカも、そして日本も、いまのところその体制の崩壊を望んでないわけです。中国は米軍が国境線までくることは望まないでしょうし、韓国も日本もボートピープルや避難民の対処、それに国家復興にかかる経費のことを思うと、急激な体制崩壊だけは防ぎたいから、まあ、サッカーの試合結果はサッカー選手に任せて、平穏に1対0くらいで日本が連勝することを祈ると(笑)。

島田 しかし、国際舞台において北朝鮮がサッカーを利用して威信を高めるのはいけない、という考えはあるでしょ。それに対する予防策は打っておかなければ・・・。

玉木 そうですね。その直接的な予防策になるかどうかはわからないけど、サッカー協会も文部科学省も、それに外務省もやるべきことは山ほどありますね。アウェーの試合で北朝鮮は日本のサポーターや報道陣をどのように受け入れるのか。一次予選のときは要求のあった報道陣に対するビザはすべて発給したらしいけど、パソコンの持ち込みは禁止されたと聞いてます。チームもパソコンを持ち込めないとなると大問題でしょう。それに報道陣の取材や行動はどの程度保証されるのか。そもそも選手の身の安全というか、その保証をどのようにして求めるか・・・。

島田 そう。国交のない国と試合をするわけですから、外務省は試合の前からしかるべき政府の出先機関を設けるとか、少なくない人数の公務員を送り込むとか、やるべきことは多いはずですね。

玉木 1989年6月に平壌でW杯の予選があったときは、10数人の報道陣に3人の北朝鮮の「通訳」がつきっきりで「お世話」をしてくれたそうです(苦笑)。そして新聞記者たちが最後の夜に「お世話」になった御礼として夕食と酒を御馳走したら、一人の通訳が酔っぱらって「僕は英語しか話せず、日本語わからないといってたけど、本当は日本語わかるんです」と口走った。すると上司の通訳が日本の報道陣の見ている前で往復ビンタを何発もバシバシバシッと食らわしたとか(苦笑)。

島田 まあ、報道陣やサポーターだけでなく、日本の宝が20人も、そういう国へ行くわけですからね。彼らの安全については、政府レベルの問題として圧力をかけたほうがいいでしょう。

玉木 そのとおりですが、日本のエリートはスポーツ選手をバカにしているところがありますからね。

島田 たかが選手・・・という感覚(笑)。ナベツネも出版界とかに対しては結構保護する姿勢を見せるけれど、スポーツなんて所詮は体育会系だって思ってるんだな。

玉木 それが過去の日本のエリートの感覚です。でも、若い官僚はスポーツに対する意識も変わってきてますから、政治的影響云々というのじゃなく、国際的なスポーツ大会が円滑に行われるために、おかしなところがあれば、「それはおかしい、変えてくれ」と、はっきり抗議してほしいですね。それに、これは今大会に関しては今更いっても仕方ないけど、そもそも北朝鮮という国家がW杯に出場できる資格があるかということも、問題にしてほしい。

島田 どんな国家体制でも、どんな地域でも出場できる、というのがサッカーの良さでは?

玉木 確かにそういう面はあるけど、スポーツ選手の人権が抑圧されているようなスポーツ組織には、やはり国際スポーツ大会に参加する資格はないと思うんですよ。かつてのフセイン体制のイラクは、試合に負けるとウダイ・フセインによる鞭打ちの刑が待っていたという。北朝鮮のスポーツマンは金正日将軍様のために試合に勝とうとする。その是非を問うことはできないけれど、敗北した選手に対する処遇等で明らかな人権抑圧がある場合は、国際スポーツ組織、サッカーの場合ならFIFAが調査をするべきでしょう。それに、サポーターの入国が制限されるような国は、やはり参加資格を考え直すべきで、そういうスポーツの側からの取り組みが政治を動かすようになれば面白いと、私は素朴に考えてます。

島田 だったら僕も素朴なことをいわせてもらうけど、サッカー選手というのは、どんな政治家や官僚や文化人よりも、普通は付き合うことのできない人とはるかに密接に付き合うんですよね。つまり、国交もなく、その国の歴史もあまり知らず、その国の一番偉い人物のこともよく知らない、という、そんな国の人々と90分間ではあるけれど、フィジカル的に密接に交流するわけです。板門店で銃を持って無表情に立っている人物を、痩せてるなあ、栄養状態悪そうだなあ、という思いで眺めることくらいしかできない人々と、強烈な交流ができるわけです。ここから得られるパワーは無視できないですよ。

玉木 ウズベキスタンやカザフスタン、UAEやカタールという国の名前を子供たちに教えた、というだけでもサッカーのパワーは小さくない。

島田 ペレのブラジルでの働きは外交官100人分に相当するともいわれているし、日本とブラジルの関係でのジーコの力も小さくない。去年の9月の1ヶ月間、僕はアメリカで暮らしたんだけど、そのとき出会ったカメルーンの作家が「ワールドカップではお世話になった」と挨拶するんです(笑)。

玉木 中津江村の村長さんに聞かせてあげたい(笑)。

島田 第3世界の大統領というのはヒーローがなるんですね。小国のナショナリズムを形作った人が指導者になる。だからスポーツ選手や詩人や文学者がなるケースもある。ポーランドはピアニスト、チェコは劇作家。そこまでの指導者でなくても、日本のサッカー選手は無意識のうちにもけっして小さからぬ外交を担うことになったわけで、官僚によらない外交の効果というものを考えて、彼らがきちんと外交をできるよう周囲がサポートするべきでしょう。

玉木 ということは、大接戦の素晴らしい試合で、日本が1対0で勝つのが、両国国民にとっての最高の結果ということでしょうかねえ(苦笑)。

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